南海本線

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南海本線
特急「サザン」(浜寺公園)
特急「サザン」(浜寺公園
路線総延長 64.2 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式 (直流)
最高速度 110 km/h

南海本線(なんかいほんせん)は、大阪府大阪市中央区難波駅から和歌山県和歌山市和歌山市駅までを結ぶ南海電気鉄道鉄道路線。 「本線」という路線名ではなく、社名略称を冠した「南海本線」が正式な路線名である。南海本線自体を指して、または南海本線に接続する各路線(高野線と空港線を除く)を含めて通称南海線と呼称される。路線シンボルマークは、波しぶきをイメージしたもので、ラインカラーは青。

目次

[編集] 概要

大阪 - 和歌山間の都市間輸送と関西国際空港四国徳島へのアクセスを担っている路線。JR阪和線とほぼ平行して路線が延びているが、大阪府の南西部を迂回する形で和歌山市へ至る。 難波 - 住ノ江間の高架複々線のうち難波 - 岸里玉出間の東側2線は高野線の列車が使用している。今宮戎駅萩ノ茶屋駅は西側2線にホームがなく、南海本線の列車はすべてこの2駅を通過する。そのため、高野線の最下位種別の列車は「各駅停車」と呼ぶのに対し、南海本線の最下位種別の列車は「普通(車)」と呼んでいる(普通の解説も参照)。

羽衣以北の各駅と急行・空港急行停車駅などでは新式の案内板が整備されたが、それ以外の駅では設備の整備が立ち後れた駅が存在する。自動改札機は全駅に設置されており、2枚投入可能なものもある。また、2006年7月1日より、全線でPiTaPaICOCAが使用できるようになった。ただし、乗車回数に応じて割引が適用されるサービスはPiTaPaのみが対象となる。

主な幹線道路との立体交差化については、難波 - 石津川間、岸和田駅周辺、泉佐野駅周辺で既に高架化が完成しており、現在も、石津川 - 北助松間や、北助松 - 忠岡間などで高架化事業が進捗中であるなど、高野線や、併走するJR阪和線と比較しても相当進んでいるといえる。いわゆる「開かずの踏切」の問題や、それに起因する交通渋滞についても、先述の周辺路線と比べてかなり解消されてきている方であるといえよう。一方、普通や準急しか停車しない駅では、バリアフリー設備が不十分な(あるいは全くない)所も多い。また高石以南では普通停車駅を中心にまだ旧式の案内板が使われていて、やや近代化が遅れているところも垣間見える。

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):難波 - 和歌山市間 64.2km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:42駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:
    • 複々線:難波 - 住ノ江間
    • 複線:住ノ江 - 和歌山市間
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:110km/h

[編集] 運行形態

都市間および四国連絡特急として難波 - 和歌山市・和歌山港間に特急「サザン」が運転されているほか、関西国際空港が開港した1994年からは空港線に直通する空港アクセス列車として難波 - 関西空港間に特急「ラピート」、空港急行が運転されている。

このほか、自由席特急急行、空港急行、区間急行準急普通(車)が運転されている。以下に「ラピート」「サザン」を除いた種別の運転概況を示す。「ラピート」および「サザン」については当該項目を参照のこと。

優等列車では必ず、上り列車では始発駅発車直後に、下り列車では天下茶屋駅発車直後に普通車との接続駅案内を行っており、普通車との接続駅到着時(最後となる駅を除く)には加えて「次は、○○(接続駅)で普通車に接続します。」とアナウンスしている。

[編集] 列車種別

[編集] 特急

昼間時に難波 - 和歌山市(一部和歌山港)間で平日・土曜・休日とも1日2往復運転。停車駅パターンは「サザン」と全く同じだが、全席座席指定料金不要で乗車券のみで乗ることができる自由席のため、「サザン」の愛称はなく、車両の種別表示幕では「特急」とのみ記載される。「サザン」と合わせて毎時2本の30分ヘッド。全て6両編成。通称「自由席特急」とも呼ばれている。

かつては堺、岸和田の2駅(1966年の新今宮駅開業後は同駅を含めた3駅)のみ停車の速達性を重視した列車でさらには四国徳島港接続や南紀(紀勢本線)直通の役割も担っていたが(詳細は下記歴史の項を参照)、度重なる停車駅の追加により、現在では泉佐野を境に、北部は特急、南部はかつての急行の役割を担う性格の列車となっており、難波 - 和歌山市間で最も速い急行との所要時間差は3 - 4分程度でしかなくなっている(一部自由席連結の「サザン」も同様である)。なお、2005年11月26日以前は朝のみ数本の運転であった。

英語表記は、"Ltd. Express"。

[編集] 急行

平日の昼間時以外の時間帯と、土曜・休日の早朝(上りは深夜も運転)に、難波 - 和歌山市・和歌山港間で運転。半数の列車が和歌山港線に直通する。6両編成と8両編成の運用がある。8両編成の場合、朝ラッシュ時には、上り列車に限り和歌山市 - 天下茶屋間で、難波寄りから4両目に女性専用車両を設定する。現在、女性専用車両は1000系と2000系以外の車両に設置している(8000系は8001編成・8002編成で設定されているものの、まだ営業運転で使用されたことは無い)。

2005年11月27日のダイヤ改正で昼間・土休日の列車が実質上特急に格上げされ、泉佐野以北の急行停車駅の乗客の輸送は空港急行と区間急行が毎時2本ずつ交互に担うこととなった。また、平日夕方ラッシュ時以降は減便された。それまでは終日運転で、昼間時に1時間2本設定されていた。白地幕時代の車両の種別方向幕には「」と表示されていた。

