北条邦時
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北条 邦時(ほうじょう くにとき、正中2年11月22日(1325年12月27日) - 元弘3年/正慶2年5月28日(1333年7月10日))は、鎌倉時代末期の北条氏得宗家の一族。鎌倉幕府第14代執権北条高時の長男。母は得宗家被官五大院宗繁の妹、常葉前。中先代の乱を起こした北条時行は異母弟。幼名万寿丸、通称は相模太郎。守邦親王の片諱を受けて邦時と名乗る。
嘉暦の騒動で出家した高時の後継を巡り、御内人の娘を母とする長子邦時を推す長崎氏と、高時の正室安達氏との間で対立が起こるが、儀式などから最終的に邦時が嫡子とされたと見られる。元弘の乱では、鎌倉陥落時に五大院宗繁に託され伊豆山に脱出したが、宗繁が新田義貞軍の舟田義昌に密告したため相模川にて捕らえられ、鎌倉にて処刑された。享年9。
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最終更新 2009年5月18日 (月) 08:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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