南沙織
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| 南 沙織 | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | 内間 明美 |
| 別名 | シンシア(Cynthia。クリスチャン・ネーム) |
| 出生 | 1954年7月2日(55歳) |
| 学歴 | 上智大学卒業 |
| 出身地 | |
| ジャンル | 歌謡曲、J-POP |
| 職業 | 元歌手 |
| 活動期間 | 1971年 - 1978年 1991年 - 1997年 |
| レーベル | ソニー・ミュージックエンタテインメント |
| 事務所 | バーニングプロダクション(現役時代) |
| 共同作業者 | 酒井政利 有馬三恵子 筒美京平 |
| 公式サイト | Art of loving |
南 沙織(みなみ さおり、1954年7月2日 - )は、日本の元アイドル歌手。本名は内間(現:篠山)明美。デビュー時は母親の郷里、鹿児島県(奄美大島)生まれとされたが[1]、実際は生まれも育ちも沖縄県。[2]。また長年、フィリピン人とのハーフであるとされてきたが、正しくは実母と実父は日本人で実母の再婚相手がフィリピン人ということである[3] 。
洗礼を受けたクリスチャンで、その時授かった名前「シンシア(Cynthia 月の女神、蟹座の守護神の意)」を愛称としている。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] デビュー前
歌手デビュー以前、地元沖縄のテレビ番組『100万人の大合唱』(視聴者参加型ののど自慢番組)などでアシスタントのアルバイトをしていた。その頃東京では、CBS・ソニーがデビューさせるべく新たな人材を探していた。ある時、琉球放送のテレビ番組にゲスト出演した男女デュオ・ヒデとロザンナのマネージャーが持ち帰った南の写真が偶然関係者の目にとまり[4]、急遽東京に呼び寄せることとなった。
[編集] 現役時代
1971年の春、本土復帰前の沖縄から母親と二人で初来日[5]。CBS・ソニー社長との顔合わせを経て、デビューに向けたプロジェクトが開始された[6]。
レコード・デビューまでわずか3ヶ月足らずというその過程について、作詞家の有馬三恵子は、「あんなにスムーズに新人歌手をデビューさせられた例は、他にない気がする」と語っている[7]。そして「詩心を大いに刺激した」という南のために書かれた詞の中から、「17才」がデビュー曲として採用され(タイトルは酒井政利による)、6月1日に「ソニーのシンシア」のキャッチフレーズを持って歌手デビュー。約54万枚の大ヒットとなった。尚芸名については有馬の進言により、レコード会社内アンケートで決まりかけていた名前が変更され、七夕の織姫に因んだ「沙織」とされた。
デビュー時の南沙織のインパクトについては、写真家・篠山紀信が「彼女の登場は、返還を目前とした沖縄のイメージ・アップのための国策歌手かと思ったくらい良かった。」と述懐している[6]。ただし、実際は沖縄返還に合わせてデビューしたわけではなく、のちに音楽プロデューサー・酒井政利は「そのタイミングは、南沙織が持つ気運のひとつであったのではないか」と著書で書き記している[8]。また、「世代的共感を歌うアーティストの始まり[9]」「日本におけるアイドルの第1号[10]」「元祖アイドル[11][12]」と評価されることもある[13]。
1971年暮れの第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞。さらに、デビューしたその年にNHK『第22回NHK紅白歌合戦』に初出場するなど順調な音楽活動のみならず、長い黒髪と日焼けした健康的な肌で同世代の若者に絶大な人気を博した。ブロマイドも爆発的に売れ、1971年、1972年の年間売上実績では第1位を獲得している。また、同時期にデビューした小柳ルミ子・天地真理らと共に "三人娘" と括られることもあり、当時のアイドルの代表格であった。
1972年から1974年頃までは、筒美京平が手がけた楽曲を中心にヒットを放ち(主な楽曲は下記項目「ディスコグラフィ#シングル No.1-15」参照)、アルバムでは多くの洋楽ポップスもレコーディングした。そのファン層は広く、普段は洋楽しか聴かない層の獲得にも成功したと言われている[14]。
