勲章 (日本)

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大勲位菊花大綬章の副章(左)と大勲位菊花章頸飾(右)。大勲位菊花章は、日本における最高勲章である。

勲章 (日本)では日本勲章について解説する。

目次

[編集] 概要

日本において勲章は、天皇の名で授与される[1]日本国憲法第7条7号は天皇の国事行為の一つとして「栄典を授与すること」を定め、同条を根拠に「栄典」の一つとして天皇が勲章を授与する。勲章制度を定める法律はなく、政令太政官布告勅令)および内閣府令太政官達閣令)に基づいて運用されている[1]。勲章の種類は、勲章制定ノ件(明治8年太政官布告第54号)、宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件(明治21年勅令第1号)、文化勲章令(昭和12年勅令第9号)などに定められ現在22種類ある[2]。また、日本国憲法第14条3項は「栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」と定める。このため勲章の授与に併せて金品や年金を支給することはなく[3]、勲章を世襲することもない[4]

現行22種の勲章は菊花章桐花章旭日章瑞宝章宝冠章および文化勲章に大別される[2]。菊花章(大勲位菊花章)と桐花章(桐花大綬章)は、「旭日大綬章又は瑞宝大綬章を授与されるべき功労より優れた功労のある者」に対して特に授与することができるものとされる[5]。旭日章、瑞宝章は「国家又は公共に対し功労のある者」に授与され旭日章は「社会の様々な分野における功績の内容に着目し、顕著な功績を挙げた者」に、瑞宝章は「国及び地方公共団体の公務又は…公共的な業務に長年にわたり従事して功労を積み重ね、成績を挙げた者」に授与する[5]。宝冠章は「特別ノ場合婦人ノ勲労アル者」に授与すると定められている(宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件1条1項)。宝冠章は現在、外国人に対する儀礼叙勲や皇族女子に対する叙勲など特別な場合に限り運用されている[6]。文化勲章は「文化ノ発達ニ関シ勲績卓絶ナル者」に授与される(文化勲章令、文化勲章受章候補者推薦要綱)。

叙勲は、春秋叙勲、危険業務従事者叙勲、高齢者叙勲、死亡叙勲、外国人叙勲の区分がある[7]。春秋叙勲は春は4月29日昭和の日)、秋は11月3日文化の日)に発令され毎回おおむね4,000名が受章する[7][8][9]。危険業務従事者叙勲は自衛官警察官消防官海上保安官などの危険業務に従事した者を対象として春秋叙勲と同じ日に発令され、毎回おおむね3,600名が受章する[7][10]。高齢者叙勲は春秋叙勲で受章していない功労者を対象として毎月1日に発令され、年齢88歳に達したのを機に叙勲される[7]。死亡叙勲は叙勲対象となるべき者が死亡した際、随時叙勲される[7]。外国人叙勲は国賓等に対する儀礼的な叙勲と功労のあった外国人に対する叙勲があり、いずれも外務大臣からの推薦に基づいて行われる[7]。なお文化勲章は1年に1回発令され、11月3日の文化の日に宮中において天皇から親授(直接授与)される[7]

叙勲は、「勲章の授与基準」(2003年平成15年)5月20日閣議決定)[5]に基づいて行われる。受勲候補者には年齢70歳以上であることなどの形式的要件のほか、「国家又は公共に対する功労」の内容や賞罰歴などの調査が行なわれる。この調査は徹底しており、道路交通法の違反前歴さえも資格取り消しの対象となる。衆参両院議長最高裁長官各省大臣などから内閣総理大臣に叙勲候補者を推薦し内閣総理大臣は審査を行った上で閣議の決定を求める[8]。ただし、その多くの実質は省庁推薦によるものである[11]。この他、2003年(平成15年)秋の叙勲より導入された一般推薦制度もある。2008年(平成20年)秋の叙勲における一般推薦による受賞者は4028人中5人と、依然省庁の推薦が大部分を占める[11]

受章した後に「死刑、懲役又ハ無期若ハ三年以上ノ禁錮」に処せられるなど、勲章褫奪令(明治41年勅令第291号)に定められた事由が生じたときには勲章を褫奪(ちだつ。剥奪)される。同令では、法令により拘禁されている間は勲章を佩用できないことなども定める。また本人またはその親族が受けた勲章は財産としての差押が禁じられる(民事執行法131条10号、国税徴収法75条1項9号)、勲章と同一又は類似の商標は商標登録することができない(商標法4条1項1号)、資格がないにもかかわらず勲章若しくは勲章に似せて作った物を用いた者は拘留又は科料に処される(軽犯罪法1条15号)など、勲章に関わる法的規制もいくつかある。