初代1000系電車の現役時代は、特急列車と同じく急行にも運用されていたが、現在は特急用車両での急行での運用はない。

英語表記は、"Express"。

[編集] 空港急行

終日、空港線に直通して難波 - 関西空港間で運転。昼間時は毎時2本運転される。急行の停車駅(泉佐野駅以北)に春木駅が追加されている。空港線内は各駅停車で、実質停車駅は区間急行と同じである。6両編成の運用と8両編成の運用がある。8両編成の場合、朝ラッシュ時には、上り列車に限り関西空港 - 天下茶屋間で、難波寄りから4両目に女性専用車両を設定する。

なお、種別を表す色は急行は方向幕が全面朱色、行先案内表示機がオレンジ色であるのに対し、空港急行は黒地に朱色またはオレンジ色のアンダーラインが入り(日本語部分が黒地で朱色部分に「Airport Exp.」の英語表記種別が入る。なお、8000系フルカラーLED表示では日本語では普通と同じく灰色に白字、英字ではオレンジ色に白字で表示)、また日本語部分に少々小さい上付き文字で「空港」の文字が入った「空港急行」という表記となっているなどの違いがあり、急行とは区別された扱いとなっている。また、関西空港行に限り種別・行先が一体となった幕式では朱色のアンダーラインの左側に、種別・行先幕が別々の1000系では行先幕の灰色のアンダーラインの左側に、8000系では種別と行き先の間に飛行機マークがある。

昼間や土休日ダイヤでは上り下り共に岸和田で特急「サザン」(時間帯によっては自由席特急)に追い抜かれる。2005年11月27日のダイヤ改正で日中1時間3本から2本に、また夕方以降においても減便されたが、代わりに関西空港発着の普通列車が毎時2本新設され、夕方においては和歌山市発着の区間急行が泉佐野駅で関西空港発着の普通列車と接続を取る形でフォローしている。また昼間時間帯(土休日は終日)は泉佐野駅で和歌山市駅(土休日夜間はみさき公園駅発着)の普通車と相互接続していて、泉佐野駅以南での特急「サザン」や区間急行の補完的役割も担っている。

1994年9月4日に開港した関西国際空港への空港連絡列車であるため、長期休暇期間・大型連休・盆・正月など、日本の海外・国内旅行シーズンの利用客が特に多い傾向である。空港に接続する特急ラピート」の補完にもなっている。ただ泉佐野 - 関西空港間に限れば朝の上り、夜間の下りはほぼ空気輸送状態になっている。

英語表記は、"Airport Express"。

[編集] 区間急行

終日、難波 - 羽倉崎・みさき公園・和歌山市間で運転。難波 - 泉佐野間は空港急行と同等の停車駅で、泉佐野 - 和歌山市間は各駅に停車する。昼間時は難波 - みさき公園間、ラッシュ時は難波 - 羽倉崎・和歌山市間で運転され、空港急行とともに中距離における優等種別としての役割を担う。朝ラッシュ時や、深夜(深夜は下りのみ)には羽倉崎始終着のものもあり、羽倉崎検車区への引き上げも兼ねた存在の優等種別といえる。昼間は岸和田でラピートに追い抜かれる。平日夕方ラッシュ時には貝塚・泉佐野・尾崎・みさき公園のいずれかで特急(ラピート・サザン)、急行に追い抜かれることが多く、終着駅まで先着する列車は少ない。羽倉崎以南(特急・急行停車駅を除く)のホーム有効長から原則として6両編成で運転されるが、羽倉崎始終着の列車は8両編成で運転される列車もある。なお朝ラッシュ時と深夜の下りの和歌山市行きの区間急行は日によって激しく混雑することがある。なお、案内放送では「区間急行」であるが、時刻表や案内板の表記は「区急」である(これは高野線も同様)。2005年11月26日までは朝と深夜のみの運転であった。昼間時を中心に泉佐野で難波 - 関西空港間の普通列車と接続しているため、空港輸送もフォローしている。

英語表記は“Sub Express”。

[編集] 準急

平日朝ラッシュ時の上りのみ運転。羽倉崎・春木発の難波行が数本設定されている。羽倉崎 - 堺間は各駅に停車する。なお、構内アナウンスや車掌放送では「準急行」と案内される(これは高野線も同様)。南海線では最も本数の少ない種別である。6両編成で運転され、すべての列車が浜寺公園駅で後続の急行の通過待ちを行う。

2005年11月26日以前は高石発の難波行(上り)もあった。さらに下りについても難波発高石行の準急が設定されていた。2001年のダイヤ改正までは岸和田駅発の設定もあった。

なお、2009年10月3日までは4本(羽倉崎から3本、春木から1本)あったが、同年4日のダイヤ改正により、3本(羽倉崎から2本、春木から1本)に減少している。

英語表記は“Semi Express”。

[編集] 普通

終日、難波 - 和歌山市間(区間運転あり)と空港線直通の難波 - 関西空港間で運転。駅の放送では「普通車」と案内される。高野線の「各駅停車」と名称を区別しているのは、南海線用のホームのない今宮戎と萩ノ茶屋に停車しないためである。なお、かつては岸ノ里・玉出・粉浜の各駅も通過していた(1970年11月22日まで難波 - 住吉公園(現在の住吉大社)間には別に今宮戎・萩ノ茶屋停車の「各駅停車」が運転され、岸ノ里までは現在高野線専用の東線を走行していた)。昼間時は和歌山市発着系統が毎時2本、関西空港発着系統が毎時2本、合計4本運転される。ラッシュ時、夜間には羽倉崎・樽井・みさき公園で折り返す列車もある。また早朝には初発列車として泉佐野始発和歌山市行と高石、住ノ江(こちらは深夜にも運転)発難波行きが、平日の夕ラッシュ時と深夜にそれぞれ1本ずつ関西空港発泉佐野行きが、深夜には和歌山市始発羽倉崎行きの列車も存在する。特に深夜の上りの羽倉崎行きは上り列車では唯一の存在である。過去には早朝のみだが住ノ江駅始発の下り泉佐野行き(後に関西空港行き)も存在していた。

