北府中駅

北府中駅の最新ニュースをまとめて検索!

北府中駅
駅舎
駅舎
きたふちゅう - Kita-Fuchū
府中本町 (1.7km)
(2.2km) 西国分寺
所在地 東京都府中市晴見町二丁目27-2
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 武蔵野線
キロ程 1.7km(府中本町起点)
電報略号 キフ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
13,162人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1956年昭和31年)9月1日
備考 直営駅
駅舎内にある東芝府中事業所入口
ホームの様子
東芝府中事業所への専用線(左)

北府中駅(きたふちゅうえき)は、東京都府中市晴見町二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)武蔵野線である。

目次

[編集] 駅構造

島式ホーム1面2線の地上駅で、武蔵野線と並行する東京都道17号所沢府中線府中街道)の歩道橋および、東芝府中事業所への連絡口通路が一体となった、橋上駅舎を有している。

指定席券売機自動改札機エスカレーターエレベーター設置。みどりの窓口は2009年5月31日をもって営業を終了した。

[編集] のりば

1 武蔵野線 府中本町方面
2 武蔵野線 西国分寺南浦和新松戸西船橋東京海浜幕張方面

[編集] 専用線

駅西側には複数の側線が引かれ、そのうちホーム側の側線はときおり工臨列車が入線し保線工事の資材置き場として使われる他、ホームから遠い側のものは隣接する東芝府中事業所へ続き、落成した電気機関車の試運転や搬出に使用されている。また線路上に動物などの派手なペイントが施された103系電車が留置されていることもある[1]。なおこの103系は構内北側に移動している場合もあり、武蔵野線車内から注意すれば見ることが出来る。

また武蔵野線の建設工事中には、専用線を間借りして中央本線の支線(下河原線、後述)の仮設ホームが設置され、現在の橋上駅舎とは東芝府中事業所への跨線橋で連絡していた。

かつては駅東側に隣接する府中刑務所への専用線もあり、刑務所内で製造された製品輸送に用いられていたが、既に撤去されている。府中刑務所の西側には線路が引き込まれていた際の壁のへこみと当時使われていたシャッターが残っていたが、刑務所外壁工事により撤去された。府中刑務所で発生した脱走事件は、当時の引込み線の貨車の下にもぐりこんで脱走した一件のみである。また、駅の南西側の日本製鋼所東京製作所(現・府中インテリジェントパーク)、駅の南側の螺旋道路付近から富士見通りを東に進み、旧陸軍燃料廠(府中基地、現・府中の森公園)へ至る専用線も存在した。

[編集] 利用状況

2008年度の乗車人員は1日平均13,162人で、沿線内25駅中20位である。

[編集] 駅周辺

改札を出て左側が府中街道、右側が東芝府中事業所への連絡口である。

また、付近には府中刑務所・国際連合アジア犯罪防止研修所・法務省矯正研修所・府中インテリジェントパーク(ビジネスビル街)・府中日鋼町郵便局・府中市民球場がある。

[編集] 路線バス

すべて京王電鉄バスにより運行されている。

  • 東芝前
    • 北行(府中街道手前の階段を降り、北(西国分寺方向)へすぐ)
      • <国01, 国02> 国立駅南口 ※早朝夜間のみ
      • <国03> 国立駅南口(府中病院経由) ※早朝夜間除く
      • <府21> 府中病院 ※早朝夜間除く
    • 南行(府中街道を渡った先の階段を降りた所のバスベイ)

なお、府中駅方面に行く場合、一つ先の府中営業所バス停まで歩けば、府中営業所始発の府中駅行のバスがある。

[編集] 歴史

もともとは、中央本線国分寺駅から多摩川(下河原駅)までの東京砂利鉄道の専用鉄道の途中に位置していた。その後鉄道省が東京砂利鉄道を買収、この線は中央本線貨物支線(通称・下河原線)となる。一旦国分寺駅構内側線扱いとなった後、国分寺 - 東京競馬場前間が東京競馬場へのアクセスのため、中央本線の旅客支線(下河原線)として開業し、中間駅(富士見仮信号場)として当駅が設けられた。

戦時中に、東芝府中事業所(当時は軍需工場)の従業員輸送のため、客扱いが開始され、戦後には仮乗降場となる。一旦信号場に格下げになったものの、正式な駅として再開されている。

その後、武蔵野線開業とそれに伴う下河原線の旅客営業廃止(貨物線としては武蔵野線に編入)に伴い当駅も武蔵野線に編入され、貨物線廃止後も武蔵野線の駅として現在に至っている。

なお下河原緑道(下河原線跡の遊歩道)の歴史説明板に「東芝前」との記述があるが、当駅を正式に「東芝前」とした記録はない。

以下、下河原線として開業時点からの歴史概略を合わせて記す。

  • 1910年明治43年) - 東京砂利鉄道の専用鉄道として国分寺 - 下河原間開業。
  • 1920年大正9年)5月25日 - 鉄道省が東京砂利鉄道を買収。翌日付で中央本線貨物支線(下河原線)となる。
  • 1921年(大正10年)12月1日 - 営業を廃止、国分寺駅構内側線扱いとなる。
  • 1934年昭和9年)4月2日 - 中央本線支線(下河原線)国分寺 - 東京競馬場前間開業。競馬開催日に限り旅客輸送(貨物線は国分寺駅構内扱いのまま)。
  • 1934年昭和9年)11月6日 - 国分寺 - 東京競馬場前間に富士見仮信号場開設。当駅の基となる。
  • 1944年(昭和19年)10月1日 - 下河原線の営業を休止。このころから国分寺 - 当駅構内の乗降施設間に軍需工場従業員専用電車を運転。正式ではないものの客扱いが開始される。
  • 1947年(昭和22年)4月24日 - 下河原線の営業を再開。
  • 1949年(昭和24年)1月21日 - 仮乗降場に昇格、富士見仮乗降場開業。
  • 1952年(昭和27年)7月1日 - 信号場に降格、北府中信号場となる。同時に当駅 - 下河原間の貨物支線が開業(復活)。貨物線への分岐点は現駅から約1.5km南であり東京競馬場前駅の構内であるが、営業上は当駅で分岐の扱いとされる。
  • 1956年(昭和31年)8月15日 - 下河原線が通年旅客営業を開始。
    • 9月1日 - 駅に昇格、北府中駅開業(中央本線所属)。貨物営業開始。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 武蔵野線開業に伴い、下河原線国分寺 - 当駅 - 東京競馬場前間廃止。当駅ならびに当駅 - 下河原駅間の貨物支線を武蔵野線に編入。
  • 1976年(昭和51年)9月20日 - 下河原への貨物支線(下河原線)が廃止。
  • 1982年(昭和57年)4月1日 - 貨物取扱を廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化に伴い、JR東日本の駅となる。
  • 2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
  • 2009年(平成21年)5月31日 - みどりの窓口廃止。

[編集] 隣の駅

東日本旅客鉄道
武蔵野線
府中本町駅 - 北府中駅 - 西国分寺駅

なお、通常の快速列車京葉線東京駅発着)は武蔵野線内各駅停車である。

臨時の名称付き快速列車[2]には当駅を通過するものがある。なお、定期列車は設定されていないが、当駅から武蔵野南線(貨物線)・南武線に直通する旅客列車は府中本町駅の線路構造上、当駅方面からホームのある線を経由して武蔵野南線・南武線と行き来できないため、当駅に停車するものもある。

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 営業運転時の車両番号はクハ103-525 + クモハ103-58で、すでに車籍はない。
  2. ^むさしの」号は臨時列車の扱い。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月22日 (日) 08:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【北府中駅】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!