1975年発売の「人恋しくて」では田山雅充が作曲を担当。カバー・ソング以外では、初めて有馬三恵子作詞・筒美京平作曲でないシングルA面曲となった。また、この曲で第17回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞。以後、松本隆や荒井由実など、ニューミュージック系のライターも起用するようになった。珍しいところでは、アルバム『人恋しくて』において矢沢永吉からも楽曲提供を受けている("五大洋光" 名義)。1976年には、本人が「大のお気に入りの曲」と名を挙げる「哀しい妖精」を発表した。当楽曲は日本語歌詞(作詞: 松本隆)によるシングル・バージョンのほか、15thアルバム『ジャニスへの手紙』では楽曲提供者・ジャニス・イアンによる原曲そのままの英語バージョンも録音されている。
[編集] 現役引退
1978年・春先、資生堂のコマーシャルソングに起用され、尾崎亜美が他アーティストに初提供した作品でもある「春の予感 -I've been mellow-」がスマッシュ・ヒット。歌手としてあらたな方向性を感じさせる楽曲となったが、この年入学した上智大学での学業に専念するため、同年10月のコンサートをもって歌手を引退した。「さよならコンサート」の映像は商品化されたことが無く、テレビニュースや資料用として以外の撮影はされていなかったものと考えられるが、ライヴを実況中継録音したレコードは同年12月5日にリリースされている。なお、テレビでは引退に際し、フジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』で「南沙織 サヨナラ企画」が実施された(同年9月25日放送)。
1979年、引退後に交際がスタートしたという[6]写真家の篠山紀信と結婚。その後3児の母となる。1980年代に南が公の場に姿を現すことは殆ど無かったが、研ナオコが芸能界の交友を書いた著書の中で南について「今ではすっかり、いいお母さんという感じ」と書いている[15]。次男の篠山輝信(しのやまあきのぶ)は、2006年に俳優デビューを果たした。
1983年には、作詞家としての活動が一度だけあった。アグネス・チャンのアルバム『小さな質問』に収録された「ウ・フ・フ」がその楽曲で、作詞者クレジットは "Cynthia" 名義である(作曲は森山良子)。
[編集] 歌手活動の再開
1991年、第42回NHK紅白歌合戦に出場。オファーを受けた時点では「17才」「色づく街」の2曲を歌う予定であったが、急遽NHKから「17才」のみで、という要請を受け、最終的に「色づく街」を歌うに至った[16]。
1992年以降、「家庭が第一」というポリシーのもと、限定的ながら活動を再開して作品をリリースした(基本的にはレコーディングのみの活動)。この時「シンシア」の名で活動したこともあるが、他に同じ芸名の歌手がデビューしたと言う事もあり、「南沙織」に戻っている。
1997年4月にフィリップモリスのCMソングとなったシングル「初恋」をリリースして以降、新譜の発表はされていない。
[編集] 2000年以降
2000年6月、歌手デビュー満30周年を記念した完全生産限定CD-BOX『CYNTHIA ANTHOLOGY』が発売された(CD5枚+DVD1枚の全6枚組)。日本の音楽CD-BOXとしては初めてDVDが同梱された作品であり、オリコンのアルバムヒットチャートでは最高62位にランクイン。再プレスがなされるなど好評を得た。またこの頃、リリースにあたってソニーミュージック管轄の公式サイト「Art of loving」では、記念作品が完成した事に対して本人自ら謝辞コメントをした音声が公開されている。
沖縄本土復帰30周年となった2002年、「沖縄タイムス」(5月15日付)のインタビューで沖縄への思いを語ったほか、2003年7月には浴衣姿で被写体となった新聞広告(撮影: 篠山紀信)が掲載された。