下り列車では泉佐野発車後ほとんどが和歌山市まで先着している。昼間時に優等列車と緩急接続を行う駅は2005年11月のダイヤ改正以降、堺・泉大津・泉佐野の3駅だけとなっている。

ほとんどは、4両または6両編成で運行されているが、土休日は6両編成での運用が多くなる。また平日6時30分、土休日6時31分泉佐野始発の関西空港行き普通列車のみ8両編成で運行されている。2007年8月11日のダイヤ変更から2000系(ズームカー)の運用も始まった。 停車駅の表示は難波行は「天下茶屋までの各駅・新今宮」であり、難波発は「新今宮・天下茶屋 以遠各駅(にとまります)」となっている(括弧内は新今宮での表記)。

英語表記は“Local”。

[編集] 運転本数

なお、平日昼間時と土曜・休日の1時間毎の運転本数(岸里玉出以北の高野線列車は除外)をまとめると以下のようになる。

  • 難波 - 泉佐野 : ラピートβ2本、特急(サザン+自由席特急)2本、空港急行2本、区間急行2本、普通4本(2本は関西空港行)
  • 泉佐野 - みさき公園 : 特急(サザン+自由席特急)2本、区間急行2本、普通2本
  • みさき公園 - 紀ノ川 : 特急(サザン+自由席特急)2本、普通2本
  • 紀ノ川 - 和歌山市 : 特急(サザン+自由席特急)2本、普通2本、加太線列車2本

このことから難波 - みさき公園・関西空港間の各駅では何らかの形で1時間あたり4本の本数が確保されている。特に粉浜 - 住ノ江間の3駅は大阪市内の駅としては、この本数は最も少ない部類である。 また泉佐野駅では関西空港方面の列車と和歌山市方面の列車が相互接続を行っている。

泉佐野 - 和歌山市間では本数がやや少なくなるものの、阪和線の日根野 - 和歌山間ほど運転間隔がいびつなダイヤにはなっていない。また空港急行と普通列車(みさき公園・和歌山市発着の列車)との緩急接続も多く、阪和線の日根野駅や熊取駅などの接続と比べると便利である。しかし朝夕ラッシュ時の区間急行や、全日を通して普通列車が泉佐野か尾崎駅で列車の待避のために長時間(5 - 10分程度)停車する列車も多く、所要時間の面でやや格差がついている。

[編集] 年末年始

毎年大晦日から元日早朝にかけて難波 - 住ノ江間15分間隔、住ノ江 - 羽倉崎間30分間隔で終夜運転が行われる。普通のみの運転。なお、羽倉崎 - 和歌山市間は終夜運転を行わない。関西空港開港後数年間は難波 - 関西空港間で終夜運転を行っていた時期があった。

正月三が日は原則として土休日ダイヤで運転され、空港急行と区間急行が昼間時間帯に住吉大社駅に臨時停車する。そのため2 - 3分ほど運転時分がずれる。2004年度(2005年正月)までは急行と空港急行が停車し、2005年度(2006年正月)から2007年度(2008年正月)までは「ラピート」以外の全列車が停車していたが、2008年度(2009年の正月)は再び特急「サザン」・自由席特急は通過となる。

関西空港開港以前は、昼間の急行(和歌山市または和歌山港行き・泉佐野または羽倉崎行き)・普通の本数が必ず6本となり、昼間のみ正月ダイヤを組んでいた経緯がある。また大晦日の深夜には住吉大社の参拝客のために住ノ江検車区への入庫回送列車を臨時の普通に仕立てて運転していた時期もあった。

[編集] 過去(関西空港開港以前)の種別

[編集] 春木駅停車急行(─急行─・白線急行)

1994年以前に運転されていた、通常の急行停車駅に加え春木に停車する急行。車両の種別表示幕に、朱地に白線を加えた白文字で「─急行─」(旧式の表示幕の場合は「 - 急 - 」)と記載されていたために、鉄道ファンなどの間では「白線急行」または「春木ライン」と形容されていた。定期列車としては空港急行(及び羽倉崎発着の区間急行)の事実上の前身で、難波 - 泉佐野・羽倉崎間で運転されていた。また、難波 - 多奈川間で運転された多奈川線直通の淡路航路連絡急行「淡路号」もこれに含まれていた。春秋の行楽シーズンや夏の海水浴シーズンには和歌山市まで延長運転され、盆や年末年始の帰省シーズンには特急運転時間帯以外に和歌山港まで延長運転された。なお、単なる「急行」として運転される春木通過の和歌山市発着急行は、岸和田競輪開催時には春木に臨時停車するが「─急行─」としては運転されず、あくまで「急行」春木臨時停車として運転された。

1993年に多奈川直通急行が廃止。1994年6月の空港線開通に伴う種別整理により「空港急行」に名称を変更して運転区間を現在の難波 - 関西空港間に変更、その後9月の関西空港開港に伴うダイヤ改正で羽倉崎発着(車庫引き上げをかねて運転されるもの)は区間急行に統合され、定期列車としての運転は消滅。その後は岸和田競輪開催時の春木臨時停車の急行が「─急行─」表示を掲げ運転されていたが、それも2005年の昼間時の急行廃止により姿を消した。ただしその後、岸和田競輪開催による春木発の臨時急行が運転されたため復活している。

なお、車両に種別表示幕が装備される以前は、先頭車に掲出されていた種別表示の丸い標識板が赤で縁取りされたものであったため「赤丸急行」とも呼ばれていた。ちなみに空港急行がこの急行を継承した列車であるためか、方向幕故障時などに使われる「空港急 難波 - 関西空港」の標識板にも同様に赤い縁取りが施されている。

[編集] 準急(赤準急)

