北海道小樽潮陵高等学校

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北海道小樽潮陵高等学校
北海道小樽潮陵高等学校正門
国公私立の別 公立学校
設置者 北海道
設立年月日 1902年5月15日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
高校コード 01159C
所在地 047-0022
北海道小樽市潮見台2-1-1
北緯43度10分42.8秒東経141度0分38.0秒
電話番号 0134-22-0754
FAX番号 0134-22-5954
外部リンク 公式サイト
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北海道小樽潮陵高等学校(ほっかいどうおたるちょうりょうこうとうがっこう、Hokkaido Otaru Choryo High school)は、北海道小樽市にある公立(道立)の高等学校

目次

[編集] 沿革

[編集] 概要・特色

函館中(現北海道函館中部高等学校)、札幌一中(現北海道札幌南高等学校)に次いで道内三番目に設立された旧制小樽中を前身とする、古い歴史をもつ公立高等学校である。自由な校風が特徴とされる。
北海道内では「潮陵(ちょうりょう)」の名で知られている。市外では「潮」にアクセントを置いて発音されるケースがあるが、小樽市内ではアクセントをつけずに平板に読むのが一般的。

北海道釧路湖陵高等学校等と混同されてか、「小樽湖陵」と誤記されることがしばしばあり、過去には町内じゅうの電柱に『この地区の緊急避難場所は小樽湖陵高校です』と書かれたまま、ほとんど気づかれずに1ヶ月以上放置されていたケースまであった。平成19年度の2年生の見学旅行での集合写真にも「小樽湖陵高等学校 2年○組」と印刷されていたことは生徒の間で話題となったほか、「部活の大会の時に弁当が『小樽湖陵 ○名』となっていた」などの声も聞かれる。

校歌の歌碑

[編集] 校歌

OBである作家・評論家、伊藤整の自伝的小説「若い詩人の肖像」によれば、開校20周年の記念祭の前に、当時の校長が新進小説家として知られていた卒業生の岡田三郎に作詞を依頼し、卒業直前にできた校歌を体操の教師の弾くオルガンで練習したとの記述がある。ヘ長調のゆったりとした曲調。
歌詞の一節「鳳(ほう)高校の高き誉れ」は、日本有数の港として栄えた小樽の埠頭の形を模した表現であり、鳳凰、「鳳(おおとり)」は潮陵の象徴的存在である。また、三番の歌詞は潮陵生の進路を航海に例え、暴風や波涛を超えて対岸のシベリアに向かうという、とりわけ勇ましい表現があり、思い入れのある卒業生が少なくない。
近年、記念館の手前に歌碑が建立された(写真)。 ※歌詞全文は公式サイトを参照

[編集] 暁鐘

校歌にも登場する屋上の鐘。以前のこげ茶色から塗り替えられ、現在は明るい茶色となっている。2~3分の遅れはあるが、毎日午前8時5分と午後5時25分頃に校歌のメロディを奏で、潮見台など市内周辺一帯で聴くことができる。なお、PTA広報誌の名称も「暁鐘」である。

[編集] 学区

学区内の人口が減少傾向にあることから近年募集間口が減らされており、2005年度からは一学年7クラス(280名)となっているが、当分の間この募集人数が続くと思われる。
北海道では一つの学区が非常に広くなっており、学区内最大の高等学校である潮陵には後志管内全域にわたる広範な学区から生徒が集まるが、現状では9割近くが小樽市余市町出身の生徒で占められている。付近に下宿している生徒も珍しくない。市内の生徒の多くは市内バスで通学する。最寄りのバス停は、中央バス「龍徳寺前」。

入学試験は道立高等学校の統一入試を利用している。同入試における相対的な入学時の学力ハードルは往時と比べてかなり低下しているが、後志トップクラスの進学校としての評価に大きな変化はなく、潮陵の人気は小樽市がずばぬけた地元高校進学率の高さを保つ大きな要因となっている。

