北神圭朗
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| 生年月日 | 1967年2月1日(42歳) |
|---|---|
| 出身地 | 日本国東京都[1][2][3][4] |
| 出身校 | 京都大学法学部 |
| 学位・資格 | 法学士 |
| 前職 | 大蔵省主税局 大臣官房付兼、内閣官房内閣内政審議室内閣事務官 岩手県農林水産部企画課長 |
| 所属委員会 |
経済産業委員会及び、教育再生に関する特別委員会所属 |
| 世襲 | 世襲ではない |
| 選出選挙区 | 京都府第4区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 所属党派 | 民主党 |
| 党役職 | 税制調査会副会長 経済産業部門、経済政策委員会事務局長 男女共同参画推進本部事務局次長 |
| 会館部屋番号 | 衆・第二議員会館638号室 |
北神 圭朗(きたがみ けいろう、1967年2月1日 - )は、日本の政治家。衆議院議員。
目次 |
経歴
京都大学法学部卒業後、旧大蔵省入省。主税局、大臣官房付兼内閣官房内閣内政審議室内閣事務官、岩手県農林水産部企画課長等を歴任後、2002年に退職する。
2003年11月9日投票の第43回衆議院議員総選挙で自民党の野中広務の地元である京都府第4区から民主党公認で立候補した。新人と大物政治家との対決に注目が集まったが、野中は選挙戦直前に引退したため、後継者の田中英夫との対決となった。選挙戦は田中の勝利に終わり、北神は涙を飲む結果となった。
続く2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では、同区は郵政民営化に反対し自民党公認から外れた田中英夫と、代わって自民党公認となった中川泰宏の対決に注目が集まったが、勝利した中川氏に北神は約1600票差まで迫り、比例復活により初当選を果たした。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では、民主党への追い風に乗り、初めて選挙区での当選を決めた[5]。
パチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザーを務める[6]。
人物・主張
- 両親の仕事の都合で、高校卒業まで幼少年期の殆どをアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスで過ごし、週末は小学校1年から高等学校3年までの全課程、地元日本語補習授業校あさひ学園に通った。京大在学時には、前原誠司の京都府議選を手伝った。そのため留年してしまったが、2年続けて新日鉄から内定を貰う。(しかし、国家公務員I種・経済職に合格し結局大蔵官僚の道を選択)。稲盛フェローに選ばれ、米国研修にも行った(南カリフォルニア大学公共政策管理学)。
- 独特の切り口と豪快で気さくかつユニークな人柄で知られる。京大在学時、大蔵省時代にも数々の伝説を残している。大学在学中には、時折和服で登校する姿が目撃されている。剣道の有段者であるが、大蔵省入り直後の新人の頃に当時蔵相経験者であった橋本龍太郎にいきなり対戦を申し込んだ逸話もある。
- 2007年6月14日、ワシントン・ポストに掲載された「従軍慰安婦に強制はなかった」とする意見広告に賛同した。
- 民主党の派閥では凌雲会、花斉会に所属する。
- 民主党内の外国人参政権に反対もしくは慎重な議員で構成される永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会に参加している。
関連項目
参考文献
外部リンク
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最終更新 2009年10月26日 (月) 01:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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