2006年3月、恩師である酒井政利の「文化庁長官表彰・音楽プロデューサー45周年」パーティに、久しぶりに夫婦で公の場に登場し、乾杯の音頭をとった。同年6月には、歌手デビュー35周年を迎えるにあたり、全スタジオ・アルバム21枚を紙ジャケット仕様で復刻した完全生産限定CD-BOX『Cynthia Premium』が発売された(CD21枚+DVD1枚の全22枚組)。当ボックスでは「篠山シンシア」として監修も務めあげ、オリコンのアルバムヒットチャートでは最高84位にランクインしている。
2008年10月には、週刊誌『アサヒ芸能』(第63巻第39号)内特集 "70年代アイドルを「感涙の総直撃」" に特別メッセージを寄稿。歌手デビュー当時の思い出や近況等が掲載された。
[編集] エピソード
- ザ・タイガース時代のジュリー(沢田研二)の熱狂的なファンで1971年の夏に芸能誌の対談で念願の対面を果たしている。
- 星座は「蟹座」。デビュー曲「17才」のジャケットの写真にも「蟹座」のデザインのシャツを着用しているほか、発売時のキャンペーンでは蟹のマークのシールが配布されていた。デビューから35年の月日を経て発売されたCD-BOX『Cynthia Premium』の外箱には、同様に蟹座のマスコットがプリントしてある。
- 若さや生命感に溢れた歌詞と、歌謡曲とポップスが融合した新感覚なメロディ(のちにJ-POPと呼ばれる)で、歌い手と同世代の "共感" を得た楽曲「17才」は、レコード化される・されないに関わらず多くの歌手がカヴァーしている。また、元号が平成に入り間もなく森高千里がカヴァーしてヒットした。2008年には、男性ロックバンド・銀杏BOYZによって再びカヴァーされ、オリコン・ヒットチャートで最高7位を記録。これにより1970年代は南沙織、1980年代は森高千里、2000年代は銀杏BOYZと、別のヴォーカリストによって3つの年代でベストテン入りを果たしている。
- 本人が「テレビよりもファンと直接触れ合えるコンサートが好き」と語っていたように[17]、芸能活動の多くは音楽活動に費やされ、テレビドラマや映画出演などの女優業は殆ど行わなかったが、デビュー当時の1971年、円谷プロダクション製作のパイロットフィルム『ミラーマン』に、主人公・鏡京太郎(柴本俊夫、現・柴俊夫)の恋人・ユミ役で出演したことがあった(テロップのキャスト欄では「南沙緒」と誤記されている)。翌年、『ミラーマン』の裏番組としてその柴本俊夫が主演した『シルバー仮面』(宣弘社)の第6話にもゲスト出演している。
- 奄美大島を経由して鹿児島県と沖縄県を結ぶ定期フェリー「クイーンコーラル」の船内では、今でも南沙織の歌う「走れクイーンコーラル」が流れており、運航するマリックスラインのホームページからCDを購入することができる(30周年CD-BOX『CYNTHIA ANTHOLOGY』にも収録)。
- 四国の高知県と徳島県にまたがる山、三嶺には「さおりが原」がある。高知大学ワンダーフォーゲル部が、南沙織にちなんで命名したとされている[18]。
- 吉田沙保里(2004年アテネ五輪、2008年北京五輪女子レスリング55kg級金メダリスト)は「かわいい名前にしたい」という母の希望で、南沙織と河合奈保子から1字ずつ取って「沙保里」と命名された。
- ルパン三世(TV第1シリーズ)の第14話「エメラルドの秘密」では、客船の乗船名簿に他の著名人と共に南沙織の名前が確認できる。
[編集] 著名人のファン
いわゆる "アイドル" の走りであった彼女のファンは、著名人にも多い。
- 映画監督の羽仁進は、ファンクラブに入会していた。
- コンサートで共演をした事もあるフォーク歌手の泉谷しげるは、娘を「さおり」と名付けた[6]。
- 作家の大岡昇平は、南との対談において本人に直接「君の歌は、ベタベタ湿った感じがないのでいい」と伝えた[19]。
- 岩崎宏美は自身のアルバムのライナーノーツで、シンシア・ファンを公言している[20]。また、アルバム『Dear Friends II』(2003.11.26)においては「早春の港」をカバーしている。
- 泉麻人(コラムニスト)は著書「僕の昭和歌謡曲史」において、「17才」および南沙織にまつわる思い出等を書いている。また過去には、ソニーレコードの通販冊子で南沙織についてのコラムも執筆した。
- やくみつるは当時レコードを購入しており、とくに「哀愁のページ」を深夜ラジオで初めて聴いた時、今までとガラリと変わった作風にゾクゾクしたのを覚えている、とテレビ番組で語った(詳細は「哀愁のページ#解説」参照)。