[編集] 進路

道央の高校らしく、本州に出るよりも地元に進学する生徒のほうが多数派である。主に学年中位以上の成績の生徒には北海道大学や地元の中堅国立大学である小樽商科大学への進学を希望する者が多く、毎年それなりの合格率を出している(入試の難易度から考えれば明らかに「お買い得」な高校には分類される)。とりわけ小樽商科大生に占める卒業生の割合は伝統的に高い。
ただし進学校とは言え、短大専門学校に進む生徒も割と多く、卒業後就職する生徒も毎年一定数いる。「潮陵はあまり勉強を強いない」という通念が真実かは意見の分かれるところではあるが、進路はあくまで各自の自由と責任に基づくものであるという認識が根付いていることは、概ね好意的な校風として受け止められている。

[編集] 授業

週5日、45分を1時間として7時間授業を行っている。2年次から文系・理系に分かれたカリキュラムが組まれている。2006年に全国的に発覚した高等学校の特定科目未履修問題に際しては、潮陵高校も情報、理科総合の授業数が足りなかったことや、現代社会を政治経済の教科書に切り替えて授業をしていたことなどで問題になった。

「文武両道」を重要な校訓のひとつとする潮陵では体育も重視されている。週3時間のうち1時間は、男子では柔道、女子ではテニス(夏のみ)に充てられている。かつては男女とも、1年次にオリジナル体操「潮陵体操」が取り上げられた。女子では、現在でも2年次にグループごとに体系を変えて創作し、3年次にはその軽快な付随音楽が創作ダンスのBGMとしても使われている。男子は倒立前転を伴う箇所も見られるなどやや難易度が高い様式となっていたが、なにしろ1年次にしか扱わないため誰一人として卒業まで覚えていた生徒はいなかったのではないかと思われる。

また地元の進学校であるため、学校説明会などでは「試験が多い」と説明されることがある。定期考査(数日間)は年五回、また長期休み明けには必ず校内実力考査(主要教科のみ、二日間)がある。
定期考査は多くて一日に三科目であるが、これにむけて全く勉強をしない生徒は憂き目を見ることになるため、大学受験をしないからといって試験期間がただの暇な期間になるということはあまりない。

[編集] 服装

1972年11月10日制服制度を廃止し、従来の制服は標準服とされたが、現在その標準服は消滅している。当初は上靴も自由だったが、土足をする生徒が多く、今では考えられないことだが外靴と上靴が一緒の生徒もいたほどだった。その後、上靴には印としてペンで線を書くという決まりができたが、不真面目な書き方をする生徒が多かったため、現在の「制服がないのに制靴がある」という状況に至る。
制服廃止の前後には、服装自由化を求める生徒による「制帽焼き打ち事件」があり、有名なエピソードとしてかつて生徒会誌でも取り上げられた。

指定の「潮陵ジャージ」は学年ごとに赤(小豆色)・青・緑の三色が繰り返されている。上靴のラインの色もジャージの色に併せて三年で一巡する。
なお、各色のジャージの愛称として、赤は「あずジャー」青は「ドラえもん」緑は「カエルスーツ」が長らく使われていたが、現在では後者の二語は死語となり、「青ジャー」「みどジャー」という聞いただけでは何の変哲もない呼び名に変わってしまった。「みどジャー」の原色的な緑色には賛否両論あり、みどジャーが当る学年を厄年とする説もある。

[編集] 生徒会

立候補と投票によって三役その他の役員が決められるが、選挙活動があまりに静かであり、役員の人数も流動的であるため、選挙はやや形骸化したものになっている。
生徒会誌「鳳(おおとり)」が年1回発行され、クラス紹介、クラブ紹介などが掲載される。

[編集] 部活動

2008年3月現在、20の運動部、10の文化部、4の外局、4の同好会が活動しており、加入率は高い。
全国的な強豪である放送局は2006年にNHK杯全国高校放送コンテストテレビドキュメント部門で全国優勝を果たし(番組名は「なまら重くね!?」)2007年にも同大会テレビドキュメント部門の優良賞を受賞した(「だって好きなんだもん」)。
また、吹奏楽局、音楽部は、毎年秋に地元の小樽市民会館、小樽市民センター(マリンホール)などを会場に定期演奏会を開催し、市民に親しまれている。

