千原せいじ

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 千原せいじ
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本名 千原靖史
生年月日 1970年1月25日(39歳)
出身地 京都府福知山市
コンビ名 千原兄弟
立ち位置
事務所 吉本興業
活動時期 1989年 - 現在
公式サイト 千原兄弟オフィシャルホームページ
受賞歴
1994年 ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞
1994年 上方漫才大賞 新人賞
  

千原 せいじ(ちはら -、1970年1月25日 - )は、お笑いコンビ千原兄弟のツッコミを担当。 本名および旧芸名、千原 靖史(ちはら せいじ)。京都府福知山市出身。NSC8期生。既婚。福知山商業高等学校(現:福知山成美高等学校)卒業。2007年、芸名を千原せいじに正式に改名した。

目次

[編集] 人物

  • NSC入学後、当時引きこもりだった弟の千原浩史(千原ジュニアを誘い、お笑いコンビ・千原兄弟を結成。大雑把で一癖あるツッコミが特徴的である。吉本芸人では、ほんこん岩尾望フットボールアワー)と並ぶ不細工キャラで、2002年6月に、宮古島の教会で挙式した既婚者である。
  • デリカシーのない無遠慮なキャラクターではあるが、その反面、社交的で友人が非常に多い。プライベートでの人脈・情報網は物凄く広く『やりにげコージー』『やりすぎコージー』では、その情報網を利用した企画が放送された。それらの番組では、しばしば私服で登場し、その私服も、知り合いがデザインしたものを着用している。
  • 旧芸名時代、毎回ダウンタウンの番組に出演する度に、浜田雅功「やすし」と呼ばれ、「せいじや!」とつっこむというパターンがよくみられた。
  • 松本人志は「ホクロの位置がマリリン・モンローと全く同じ」とよく言っているが、実際は異なる。『ガキの使い』の人気企画「七変化」では、ブサイク顔が受け、43,000円(歴代5位)と健闘した。松本は、本番前に靖史のスタイルを見て「スゴイなぁ!」と言って、1,000円を入れていた。
  • ラジオ番組「松本人志・高須光聖の放送室」での電話企画「カプリチョーザ杯」では、期待されていなかったにも関わらず、かなりの高評価を得るダジャレを連発した。
  • また、異常なほどのドSな性癖を持っている。『やりすぎコージー・土曜婦人』内で、実際にプレイを軽く実演したところ、相手の女性を縄で縛る前に、縄をわざと床に落とし、「拾って。」と言って、相手に拾わせる段階から始め、やりすぎガール達をドン引きさせていた。
  • 松本に「毎秒残念」と言われた[1]。これは、弟の千原ジュニアが兄のエピソード(後述)を語る際、しばしば「うちの残念な兄が…」と言うためである。最近では、ジュニアに「無念な兄」と言われた。
  • アメトーーク」の「ドラえもん芸人」に兄弟で出演し、「優勝すると特別にゲスト出演出来る」クイズで、ジュニアに「彼の顔はドラえもんに出していい顔じゃない!R-18です!」と言われた。
  • 天然でバカキャラと言われているが、『クイズ!ヘキサゴンII』のペーパーテストでは好成績を残している。また、かつて知能指数を調べた際には「普通に勉強したら東京大学に入れるレベル」の数値を出したとのこと。
  • 品川庄司品川祐と飲みに行った際、将来の夢について「俺はジョーズハンターになる!」と熱く語った。
  • 高校1年生の1学期末テストの英語の問題は、アルファベットを大文字でA~Zまで全部書けたら100点というものだった。せいじはこのテストに向けて、6~7人の友人を家に呼び集めて、試験勉強をしていた。その最中、当時小学6年生であったジュニアが、せいじの部屋の前を通りかかると、「『J』のクリンってなってる方は右にクリンか左にクリンのどっちや?全然分からへん…。そうや!みんな辞書や!辞書ひけ、辞書!!」と、一同の盛り上がっている会話が聞こえ、深い衝撃を受けたと語る。
  • せいじの高校は、千原兄弟の父親の母校でもある。父親は、せいじの高校入学祝いに、自分が学生時代に使っていた英語の辞書をプレゼントした。思春期だったせいじは、その辞書で「s○x」を引いてみた。すると、そこにはご丁寧に蛍光ペンで印がつけられており、他の卑猥な単語にも一様に線が引いてあった。せいじは、「お前もかい!」と心の中で父親に突っ込んだという。
  • 親しい先輩芸人の1人に東野幸治がいる。東野とは『やりすぎコージー』の収録後に、2人きりで食事に行っているという。せいじは、後輩であるにも関わらず、東野に対し常にタメ口を利き、「ひがしのり」と呼んでさえいる。
  • レジくんという愛弟子がおり、四六時中一緒にいて、子供の世話などをしてもらっている。
  • 「ワゴン車からキムタクが出てくると思いこませ、実際に現れるのは、せいじ」というドッキリを、キムタクファンの女性通行人に仕掛けたところ、女性通行人があまりのギャップに腰を抜かして、立てなくなった[2]
  • 20台後半辺りから、徐々に頭髪が薄くなっていた。芸人として売れないことが原因でストレスとなり、円形脱毛症になったことがある。自身の息子にも「中途半端にハゲやがって」「薄くなってるやん」と言われたことがある。現在では、頭髪治療により回復してきている。