- 「南と同世代」と語るテレビ朝日のアナウンサー・渡辺宜嗣は、過去に自身がメインで司会をしていた朝の情報番組『スーパーモーニング』において、日毎変わる番組オープニング曲に数回、南の曲を採用している。また、上記「酒井政利 文化庁長官表彰・音楽プロデューサー45周年パーティ」の模様がその番組で採りあげられた際、彼女の変わらぬ美貌に感激していた(この部分はフジテレビのキャスター・大塚範一アナ、軽部真一アナも同様)。
- 漫画家兼随筆家のさくらももこが、著書『ももこの70年代手帖』において「さわやかで良かった」「自然な感じ」と書き記している。
- キャラクターではあるが、漫画『天才バカボン』において、バカボンのパパによる「ワシは南沙織が好きなのだ」という科白が登場する[21]。
- 少女漫画『ママレード・ボーイ』の作者である吉住渉は、「17才」の楽曲に深く感銘を受け、同作のテレビアニメ化に際し、主題歌を「17才のイメージで」と注文したとのことである。
[編集] 吉田拓郎との接点
著名人のファンの中でも、特筆すべきアーティストはよしだたくろう(現表記は「吉田拓郎」)であるといえる。
南の愛称がそのままタイトルとなった、よしだたくろうとかまやつひろしの楽曲「シンシア」(1974.7.1、『今はまだ人生を語らず』にも収録)は、南沙織に捧げた楽曲。ラジオから流れてきた南の6枚目のシングル「早春の港」(1973.1.21)を聴いて感動し、そのアンサーソングとして制作したと言われている。
1974年11月12日放送のフジテレビ系音楽番組『ミュージックフェア』では、よしだたくろう・南沙織・かまやつひろしの三人で出演[22]。吉田とはその後も『ベスト30歌謡曲』で共演したり、歌番組で「春の風が吹いていたら」をデュエットするなどした。
1974年7月21日発売のアルバム『夏の感情』では、南が「結婚しようよ」をカヴァーしているほか、1993年10月1日発売のアルバム『Art of Loving』では、初めて吉田からオリジナル楽曲の提供を受けている(タイトルは「黒い瞳」、作曲のみ)。
30周年CD-BOX『CYNTHIA ANTHOLOGY』のLPサイズ歌詞本には、吉田拓郎からのコメント寄稿文が掲載された。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
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| 1 | 17才 | 71.06.01 | 島の伝説 | 第13回日本レコード大賞新人賞 後に森高千里がカヴァー |
| 2 | 潮風のメロディ | 71.10.01 | なぜかしら | アルバム『17才』と同時発売 |
| 3 | ともだち | 72.02.01 | いつか逢うひと | |
| 4 | 純潔 | 72.06.01 | 素晴らしいひと | ジャケ写に篠山紀信を初起用 |
| 5 | 哀愁のページ | 72.09.21 | 美しい娘たち | アルバム『哀愁のページ』と同時発売 |
| 6 | 早春の港 | 73.01.21 | 魚たちはどこへ | 既発表曲のリメイク |
| 7 | 傷つく世代 | 73.05.01 | 昨日の街から | |
| 8 | カリフォルニアの青い空 | 73.07.05 | 雨に消えた初恋 | アルバート・ハモンドのカヴァー |
| 9 | 色づく街 | 73.08.21 | 秋の午後 | |
| 10 | ひとかけらの純情 | 73.12.05 | 透き通る夕暮れ | |
| 11 | バラのかげり | 74.03.21 | この街にひとり | |
| 12 | 夏の感情 | 74.06.21 | 愛の序曲 | 演奏はティン・パン・アレー |
| 13 | 夜霧の街 | 74.09.21 | 青春が終る日 | |
| 14 | 女性 | 74.12.21 | 人のあいだ | |
| 15 | 想い出通り | 75.04.21 | ご無沙汰 | |
| 16 | 人恋しくて | 75.08.01 | ひとつぶの涙 | 第17回日本レコード大賞歌唱賞受賞 |
| 17 | ひとねむり | 75.11.21 | おはようさん | |