[編集] 歴史

日本において西欧に倣った勲章制度が定められたのは、明治時代である。

[編集] 前史

もっとも、前史的には江戸時代末期薩摩藩が外交のため授与した薩摩琉球国勲章とこれに対抗して江戸幕府が授与を計画した葵勲章がある。1867年慶応3年)、フランスで開かれたパリ万国博覧会に日本からは初めて江戸幕府(日本大君政府)、薩摩藩(日本薩摩大守政府)、佐賀藩がそれぞれ参加・出展した。この際、薩摩藩は独立政権であることを示すためナポレオン3世をはじめとするフランスの高官や各国の要人らにフランスのレジオンドヌール勲章を摸した薩摩琉球国勲章を授与して勲章外交を展開した。これが日本初の西欧的勲章ということになる。ただしこの薩摩琉球国勲章は直後に明治新政府が成立したこともあって、再び授与されることはなかった。

[編集] 制度の創設と拡充

旭日大綬章(旧称・勲一等旭日大綬章)。旭日章は、1875年(明治8年)に初めて定められた勲章である。

明治維新の制度整備が進められていた1871年10月15日(明治4年9月2日)、新政府は賞牌(勲章)制度の審議を立法機関である左院に諮問した。1873年(明治6年)3月には細川潤次郎大給恒ら5名を「メダイユ[12]取調御用」掛に任じ勲章に関する資料収集と調査研究に当たらせた。1875年(明治8年)4月10日賞牌欽定の詔を発して賞牌従軍牌制定ノ件(明治8年太政官布告第54号)[13]を公布し勲等賞牌の制度が定められた。布告では、勲一等から勲八等までの勲等を叙した者にそれぞれ一等賞牌から八等賞牌までの賞牌を下賜するとした。このとき定められた賞牌の制式は、現在の旭日章の基となっている[14][15]

同年末には、有栖川宮幟仁親王以下10名の皇族が初めて叙勲された。皇族以外の者に対して初めて叙勲が行われたのは翌1876年(明治9年)で、台湾出兵の功により西郷従道が勲一等に叙された。また同年には、清国との交渉に功のあったアメリカ人のル・ジャンドル(リセンドル)将軍とフランス人のボアソナードが最初の外国人叙勲として勲二等に叙された。

1876年(明治9年)10月12日、正院に賞勲事務局(同年12月に賞勲局と改称)を設置し参議伊藤博文を初代長官に、大給恒を副長官に任命した[16]。同年11月15日の太政官布告により、賞牌は勲章(従軍牌は従軍記章)と改称された(明治9年太政官布告第141号)。また、同年12月27日詔書により、勲一等の上位に大勲位が置かれた。大勲位には、対応する勲章として菊花大綬章菊花章が制定された[17]1888年(明治21年)1月3日には制度運用の円滑化を図り諸外国の例に倣い宝冠章瑞宝章が新設され、旭日章には旭日大綬章の上位に旭日桐花大綬章が、菊花章には菊花大綬章の上位に菊花章頸飾が置かれた(明治21年勅令第1号)。

また1890年(明治23年)には、武功抜群の軍人軍属に授与される金鵄勲章(功一級から功七級の功級)が制定された。なお、金鵄勲章は日本国憲法の施行に伴い1947年昭和22年)に廃止された。1896年(明治29年)には宝冠章を五等級から八等級に改正し、1919年(大正8年)には女性にも瑞宝章を授与できることとした。さらに1937年(昭和12年)には学術、芸術上の功績があった者に対し授与される単一級の文化勲章が制定された。

[編集] 勲章と年金

勲等年金
勲等 上限 下限
一等 840円 740円
二等 600円 500円
三等 360円 260円
四等 180円 135円
五等 125円 115円
六等 100円 85円
七等 75円 60円
八等 50円 40円
金鵄勲章年金
功級 定額
一級 900円
二級 650円
三級 400円
四級 210円
五級 140円
六級 90円
七級 65円