[編集] 記念館

校舎に隣接して高校の様々な資料を展示する記念館が設けられている。
茶色のレンガと八角形の平面が印象的な建物で、演劇部の稽古場として使われるほか、軽音楽部やクラシックのミニコンサートが催される。

[編集] 購買・食堂

校内の購買では、地元のパン屋の商品や飲み物、文房具などを買うことができる。食堂は定時制専用。また、昼休みには近所のセイコーマートほかいくつかの商店へ行くことが認められており、生徒で賑わう。セイコーマートでは、潮陵祭期間中などにアイスや弁当類の品切れが続く。

[編集] 行事

3年生の受験準備を考慮し、8月の終わりまでに行事が集中している。

[編集] 潮陵祭

7月の第3週の週末あたりに開催される最大の行事。期間は3日間で、準備期間も含めて期間中はそれぞれのクラスがまとまり、学校全体が活気に満ちあふれる。期間中はクラスTシャツや潮陵祭オリジナルTシャツを着ている生徒が多く見られる。

  • 仮装行列
クラスごとにテーマを決め、山車をつくり、全員が仮装し校庭にて決起集会(ダンス2分)を行う。
その後小樽市街を練り歩き、商店街でパフォーマンス(ダンス2分)を披露する。
準備期間中にパフォーマンス練習が行われるが、衣装作りやクラス企画などと平行して行う時間が足りないため、下校時間1時間前に校舎周りで練習する。その後に練習を行うことは原則禁止とされているが、夜遅くに商店街や学校付近の公園等で練習するクラスが多い。
  • ステージ企画
体育館では、オープニングセレモニー・有志芸能・のど自慢(予選)が行われ、のど自慢に関しては後夜祭でグラウンドにて決勝が行われる。2階の光庭では『天下一武会』という有志のお笑い対決が行われる。
  • クラス企画
食堂(焼き物・麺類・甘味・煮汁の4クラス)・映画・バラエティの三部門から各クラス一部門を選んで行われる。一般市民の入場者も多い。クラス毎に部門の希望を出し抽選が行われるが、食堂部門は仕入れ等の関係で3年生が優先される。
  • クラブ企画
化学部の化学ショー(ラムネ作り教室が有名)、地学部のプラネタリウム、書道部・美術部・写真部の作品展示、文芸部・漫画研究同好会の部誌発行などが期間中にあわせて行われる。
  • 後夜祭
最終日の夜に行われ、殆どの生徒が参加すると言われる。校庭の中央に設置された大型キャンプファイヤーへの点火方法は色々と工夫が凝らされている。参加生徒はテーマ曲を歌うなどして盛り上がり、打ち上げ花火で盛大に幕を閉じる。

[編集] 遠足

6月の初めに行われ、学年ごとに行き先が決まっているがほとんど小樽市内で行われる。恒例行事として、目的地に到着後、焼肉を食べるクラスが多い。

[編集] 球技大会

年度内に2度あり、夏季は7月初めに、冬季は3年生が卒業した後の3月に行われる。

[編集] 体育祭

8月末、二学期が始まってすぐにある実力テスト期間の直後に行われる。

[編集] 見学旅行

10月の始めに行われ、2年生で関西へ行く。3泊4日と周辺の公立高校より一泊短いが、団体行動は少なく、班ごとの自主研修=自由行動が多い。

[編集] 卒業生組織

卒業生の組織として、潮陵倶楽部、東京潮陵樽中会がある。
潮陵倶楽部から機関誌『潮陵』が発行されており、小樽市内の書店でも店頭で入手できる。

[編集] 著名な出身者

※周りを山に囲まれた旧制小樽中は、大正期から昭和初期にかけて黎明期の日本ジャンプ界を牽引する存在であった。OBらが尽力してジャンプ台や合宿所を整備、1934年にはナイター設備を完成させ練習に励んだ。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月17日 (土) 18:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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