千原ジュニア

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 千原 ジュニア
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ニックネーム ジャックナイフ
生年月日 1974年3月30日(35歳)
出身地 京都府福知山市
血液型 O型
身長 180cm
方言 関西弁
最終学歴 初芝高等学校中退
出身 NSC8期生
コンビ名 千原兄弟
相方 千原せいじ
芸風 ボケ
立ち位置
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1989年 - 現在
他の活動 俳優
公式サイト 千原兄弟オフィシャルホームページ
受賞歴
1994年 ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞
1994年 上方漫才大賞 新人賞
2009年 S-1バトル月間チャンピオン(10月)
  

千原 ジュニア(ちはらジュニア、1974年3月30日 - )は日本のお笑い芸人俳優。本名および旧芸名は千原 浩史(ちはら こうじ)。コンビ千原兄弟ボケを担当。京都府福知山市出身(本籍は父親と同じ京都府舞鶴市である)。京都共栄学園中学校卒業。初芝高等学校中退。NSC8期生(卒業はしていない)。2005年、芸名を千原ジュニアに正式に改名。

目次

[編集] 人物

  • 小学校時代は勉強ができ、難関私立中学を受験して合格。しかし進学校の空気になじめず、登校拒否引きこもりとなる。高校には進学したが、相変わらず引きこもりを続けていた。その折、先にNSCに入学していたせいじから「お前、何もせんと家におんのやったら、俺吉本にいてるから来いや」と誘われる。NSCへ出向いたジュニアは、せいじに「明後日までにネタつくってこい」と言われ、「ついこの間まで引きこもってた奴になんちゅうことさせんねん」と思いながらも、言いつけどおりにネタをつくり上げた。そのネタで生徒を前に爆笑をとり、あまりの快感に「俺にはこれしかない」と決意し、高校を2カ月で中退したという。
  • 15歳という若さでお笑いの世界に入ったため、年上の後輩を多く持つ。
  • 18歳で心斎橋筋2丁目劇場を仕切っていた。
  • 急性肝炎オートバイ事故で2度にわたり生死の境をさまよったが無事生還。
    • 急性肝炎を患った際には、同時期にベイブルース河本栄得劇症肝炎で急逝したこともあり、ジュニアも同じ病気ではないかと懸念された。
    • 2001年3月26日、オートバイ事故に遭う。集中治療室から出た際、その凄惨な顔の怪我を見て「もう芸人としてはやっていけないかもしれない。作家や他の仕事をするしかないのか」と悩んだ。しかし、板尾創路東野幸治今田耕司松本人志ジャリズムなどの芸人仲間が毎日のように見舞いに訪れ、芸人流の励ましを受けるうちに復帰を決めた。

[編集] エピソード

  • 大阪時代、とがっていた性格から「ジャックナイフ」と称されていたが、前述の事故を契機に性格も丸くなり、「バターナイフ」と称されている。
    • 後輩と靴店へ行った際、「こんなブーツ出たんか、かっこええなぁ」と感想をもらしたが、その時自分が履いていたものとまったく同じブーツだった。
    • コントライブのセッティングの際、ジュニアは「照明がいつまでたっても明るくならない」と怒っていた。そのときジュニアはサングラスをかけていた。
    • 「ジュニアを含む5人でコントライブを開催しよう」と陣内智則が言ったものの、5人ともスケジュールが合わず稽古さえできない状態だった。ある番組の収録の際に楽屋でジュニアは陣内に対し「ようこのスケジュールでやろうと思ったな」と冗談半分で言った。しかし返事がなかったため隣を見ると、陣内だと思って喋りかけた人物はバナナマン設楽統であった。[1]
    • がさつな人をじゃんけんで例えて「グー派」・神経質な人を「チョキ派」と話し、自身はチョキ派と豪語した後の後輩との食事の席で、「グー派の人はこういう席でもソースや飲み物を零すんやろなぁ、考えられへんわ!」と言ったその瞬間にTシャツにワインをこぼした。
  • 「ジュニア」に改名した理由は、占いを得意とする小笠原まさやから「『浩史』ではとがりすぎて周りに敵をつくり、『Jr.』では女性的すぎて結婚できない、だが『ジュニア』にすれば、巨万の富を手に入れます!」と言われたことから。
  • 前述のバイク事故の退院後、明石家さんまから「退院祝い、何がええ?」と聞かれ「レギュラーください」と冗談で言ったつもりが、後日実際に、『おかしや?さんま!』にレギュラー出演が決まった。当時さんまはTBSから深夜番組の依頼を長年にわたり断わっていたが、千原兄弟にレギュラーを与えるためだけにこの依頼を承諾したという。因みに番組は半年で終了した。
  • 2006年ピン芸人日本一を決める第四回R-1ぐらんぷりに参加、準決勝敗退に終わる。
  • 東京に進出した頃は「自分の笑いはわかる奴にだけわかればいい」といったスタンスだったが、交通事故を機にネタを書くときにはより多くのお客さんに伝わるように解りやすい言葉を選ぶように心がけるようになったという[2]
  • 絶望的に音痴。
    • にけつッ!!」にてET-KINGとのコラボCDのレコーディングにて、スタジオでは笑っていたET-KINGが凍りついた。
    • ケンドーコバヤシらとのユニットコントにて、ジュニアが作詞作曲した曲を歌うというシーンがあった。そこでジュニアが歌った瞬間、その日一番の爆笑が起こった。
  • 2009年10月、ケンドーコバヤシとの作品で「S-1バトル」の10月の月間チャンピオンとして選ばれた[1]
  • 番組収録終了後に「車~売るなら~ラビット」とCMソングを口ずさんでいると、そばにいたケンドーコバヤシに「それは『モビット』ですよ」と言われてしまう。その後、バッファロー吾郎竹若元博にその事を言うと「それは『大人~のモビット』ですよ」と正され、ジュニアはコバヤシに憤慨する。

[編集] 出演

[編集] TV

[編集] バラエティ

レギュラー

過去のレギュラー

過去の準レギュラー

不定期

ゲスト出演した番組

[編集] ドラマ

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] 連載

  • 千原ジュニアのコラム(『TV Bros.』隔号)
  • 千原ジュニアの『ニュース』なジャーナリズム(『マリ・クレール』2008年3月号〜、2009年5月号までのタイトルは「千原ジュニアのニュース鋭角斬り!」)
  • ジュニア事件簿(『月刊EXILE』2008年8月号~)
  • 音楽と芸人(『音楽と人』)
  • 想像書評(『CIRCUS』)

[編集] ラジオ

  • 千原ジュニアのオールナイトニッポンR(2008年3月22日、ニッポン放送
  • 千原ジュニアのオールナイトニッポン(2008年8月25日、ニッポン放送)

[編集] 舞台

  • 尋常人間ZERO(2008年)
  • CROWN~眠らない、夜の果てに…/劇団EXILE(2008年5月)

[編集] 映像作品

  • 囚(2003年5月28日、R and C
  • 囚 040229(2004年5月26日、R and C)
  • -詩- 05 TOUR(2005年6月29日、R and C)
  • 6人の放送作家と1人の千原ジュニア(2006年7月19日、R and C)

[編集] 書籍

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 2009年2月24日放送回『ロンドンハーツ』より
  2. ^ NHK総合『トップランナー』2008年9月22日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月13日 (金) 03:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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