| 18 | 気がむけば電話して | 76.03.01 | ふりむいた朝 | 元々のA面は「ふりむいた朝」 |
| 19 | 青春に恥じないように | 76.05.31 | 窓灯り | 詞は荒井由実 |
| 20 | 哀しい妖精 | 76.09.01 | 空色のインクで | シンシア自身がお気入りの曲 ジャニス・イアンが楽曲提供 |
| 21 | 愛はめぐり逢いから | 76.11.21 | Good-bye My Yesterday | ドラマ『結婚するまで』主題歌 |
| 22 | ゆれる午後 | 77.03.01 | 春の愁い | |
| 23 | 街角のラブソング | 77.07.21 | 青春の電車 | 詞・曲はつのだひろ |
| 24 | 木枯しの精 | 77.11.21 | つぶやき | 詞・曲は丸山圭子 |
| 25 | 春の予感 -I've been mellow- | 78.01.21 | もどかしい夢 | 資生堂 '78春キャンペーンソング DDI CMソング(90年代) |
| 26 | 愛なき世代 | 78.05.21 | 九月のエピソード | |
| 27 | Ms. (ミズ) | 78.08.21 | さよならにかえて | |
| 28 | グッバイガール | 78.10.21 | Good-bye Girl | デイヴィッド・ゲイツのカヴァー |
| 29 | 青空 | 92.05.21 | ファンレター -SO GOOD SO NICE-(Remix) |
松下電工 エステ商品 CMソング(M-1) NHK-BS イメージ曲(M-2) |
| 30 | 約束 | 93.03.21 | 光る女 | JR東日本 イメージソング |
| 31 | よろしく哀愁 | 94.06.22 | Art of Loving | DDI CM曲 |
| 32 | 愛は一度だけですか | 96.01.21 | 万華鏡 | ドラマ『その灯は消さない』主題歌 |
| 33 | 初恋 | 97.04.21 | うみ そら かわ | フィリップモリス CMソング |
[編集] 4TRACK COMPACT
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| 1 | シンシアのクリスマス | 75.11.21 | クリスマスソングを4曲収録。「聖夜」「ジングル・ベル」他 |
[編集] オリジナルアルバム
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| 1 | 17才 | 71.10.01 | 有馬×筒美作品6曲 + カヴァー6曲 「ふるさとの雨」は改詞・改題し石野真子がカヴァー(「彼が初恋」) |
| 2 | 潮風のメロディ | 71.12.05 | 「小さな恋のメロディ」「夢見るシャンソン人形」等カヴァー集 |
| 3 | 純潔/ともだち | 72.06.21 | 有馬×筒美作品6曲 + カヴァー6曲 |
| 4 | 哀愁のページ | 72.09.21 | オールディーズ中心のカヴァー第2弾 |
| 5 | 早春のハーモニー | 72.12.21 | 初の全曲筒美京平作品(カヴァー含む) |
| 6 | 傷つく世代 | 73.05.21 | SEを織り込んだ、サウンドドラマ仕立て |
| 7 | 20才まえ | 73.09.21 | ナレーションを多用したコンセプチュアルな作品 |
| 8 | ひとかけらの純情 | 74.02.21 | 有馬×筒美作品6曲 + カヴァー6曲 |
| 9 | 夏の感情 | 74.07.21 | フォークソングのカヴァーを収録 |
| 10 | 20才 | 74.12.10 | オリジナル作品で松本隆を初起用 |
| 11 | Cynthia Street | 75.06.21 | ロサンゼルス録音盤 |
| 12 | 人恋しくて | 75.12.05 | 作曲家として矢沢永吉が参加 |
| 13 | 素顔のままで | 76.04.21 | シンシア作詞の曲を含む |
| 14 | 哀しい妖精 | 76.09.21 | フォーク・テイストの作品 |
| 15 | ジャニスへの手紙 | 76.12.21 | Janis Ian提供曲や、ボブ・ディランのカヴァー「風に吹かれて」を収録 |
