北海道岩見沢東高等学校
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| 国公私立の別 | 公立学校 |
|---|---|
| 設置者 | 北海道 |
| 学区 | 北海道空知 |
| 設立年月日 | 1922年10月13日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 定時制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 01177A |
| 所在地 | 〒068-0826 |
|
北海道岩見沢市東山町112
北緯43度11分32.3秒東経141度47分17.3秒 |
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| 電話番号 | 0126-22-1009 |
| 外部リンク | 公式サイト |
北海道岩見沢東高等学校(ほっかいどういわみざわひがしこうとうがっこう、Hokkaido Iwamizawa Higashi High School)は、北海道岩見沢市にある公立(道立)の高等学校。空知学区内トップの進学校。略称は岩東(がんとう)。
目次 |
[編集] 沿革(全日制)
- 1922年3月9日 文部省告示第134号を以て「北海道庁立岩見沢中学校」設立認可
- 1922年4月14日 岩見沢尋常高等小学校教室を仮校舎とし開校、入学式挙行
- 1923年3月26日 初代校舎(木造2階1,450坪)新築、移転(9東2 現在のみなみ公園)
- 1947年11月1日 「北海道庁立」を「北海道立」に改称
- 1948年4月1日 学制改革により「北海道立岩見沢高等学校」となる
- 1949年9月16日 校舎出火し全焼。当面市内高校の校舎を間借りしての授業。
- 1949年10月5日 公立高校再編が検討される中の校舎焼失に”岩高は復興の望みなし”とも囁かれたが、道教委が現地復興を決定。
- 1950年4月1日 岩見沢市立女子高(現岩西高)と統合共学実施、「北海道岩見沢東高等学校」に
- 岩高、市女、岩見沢高等女学校の3校が2校に再編。だが市内の公立高校再編問題は解決せず、2,3年生の授業は当分不可能に。各校生徒が校区により二分され、5月にようやく通常授業が可能となる。
- 1950年10月7日 復興祭(第1回学校祭)開催
- 1951年9月23日 創立30周年・2代目新校舎落成記念式典で、現校歌『我がたましいの故郷』(風巻景次郎作詞・筒井秀武作曲)披露
- 1957年10月13日 創立35周年・校舎増築落成記念式典(この日を開校記念日とする)
- 1959年4月18日 ウィーン合唱団鑑賞会
- 1960年7月8日 この年の学校祭から市内仮装行列始まる
- 1961年12月10日 創立40周年記念・独立図書館落成記念式典
- 1971年9月25日 第1回マラソン大会
- 1972年1月22日 この年からスキー授業開始
- 1975年3月24日 生徒の制服制度廃止要求に対し学校側が条件付き自由化を提示、制服条件付き自由化が実施
- 1976年12月10日 3代目新校舎落成、現在地へ移転し(10月29日)、校舎落成記念式典挙行
- 1981年10月12日 道教委より「体力づくり実践優良校」表彰
- 1982年11月24日 合唱部「空知管内教育実践表彰」受賞
- 1983年12月22日 みなみ公園にて「旧校舎跡の碑」序幕
- 1987年2月6日 道教委より、創意ある教育活動の顕著な実績が評価され「北海道教育実践表彰」受賞
- 1987年10月14日 1学年合唱コンクール始まる
- 1989年3月22日 吹奏楽局「岩見沢市教育実践奨励賞」受賞
- 1992年2月 合唱部「岩見沢市教育実践奨励賞」受賞
- 1993年 校地内に同窓会記念館「大地」完成。初代校歌の冒頭「大地の胸に包まれて…」に由来。同窓会名も「大地」。
- 1995年4月 1992年からの制服完全自由化要求が職員会議で可決、制服完全自由化
- 2002年 創立80周年記念式典・シンポジウム、旧校舎跡地記念碑除幕、芸術鑑賞(林家木久蔵招聘)
[編集] 沿革(定時制)
- 1940年4月30日 辰学第670号指令により、岩見沢市立夜間中学校設立認可
- 1940年5月16日 岩見沢中学校において開校
- 1945年4月1日 中等学校令により岩見沢市立中学校となる
- 1948年4月1日 学制改革により「岩見沢市立高等学校」となる
- 1950年4月1日 「北海道岩見沢鳩が丘高等学校」と改称
- 1951年4月1日 北海道に移管され岩見沢東高等学校定時制課程として併置、美流渡分校開設
- 1953年4月1日 美流渡分校独立し「北海道美流渡高等学校」となる
- 1962年4月1日 北海道美流渡高等学校を合併
