千葉県立薬園台高等学校
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| ファイル:千葉県立薬園台高校.jpg | |
| 過去の名称 | (私立)興亜農林学校 (私立)船橋農林学校 (私立)習志野農学校 組合立習志野農業高等学校 千葉県立船橋高等学校習志野校舎農業科 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 学区 | 第2学区 |
| 設立年月日 | 1963年1月15日 |
| 創立記念日 | 4月15日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科・園芸科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 12113E |
| 所在地 | 〒274-0077 |
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千葉県船橋市薬円台五丁目34番1号
北緯35度42分41.4秒東経140度2分40.2秒 |
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| 電話番号 | 047-464-0011 |
| FAX番号 | 047-463-4039 |
| 外部リンク | 公式サイト |
千葉県立薬園台高等学校(ちばけんりつやくえんだいこうとうがっこう)は、千葉県船橋市薬円台にある県立高等学校。通称「薬高(やっこう)」。
目次 |
[編集] 概要
自由闊達な校風である。生徒の自主性にまかせる教育方針。県内公立高校における上位の進学校である。 新歓や文化祭、球技大会など行事が盛んで、特に毎年9月に行われる文化祭は、劇・食堂・文化祭運営など非常にレベルが高く、大変盛り上がる。毎年遠方からの訪れるファンも多い。
[編集] 設置課程
・文系、理系のクラス分けはせず、大幅な科目選択制を導入 ・夏休みには実力養成講座を実施
[編集] 沿革
- 昭和19年(1944年):私立興亜農林学校設立
- 昭和20年(1945年):私立興亜農林学校、船橋農林学校に改称。
- 昭和21年(1946年):船橋農林学校、習志野農学校に改称。
- 昭和23年(1948年):習志野農学校、市町村組合立習志野農業高等学校に改称。
- 昭和25年(1950年):市町村立習志野農業高等学校改組、県立に移管し千葉県立船橋高等学校習志野校舎農業科となる。
- 昭和36年(1961年): 習志野校舎を移転・新築。それと同時期に農業科を園芸科に改組。
- 昭和38年(1963年):千葉県立薬園台高等学校設立。千葉県立船橋高等学校習志野校舎園芸科を合併する。
- 昭和50年(1975年):学校群制度実施。船橋、船橋東、市立船橋、市立習志野、八千代の各校と共に第2学校群に編成される。
- 昭和53年(1978年):再び単独選抜となる。
- 平成15年(2003年):創立(独立)40周年記念式典挙行。
[編集] 校歌
校歌である「薬園台高等学校歌」の作詞は大地讃頌(混声合唱とオーケストラのためのカンタータ「土の歌」第七楽章)で知られる大木惇夫が担当している。また、作曲は乗松明広である。
[編集] 校章
下総薬園において、最も多く栽培されてきたリンドウを図案化、校名の「薬」の字を図案全体でかたどったものが使われている。
[編集] りんどう祭
毎年9月に行われる、文化祭と体育祭の総称である。前者ではクラス単位で主に1年は食堂やアトラクション、2・3年は劇を行うほか、部活動毎の売店、シンポジウムなどがあり、例年多くの人が訪れて賑わう。2009年度は4800人を超える来場者があった。このりんどう祭では、来場者や在校生の投票により「りんどう大賞」「準りんどう大賞」を選出する。生徒活動の盛んなこの学校において、りんどう祭は生徒が最も力を入れていることの1つであり、夏休み前から準備を始め、多くの生徒が夏休み中もこの準備のために登校する。文化祭終了後に行われる後夜祭は生徒、OB・OGのみ参加可能であり、有志団体の発表、軽音楽部によるライブ、結果発表や「薬高ダンス」と呼ばれるイベント等でとても盛り上がる。
[編集] 交通
[編集] 著名な卒業生
- 上田栄治(元サッカー選手、元湘南ベルマーレ監督、元サッカー女子日本代表監督)
- 黒鳥文絵(現姓:宇佐見)(元水泳選手、個人メドレー元日本記録保持者、アトランタオリンピック個人メドレー代表、現和洋国府台女子高等学校教諭、水泳部コーチ)
- 帆足由美(フリーアナウンサー、元静岡エフエム放送アナウンサー、現在はベイエフエムなどに出演)
- 浦田典明(NHKアナウンサー、東京アナウンス室所属)
- 松本保典(声優)
- 佐藤信人(プロゴルファー)
- 中村まこと(舞台俳優)
- 西ノ園達大(舞台俳優)
- 城野健(脚本家)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月11日 (水) 21:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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