南投県

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台湾 南投県
地理
位置: 北緯23°
東経120°
面積: 4106.436km²
各種表記
繁体字: 南投県
日本語読み: なんとう
漢語ピン音: Nántóu
通用ピン音: Nántóu
注音符号: ㄋㄢˊ ㄊㄡˊ
片仮名転写: ナントウ
行政
行政区分: 省轄県
上位自治体:
下位行政区画: 148
政府所在地: -
南投県長: 李朝卿
公式サイト: 南投県政府
情報
総人口: 531,307人(2009年6月)
戸数: 167,989戸(2009年6月)
郵便番号: -
市外局番: 04
南投県の木: 樟樹
南投県の花: 梅花
南投県の鳥: -
別称: 内地


南投県(なんとうけん)は台湾中部の。同国では唯一の内陸県である。

目次

[編集] 概要

南投県は台湾原住民が比較的多く暮らしていることでも知られており、2003年の統計では、県内全体の原住民人口は約26,000人(7,200戸)となっている。主な部族はタイヤル族(泰雅族)、ブヌン族(布農族)、ツォウ族(鄒族)であるが、それ以外にも日月潭の周辺に平埔族の一つであるサオ族(邵族)が暮らしている。

県内の観光地としては台湾最高峰の玉山や風景区の日月潭などがよく知られている。

また、1999年9月21日に発生したM7.6の集集地震は県内の集集鎮を震源とするものであり、山間盆地を中心として県内に甚大な被害をもたらした。

[編集] 地理

[編集] 歴史

南投県は鄭成功時代は初め天興県に、後に北路安撫司に帰属した。1683年清による統治が開始されると南投地区はは福建省台湾府諸羅県の管轄に置かれた。1723年、彰化県が設置されると、彰化県に帰属した。しかしこれらは名目的な行政区分でしかなく、原住民の居住地であった南投に行政統治が及ぶことはなかった。実質的な行政力が及ぶようになったのは1759年の県丞が設置されてからである。

1887年に台湾が独立した省となると南投は台湾府台湾県に帰属、県丞が南投に駐留、同時に雲林縣衙が竹山に設けられ雲林県を管轄していた。1895年に日本による統治が改称されると数度の行政区改編を経て台中県の管轄となった。戦後の1950年10月、台湾の地方行政制度改革の際に台中県から南投県が分割され、県政府を南投鎮に設置した。1981年12月25日に南投鎮に市制が施行され、現在の1市4鎮8郷となった。

[編集] 行政区画

[編集] 教育

[編集] 大学

[編集] 技術学院

その他の教育機関は下部行政区域の項目を参照

[編集] 交通

種別 路線名称 駅・IC
鉄道 集集線 濁水駅 龍泉駅 集集駅 水里駅
国道 国道3号 草屯IC 南投IC 名間IC 竹山IC 中興JCT
国道 国道6号 -
省道 台3線 台3甲線
台14線 台14甲線 台14乙線 台14丁線
台16線 台16甲線
台18線
台21線 台21甲線
台63線 台63甲線
台76線
-

[編集] 特産品

  • 大公凍(龍眼):県内中寮郷の特産品
  • 筍(干乾し竹の子)

[編集] 観光地

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月30日 (日) 02:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【南投県】変更履歴

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