1994年以前は現行の停車駅の準急(当時は難波 - 高石、岸和田間運転)に加え、朝ラッシュ時や深夜を中心に樽井、みさき公園、和歌山市発着の準急もあった。これは現在の区間急行の前身にあたり、停車駅も設定当初の区間急行と全く同じであった(天下茶屋駅は通過)。また、種別表示幕が赤で「準急」となっており、「赤準急」とも呼ばれた(ただし特急に使われている「赤色」よりはむしろ「朱色」に近い。停車駅案内表では急行と同じオレンジ)。なお、青で「準急」と表示されている現行の停車駅の準急は「青準急」と呼ばれた。

1994年の空港線開通に伴う種別整理の際に、「青準急」との区別を明確にするため、羽倉崎発着の「 - 急行 - 」を統合した上で「区間急行」に名称を変更した。

[編集] 各駅停車

かつては「普通」とは別に、難波 - 住吉公園(現:住吉大社)間に、現在は高野線専用となっている東線を走行し、今宮戎・萩ノ茶屋にも停車する「各駅停車」が運転されていた。一方、高野線の難波発着列車は、堺東折り返しの列車が「各駅停車」(ただし岸ノ里は配線上の都合で通過)として、それ以遠に直通する列車が今宮戎・萩ノ茶屋通過の「普通」として運転され、さらに汐見橋発の「各駅停車」も、住吉東まで直通していた。その後、泉北高速鉄道の開業を控え、高野線の線路用量を確保するため、岸ノ里駅の高野線と連絡線との合流点上にホームが設けられ、高野線の「普通」を「各駅停車」に一本化したため、1970年11月23日の改正で廃止された。

[編集] 使用車両

[編集] 乗務員

高野線との共通事項については「南海電気鉄道#乗務員」を参照

  • ほとんどの列車では、始発駅から終着駅まで乗り通しであるが、泉佐野駅や堺駅で乗務員交代が行われていることがしばしばある。
  • 本線において全席指定の特急電車運転士は、選抜された運転士が担当し、特急乗務員になると「特急系統」と呼ばれる専用乗務行路が与えられ、同時に所属も南海線列車区堺支区となる。また全席指定の特急には業務委託先の「アバン」に所属する女性車掌が乗務する。なお、一部座席指定の特急列車の場合は、特急系統乗務員(と女性車掌)と一般系統乗務員(運転士・車掌)とで運行し、全席自由の特急の場合は一般系統の乗務員が担当する。なお、この仕組みは1985年(昭和60年)11月1日のダイヤ改正による特急「サザン」運行開始からで、それまでは全乗務員が特急乗務を行っていた。
    • ただし、同年3月14日のダイヤ改正で廃止された国鉄紀勢本線直通の気動車急行「きのくに」に至っては、当時の列車区長たちの推薦によって選ばれた運転士が、研修を受けた上で乗務していた。
  • 優等列車が春木駅天下茶屋駅に到着する数十秒前に、運転士が停車駅を失念して冒進することを防ぐ目的で、車掌が電鈴を1打鳴らすことがある(それに対する運転士の返事も同じく電鈴1打である)。これは、列車種別選別装置更新前からの伝統である(現在は上記の駅に接近すると装置から警報が鳴る)。
  • 普通列車が優等列車の通過待ちの時、普通列車乗務員は必ずホームに立ち通過監視を行う。その時運転士はブレーキハンドルを常用ブレーキ最大位置にセットし、リバースハンドル(主幹制御器に取り付ける前進・後進の切り替えハンドル)を所持してホームに立つ。なお、固定式ツーハンドル列車の場合、リバースハンドルの代わりにマスコンキー(固定式ハンドルを動かすために使う鍵)を所持し、運転時計(懐中時計)も所持してホームに立つ。
  • 終着駅到着後、車掌が降車側の扉を開ける。その後運転士は車掌スイッチの切り換えを行い、切り換え完了後、乗車側の扉を開扉する。その後、降車側扉は車掌によって閉扉される。
  • 始発駅で電鈴鳴動確認を行う(本線のみ)
  • 加太線は全列車がワンマン運転であるが、南海本線区間の紀ノ川 - 和歌山市間では後部乗務員室に列車防護員が乗務する。

[編集] 歴史

難波 - 堺間は、1885年に難波 - 大和川(のちに廃止)間を開業した阪堺鉄道が開通させたもの、堺 - 和歌山市間は南海鉄道が開通させたものである。両社は1898年に合併した。

阪堺鉄道は、1883年に廃止された工部省釜石鉱山鉄道の車両やレールの払い下げを受けて建設されたため、開業当初は838mmという日本では特異な軌間の鉄道であった。

また鉄道国有化前は、1984年 - 1993年に順次廃止された天王寺支線(天下茶屋 - 天王寺)を用いて、大阪鉄道(初代) - 関西鉄道の保有する今の大阪環状線に乗り入れ、大阪 - 住吉間の直通運転を行っていたこともあった。

1929年 - 1930年に全線に並行する形で阪和電気鉄道が開通すると、南海鉄道との間で列車のスピードアップや割引切符による運賃のダンピングなど、激しい競争が繰りひろげられることになる。対抗のため、日本初の冷房電車(2001形を参照)を1936年 - 1937年には走らせたりした。同社は1940年に南海へ合併して山手線となり、1944年には戦時買収によって国有化され、阪和線となった。

また1934年には、競合する阪和電気鉄道とともに「黒潮号」・「土曜列車」など紀勢西線 - 紀勢本線への直通運転も開始し、1940年 - 1951年の中断期を経て、1985年の紀勢本線における急行列車廃止に伴う「きのくに」消滅まで続けられた。末期の「きのくに」に使用されていた車両は自社所有の気動車(キハ5501、キハ5551形)で、和歌山市駅から紀勢本線に乗り入れ(紀和駅にも停車)、和歌山駅で天王寺駅発着の「きのくに」と分割・併合を行っていた。なお、種別は紀勢本線直通の急行であったが南海本線内の停車駅は当時の特急と同じ堺、岸和田の2駅(1966年からは新今宮を含めた3駅)に絞られていた。