勲章制度は単に栄誉を顕彰して明示するのみならず、年金を支給することによって経済的にも受章者を厚遇した。1877年(明治10年)7月25日勲等年金令(旭日章年金)を制定して受けた勲章の勲等に従い終身年金を支給することとした。1894年(明治27年)には、金鵄勲章の受章者に対する年金支給を定める金鵄勲章年金令(明治27年勅令第173号)を公布した。さらに1915年大正4年)には勲一等旭日桐花大綬章の受章者のうち、特に顕著な功績を挙げた者にも1500円の終身年金を支給することとした。しかし財政状況の悪化等により1941年(昭和16年)には勲等年金および金鵄勲章年金のいずれも廃止され、以後の受章者に対しては年金が支給されないこととなった。また1945年(昭和20年)12月末日限りにおいて、それまで支給されていた勲章年金(勲等年金および金鵄勲章年金)についても一切廃止された。

1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法第14条3項には「栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。」と定められ、この「特権」のうちには年金の支給も含まれると解されたため受勲に伴う年金の制度が再び定められることはなかった。1967年(昭和42年)には、金鵄勲章年金令に基づく金鵄勲章年金を受けていた者に対して10万円の一時金を支給する旧勲章年金受給者に関する特別措置法(昭和42年法律第1号)が定められた[18][19]。同法の国会審議において憲法14条3項との関係が問題となったが、政府はこの一時金の支給は従来受けていた経済的な利益に対する損失補償であって栄典授与に伴う特権ではないとして同条には違反しないと答弁した[20]

なお1951年(昭和26年)には文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)が公布・施行され、「文化の向上発達に関し特に功績顕著な者」である文化功労者に対して年額350万円(平成20年度現在。規程の最新改正は1982年(昭和57年))の年金が支給されている。この文化功労者の中から文化勲章の受章者を選定することが多いため、文化勲章を受章すると年金が支給されると捉えられることも多い。しかし、文化勲章と文化功労者は制度としては別々に運用されているため憲法14条3項には牴触しないと解釈されている[21]

[編集] 制度の停止と再開

副章(左)と大勲位菊花大綬章(右)

1945年(昭和20年)8月、終戦とそれに続くGHQの占領統治により官吏制度が根本的に変えられたため、従来の叙勲内則の適用が困難となった。1946年(昭和21年)5月3日の閣議決定により、皇族及び外国人に対する叙勲と文化勲章を除いて生存者叙勲は停止され[22]、1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法に「栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。」(14条3項)と定められたため、栄典に伴う様々な特権も廃止された。

なお、同憲法は内閣の助言と承認により天皇が行う国事行為の一つとして「栄典を授与すること。」(7条7号)を定めたため、以後、故人及び皇族、外国人に対する叙勲、文化勲章、さらに再開後の生存者叙勲は、同条を根拠にして行われている。

1948年(昭和23年)には新たな栄典制度の創設が検討され始めた[23]が、その後しばらく、文化勲章と皇族叙勲・外国人叙勲を除き、生存者には叙勲されなかった。しかし、1953年(昭和28年)9月18日の閣議決定により生存者であって緊急に叙勲することを要するものに対し、叙勲を再開した[24]。再開されたのはこの年に西日本を中心として各地に風水害が発生し、これに対し救難、防災、復旧に尽力した功労者が多数に上り栄典制度活用の必要性が痛感されたことによるものである[25]。また、1955年(昭和30年)には、内閣に臨時栄典制度審議会が設置され、新たな栄典制度の創設について審議が重ねられた[26]。1948年(昭和23年)から1963年(昭和38年)までの間に、栄典制度に関する法案は、3回にわたり内閣から国会に提出されたがいずれも成立しなかった[27]

1963年(昭和38年)7月12日池田内閣の閣議決定により、生存者叙勲の再開が決められた[28]。これは、叙勲を含む栄典制度に関する法律は定めず、憲法7条7号を直接の根拠として、生存者叙勲を行うこととしたものである。生存者叙勲再開の閣議決定に従い、翌1964年(昭和39年)4月21日には、新しい「叙勲基準」が閣議決定された[29][30]。これは戦前の叙勲制度が官吏及び軍人中心のものであったのに対し、日本国憲法の下では国民の各界各層を対象とする叙勲制度とするために叙勲の基準を新たに定めたものである[25]。そして同月29日吉田茂大勲位菊花大綬章石橋湛山片山哲らに勲一等旭日大綬章を授与するなど生存者叙勲が発令された。以後、毎年2回、春と秋に叙勲が発令されている。

