南京市

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中華人民共和国 江蘇省 南京市
南京市街
南京市街
簡称:
別称:金陵


江蘇省中の南京市の位置
江蘇省中の南京市の位置
中心座標 32°03′″N, 118°46′″E
簡体字 南京
繁体字 南京
Nánjīng, [ Listenヘルプファイル]
国家 中華人民共和国
江蘇
行政級別 副省級市
成立 1950年1月
市委書記 朱善璐
市長 蒋宏坤
面積
- 総面積 6,597 km²
- 市区 4,737 km²
海抜 15 m
人口
- 総人口(2007) 741.3 万人
- 人口密度 1,123.5 人/km²
- 市区人口(2008) 524.64 万人
経済
- GDP(2008) 3775 億元
- 一人あたりGDP 50327元
電話番号 25
郵便番号 210000 - 211300
ナンバープレート 蘇A
行政区画代碼 320100
市樹 雪松
市花
官方ウェブサイト http://www.nanjing.gov.cn/

南京市(なんきんし)は、中華人民共和国副省級市で、江蘇省省都。古くから長江流域・華南の中心地で、かつては三国東晋南朝(以上の6朝を総称して六朝)、十国南唐といった王朝や南京国民政府首都であった。中国四大古都の一つ。金陵は南京の別名である。また清朝のころには江寧と呼ばれたことから略称は「」である。夏はとても暑く、重慶武漢南昌と並ぶ中国四大竈の一つである。

目次

[編集] 地理

紫金山から見る南京市街地

南京市域は長江が東西に貫いており、多くの中州や湖が散在する。長江は南西から南京市街地の西を通るように流れ、東の鎮江市方面へ流れてゆく。南京城内を南北に貫く秦淮河、および北から注ぐ滁河が長江に合流している。市域内の地形は丘陵地が中心で、特に市街地に接する紫金山は有名である。

[編集] 歴史

この都市の歴史は春秋時代がこの地に城を築いたことに始まる。戦国時代に呉を征服したはここを金陵と称した。楚が始皇帝に征服され、始皇帝がこの地に巡幸してきた際に、「この地に王者の気がある」と言われ、それに怒って地形を無理やり変えてこの地の気を絶とうとした。また名前も金から秣(まぐさ)の秣陵に改名した。

三国時代になると孫権229年石頭城という要塞を築いて建業と称してこの地に都を置いた。西晋にて一旦、建業とされた後に司馬鄴(愍帝)を避諱して建康と改められ、東晋及びその後の四王朝()の都となった。呉を含めた六国が全て同じ地に都を置いたことから六朝時代の名がある。

で江寧県、では金陵県、白下県、上元県などと称される。この時代には、新たに開削された大運河により、長江対岸の揚州が物資の集積地となり、この地域の中心地としての地位を奪われた恰好となり、往時の都としての繁栄は見られなくなった。唐崩壊後の五代十国時代には、南唐の都金陵府が置かれ、後に改名されて西都と称する。

の太祖朱元璋(洪武帝)は1356年集慶路と呼ばれていたこの地を征服し、以後ここを根拠地として全土を統一するに至った。1368年応天府と改められ、首都とする。1421年には、靖難の役で皇位を簒奪した永楽帝により首都が北京(順天府)へ遷都され、「南京」と改められる。明一代に於いて首都北京周辺の北直隷に対して南京は副都として扱われ、南京周辺は南直隷とされた。南京には首都北京に異常があった際に備えて北京に置かれた朝廷を縮小したものが置かれていた。南京の紫禁城は現在の故宮公園であり皇城の中に宮城があり、現在の故宮公園はかつての宮城の一部であり、門や主要建築物の石壇が残っている。ちなみに北京の紫禁城(故宮)も明の北京遷都の際、南京の紫禁城を模して建てたものであった(南京の紫禁城は靖難の役のとき攻城のあげく、焼却されてがれきとなった)。

代に入ると江寧と呼ばれるようになった。太平天国の乱では占領され、天京とされた。また1858年天津条約1860年北京条約に於いて西欧に対して開港した。

南京旧総統府。中華民国の総統官邸

辛亥革命により中華民国が成立すると、1912年には一時的に臨時政府が置かれ、1927年4月には国民政府の首都となった。日中戦争(支那事変)中の1937年12月には日本軍によって占領された(詳細は南京攻略戦南京大虐殺を参照。)。

1940年3月に汪兆銘政権の首都となった。1949年10月1日に中華人民共和国が建国されると直轄地になるが、1953年江蘇省の発足とともに同省の省都となった。1994年には副省級市になっている。

南京歴代名称図(東華門)
明代南京都城図(摂於東華門)

[編集] 経済

南京市街

2004年のGDPは2000億元超で、前年比17.4%の成長であり、その内訳は

  • 第1次産業によるものが70億元(前年比5.2%増)
  • 第2次産業によるものが1005億元(前年比20.7%増)
  • 第3次産業によるものが835億元(前年比14.9%増)であった。

2004年の輸出入の総額は206.4億ドルで、そのうち輸出は104.6億ドル(前年比36.5%増)であった。

2004年までの外資投資高は120億ドルで投資件数は8652件、そのうち日本企業の総投資額は7.64億ドルであった。日本との貿易高は21.33億ドルで、輸出が11.25ドル(14.99%増)輸入が10.08ドル(18.53%増)

