北仙台

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北仙台の様子

北仙台(きたせんだい)とは、宮城県仙台市青葉区にある北仙台駅を中心とした地域を指す総称である。

目次

[編集] 概要

仙台城下を南北に貫いて北に向かう道には、西から、

の4本があった。堤通り以外は、梅田川河岸段丘で、仙台城下町の北の端を形成する七北田丘陵台原段丘)および北山丘陵上に並ぶ寺社の段丘崖下の門前で道の北端となる。これらの道や様々な小路の北端は、北山通りにより東西に繋がり、唯一、寺社により道の北端が形成されない堤通りに集約され、台原丘陵を越えて奥州街道(松前道)となっていく。すなわち、北山通りと堤通りの交点は仙台城下町の北の出入口となっており、江戸時代からの仙台の北の交通の要衝であった。

明治時代に奥州街道が国道となり、大正時代に入って仙台軌道(後の仙台鉄道)が青葉神社門前に通町駅、および、現在のJR北仙台駅前に北仙台駅を設置すると、当地が仙台の北の交通の要衝として顕在化してくる。昭和に入り、国鉄・仙山東線(後の仙山線)の北仙台駅が設置され、仙台市電の北仙台駅前電停が設置されるに至り、国道4号に接する当地の交通の要衝としての地位が確立した。

戦後は、北仙台駅北側の本山製作所(跡地は仙台市青葉体育館・仙台市武道館などになっている)における「本山闘争」や宮城交通本社などの労働争議の舞台となる一方、広大な旧荒巻村や旧泉町の丘陵地の宅地開発により、それらのニュータウンからバス路線が集まる仙台市内の代表的な交通渋滞地区となった。そのため、毎朝のラッシュアワーには、自動車・バス・電車の集中による人と乗り物の混雑と、労働争議の怒号で騒然とした地区となっていた。

その後、現・宮城県道22号仙台泉線が国道4号となって拡幅され、国道4号仙台バイパス開通するなど、自動車交通の分散が行われ、当地への車の流入は減少した。また、本山製作所や宮城交通が移転して労働争議も見られなくなった。静けさを取り戻した現在は、仙台市都心部北側のマンション林立地区へと変化した。

なお、仙台軌道の通町駅~北仙台駅間の線路沿いと考えられる道沿いには、現在も仙台浅草という下町的な商店街があり、長町副都心の旧・秋保電気鉄道沿いに発達した商店街と並んで、昭和における仙台市内の郊外ターミナルだった歴史が対比されることがある。

[編集] 区域

「北仙台」は、概ね下記の地名の地域を指す。

  • 昭和町
  • 青葉町
  • 堤町一丁目
  • 堤通雨宮町
  • 通町二丁目
  • 上杉六丁目

ただし、葉山町や堤町二丁目、通町一丁目、台原一丁目を含む場合もある。なお、「北仙台」という地名は存在しない。

[編集] 歴史

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[編集] 主な施設

[編集] 公共的な施設等

[編集] 教育機関等

[編集] 特記

北仙台駅の北北西約1.5kmのところに仙台市立北仙台小学校、仙台市立北仙台中学校という学校が存在する。しかし、それぞれ東勝山3丁目と同2丁目にあり、北仙台駅からは徒歩で30分ほどかかる。この2校については、旧仙台市の北部に位置する場所に建てられたために北仙台という名称が使われたのではないかと考えられる。その他に、荒巻本沢に仙台市営バス北仙台営業所(1994年閉所)があったが、同様の理由である。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月31日 (金) 17:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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