[編集] 制度の現代化

1999年(平成11年)12月に自由民主党が栄典制度検討プロジェクトチームを立ち上げ[31]、翌2000年(平成12年)4月13日に「栄典制度の改革について」と題する報告書をまとめた。同年9月には森喜朗内閣総理大臣が「栄典制度の在り方に関する懇談会」を置き(平成12年9月26日内閣総理大臣決裁)、以後8回の議論を経て2001年(平成13年)10月29日に「栄典制度の在り方に関する懇談会報告書」をまとめた。

第1次小泉内閣による2002年(平成14年)8月7日の閣議決定に基づき翌2003年(平成15年)に栄典関係政令の改正が行われ、懇談会の報告書に沿った形で栄典制度の大幅な見直しが図られた。第1次小泉内閣第1次改造内閣による2003年(平成15年)5月20日の閣議決定で、新しい「勲章の授与基準」が決められた。叙勲の官民格差が改革の対象となったほか時代にそぐわないという点から数字を用いる「勲○等」形式の勲等が廃止[32]され、勲章の等級が簡略化された。これまで男子のみが授与された旭日章が男女問わず授与されることになり、他方、女性版旭日章として女性のみに授与されていた宝冠章は皇族女子又は外国人女性への儀礼的な場合にのみ授与される特別な勲章となった。また、叙勲候補者の一般推薦制度も定められた。この時の改正では瑞宝章の綬の色が白地に黄色線から青地に黄色線へ変更されデザインも旭日章同様、桐葉を模した鈕(ちゅう=勲章とそれを吊り下げる金具の間に付属する飾り金具)が追加された[33]

[編集] 種類


副章(左)と桐花大綬章(右)

副章(左)と瑞宝大綬章(右)

文化勲章(上)と略綬(下)

副章(左)と宝冠大綬章(右)

日本の勲章の種類及び英訳名は、以下の通り[2][34]

  • 大勲位菊花章Supreme Orders of the Chrysanthemum):日本における最高勲章
  • 桐花章Order of the Paulownia Flowewrs
  • 旭日章Orders of the Rising Sun
    • 旭日大綬章Grand Cordon of the Order of the Rising Sun
    • 旭日重光章(The Order of the Rising Sun, Gold and Silver Star
    • 旭日中綬章(The Order of the Rising Sun, Gold Rays with Neck Ribbon
    • 旭日小綬章(The Order of the Rising Sun, Gold Rays with Rosette
    • 旭日双光章(The Order of the Rising Sun, Gold and Silver Rays
    • 旭日単光章(The Order of the Rising Sun, Silver Rays
  • 瑞宝章Orders of the Sacred Treasure
    • 瑞宝大綬章Grand Cordon of the Order of the Sacred Treasure
    • 瑞宝重光章(The Order of the Sacred Treasure, Gold and Silver Star
    • 瑞宝中綬章(The Order of the Sacred Treasure, Gold Rays with Neck Ribbon
    • 瑞宝小綬章(The Order of the Sacred Treasure, Gold Rays with Rosette
    • 瑞宝双光章(The Order of the Sacred Treasure, Gold and Silver Rays
    • 瑞宝単光章(The Order of the Sacred Treasure, Silver Rays
  • 文化勲章Order of Culture
  • 宝冠章Orders of the Precious Crown
    • 宝冠大綬章(Grand Cordon of the Order of the Precious Crown
    • 宝冠牡丹章(The Order of the Precious Crown, Peony
    • 宝冠白蝶章(The Order of the Precious Crown, Butterfly
    • 宝冠藤花章(The Order of the Precious Crown, Wistaria
    • 宝冠杏葉章(The Order of the Precious Crown, Apricot
    • 宝冠波光章(The Order of the Precious Crown, Ripple

[編集] 勲記

勲章の受章者には、勲章の他に勲記が授与される。勲記とは受章者の氏名、受章する勲章の名称、受章年月日、授与権者の名称等を表示した証書である。勲記の文面・内容は、勲章の種別により若干異なる(いずれも縦書き)。

日本国天皇は ○ ○ ○ ○ に
  ○ ○ ○ ○  を授与する
皇居においてみずから名を署し
璽をおさせる
御名御璽
平成○年○月○日
  内閣総理大臣○○○○印
   内閣府賞勲局長○○○○印
第○○○○号
  • 上記以外
日本国天皇は○ ○ ○ ○に
 ○ ○ ○ ○ を授与する
皇居において璽をおさせる
御璽
平成○年○月○日
  内閣総理大臣○○○○印
    内閣府賞勲局長○○○○印
第○○○○号