[編集] 評価・評判

「ガサツ」「デリカシーがない」と言われるが、その社交性や笑いへの姿勢は、芸人仲間などから慕われている。

  • 東野幸治は「顔の造りは大雑把だけど、ハートはものすごく繊細」。
  • アメトーク」の「人見知り芸人」の際、「初対面のカメラマンと2人きりになったらどうするか」のVTRを人見知りと豪語する若林正恭と比較、VTRの中で終始黙ったままの若林に対し、開始数秒で積極的に話しかけて更に膨らませるその姿を、雨上がり決死隊らは「スゴイ…」と絶賛した。そして、その人見知りである若林に対しても、以前楽屋で1人佇んでいた若林に「昨日見たで!!」と話しかける程である。しかし、東野幸治に「『昨日見た』がプロの会話やあれへんがな!」と言われた。
  • お笑い評論家のラリー遠田は「ジュニアが『残念な兄』とエピソードを話して笑いを取る一方で、せいじをあまり知らない東京のお笑いファンに『笑いの腕も残念なんだ』と思われるのは悔しくてならない。ジュニアの笑いを一番引き出せるのはやはりせいじである」と語っている。
  • 松本人志は、ジュニアが「いいとも」のレギュラーに選ばれたことについて、「最初聞いた時、何で千原兄弟じゃないねん、って思った。元レギュラーとして、2人共を知ってる人間として言いますけど、タモリさんと絡みやすいのは、どっちかって言ったらせいじですよ!」と自身のラジオ番組で語った。