競合路線であるJR阪和線との間においては、1994年に運転を開始した関空特急「ラピート」の話題性や、特急の座席指定料金の面で一時はJRよりも優位に立っていたが、大阪方面の直通運転など利便性の面で優位に立つJRに巻き返され、現在ではやや劣勢に立たされている。2005年11月のダイヤ改正以降の運転本数は日中・土日においては関西空港開業直後のダイヤと比べて約2割削減されている(基本・優等列車9本→8本、普通6本→4本)。

[編集] 年表

  • 1885年(明治18年)12月29日 阪堺鉄道が難波 - 大和川間を開業。軌間838mm。
  • 1888年(明治21年)5月15日 大和川 - 堺(吾妻橋)間が開業。大和川駅廃止。
  • 1892年(明治25年)12月29日 阪堺鉄道が難波 - 住吉間を複線化。
  • 1897年(明治30年)10月1日 南海鉄道が堺 - 佐野(現在の泉佐野)間を開業。
  • 1897年(明治30年)11月9日 南海鉄道が佐野 - 尾崎間を開業。
  • 1897年(明治30年)12月15日 阪堺鉄道が難波 - 堺間を1067mm軌間に改軌。住吉 - 堺間を複線化。難波 - 尾崎間直通運転開始。
  • 1898年(明治31年)10月1日 南海鉄道と阪堺鉄道が合併。
  • 1898年(明治31年)10月22日 尾崎 - 和歌山北口間が開業。
  • 1899年(明治32年)4月1日 住吉 - 堺間に大和川駅(2代目)開業。
  • 1901年(明治34年)4月13日 葛葉駅(現在の高石駅)開業。
  • 1901年(明治34年)10月5日 天下茶屋 - 住吉間が3線化。
  • 1903年(明治36年)2月25日 難波 - 天下茶屋間に(臨)門前駅(博覧会門前駅)開業[1]。8月31日まで営業。第5回内国勧業博覧会開催のため。
  • 1903年(明治36年)3月21日 紀ノ川橋梁が開通し紀ノ川 - 和歌山市間が開業、難波 - 和歌山市間が全通。和歌山北口駅廃止。和歌山市 - 紀和連絡点および紀和鉄道和歌山(現在の紀和) - 南海連絡点の紀和連絡線開業。
  • 1906年(明治39年)8月15日 淡輪駅開業。
  • 1906年(明治39年)4月23日 急行「浪速号」・「和歌号」運転開始。蒸気列車内で食堂の経営を行う。現存する大手私鉄においては、珍しい試みであった。
  • 1907年(明治40年)7月5日 堺 - 浜寺(現在の浜寺公園)間が複線化。
  • 1907年(明治40年)8月20日 浜寺駅を浜寺公園駅に改称。
  • 1907年(明治40年)8月21日 難波 - 浜寺公園間が電化。住ノ江駅開業。
  • 1907年(明治40年)10月5日 恵美須駅(現在の今宮戎駅)開業[2]
  • 1907年(明治40年)10月26日 玉出駅(現在の岸里玉出駅)開業[2]
  • 1907年(明治40年)11月11日 堺 - 湊間に大浜駅開業(廃止日不明)[3]
  • 1907年(明治40年)12月20日 萩ノ茶屋駅、北浜寺駅(現在の諏訪ノ森駅)開業[4]
  • 1908年(明治41年) 大浜駅を芦原駅に、北浜寺駅を諏訪ノ森駅に改称[5]
  • 1910年(明治43年) (臨)孝子駅開業[6]
  • 1911年(明治44年)4月15日 浜寺公園 - 葛葉(現在の高石)間が複線化。
  • 1911年(明治44年)5月17日 葛葉 - 大津(現在の泉大津)間が複線化。
  • 1911年(明治44年)8月31日 大津 - 貝塚間が複線化。
  • 1911年(明治44年)10月16日 貝塚 - 佐野(現在の泉佐野)間が複線化。
  • 1911年(明治44年)11月21日 浜寺公園 - 和歌山市間が電化。全線電化完成。
  • 1912年(明治45年)2月17日 住吉公園駅(現在の住吉大社駅)開業[2]
  • 1912年(明治45年)3月1日 羽衣駅、高師ノ浜駅開業。
  • 1912年(明治45年)7月20日 芦原駅を大浜駅に改称[2]
  • 1912年(大正元年)12月20日 龍神駅開業[7]
  • 1913年(大正2年)7月25日 岸ノ里駅(現在の岸里玉出駅)開業。
  • 1914年(大正3年)4月1日 蛸地蔵駅開業。
  • 1914年(大正3年)10月18日 春木駅開業。
  • 1914年(大正3年)12月10日 助松駅(現在の松ノ浜駅)開業。
  • 1915年(大正4年)頃 恵美須駅を今宮戎に改称[8]
  • 1915年(大正4年)4月11日 深日 - 孝子間が複線化。孝子駅が常設駅として開業。
  • 1915年(大正4年)10月1日 吉見ノ里駅開業。
  • 1915年(大正4年)11月1日 岡田浦駅開業。
  • 1916年(大正5年)5月15日 鶴原駅開業。
  • 1916年(大正5年)12月15日 住ノ江駅廃止。大浜駅旅客営業廃止[9]
  • 1917年(大正6年)4月21日 粉浜駅、七道駅開業。住吉駅[10]、大和川駅廃止。
  • 1917年(大正6年)11月1日 佐野(現在の泉佐野) - 吉見ノ里間が複線化。
  • 1918年(大正7年)6月1日 吉見ノ里 - 尾崎間が複線化。
  • 1918年(大正7年)10月2日 羽衣 - 葛葉間の高師ノ浜駅廃止。
  • 1918年(大正7年)12月27日 尾崎 - 箱作間が複線化。
  • 1919年(大正8年)3月1日 鳥取ノ荘駅開業。
  • 1919年(大正8年)6月1日 石津川駅開業。
  • 1919年(大正8年)8月16日 箱作 - 淡輪間が複線化。
  • 1919年(大正8年)9月8日 淡輪 - 深日間が複線化。
  • 1922年(大正11年)12月2日 孝子 - 紀ノ川間が複線化され、全線複線化完成。
  • 1924年(大正13年)7月26日 電7系による特等車・喫茶室連結の電車急行列車運転開始。
  • 1925年(大正14年)3月15日 岸ノ里駅に高野線との東連絡線開設。高野線の列車が難波駅乗り入れ開始。
  • 1925年(大正14年)7月11日 忠岡駅開業。
  • 1926年(大正15年)12月3日 天下茶屋 - 粉浜間が複々線化。岸ノ里駅東連絡線複線化。西連絡線開設。
  • 1928年(昭和3年)2月5日 住ノ江駅再開業[2]
  • 1929年(昭和4年)11月 高野線の全列車が難波駅発着となる。
  • 1931年(昭和6年)12月19日 粉浜 - 住吉公園(現在の住吉大社)間が複々線化。
  • 1934年(昭和9年)11月17日 国鉄紀勢西線(現、紀勢本線)との直通列車「黒潮号」を運転開始。
  • 1937年(昭和12年)4月10日 和泉大宮駅開業。
  • 1937年(昭和12年)11月1日 難波 - 天下茶屋間が高架化。複々線化完成は翌年。
  • 1937年(昭和12年)12月 「黒潮号」を廃止。しかし直通運転自体は継続。
  • 1938年(昭和13年)7月23日 南淡輪駅(現在のみさき公園駅)開業。
