北海道遠軽高等学校
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| 過去の名称 | 北海道遠軽中学校 北海道庁立遠軽中学校 北海道立遠軽中学校 北海道立遠軽高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 北海道 |
| 学区 | 北海道網走西 |
| 併合学校 | 北海道立遠軽女子高等学校 |
| 校訓 | 全日制 文武両道 定時制 克己 |
| 設立年月日 | 1940年4月22日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程、定時制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース | 全日制普通科3学年時 文型コース 理型コース 教養型コース |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 01273E |
| 所在地 | 〒099-0414 |
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北海道紋別郡遠軽町南町1丁目
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| 電話番号 | 0158-42-2675 |
| FAX番号 | 0158-42-2676 |
| 外部リンク | 公式サイト |
北海道遠軽高等学校(ほっかいどうえんがるこうとうがっこう、Hokkaido Engaru High School)は、北海道網走支庁管内の紋別郡遠軽町にある公立(道立)の高等学校。遠軽地方では「遠高(えんこう)」と略される。
2006年6月、北海道教育委員会による平成19年度公立高等学校適正配置計画案で北海道遠軽郁凌高等学校との統合案が示された。2007年度より6間口となった。
目次 |
[編集] 概要
1940年(昭和15年)創立の北海道立の高等学校。全日制の校訓は文武両道、定時制は克己。かつては全日制商業科もあったが現在は廃止されている。部活動が盛んで全道・全国大会に出場する部が多い。2004年~2006年は吹奏楽部が全日本吹奏楽コンクールに3年連続出場。同年、野球部が全国高等学校野球選手権大会・北北海道大会で初の決勝へ進出。ラグビー部も過去に全国高等学校ラグビーフットボール大会への出場経験がある。遠軽地方を代表する高等学校として、広く優秀な人材を輩出している。
[編集] 沿革
- 1940年 男子制の北海道遠軽中学校(町立)として創立。校舎建設が始まる。遠軽中学校開校式ならびに第1回入学式を挙行。
- 1947年 北海道庁立から北海道立遠軽中学校と改称となる。
- 1948年 学校教育法により北海道立遠軽高等学校となる
- 1950年 北海道立遠軽女子高等学校と統合し北海道遠軽高等学校となる。この時期に校章を制定。
- 1951年 佐呂間分校(後の佐呂間高)を設置
- 1959年2月12日 東側校舎の定時制職員室付近から出火。折からの強風にあおられ、2階建て延べ4400平方メートルを全焼。沿革・学籍簿などそれ以前の公的記録を一切焼失する。
- 1960年(昭和35年)8月28日 2代目校舎が完成し、本校体育館において落成記念式典と創立20周年記念式典を併せて挙行した。
- 1990年 創立50周年記念式典挙行。
- 1997年 現・3代目校舎落成。
- 1999年 創立60周年記念式典挙行。
[編集] 校舎
現校舎は3代目。1999年にそれまで35年間使われていた鉄筋2階建の2代目校舎に代わり鉄筋4階建の新校舎が落成し現在も使われている。
1959年に火災のため初代校舎が焼失したことから2代目はその教訓が生かされ建設された。避難用の役割を兼ねた階段が多く(およそ2教室に1つの階段)造られ、火災を連想させないためか校舎内の壁はすべて寒色系の色で統一された。年間の寒暖差が大きい遠軽では特に冬の寒さは厳しく、校舎の老朽化とともに学習環境は悪化の一途を辿った。
暖房は現校舎移行まで石炭を燃料とするいわゆるルンペンストーブが用いられた。冬期間は教室内の室温差が激しかったことから教室によっては石炭が午前中に燃え尽きてしまい、凍える中で授業を受けることもあった。生徒たちは保温機能のあるランチジャーに弁当を入れて持参したり、自主的に月一度の席替えをするなど寒さ対策を必要とした。