| 16 | 午後のシンシア | 77.04.01 | 有馬×筒美作品のみで構成 |
| 17 | Hello!Cynthia | 77.08.21 | カジュアルでライトなアルバム |
| 18 | I've been mellow | 78.06.01 | "SAORI" 名義でリリースされた |
| 19 | Simplicity | 78.10.01 | 有馬×筒美作品6曲 + カヴァー6曲。70年代のラストアルバム |
| 20 | MATURITY | 92.06.21 | 南佳孝とのデュエットを収録した14年ぶりの作品 |
| 21 | Art of Loving | 93.10.01 | 吉田拓郎提供の「黒い瞳」収録 |
[編集] ライヴアルバム
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| 1 | CYNTHIA IN CONCERT | 74.09.01 | 「荒野のならず者」「五番街のマリーへ」 | 中野サンプラザ |
| 2 | SAORI ON STAGE | 77.12.05 | 「ダンシング・クィーン」「歌の贈り物」 | 東京芝郵便貯金ホール |
| 3 | さよならシンシア | 78.12.05 | 「懐かしい日々」「六本木」「私の出発」 | 調布市市民福祉会館 |
[編集] ベストアルバム(LPのみ)
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| 1 | ギフトパック 南沙織 -1972年版- | 72.11.01 | 初めてのベストアルバム |
| 2 | ギフトパック 南沙織 -1973年版- | 73.11.01 | セレクション・アルバム第2弾 |
| 3 | 南沙織ヒット全曲集 -1974年版- | 74.11.01 | ヴォーカル別テイクのSQ 4ch音源含む |
| 4 | 南沙織デラックス | 75.06.01 | 初のLP2枚組ベスト |
| 5 | 南沙織ヒット全曲集 -1975年版- | 75.11.01 | シングル曲で構成されたヒット・セレクション |
| 6 | ベスト・オブ・ベスト 南沙織のすべて | 76.06.01 | 2枚組ベスト第2弾 |
| 7 | 南沙織ヒット全曲集 -1976年版- | 76.11.01 | シングル・ヒット10曲+2 |
| 8 | シンシアのハーモニー | 77.06.01 | 2枚組ベスト第3弾 |
| 9 | シンシア・ラブ | 77.10.01 | 初のLP3枚組ベスト |
| 10 | シンシア・メモリー | 77.11.01 | シングル・セレクション13曲 |
| 11 | THE BEST / 南沙織 -1978年6月版- | 78.06.21 | シングル・セレクション14曲 |
| 12 | THE BEST / 南沙織 -1978年11月版- | 78.11.01 | 2枚組ベスト第4弾 シングルズ27曲(「グッバイガール」除く)+3曲 |
| 13 | THE BEST / 南沙織 -1979年6月版- | 79.06.21 | シングル・セレクション13曲 |
| 14 | THE BEST / 南沙織 -1979年11月版- | 79.11.01 | 2枚組ベスト第5弾 シングルズ27曲(「カリフォルニアの青い空」除く)+3曲 |
| 15 | THE BEST / 南沙織 -1980年版- | 80.06.21 | シングル・セレクション13曲+1 |
| 16 | THE BEST / again 南沙織 | 81.11.01 | シングル・セレクション14曲 |
| 17 | THE BEST / 南沙織 -1982年版- | 82.11.01 | シングル・セレクション11曲+1 |
[編集] CD化されたベストアルバム
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| 1 | 南沙織 ポップスを歌う | 75.02.21 | 洋楽カヴァーで構成されたコンピ・アルバム CD選書では「やさしく歌って」に改題 |
| 2 | 南沙織のすべて | 83.11.05 | CD化された最古のシングル・ベスト |