  • 1938年(昭和13年)9月10日 難波 - 天下茶屋間が高架複々線化。新設の西側2線は住ノ江以遠行きが使用、既設の東側2線は住吉公園行き各駅停車と高野線の列車が使用。
  • 1938年(昭和13年)10月1日 二色浜駅開業。
  • 1940年(昭和15年)8月 この年12月の阪和電気鉄道合併を控えて、一元化のため国鉄紀勢西線との直通列車を全廃。
  • 1941年(昭和16年)8月1日 葛葉駅を高石町駅に改称。
  • 1942年(昭和17年)2月1日 羽倉崎駅開業。
  • 1942年(昭和17年)7月1日 大津駅を泉大津駅に改称。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 会社合併により近畿日本鉄道の路線となる。深日駅の旅客営業廃止。
  • 1945年(昭和20年)6月11日 南淡輪 - 孝子間の深日駅休止。
  • 1945年(昭和20年)7月10日 堺駅の旅客営業廃止。
  • 1947年(昭和22年)6月1日 近畿日本鉄道から分離、南海電気鉄道に譲渡。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 佐野駅を泉佐野駅に改称。
  • 1951年(昭和26年)4月6日 国鉄紀勢西線との直通運転再開。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 井原里駅開業。
  • 1955年(昭和30年)4月21日 堺 - 湊間の龍神駅廃止のうえ堺駅に統合、堺駅旅客営業再開。
  • 1957年(昭和32年)1月1日 南淡輪駅をみさき公園駅に改称。
  • 1957年(昭和32年)12月28日 北助松駅開業。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 深日駅を正式に廃止。
  • 1960年(昭和35年)12月15日 助松駅を松ノ浜駅に改称。
  • 1966年(昭和41年)12月1日 新今宮駅開業(国鉄新今宮駅は1964年開業)。高石町駅を高石駅に改称。
  • 1967年(昭和42年)4月1日 樽井 - 尾崎間の踏切で立ち往生していた大型トラックに和歌山市行き急行列車が衝突し、男里川橋梁から電車5両編成のうち2両が転落。5名死亡。直接の要因は、踏切で立ち往生したトラックに衝突したことであるが、事故編成の運転士が事故直前まで、自分の息子を運転室内に入れていたことが発覚し、問題化(男里川橋梁列車脱線転落事故)。
  • 1967年(昭和42年)7月24日 箱作駅構内で入れ換え中の貨物列車に、和歌山市行き急行列車が衝突。93名重軽傷。
  • 1968年(昭和43年)1月18日 天下茶屋駅構内で春木発難波行き急行列車が信号を冒進し高野線堺東行き下り回送列車に正面衝突。296名負傷(天下茶屋駅列車衝突事故)。相次ぐ事故で、猛烈な批判を受ける。
  • 1970年(昭和45年)11月23日 岸ノ里駅(当時)に高野線(難波駅直通列車用)ホームが設置されたことに伴い、高野線の運転系統を大幅に変更。南海本線は、難波 - 住吉公園間の各駅停車(東線各駅停車)を廃止し、難波 - 岸ノ里間では、全列車が西線を走る、現在のような形態となる。各駅に停車する列車は普通(今宮戎・萩之茶屋通過)に一本化。
  • 1973年(昭和48年)10月10日 架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
  • 1977年(昭和52年)4月10日 玉出 - 住ノ江(大和川北岸)間外側2線高架化。
  • 1979年(昭和54年)5月9日 住吉公園駅を住吉大社駅に改称。
  • 1980年(昭和55年)6月15日 玉出 - 住之江(大和川北岸)間の高架複々線化が完成。
  • 1980年(昭和55年)11月21日 難波駅改良工事完成(23日)に伴い、起点を0.2km和歌山市駅寄りに変更。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 急行「きのくに」を最後に、国鉄紀勢本線との直通運転を廃止。
  • 1985年(昭和60年)5月7日 七道(大和川南岸) - 石津川間の高架化完成。
  • 1985年(昭和60年)11月1日 特急「サザン」運転開始(指定席用の車両として10000系を新製投入)。
  • 1992年(平成4年)7月1日 1000系運転開始。
  • 1993年(平成5年)4月18日 萩ノ茶屋 - 岸里玉出間の西側2線高架化。岸ノ里駅と玉出駅が統合され岸里玉出駅となる。全線通しの急行と普通を毎時3本ずつに増発した反面、難波口の普通を毎時6本から毎時5本に減便。
  • 1993年(平成5年)12月25日 羽倉崎検車区内で、回送列車が車止めを突破し道路を横切った上、向かいの店舗に衝突する脱線事故。検車係員のわき見とスピード超過が原因。
  • 1994年(平成6年)6月18日 空港線の暫定開業で空港急行が運転開始。
  • 1994年(平成6年)6月27日 泉佐野 - 羽倉崎間にある南海本線と空港線の分岐付近で、みさき公園発難波行きの普通列車が脱線。ポイント手動切替の作業ミスが原因。
  • 1994年(平成6年)7月6日 和泉大宮 - 蛸地蔵間の高架化完成。
  • 1994年(平成6年)9月4日 関西国際空港が開港、特急「ラピート」運転開始(50000系を新製投入)。みさき公園駅が正式に特急停車駅になる。泉佐野以南各駅停車の準急と羽倉崎折り返しでかつ春木に停車する急行を区間急行に種別変更。難波口の普通も毎時6本に戻る。
  • 1995年(平成7年)11月1日 萩ノ茶屋 - 岸里玉出間の高架化完成。東側2線(高野線)を高架化[11]
  • 1996年(平成9年)10月24日 天下茶屋駅が特急(「ラピートβ」のみ)、空港急行、区間急行、準急停車駅になる。
  • 2000年(平成12年)7月8日 住ノ江検車区内で、回送列車が脱線事故を起こす。電車が停止する前に運転士がATSを解除したり、ブレーキハンドルを抜き取るなど、基本動作を順守しなかった違反行為が発覚。
  • 2001年(平成13年)3月24日 一部の「ラピートα」を除き天下茶屋駅が全列車停車駅となる。昼間の急行が減便され、尾崎駅が特急停車駅になる。
  • 2003年(平成15年)2月22日 平日朝の上り急行で女性専用車両導入。
  • 2005年(平成17年)11月27日 泉佐野駅付近高架化完成。新今宮駅、泉佐野駅が全列車停車駅になる。全線通しの急行のほとんどを特急に格上げし、昼間時間帯にも区間急行を新設、空港線普通も終日運転化。終日にわたりほぼ分かりよいダイヤとなる。
  • 2007年(平成19年)8月11日 一部時間帯の普通に2000系使用列車が登場。
  • 2008年(平成20年)3月26日 8000系運転開始。
  • 2008年(平成20年)6月7日 忠岡 - 北助松間の上り線高架化完成。
  • 2009年(平成21年)10月2日 翌々日実施されたダイヤ変更に伴い、この日をもって「サザン」の全車両座席指定での運転を終了。