現在、旧校舎跡地は前庭・駐車場などが整備され、その名残はまったく残っていない。部活動が盛んなことから正面玄関には各種大会での賞状・トロフィーなどが所狭しと飾られている。現校舎の一部には町のシンボルである瞰望岩(がんぼういわ)をモチーフにしたデザインが採用されている。
[編集] 校歌
現在の校歌は、1950年に統合・新制の北海道遠軽高等学校となった翌年の1951年に公募されたもので、高橋淳作詞のもが選定され、大中寅二作曲で 1952年(昭和27年)1月30日制定となっている。旧制中学時代の校歌は1944年に制定された土井晩翠作詞、東京音楽学校作曲と表されているのものである。また、旧校舎では始業・終業を告げるチャイムは一般的なウェストミンスターの鐘ではなく大中寅二作曲の「椰子の実」のオルゴールであった。
[編集] 年間行事
- 4月 入学式
- 7月 学校祭「遠高祭」・合唱コンクール
- 9月 校内マラソン大会
- 3月 卒業証書授与式
[編集] 部活動
遠軽高等学校の部活動は伝統的に続いている「全員加入」制度が特徴である。
[編集] 吹奏楽
アマチュア吹奏楽の祭典全日本吹奏楽コンクールに過去8回出場する高校吹奏楽の名門。北海道内でも古い歴史を持つ吹奏楽団のひとつ。網走支庁管内で最初に創設された吹奏楽団で1955年北海道吹奏楽連盟結成時の加盟34団体の中に名を連ねる。1953年に吹奏楽部として創設され、1998年外局に組織変更。以降校内では吹奏楽局、校外では吹奏楽団の名称で活動する。2006年まで3年連続で全日本吹奏楽コンクールに出場し表彰を受けた。
[編集] ラグビー
過去に全国高等学校ラグビーフットボール大会への出場経験が5回ある。
同じ北見地区には過去4度の全国準優勝をしている古豪・北見北斗高校があるが、宿敵を破って1966年度、1968年度、1969年度、1971年度と2001年度の5回、北北海道代表として花園に出場した。
[編集] 野球
2005年に全国高等学校野球選手権大会(いわゆる夏の甲子園)北北海道大会で初の準優勝となり、続く2006年も連続して準優勝で甲子園へあと一歩と迫った。
[編集] 出身者
- 室木洋一(武道家、元北海道大学/北海道情報大学教授)、1945年卒(旧制)
- 川口貞男(国立極地研究所名誉教授、元南極観測隊長)、1946年卒(旧制)
- 日下喜一(政治学者、元青山学院大学/関東学院大学教授)、1946年卒(旧制)
- 本橋浩一(アニメーション製作者、日本アニメーション(株)代表取締役)、1948年卒(旧制)
- 加藤多一(児童文学者)、1954年卒
- 堀達也(前北海道知事)、1954年卒
- 鵜飼隆好(機械工学者、愛知工業大学教授/北海道大学名誉教授)、1956年卒
- 吉田佐(作曲家、代表作「中の島ブルース」(秋庭豊とアローナイツ、内山田洋とクール・ファイブ)、1956年卒
- 岸本健(スポーツ写真家)、1957年卒
- 安彦良和(アニメーター、漫画家、神戸芸術工科大学教授)、1966年卒
- 湖川友謙(湖川滋、アニメーション監督、作画家)、1968年卒
- 小堀洋(漫画原作家、大阪芸術大学教授)、1968年卒
- 高柳薫(連合北海道会長)、1968年卒
- 住谷裕文(佃裕文、仏文学者、大阪教育大学教授)、1969年卒
- 関川純二(ホルン奏者、新日本フィルハーモニー交響楽団団友)、1971年卒
- 甲田益也子(モデル、歌手、俳優)、1978年卒
- 恩田尚之(キャラクター作画監督)、1981年卒
- 村上敦(ファゴット奏者、札幌交響楽団)、1981年卒
- SAITO(プロレスラー(DRAGON GATE所属))、1989年卒
- 谷藤万喜子(フルート奏者、カルテット・ペピモン)、1989年卒
- 高橋香代(タレント、元競艇クィーン)、1992年卒
- 黒岩真美(クラリネット奏者、シエナ・ウインド・オーケストラ)、1995年卒
- 北野里美(トロンボーン奏者、ガレリア・ウインド・オーケストラ)、1996年卒
- 西村優希(野球選手)、2008年卒
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月26日 (木) 06:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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