[編集] エピソード

多くは、ジュニアの口から語られることが多い。また、以下のほとんどが「人志松本のすべらない話」か「にけつッ!!」によるものである。

  • 子供の頃、野球をしに行こうと家を出る時、ガラス戸が閉まっていることに気づかずに、突進して割ってしまったことがあるが、そのまま何事も無かったように野球に行った。
  • 小学生の時に、全校集会でジュニアの同級生である癇癪持ちの児童が暴れだし、イスを持ち上げて「お前ら、包丁で刺し殺したろかー!」と叫んだ際に、怒声で「それやったら、イスいらんやんけー!」とつっこんだ。体育館中が爆笑の渦に巻き込まれ、事態を沈静化させたという。
  • 2丁目劇場の楽屋で、「ちゃうねんちゃうねん今年の優勝はダイエーやねん」とプロ野球について大声で語っていたが、ジュニアが楽屋を覗くと、せいじ1人だった。
  • 山本寛斎がプロデュースしたショーに、上戸彩哀川翔などと共に千原兄弟が出演した際、上戸が、せいじの持っていた刀を見て「それ、本物ですか?」と聞いたところ「おお、そうや」と言い、「へぇ~スゴいですねぇ」と言われた直後「ウソに決まってるやろぉぉ!」と叫んだ(大声でつっこむために、敢えて一度泳がせたのである)。それを見ていた哀川は、大笑いしていた。
  • 上記の山本寛斎のショーに出演した際、千原兄弟が舞台に到着した際まだ黒子が作業をしていた。その際にそこの監督が黒子を思いっ切り怒鳴りつけていたら「見ろ!ジュニア!!黒子めっちゃ怒られとんぞ!!」とデリカシーがまるでない発言を大声で発した。
  • さらに上記の山本寛斎のショーに出演した際、出演者紹介にて、ジュニアは、「天才芸人、千原浩史!」と紹介されたが、せいじは、「その兄!」とだけ紹介された。
  • ロケでベトナムホーチミン市に行った際、ジュニアがバイクタクシーの運転手に「お兄さん、乗る?」と聞かれ断り、ふと辺りを見回すと、せいじがバイクタクシーの運転手を後ろに乗せて街を疾走していた。本人いわく、現地を舞台にしたアクションゲームで道路を完全に把握しており、道を知らない運転手に業を煮やして交代させたとのこと[3]
  • 川に銛を持って潜り、何か動いたと思い突き刺したら、自分の左足のももだった
  • ある日、せいじが公園のブランコに座り、地面を眺めて泣いていた。ジュニアが「どないしてん」と聞くと「アリが一生懸命エサ運んでんねん」と答えた。ジュニアはその話を聞いて「こんなに心優しい男はいませんよ!」と、感動した。
  • 同じく公園で、オンブバッタがお互い離れていく様子を見たときは「バッタが離れ離れに~!」と、泣いていた。
  • 品川庄司が、舞台終わりに漫才の出来で大喧嘩をしていた際、通りかかったせいじは喧嘩を止めようとせず「おぉ、やれやれ!俺らの頃二丁目ではみーんなケンカしたもんや!今ルミネ見てみ?誰がケンカしとる?ケンカして上手くなっていくもんや」と言い去っていった。品川が感動していると、楽屋から「ワッハハハ!まーた阪神勝った!」と、せいじが叫んでいた。
  • ルミネtheよしもとで、千原兄弟が2冊の辞書を読むという、ネタで辞書の位置が重要なので、ジュニアは暗転中に、セッティングするせいじに「赤の辞書を右、白の辞書を左に置いてな」と言いに行った。するとせいじはスタッフを呼び「俺、はけたら袖でこうしてるから(両手を前に出す仕草)右手に赤、左手に白を渡せ、見えへんから。分かったな!」と、偉そうに言っていた。いざ本番になると、案の定、辞書が逆に置かれていたので、終わってからジュニアが「せいじ、あれ逆やで」と言うと「そうやあいつ!おい!」と、スタッフを呼び出し「お前あんだけ言うたやろ!何で逆やねん!」と、スタッフを怒った。しかし実は、スタッフは指示されたとおり渡したのを、途中でせいじが重ねてしまったのだった。そのことが分かったせいじは「お互い気ぃつけよ~」と、悪びれた様子もなく言った。