[編集] 産業

[編集] 農業

  • 耕地面積30.3ha
  • 林業用地8.3ha
  • 水産業等3.7ha

[編集] 工業

  • 自動車、電子、鉄鋼、石油化学、鉄鋼などが主な産業。それらを含めて36業種200分野、2000種類の製品が生産されている。これらの齎す工業総生産は3285億元(南京市のGDPの43.1%を占める)。南京市政府は今後は資本集約産業から技術集約産業への転換を進めて行く方針。

[編集] サービス業

観光業のみならず物流、金融、情報センターを指向、投資の拡大を狙っている。

[編集] 特産品

  • 雨花茶
  • 雨花石
  • 南京雲錦

[編集] 経済政策

  • 外資起業に対して投資額に応じた税制面での優遇措置
  • 4つの国家開発特区の建設
    • 南京ハイテク産業特区(ソフト開発、IT、生物医薬)
    • 経済技術開発特区(IT、新型材料、生物医薬のLCD、PDPなど)
    • ケミカル産業開発特区(エチレン、酢酸、塩素加工)
    • 江寧経済開発技術開発区(自動車、自動車部品、精密機器、IT)
  • 5つの省級開発特区の建設

[編集] 行政

人口統計表
居民(万人) 自然増加率 (%)
1949年 256.70 13.09
1950年 256.70 15.64
1955年 280.34 19.94
1960年 322.59 0.23
1965年 345.29 25.58
1970年 360.53 20.76
1975年 392.99 9.53
1978年 412.38 8.84
1980年 435.87 8.08
1985年 465.77 4.56
1990年 501.82 9.18
1995年 521.72 2.62
1996年 525.43 2.63
1997年 529.82 2.16
1998年 532.31 1.00
1999年 537.44 2.01
2000年 544.89 2.48
2001年 553.04 1.60
2002年 563.28 0.70
2003年 572.23 -0.60

[編集] 行政区画

市域には以下の区および県がある。

[編集] 都市計画

南京市は市域が長江に跨って立地しており、すでにある第1大橋、第2大橋、加えて2005年の国体にあわせて第3大橋と地下鉄1号線が2005年に開通。更に第4大橋、第2地下鉄が2004年に起工された。これらによって市の人口の移動を促進させる。

  • 環状道路の整備
  • 龍潭港の整備
  • 禄口国際空港の整備と物流センターの建設

これらの政策の推進で、経済都市としてのインフラを整備し、21世紀の国際社会にふさわしい都市機能を充実させることを目指している。

また超高層ビルも市内に多く建ち、鼓楼広場に面する中国有数の超高層ビルである紫峰タワーが2009年に完成する。

[編集] 教育

[編集] 大学

閲江楼から長江沿岸の市街地を眺める
  • 南京大学
  • 東南大学
  • 南京理工大学
  • 南京航空航天大学
  • 河海大学
  • 南京農業大学
  • 南京師範大学
  • 中国薬科大学

[編集] 博物館 / 資料館

[編集] 文化

曹雪芹の「紅楼夢」の舞台として有名で、物語に登場する12人の女性「金陵十二釵」に因み、12人の女性をミスコンテストで選んで南京親善大使としている。

[編集] 交通

南京駅

市内の交通としては鉄道、バス、地下鉄がある。

[編集] バス

南京市を取り巻く明代城壁
  • 観光用路線から郊外路線まで100以上の路線で構成され南京市民の重要な交通手段となっている。市内のほとんどの路線でICカードが導入されている。ICカードは運賃が4割引になっておりかなり普及している。地下鉄でも利用できる。

[編集] 地下鉄

  • 南京地下鉄1号線は南北に伸びる路線。2005年5月15日より観光用として試験運行開始、9月3日より正式運行開始。さらに南への延長を計画中。
  • 南京地下鉄2号線は2005年12月に全区間着工。

[編集] 空港

南京禄口国際空港(禄口国際機場)があり東京大阪シンガポールソウル香港マカオ台湾など85都市と航空路が開設されている。市街までは29kmほど離れているが、高速道路で直結されている。

[編集]

河港として、南京港がある。2004年には681万トンの貨物を扱った。64のバースがあり、うち16は1万トンの船舶が利用可能である。

[編集] 国際運転免許証の扱い

南京市公安局出入境管理処が2002年2月に発行した中、英、日、韓の4ヶ国語対応の冊子「外国人在南京須知」には以下の記述がある。

「国際運転免許証を所持する外国人は、南京市公安局交通管理部門の認可を以て南京市に於いての車両の運転が認められる。」

[編集] 観光

中山陵陵門
中山陵
秋の明孝陵の神道(石象路)
将軍山

[編集] 公園

[編集] 姉妹都市

[編集] 南京を舞台とした作品

[編集] 映画

[編集] 参考文献

  • 日中経済協会編「南京市概況および国家開発特区最新情報」(2005年4月)

[編集] 関連項目

南京地図(1912年)

「南京」という言葉は明治昭和初期の日本において、「外来の」「エキゾチックな」というニュアンスを含む接頭語としてしばしば用いられた。「南瓜(なんきん)=かぼちゃ」「南京虫」「南京錠」「南京豆」「南京袋」「南京玉すだれ」などの言葉はその名残りである。もちろんこれらの品々は中国の南京から輸入されたという訳ではない。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月6日 (金) 10:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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