勲記の用紙の抄造、印刷などは独立行政法人国立印刷局が行っている。勲記には上記の文面・署名・御璽・印の他、授与される勲章の図柄(模型、もがた)が刷り込まれている。この模型の印刷には、デカルコマニア(Decalcomania、移し絵印刷)と呼ばれる特殊技法が用いられている。この技法は熟練の職人が一色ずつ手作業で転写紙に色を乗せていくもので、数日がかりで行われる。また、勲記の中央部真上には菊花紋章が印刷されている。この菊花紋章も金下刷りの後、純金粉を塗布、さらに空押し(浮きだし)を行ってつくりあげたもので印刷とは思えないほど浮き上がって見える[25]

[編集] 製造

日本の勲章はすべて、独立行政法人造幣局で製造されている[35]。造幣局では章はい類の製造は1887年(明治20年)から、勲章や褒章等の製造は昭和初期から行っている[25]。2007年(平成19年)度には造幣局は内閣府賞勲局との間で締結した勲章製造請負契約に基づき27,436個の製造を行い、納品した[36]

勲章の製造工程は、おおむね10工程ほどからなっている[25][37]

  1. 極印(こくいん):まず勲章の原図を基に「原版」をつくる。原版は石膏で実物の4~5倍の大きさにつくりNC彫刻機で鋼材に原寸の勲章の模様を彫り、「極印」をつくる。できあがった極印は、模様を鮮明にするために修正する。
  2. 圧写:極印をプレス機(圧写機)に取り付けて、銀の材料板に勲章の模様をプレスする。プレスされた材料を抜き型で勲章の形に打ち抜き、章身とする。
  3. 切り抜き:糸のこやワイヤーカット機で、形にそって切り抜く。
  4. ヤスリ:数種類のヤスリを用いて、章身の形状を整える。
  5. 七宝盛り付け七宝が入る部分に釉薬を盛り付ける。
  6. 七宝焼き付け:電気炉に入れて釉薬を焼き付ける。七宝の盛り付けと焼き付けは5回ほど繰り返し、その間、ピンホールなどのキズを修正する。
  7. 羽布(ばふ):木綿布を束ねた「羽布」(ばふ)を回転させて研磨することにより、光沢を出す。
  8. メッキ:必要な部分に金メッキを加える。
  9. 組立:各種の部品を組み立てて完成。

[編集] その他の栄典

国が与える栄典には勲章の他に褒賞(褒章、褒状、賞杯)、位階がある。

褒章は褒章条例(明治14年太政官布告第63号)に基づき、内閣の名で授与される。褒章は授与の理由となった功績の内容により紅綬褒章、緑綬褒章、黄綬褒章、紫綬褒章、藍綬褒章、紺綬褒章の6種がある。6種の褒章はいずれも「褒章」の文字が刻まれたメダルに色の違う綬(リボン)が付され、綬の色により呼ばれる。勲記には「日本国天皇が授与する」旨明記され国璽が押されるのに対し、褒章に添付される「褒章の記」には内閣の官印(「内閣之印」)が押される。ただ褒章の授与も「栄典」の一つであり栄典の授与は天皇の国事行為の一つでもあるため、褒章の授与には天皇の裁可を求める。→詳しくは褒章の項目を参照。

内閣は位階令(大正15年勅令第325号)に基づき、勲功ある者を位階に叙する。1964年(昭和39年)以降は、故人に限って位階に叙されている。叙位と共に授与される「位記」には御璽又は「内閣之印」が押され、内閣総理大臣が署名する。→詳しくは位階の項目を参照。

その他、内閣や各省大臣、各地方自治体は大きな功績があった者に対して勲章や褒賞に代えて、あるいは時機に応じて顕彰するため各種の表彰を行っている。これらは憲法上の「栄典」にはあたらないものの、勲章や褒賞に並ぶ栄誉にあたる。

勲章や褒章に代えた表彰としては、内閣の賞杯がある。賞杯は、銀製の(銀杯)あるいは朱塗り木製の盃(木杯)を授与するもので功績の大きさに応じて一組台付、一組、一個の3段階がある。この盃には勲章に代えた場合には菊花紋章、褒章に代えた場合には五七桐花紋がそれぞれ刻まれる。賞杯は、褒章と共に授与されることもある。