  • 小さい頃、ジュニアを風呂場に閉じ込めた際、ジュニアがすりガラスを蹴破ったことに泣き出し、「どんだけビックリしたか」と、泣きながら言った。
  • ジャリズム渡辺あつむと千原兄弟で公園に行った際、ジュニアが木に登り、サングラスとヘッドフォンをして寝ていると、子供が集まってきて、ジュニアに向かって「かっこつけ男」と言い出した。それを見た渡辺が「俺もあだ名付けてくれや」と言うと「めだちたがり男」、せいじには「ブサイク男」というあだ名を付けた。
  • ジュニアとジャリズム達と共に仕事帰りに終電に乗っていると、仕事の疲れの為、皆眠ってしまった。そのまま終点まで着いたところ、ジュニアは、慌てて隣で寝ていた山下を起こして下車した。ところが渡辺とせいじは、間に合わず、二人を乗せたまま電車は車庫に向かってしまった。気が動転した渡辺は泣き崩れたが、せいじは、車庫に行ける嬉しさから満面の笑みでジュニア達に手を振っていた。
  • 新幹線の駅の改札で、右手に「ジャンプ」、左手に切符を持っていて、駅員にジャンプを渡した。
  • 子供の頃、教室内で同級生の青木くんが傘を投げ、同級生の子の額に当たった。室内が静まり返る中、せいじだけ笑いながら「俺にもやらしてくれ」と言った。後で、青木くんと一緒に傘をぶつけた子に、お菓子を持って謝りに行ったという。
  • 上記の青木君には、上京するまでの間に様々な悪戯を受け、ジュニアはその手伝いをさせられた。ある日せいじが寝ていると、青木君が訪れ、せいじの枕元に爆竹を仕掛けた。しかし、その場で火を付けるのでは無く、導火線代わりにテッシュで作った紐を、爆竹から家の外までセットし、テッシュの上にジッポオイルを垂らして、家の外から点火を行った。青木君曰く、導火線が少しずつ燃えて行くところを着いて行って、部屋の外からせいじが驚いているところを見たかったとのこと。しかし、無論ジッポオイルを垂らしたテッシュである為、一瞬で火が爆竹まで届き、爆発、誰にも見られることなく、せいじは一人でパニックになっていた。
  • またある日、せいじが寝ているところに青木君が訪れ、せいじの煙草に一本だけ青木君特性の七味煙草をセットし、ジュニアと部屋の外で見ていた。もちろん、起きたせいじは、七味煙草を吸ってパニックに。しかもその悪戯を、3日連続で仕掛けられた。4日目ともなると、さすがのせいじも警戒し、わざと取りやすいように箱から一本だけ飛び出している怪しげな煙草には手を付けず、箱の奥にある安全そうな煙草を取った。しかし今度は箱の煙草全てが七味煙草に掏りかえられていた。そのパニック姿は、ジュニア曰く、青木君の悪戯シリーズの中でもトップクラスのリアクションだったらしい。
  • 暗所恐怖症で、幼い頃、せいじは1人で2階に行くのが怖かったという。2階に行くときは、ジュニアに「おい、お兄ちゃん2階行くぞ」と言い、ジュニアが手を引いて2階に行っていた。ジュニアが部屋の中を確認し「誰も居てへんよ」と言うと「ありがとう」と礼を言い、部屋に入っていった。しばらくして、ジュニアが付き添いを面倒になっているのを察知すると、「おまえは筋肉がないから俺をおぶって2階まで運んで体鍛えろ」と、手の込んだ言いがかりをつけるようになった。ジュニアは、健気に従ってあげていたが、何分せいじの体が大きくなって来た年頃だったために、2階まで一気に運ぶには体力が持たず、階段途中の踊り場で一旦下ろして、膝に手を付きゼーゼー言いながら休憩を取らざるを得なかった。せいじが「おまえ何休んどんねん」と休憩中のジュニアの背後から蹴りをいれると、ジュニアは前傾姿勢のまま頭から壁にめり込み、ちょうど鹿の首から上の剥製と逆のバージョンで静止した。それ以降、千原家の階段踊り場の壁に開いた大きな穴は、千原母作の粘土細工でカモフラージュされている。