| 3 | ベスト・コレクション 南沙織 | 86.05.21 | ジャケット違いが数パターンあり |
| 4 | 南沙織ベスト Recall 〜28 SINGLES SAORI + 1〜 | 92.02.21 | 70年代のコンプリート・シングルA面集 + 新曲 |
| 5 | Cynthia Best 〜 Eternity | 96.06.21 | 歌手デビュー25周年記念ベスト + 新曲 |
| 6 | GOLDEN J-POP / THE BEST 南沙織 | 98.11.21 | アルバム曲&B面曲含む高音質2枚組 |
| 7 | DREAM PRICE 1000 南沙織 17才 | 01.10.11 | 70年代前期の曲を6曲収録 |
| 8 | DREAM PRICE 1000 南沙織 色づく街 | 01.10.11 | 70年代中期・後期の曲を6曲収録 |
| 9 | GOLDEN☆BEST 南沙織 筒美京平を歌う | 02.06.19 | 筒美作曲のシングルA・B面網羅(2枚組) |
| 10 | 南沙織 THE BEST 〜 Cynthia-ly | 03.11.19 | Super Audio CD(初CD化曲含) |
| 11 | 南沙織 スーパー・ベスト | 06.07.21 | 16曲収録のベスト |
| 12 | 南沙織 BEST OF BEST | 06.09.21 | 12曲収録の廉価盤ベスト |
| 13 | GOLDEN☆BEST 南沙織 筒美京平を歌う(限定生産) | 09.08.19 | 同名アルバム(2002年発売)のBlu-specCD盤 |
[編集] CD-BOX
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| 1 | Cynthia Memories | 94.05.01 | 通販限定販売の6枚組ボックス |
| 2 | CYNTHIA ANTHOLOGY | 00.06.07 | 歌手デビュー30周年記念メモリアル特別企画 日本の音楽CD-BOXで初めてDVDが収められた |
| 3 | ドーナツ盤型12cmCDコレクション | 04.09.01 | 1970年代のシングル復刻ボックス |
| 4 | Cynthia Premium | 06.06.14 | シンシア監修の歌手デビュー35周年記念商品 スタジオ・アルバム紙ジャケット21枚 + 紅白DVD |
[編集] NHK紅白歌合戦
大晦日放送の音楽番組『NHK紅白歌合戦』には、デビュー年の1971年から引退前年[23]の1977年まで連続7回の出場を果たし、現役時代フル出演となった。
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| 1 | 1971年・第22回NHK紅白歌合戦 | 17才 | 尾崎紀世彦 | NHK総合完全カラー化 |
| 2 | 1972年・第23回NHK紅白歌合戦 | 純潔 | 野口五郎 | あさま山荘事件・パンダ来日・沖縄返還 |
| 3 | 1973年・第24回NHK紅白歌合戦 | 色づく街 | 堺正章 | 石油ショック・美空ひばり紅白落選 |
| 4 | 1974年・第25回NHK紅白歌合戦 | 夏の感情 | 野口五郎 | 東京・上野 『モナ・リザ』展 大盛況 |
| 5 | 1975年・第26回NHK紅白歌合戦 | 人恋しくて | 郷ひろみ | ベトナム戦争終結 |
| 6 | 1976年・第27回NHK紅白歌合戦 | 哀しい妖精 | 堺正章 | ロッキード事件 |
| 7 | 1977年・第28回NHK紅白歌合戦 | 街角のラブソング | 三橋美智也 | 有珠山噴火 |
| 8 | 1991年・第42回NHK紅白歌合戦 | 色づく街 | KAN | 宮沢りえ×篠山紀信「Santa Fe」大ヒット |
- CD-BOX『シンシア・プレミアム』のDVDに、全歌唱映像が納められている。
[編集] テレビ番組
- 『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)
- 1971年11月01日 - 初出演
- 1978年09月25日 - 最後の出演(南沙織「サヨナラ」企画)
- 『ミュージックフェア』(フジテレビ)