[編集] 学級数の変遷(統合共学後)
普通科5(1952年度入学生~)→普通科4商業科1(1953~)→普通科5商業科1(1958~)→普通科6(1966~現在)
[編集] 特徴
- 略称は岩東(がんとう)。
- 空知学区内一の進学校である。毎年、10名~20名北海道大学へ合格者を輩出している。さらに毎年100名前後国公立大学への合格者を出している。また、早稲田大学、中央大学などの有名私立大学に進学する者や、北海学園大学、北星学園大学などの北海道の私立大学に進学する者も多数いる。
- 個人における芸術系のレベルも高く1~3年おきに東京藝大や桐朋学園、東京音大、京都芸大などへの合格者を出している。
- 岩見沢市の市街地から少し離れた東山町の高台に位置する。学校に行くにはいずれの方向からも坂を上らなければならない。校地西側の急坂は「岩東坂」と呼ばれ親しまれてきたが、近年宅地開発に伴い北側に迂回する「新岩東坂」が作られ、自動車・歩行者共に「旧岩東坂」を利用する者は少なくなってきている。ちなみに、旧岩東坂の道路わきには野苺が生えている。
- 2006年3月まで、北海道中央バス「東高校前」停留所は市内日の出南線の終点であったが、路線・ダイヤ改正により、新岩東坂を通りかえで団地を終点とする「日の出南線・東高校経由」の一停留所となった。(→北海道中央バス岩見沢営業所を参照)
- 「文武両道」を謳い、学業だけでなく部活動にも力を入れ、多くの実績を残している(部活動の項参照)。
- 春秋の体育大会や学校祭・1学年合唱コンクールなど道内の高校としては比較的行事も多く、芸術鑑賞ではかつてウィーン少年合唱団や林家木久蔵など著名の芸術家を招いたこともあるが、授業数削減の波に呑まれ行事は減らされつつある。
- 学校祭は毎年7月中旬に行われ、恒例の山車を引いて市内を練り歩く仮装行列が見もの。行列は市街地を回った後旧校舎のあったみなみ公園に至り、そこでクラス毎のパフォーマンスが行われる。以前はパフォーマンスを披露しながら練り歩くというスタイルであり、夏の岩見沢の風物詩でもあったが、交通量の多い国道12号線を交通規制しなければならないことの兼ね合いで、警察からの縮小要請を受け、平成10年度から現在の「公園でのパフォーマンス」というスタイルとなる。校舎内では教室を改造した「ホームルーム創造展」などが開かれる。旧校舎時代では化学部が花火を製作し、それの点火で学校祭開会を祝すというものがあった(成功した例はない)が、あるとき火薬の量を間違え花火設置場であるバックネットを燃やしてしまったという歴史がある。
- マラソン大会は岩東を出発して市内東部の丘陵地帯を一周する。男子10km、女子8km。過去には、マラソン大会を抜け出し、当日休ませた仲間に近所の池で準備をさせ、酒を交えて焼肉パーティーを行うという強者がいた。
- マラソン大会は校舎の周辺の丘陵地帯を一周するコースとなっている。男子のコースはアップダウンの非常に激しい丘陵地帯を抜けたあと、先述の岩東坂を登らなければならなく、精神的に大変厳しいコースとなっている。
- 1995年に制服完全自由化が実施され私服登校が認められたが、制服自体は廃止されておらず、校則にも規定されている。しかしこの制服を入手するためには特注で生産しなければならず、着用している生徒は皆無。代わりに通常時は私服、入学式や卒業式ではスーツ・袴などを着用している。
- 2009年度から本格実施となる北海道の医療過疎を解消するため将来の医師を育成を目標とした、「医進類型指定校」として北海道教育委員会から指定を受けた。
[編集] 部活動
過去に合唱部が9度全国大会(うち2回銅賞)に出場したのをはじめ、女子バレー部全国3位、サッカー部・男子バレー部全国優勝。男子バスケット部・陸上部・テニス部・卓球部・将棋部・囲碁部も全国大会に出場するなど、体育系、文化系共に地区大会・全道大会では優秀な成績を収めている。 また吹奏楽局・合唱部はそれぞれ毎年5月、7月に定期演奏会を開催している。
- 体育系
- 文化系
- 外局
- 同好会
(平成19年度現在)
[編集] 著名な出身者
- 鹿内信隆(フジサンケイグループ創始者、元フジテレビ社長)
- 氷室冴子(作家)
- 前田忠明(芸能記者)
- 手嶋龍一(元NHKワシントン支局長)
- もんでんあきこ(漫画家)
- 渡辺陽子(北海道放送アナウンサー)
- 鈴木豊(キユーピー株式会社 代表取締役社長)
- 渡辺孝一(現岩見沢市市長)
- 岡田晃(元外交官)
- 北二郎(政治家)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月11日 (水) 10:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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