  • 高校時代には、8回に亘り停学処分を受けた。そのうち7回は、カンニングや喫煙で、残りの1回は、その学校の毎年恒例のマラソン大会で、わざと途中でコースを外れ、親戚の女性が運転する車でゴールの付近まで送迎してもらい、そのままゴールする、という不正を働いたため。その結果、10kmを6分切る(時速100km以上)という、人間では決して有り得ないタイム(参考までに、現在の男子10000走の世界記録は26分17秒53)を叩き出し、不正は即座に発覚した。
  • また、停学処分になると、母親の機嫌をとるため、風呂を沸かしていた。しかし、その後7回も全く同じように繰り返したため、その内、沸いている風呂を母親に見られただけで「せいじ~!!」とキレられていたという。これらのエピソードを聞いたダウンタウンからは、異口同音に「アホや!」「お前、ホンマにアホやな!」と、連呼されていた。
  • 学校の帰りに、ジュニアが悪戯で、せいじの帽子を踏切の遮断機棒の先端に引っ掛け、電車が通過したら遮断機が上がってしまい、取れなくなってしまったのを見て、再度電車が通過すれば、また帽子を取れるのにも関わらず「お前、俺あの帽子めっちゃ気に入ってるねんぞ!どうすんねん」と、泣いていた。
  • 膝で大便を踏んだことがあり、「なんで膝やねん!」と、泣いていたという。これらの話を聞いた松本からは「ホンマに美点が見つかれへんな!」と、言われていた。
  • 学校に行く時に大便を踏み、帰りにまた同じ大便を踏んだことがある。
  • ジュニアは、祖母に溺愛されているが、せいじはあまり愛してもらえていない。『アメトーーク』の企画で「おばあちゃん子芸人」というものがあり、それに出演したジュニアへ祖母からのビデオレターがあった。ジュニアへは心温まるメッセージだったが、スタッフの「せいじさんには何かありますか?」という問いに、祖母は長時間考えた後「特に無いです」としか言わなかった。
  • ジュニアに祖母からのお歳暮で、高級な新巻鮭が1本届いた。それをせいじに「おばあちゃんからお歳暮来た!」と喜んで見せに行くと、「おお、俺にもお歳暮来たで!お箸やろ?」と言われ、本当にお箸がむき出しのまま、一膳届いただけだった。
  • 海外に行くと、ホテルの空調機が日本と違うことでもテンションがあがる。(一方ジュニアは、人見知りが激しいため、海外は苦手)
  • DVDで記録するタイプのビデオカメラを持っており、旅行に50時間分のDVDを持って行ったが、本体のビデオカメラを忘れた。
  • ジュニアが交通事故を起こした時は、デート中だった。最初は、マネージャーにジュニアの面会を一任したが、実家にいた母からの電話で、慌てて面会に行ったという(出典:2008年6月11日放送日本テレビ「ザ!世界仰天ニュース」)。
  • 高校入学の際に、知能指数を計り、普通に勉強すれば東大に行けるレベルという、その高校始まって以来の高い数値を叩き出した。そのため、特別進学コースに入れられるものの、成績が悪すぎて2年生から普通科になった。
  • 兄の写真を見たジュニア曰く、3、4歳まではとても可愛い子供だった。事実、その頃に「可愛すぎるから」という理由で、誘拐されかけたことがある。
  • ブームの真っ只中、「日本で最初に『ビーバップハイスクール』を読んだのは俺や!」と、ジュニアに声高らかに宣告した。
  • 中学時代になりたかった職業はパティシエで、電動ホイッパーを欲しがっていた。そんなある日、ジュニアが夜遅く帰ると、せいじに怒られた。原因は、この日がジュニアの誕生日で、せいじが手作りケーキを作って待っていたのに、日付が替わったからである。
  • 息子と「北海道で珍しい花を探す」ロケをしていた際に、息子にバッタを「お父さん、ブローチあげる!」と、胸に付けられた。せいじも喜んでロケを進めていると、いつの間にかバッタがいなくなっていた。息子が「お父さんがブローチ捨てた!」とごねたが、せいじが父親らしく「バッタさんは、自分が一番落ち着く自分の家に帰って行ったんや。お前もこんな所に置き去りにされたら、嫌やろ?」と諭した。その後せいじが花を見つけ「花見つけた!」と屈んだその頭頂部にバッタが止まっていた。ジュニア曰く「落ち着く場所ってそこか!」。