[編集] 駅一覧

  • 特急(左欄):自由席特急特急サザン
  • 特急(右欄):特急ラピート
  • 今宮戎駅・萩ノ茶屋駅には高野線の各駅停車が停車
凡例
●:全列車停車、▲:「ラピートβ」のみ停車、◆:正月三が日の昼間時に臨時停車、|:全列車通過、↑:通過(矢印の方向のみ運転)
駅名 駅間キロ 営業キロ 普通 準急 区間急行 空港急行 急行 特急 特急 接続路線 所在地
難波駅 - 0.0 大阪市営地下鉄御堂筋線 (M20) ・千日前線 (S16) ・四つ橋線 (Y15)
近畿日本鉄道難波線大阪難波駅
阪神電気鉄道阪神なんば線(大阪難波駅)
西日本旅客鉄道関西本線大和路線)(JR難波駅
大阪府 大阪市 中央区
今宮戎駅 0.9 0.9   浪速区
新今宮駅 0.5 1.4 西日本旅客鉄道:大阪環状線・関西本線(大和路線)
大阪市営地下鉄:御堂筋線(動物園前駅:M22)・堺筋線(動物園前駅:K19)
阪堺電気軌道阪堺線南霞町駅
西成区
萩ノ茶屋駅 0.6 2.0  
天下茶屋駅 1.0 3.0 大阪市営地下鉄:堺筋線 (K20)
岸里玉出駅 0.9 3.9 南海電気鉄道高野線(事実上の接続駅は天下茶屋駅)・汐見橋線
粉浜駅 1.2 5.1   住吉区
住吉大社駅 0.6 5.7 阪堺電気軌道:上町線住吉公園駅)、阪堺線(住吉鳥居前駅
住ノ江駅 1.0 6.7   住之江区
七道駅 1.5 8.2   堺市 堺区
堺駅 1.6 9.8  
湊駅 1.4 11.2  
石津川駅 1.5 12.7   西区
諏訪ノ森駅 1.1 13.8  
浜寺公園駅 1.0 14.8 阪堺電気軌道:阪堺線(浜寺駅前駅
羽衣駅 0.7 15.5 南海電気鉄道:高師浜線
西日本旅客鉄道:阪和線東羽衣駅
高石市
高石駅 1.9 17.4  
北助松駅 1.1 18.5   泉大津市
松ノ浜駅 0.9 19.4  
泉大津駅 1.0 20.4  
忠岡駅 1.9 22.3   泉北郡
忠岡町
春木駅 1.4 23.7   岸和田市
和泉大宮駅 1.3 25.0  
岸和田駅 1.0 26.0  
蛸地蔵駅 0.9 26.9  
貝塚駅 1.7 28.6 水間鉄道:水間線 貝塚市
二色浜駅 1.8 30.4  
鶴原駅 0.9 31.3   泉佐野市
井原里駅 1.1 32.4  
泉佐野駅 1.6 34.0 南海電気鉄道:空港線(一部直通運転:下記参照)
羽倉崎駅 2.1 36.1      
吉見ノ里駅 1.3 37.4         泉南郡
田尻町
岡田浦駅 1.4 38.8         泉南市
樽井駅 1.8 40.6        
尾崎駅 2.5 43.1         阪南市
鳥取ノ荘駅 1.5 44.6        
箱作駅 2.0 46.6        
淡輪駅 3.6 50.2         泉南郡
岬町
みさき公園駅 1.7 51.9       南海電気鉄道:多奈川線
孝子駅 4.4 56.3        
和歌山大学前駅(仮称) - -         和歌山県
和歌山市
紀ノ川駅 5.3 61.6       南海電気鉄道:加太線
和歌山市駅 2.6 64.2       南海電気鉄道:和歌山港線(一部直通運転:下記参照)
西日本旅客鉄道:紀勢本線
直通運転区間 泉佐野駅から
○普通・空港急行・特急…空港線関西空港駅まで
和歌山市駅から
○急行・特急…和歌山港線和歌山港駅まで