- 1974年11月12日 - よしだたくろう、かまやつひろしとともに出演[22]
- 1975年05月13日 - あおい輝彦、麻丘めぐみとともに出演[22]
- 1976年09月28日 - あおい輝彦とともに出演[22]
- 『シルバー仮面』 - 第6話「さすらいびとの荒野」(1972年、TBSテレビ)
- 『おれは男だ!』 - 第37話「明けまして頑張らなくっちゃア! 」※特別出演(1972年、NTV)
- 『刑事くん』 - 第35話「ちいさな恋」(1972年、TBS)
- 『股旅USA』(1972年、NET)
- 『ラブラブショー』 - トーク番組、男性ゲストは森田健作(1972年、フジテレビ)
- 『土曜ドラマ』 - 優しい時代 第2部(1978年、NHK)
- 『欽ちゃんのどこまでやるの』 - お茶の間ゲスト(1978年02月15日、テレビ朝日)
[編集] 脚注
- ^ デビュー・アルバム『17才』(1971.10.1、ソニーレコード)記載のプロフィールでは、出身地が「鹿児島」になっている。
- ^ 35周年CD-BOXで復刻されたデビュー・アルバム『17才』(2006.6.14、ソニーレコード)記載のプロフィールでは、出身地が「沖縄」に修正されている。
- ^ 長田美穂「スターに愛されたガサコの編集者人生」『新潮45』2008年2月号、新潮社刊。
- ^ 2003年発売の食玩CD『J'sポップスの巨人たち~フォーク/ニューミュージック黄金時代編』シリーズ(ブルボン)添付の解説書より。
- ^ 週刊誌『アサヒ芸能』(2008年10月16日発行、第63巻39号・通巻3137号)内に掲載されたシンシアの寄稿で明かされている。1971年春に初来日し、同年6月の3度目の来日時が歌手デビューとなった。
- ^ い ろ は に 30周年CD-BOX『CYNTHIA ANTHOLOGY』(2000.6.7、ソニーレコード)解説本より。
- ^ 25周年記念ベスト『Cynthia Best 〜 Eternity』(1996.6.21、ソニーレコード)寄稿文より。
- ^ 酒井政利・著『プロデューサー -音楽シーンを駆け抜けて-』(2002年、時事通信社刊)より。
- ^ 沖縄タイムス(2002年5月15日発行)インタビュー記事より。
- ^ 『アサヒ芸能』(2008年10月16日発行、第63巻39号・通巻3137号)より。
- ^ 『現代用語の基礎知識2003』特別付録、室伏哲郎・著「ニッポン風俗・芸能グラフィティ」(2003年、自由国民社刊)より。
- ^ オリコンウィーク「The Ichiban」(1999年5月24日号)1000号特別記念付録「オリコン歴代シングルBEST1000」より。
- ^ あくまで「評価」の範疇である。実際のところ "アイドル" の定義は様々であり、具体的に誰が第1号かの答えは明言できるものでないと言える。
- ^ 藤沢和美・著、ベストアルバム『GOLDEN J-POP / THE BEST 南沙織』(1998.11.21、ソニーレコード)ライナーノーツ参照。
- ^ 研ナオコ著『ナオコのどうゆー関係こうゆー関係』(1991年、近代映画社刊)より。
- ^ 2006年4月、酒井政利のJポップの歩み(古賀ミュージアム)にて。
- ^ ライブ・アルバム『さよならシンシア』(1978.12.5、ソニーレコード)収録のMCより。
- ^ 四国の山 三嶺さおりが原の詳細[リンク切れ]。
- ^ 『婦人公論』(1974年2月、中央公論新社刊)における対談での発言。
- ^ カヴァーアルバム『Dear Friends II』、復刻アルバム『私・的・空・間』など。
- ^ ただし該当のセリフは、暑がりで「北島三郎ファン」なバカ田大学の先輩に対する嫌がらせとも取れる。
- ^ い ろ は に 『シオノギ ミュージックフェア 35thアニヴァーサリー ワールドワイド・セレクション』(1999年7月16日発売、ポニーキャニオン)封入ブックレット内「番組全出演者リスト」参照。
- ^ 1978年は紅白出演者の公式発表前となる10月に引退している。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- Art of loving(南沙織公式ページ)]