時機に応じた顕彰のための表彰としては、内閣総理大臣表彰の一種である国民栄誉賞がある。国民栄誉賞は勲章や褒賞ほど厳格な授与基準・授与手続が定められていないため、その時々の人気者が受賞することも多い。→詳しくは国民栄誉賞の項目を参照。

警察庁長官警察官や功労ある市民に与える記章消防庁長官消防吏員並びに消防団員に与える記章、行政機関地方公共団体が与える各種の栄誉章、日本赤十字社が与える有功章など表彰に併せてメダル型の記章を授与するものもある。→詳しくは栄章の項目を参照。

自衛隊防衛記念章の一つ

また、表彰の意味合いと各人の経歴を示すシンボルの意味を併せ持つ、防衛記念章も表彰の一種とされる。防衛記念章は防衛大臣自衛官に対し与えるもので、授与の理由となった功績の内容や経歴に応じて34種ある。→詳しくは防衛記念章の項目を参照。

なお勲章がOrderと英訳されるのに対し、褒章並びに記章はMedalと訳され区別されている。

[編集] 栄典制度の関係法令

栄典制度の関係法令は、以下の通り。いずれも内閣府賞勲局が所管する[38]

憲法
法律
  • なし
政令
  • 勲章制定ノ件(明治8年太政官布告第54号)
  • 大勲位菊花大綬章及副章製式ノ件(明治10年太政官達第97号)
  • 褒章条例(明治14年太政官布告第63号)
  • 宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件(明治21年勅令第1号)
  • 勲章佩用式(明治21年勅令第76号)
  • 勲章褫奪令(明治41年勅令第291号)
  • 文化勲章令(昭和12年勅令第9号)
  • 位、勲章等ノ返上ノ請願ニ関スル件(昭和20年勅令第699号)
内閣府令
  • 勲章褫奪令施行細則(明治41年閣令第2号)
  • 位、勲章等ノ返上ノ請願ニ関スル件施行ノ件(昭和20年閣令第68号)
  • 各種勲章及び大勲位菊花章頸飾の制式及び形状を定める内閣府令(平成15年内閣府令第54号)
  • 褒章の制式及び形状を定める内閣府令(平成15年内閣府令第55号)
告示
  • 大勲位菊花章頸飾略鎖略章佩用ノ件(明治35年内閣告示第2号)
  • 勲章等着用規程(昭和39年総理府告示第16号)
  • 略綬略章着用規程(平成15年内閣府告示第9号)
  • 制服用の略綬に関する規程(平成15年内閣府告示第10号)

