博多大吉
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| 博多大吉 | |
|---|---|
| 本名 | 吉岡 廣憲(よしおか ひろのり) |
| ニックネーム | 大吉先生 |
| 生年月日 | 1971年3月10日(38歳) |
| 出身地 | 福岡県古賀市 |
| 血液型 | O型 |
| 身長 | 182cm |
| 方言 | 標準語 |
| 最終学歴 | 福岡大学経済学部中退 |
| コンビ名 | 博多華丸・大吉 |
| 相方 | 博多華丸 |
| 芸風 | 漫才 (ツッコミ)など |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | よしもとクリエイティブ・エージェンシー |
| 活動時期 | 1991年 - 現在 |
| 同期 | 千原兄弟、FUJIWARA など |
| 現在の代表番組 | DRAGON GATE〜龍の扉〜 |
| 配偶者 | 既婚 |
博多 大吉(はかた だいきち、本名 吉岡 廣憲(よしおか ひろのり)、1971年3月10日 - ) は、福岡県糟屋郡古賀町(現:古賀市)出身の日本のお笑い芸人である。吉本興業東京本社所属。ニックネームは「大吉先生」。
目次 |
[編集] 人物・来歴
- 古賀市立古賀中学校、福岡県立光陵高等学校卒業、推薦入学で福岡大学経済学部へ進学するが後に中退。尚、在籍していた落語研究会での高座名は「福々亭こまんど」である。
- 博多華丸・大吉のツッコミ役およびネタ作りを担当している。旧芸名は亀屋 大吉(かめや だいきち)。
- 2007年11月18日、12年来交際を続けていた宮崎県出身の女性と結婚した。
- 天性の虚弱体質と運動音痴であり細身の体格である。長身を生かして学生時代はバスケットボール部に所属していたが、強豪バスケ部のスポーツマンメンバーのなかでは場違いな存在であり、他の(対戦相手の)チームからは「捕虜」と影であだ名されていた(彼がそれを知ったのは高校時代に入ってかららしい)。中学三年間で心底バスケットが嫌いになるが、高校時代、「高身長の経験者」という理由で再びバスケ部に入れられてしまうという悲劇に見舞われる。
- その外見から若手芸人時代は「もやしっ子」などと呼ばれていた事もある。
- 父親はロサンゼルス五輪以降無職状態であり、母親および姉は看護師助手(詳細不明)をしている[1]。
- 福岡時代に二人揃って出演した際の司会はほとんど大吉が務めていたことなどから、番組の仕切りやトークの能力の高さに関しては相方以上と評価をする向きも少なくない。
- 東京進出後は、福岡吉本時代の後輩であるバッドボーイズの清人を自宅に居候させている。
- 同じ事務所所属の先輩芸人今田耕司主催の飲み会、通称コージー's ナイトに常に招待されるなど、可愛がられている。その性格から食器洗いも丁寧なため、徹底した綺麗好きとして知られる今田家の、台所に入ることを許可されている数少ない芸人でもある。
- 相方である博多華丸がR-1ぐらんぷりで優勝を誰よりも喜んだのは大吉であったが、以降しばらくの間、大吉自身が芸能人として目立たない現況が続いたことに対し、「こういう形が理想」と相方が中心となる芸風こそが自分たちの本来の姿であり、自身の好ましい立場であると示唆した。
- 常に携行している、本人が「かえるたん」と呼ぶ蛙のぬいぐるみには話しかけることは出来ても、子供と話すのは苦手である。
- 一時期髪形をピカチュウのようにしていたことがある。
[編集] 趣味・趣向
- プロレスが好きで「DRAGON GATE〜龍の扉〜」の司会者もつとめている。プロレスラーのハヤブサは親友であるほか、三沢光晴とは飲み友達であり、このことが松下笑一の改名のきっかけにもなった(本人項目参照)。
- 他に好きなこととして、「アニメキャラクターの年齢を調べるのが好き」であると、「未来創造堂」の番組中で語り、指定された年齢のアニメキャラクターを列挙することができる様を示した。
[編集] エピソード
- 2006年2月に博多華丸がR-1ぐらんぷりで優勝したが、実は、大吉とマネージャーが華丸の了承を得ずにエントリーした事に端を発している。また、このとき披露された「児玉清のあいうえお作文ネタ」の考案者も大吉である。
- 2007年のR-1ぐらんぷりに、今度は華丸から本人の了承を得ることなくエントリーされた上、「もし1・2回戦で負けたらコンビを解散するかも」とコメントされ、重圧のかかる中出場し準決勝まで勝ち残る健闘ぶり見せた。
- 「雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!」では「越中詩郎芸人」等にピンで出演。特に「中学の時イケてないグループ芸人」シリーズで語った、中学時代に「焼却炉の魔術師」というあだ名を付けられたエピソード[2]が第2回(2008年)アメトーーク大賞[3]の流行語大賞を受賞したり、中学時代のエピソードで爆笑をさらうなど活躍が目立ち、同番組のプロデューサーである加地倫三からは太鼓判を押されている[4]。その後地元のローカル放送で母校を訪ね「思い出の焼却炉」と再会を果たした。本人はこの放送を「その場凌ぎの手抜き企画」と評した。
- 「アメトーーク!」で有吉弘行から「病み上がり」というあだ名をつけられたことがある。
- 「めちゃ×2イケてるッ!」の「シンクロナイズドテイスティング」(2007年2月17日放送)のコーナーでは、「(華丸の発言後に)上手いでしょ?うちの相方。」とコメントするなど、相方を立てる姿勢を見せた。
- 24歳の時に、先天的に左の尿管が曲がっているという、日本で4例目の奇病を抱えていることが判明した[5]。
- 『マンスリーよしもとPLUS』1月号の「よしもと・オブ・ザ・イヤー2009」で5位にランクインした。
[編集] 脚注・出典
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最終更新 2009年11月24日 (火) 06:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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