  • 笑っていいとも!』に、ジュニアが水曜日レギュラーとして出演している関係で、せいじが水曜日にゲストで出演することが多い。また、ジュニアが出演する他の番組に、ゲストで呼ばれることも多く、ジュニアに「レギュラーの番組に邪魔しに来るのやめてもらえます?」と、言われることが多い。
  • せいじは、人となじむのが異常にはやい。新幹線に乗った際、新大阪でおばちゃんと仲良くなって、名古屋に着いたら喧嘩してた。
  • 2009年1月2日放送の『世界の村で発見!こんなところに日本人』の企画で、ボリビアに訪れた際、露店でコカの葉(コカインの原料)を噛み、「滋養強壮に効く」などと紹介する場面があった。この場面につき、近畿厚生局麻薬取締部が朝日放送に対し「薬物犯罪をあおることを禁じた麻薬特例法に抵触する恐れがある」とし、同年1月8日付けで口頭で注意していたことが、同年4月10日に発覚した。
  • インドネシアに、ジュニアと2人で「そこに住んでいる大蛇を捕獲する」というロケに行った際、同行した現地の捕獲のプロが、ジュニア曰く「日本語ペラペラで中々弁が立つ」人で、会話中にもボケをちょくちょく挟んできた。そのノリに合わせてせいじが「何でやねん!」と、頭を叩いてツッコんだ瞬間、相手が激怒(後から聞くと、その国では「頭部は神様が宿る神聖な場所」とされていた)、大蛇捕獲用ので、大蛇より先に取り押さえられた
  • せいじの息子は、中京テレビの「幸せの黄色い仔犬」という番組にレギュラー出演している。息子の出演するコーナーは、視聴率が10%以上取れる人気コーナーであるらしい。せいじは付き添いで、たまにちょこっと映る程度である。
  • 千原兄弟として、松嶋尚美オセロ)と共演した際、当時松嶋は独立したばかりで、その事について触れていいのかどうかジュニアが迷っており、それがスタッフにも伝染してスタジオ全体が気まずい空気になっていた。しかしそこに、「お~、何や、お前松竹辞めたんやて~?」と大声を出しながらスタジオに入ってきた。おかげで気まずい空気がなくなり、松嶋は「あーゆーの、めっちゃ好き!」と絶賛したが、ジュニアは「今の時代、デリカシーあるもん負けか!」と思ったという。
  • オダギリジョーはドラマ『ぼくの妹』で共演したジュニアに「僕、せいじさん好きなんですよ。だってせいじさんって僕にないもの全部持ってるんですもん」と言った。ジュニアは思わず「逆や!!!」「あいつが持ってないものを君が全部持ってんねん!!」と、ツッコんだという。
  • ジュニアが一人で呑んでいると、隣で同性愛者同士の合コンが開かれていた。気になって様子を伺うと、始まってからしばらくして「男性タレントだったら誰が好きか」と言う話題になり、メンバーの一人が(本人に気付かずに)「千原ジュニアはどう?」という質問からの流れで「じゃあ、兄貴は?」と質問するとそれまで全く喋らなかったメンバーが「お兄ちゃんはBoohh!!」とラップ口調で一刀両断した。

[編集] 出演作品

[編集] バラエティ

ゲスト出演

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

[編集] 脚注

  1. ^ 人志松本のすべらない話2006年12月29日。
  2. ^ 2009年6月27日放送の「人志松本のすべらない話」
  3. ^ 『笑っていいとも!増刊号』放送終了後未公開トーク集(2008年9月7日)より

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月25日 (水) 11:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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