[編集] 出典・参考文献

[編集] 脚注

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  1. ^ 1975年昭和50年)6月5日、第75回国会衆議院決算委員会、原茂議員に対する秋山進総理府賞勲局長答弁。
  2. ^ 勲章の種類及び授与対象、内閣府賞勲局。
  3. ^ 文化勲章受章者は、文化功労者の中から選ばれるのを通例とするため(文化勲章受章候補者推薦要綱)、文化功労者としての年金は支給される。
  4. ^ 勲章を佩用(はいよう。着用)することができるのは授与された本人のみであるものの、授与された勲章自体は相続することができる。
  5. ^ 勲章の授与基準2003年平成15年)5月20日閣議決定。
  6. ^ 我が国の勲章の種類(宝冠章)、内閣府賞勲局。
  7. ^ 勲章・褒章制度の概要、内閣府賞勲局。
  8. ^ 勲章及び文化勲章各受章者の選考手続1978年(昭和53年)6月20日閣議了解。
  9. ^ 春秋叙勲候補者推薦要綱、2003年(平成15年)5月16日内閣総理大臣決定、同20日閣議報告。
  10. ^ 危険業務従事者叙勲受章者の選考手続について、2003年(平成15年)5月20日閣議了解。
  11. ^ 朝日新聞社 (2008年11月3日). "秋の叙勲、4000人余に 旭日大綬章に奥田碩さんら" (日本語). 2008年11月3日 閲覧。
  12. ^ メダイルとも。フランス語でメダル(Médaille)。
  13. ^ 賞牌従軍牌制定ノ件は翌1874年(明治9年)の太政官布告(明治9年太政官布告第141号)により勲章従軍記章制定ノ件と改称され、さらに2003年(平成15年)5月1日には政令(平成14年政令第277号)により勲章制定ノ件と改称された。
  14. ^ 上位から順に旭日大綬章、旭日重光章、旭日中綬章、旭日小綬章、双光旭日章、単光旭日章、青色桐葉章、白色桐葉章の8種。
  15. ^ 現在の制式は、各種勲章及び大勲位菊花章頸飾の制式及び形状を定める内閣府令(平成15年内閣府令第54号)に定められる。
  16. ^ 1878年(明治11年)3月、長官を総裁、副長官を副総裁と改称(明治11年太政官達第8号)。
  17. ^ 菊花大綬章と菊花章の制式は、翌1877年(明治10年)の太政官達(明治10年太政官達第97号)により定められた。後に菊花章は、菊花大綬章の副章とされた。
  18. ^ 参照外部リンク:旧勲章年金受給者に関する特別措置法(中野文庫のサイト)
  19. ^ 旧勲章年金受給者に関する特別措置法は中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)77条23号により、2001年(平成13年)1月6日をもって廃止されている。
  20. ^ 1964年(昭和39年)2月21日の参議院本会議における、伊藤顕道議員の質問に対する池田勇人内閣総理大臣の答弁。なお、同法案の共同提出者の一人である草葉隆圓議員による答弁も参照。
  21. ^ 1953年(昭和28年)2月20日の衆議院内閣委員会における、笹森順造議員の質問に対する村田八千穂総理府大臣官房賞勲部長の答弁等。
  22. ^ 「官吏任用叙級令施行に伴ふ官吏に対する叙位及び叙勲並びに貴族院及び衆議院の議長、副議長、議員又は市町村長及び市町村助役に対する叙勲の取扱に関する件」1946年(昭和21年)5月3日閣議決定、国立国会図書館。
  23. ^ 「栄典制度改革に関する閣議決定の一」、1948年(昭和23年)2月7日閣議決定、国立国会図書館。
  24. ^ 「生存者に対する叙勲の取扱に関する件」1953年(昭和28年)9月18日閣議決定、国立国会図書館。
  25. ^ 佐藤正紀著「勲章と褒章」時事画報社、2007年平成19年)。
  26. ^ 「臨時栄典制度審議会の設置について」、1955年(昭和30年)12月13日閣議決定、国立国会図書館。
  27. ^ 成立しなかった3法案とは第2回国会の閣法第118号(1948年(昭和23年)6月提出)、第15回国会の閣法第33号(1952年(昭和27年)12月提出)、第24回国会の閣法第160号(1956年(昭和31年)4月提出)のいずれも内閣が提出した「栄典法案」である。
  28. ^ 「生存者叙勲の開始について」、1963年(昭和38年)7月12日閣議決定、国立国会図書館。
  29. ^ 「叙勲基準」1964年(昭和39年)4月21日閣議決定、栄典制度の在り方に関する懇談会「栄典制度の在り方に関する論点の整理」資料。
  30. ^ このとき暫定的に設定された70歳以上という年齢要件はその後の春秋叙勲の原則となり、現行の春秋叙勲候補者推薦要綱(2003年(平成15年)5月16日内閣総理大臣決定、同20日閣議報告)に引き継がれている。なお、危険業務従事者叙勲については原則として55歳以上とされる。
  31. ^ これは、同月8日の自民党内閣部会において、亀井静香政務調査会長が「21世紀を迎えるに当り、栄典制度を新しい時代にふさわしいものとするため抜本的な検討を加えるべき」と指示したことを受けたもの。
  32. ^ 勲章制定の件には「勲等」の2文字は残っており、概念としてはなお存続している。詳細は勲等参照
  33. ^ 鈕のデザインは等級によって変えられ旭日小綬章・瑞宝小綬章以上が五七の桐花、旭日双光章・旭日単光章・瑞宝双光章・瑞宝単光章が五三の桐花である。
  34. ^ 勲章及び褒章の英訳名、内閣府賞勲局。
  35. ^ 造幣局の事業「現在製造している勲章・褒章」、独立行政法人造幣局。
  36. ^ 平成19年度財務省独立行政法人評価委員会による評価結果「項目別評価シート」、独立行政法人造幣局。
  37. ^ 造幣局の事業「勲章・褒章の製造:勲章の製造工程(その1)」「勲章・褒章の製造:勲章の製造工程(その2)」、独立行政法人造幣局。
  38. ^ 所管の法令等、内閣府。

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