[編集] 廃駅

駅名は最終のもの。

  • 博覧会門前駅(今宮戎 - 新今宮間、1903年2月25日開業、1903年9月1日廃止)
  • 玉出駅(岸里玉出 - 粉浜間、1907年10月26日開業、1993年4月18日廃止、岸ノ里駅に統合し岸里玉出駅に)
  • 住吉駅(粉浜 - 住吉大社間、1885年12月29日開業、1917年4月21日廃止)
  • 大和川駅(住ノ江 - 七道間、初代:1885年12月29日開業、1885年5月15日廃止、2代:1899年4月1日開業、1917年4月21日廃止)
  • 龍神駅(堺 - 大浜間、1912年12月20日開業、1955年4月21日廃止、堺駅に統合)
  • 大浜駅(龍神 - 湊間、1907年11月11日開業、廃止日不明)
  • 高師ノ浜駅(羽衣 - 高石間、1912年3月1日開業、1918年10月2日廃止)
  • 深日駅(みさき公園 - 孝子間、1898年10月22日開業、1955年6月11日休止、1958年廃止)

[編集] 過去の接続路線

※:路線自体は接続しなくなったものの、加太線の列車は紀ノ川駅から南海本線を経由して和歌山市駅に乗り入れるため、実質的には現在も接続している。

[編集] 主要駅の乗降客数

南海電気鉄道ホームページ(平成19年度1日平均乗降客数)による[12]

  • 難波 266,178人
  • 新今宮 88,738人
  • 天下茶屋 57,534人
  • 堺 33,953人
  • 羽衣 20,074人
  • 泉大津 25,254人
  • 岸和田 23,884人
  • 貝塚 20,840人
  • 泉佐野 21,531人
  • 尾崎 11,910人
  • みさき公園 6,059人
  • 和歌山市 18,578人
  • 関西空港 16,773人

[編集] 脚注

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  1. ^ 逓信省鉄道局『明治三十五年度 鉄道局年報』p.39, p.166(リンクは国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  2. ^ 今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳 8号 関西1』新潮社、2008年、p.35
  3. ^ 『日本鉄道旅行地図帳』p.35では開業時芦原駅とあるが、逓信省鉄道局『明治四十年度 鉄道局年報』p.29(近代デジタルライブラリーより)によれば開業時大浜駅(翌年度芦原駅に改称)。
  4. ^ 逓信省鉄道局『明治四十年度 鉄道局年報』p.29(近代デジタルライブラリーより)によれば開業時北浜寺駅(翌年度諏訪ノ森駅に改称)。
  5. ^ 逓信省鉄道局『明治四十年度 鉄道局年報』p.133、鉄道院『明治四十一年度 鉄道院年報』「私設鉄道之部」p.54(いずれも近代デジタルライブラリーより)
  6. ^明治43年 大阪府統計書』p.147(近代デジタルライブラリーより)
  7. ^ 日付は宮脇俊三編著『鉄道廃線跡を歩く 5』(JTB、1998年)p.174による。『大正元年 大阪府統計書』p.246に駅名あり。(近代デジタルライブラリーより)
  8. ^ 鉄道講習会『いろは別鉄道駅名鑑 大正3年12月10日現在』(1914年)p.74では「恵美須」、『大正4年 大阪府統計書』p.372では「今宮戎」となっている。(いずれもリンクは近代デジタルライブラリー)
  9. ^大正5年 大阪府統計書』p.385(近代デジタルライブラリーより)。なお大浜駅は翌1917年度に一時旅客営業。
  10. ^大正6年 大阪府統計書』p.386(近代デジタルライブラリーより)
  11. ^ 都市計画事業 南海本線(萩ノ茶屋・玉出間)連続立体交差事業の高架化竣工 - 大阪市・南海電気鉄道株式会社 1995年11月(パンフレット・アーカイブスより)。
  12. ^ 南海線・空港線 駅施設等サービス対策の現状(平成21年4月1日現在)PDF - 南海電気鉄道、全駅のバリアフリー施設状況

[編集] 参考文献

  • 「鉄道ピクトリアル」2008年8月号増刊 特集:南海電気鉄道(電気車研究会)
  • 南海電気鉄道車両部・諸河久・岩堀春夫『日本の私鉄 南海』1981年 保育社〈カラーブックス 547〉
  • 南海電気鉄道車両部・諸河久・岩堀春夫『日本の私鉄 南海』1991年 保育社〈カラーブックス 811〉
  • 佐藤博之・浅香勝輔『民営鉄道の歴史がある景観 I』古今書院、1986年
  • 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』平成十八年度版 電気車研究会
  • 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳 8号 関西1』新潮社、2008年

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月22日 (日) 20:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【南海本線】変更履歴

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