博物館動物園駅

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座標: 北緯35度43分7秒 東経139度46分24秒 / 北緯35.71861度 東経139.77333度 / 35.71861; 139.77333

博物館動物園駅
博物館動物園駅出入口
博物館動物園駅出入口
はくぶつかんどうぶつえん -
Hakubutsukan-Doubutsuen
京成上野 (km)
(km) 日暮里
所在地 東京都台東区上野公園
所属事業者 京成電鉄
所属路線 京成本線
キロ程 (京成上野起点)
開業年月日 1933年昭和8年)12月10日
廃止年月日 2004年平成16年)4月1日
備考 1997年(平成9年)4月1日営業休止
改札口付近
ホーム
通路に描かれたペンギンの絵画。手の届くところは落書きで埋め尽くされた。

博物館動物園駅(はくぶつかんどうぶつえんえき)は、東京都台東区にあった京成電鉄本線1933年昭和8年)の京成本線開通にあわせ、東京国立博物館国立科学博物館恩賜上野動物園東京藝術大学などの最寄り駅として開業した。その後の老朽化や乗降客数の減少に伴い、1997年平成9年)に営業休止、2004年(平成16年)に廃止となった。廃止後も駅舎やホームは現存する。

目次

[編集] 駅構造

改札は1か所のみで上りホーム側に設置されていた。地上の出入口は、皇室用地だった帝室美術館(現・東京国立博物館)の敷地内に作られたものと上野動物園旧正門へ続くものの2か所があった。前者は中川俊二設計で、国会議事堂中央部分のような西洋様式の外観が特徴で、国会議事堂よりも古かった。現在は閉鎖されている。後者は、昭和40年代に現行の動物園正門が開設されたことで人の流れが変わり、まもなく閉鎖された。閉鎖後は東京都美術館の資材倉庫として利用されている。地下の壁面には東京藝術大学の学生が描いたとされる「ペンギン」「ゾウ」の絵画がある。最後まで木製の改札ラッチが使われていたように、大掛かりな改修を受けなかったために、昭和初期のレトロな雰囲気を色濃く残していた。また自動券売機が設置されなかったため、当駅発行の乗車券は駅員による手売りであり、1980年代は硬券だった。

ホームや通路は薄暗く、壁はむき出しのコンクリート、さらには戦前戦中戦後にかけての長い営みを経てところどころ煤けていた。乗降客数が最も多かったのは、1972年(昭和47年)にジャイアントパンダが上野動物園に来園し、その後に起こったパンダブームの頃と言われる。

秋本治作の漫画こちら葛飾区亀有公園前派出所』で当駅が取り上げられ、ペンギンの絵などが題材として扱われた。

当駅の休止にあたって「記念乗車券(ありがとう博物館動物園駅 営業休止記念乗車券)」が発売された。5枚セットの各硬券乗車券にはホームや改札、ペンギンの絵画など、当駅の特徴あるイメージが添えられている。

[編集] 休止・廃止された理由

  • ホームの有効長が短いため、4両編成しか停車することができなかった。また、先頭車両の最前部の客用ドア用に設置されていた奥ゆきの狭い台は、安全面で問題となっていた。
  • 1981年(昭和56年)以降、普通列車の一部が6両編成になったことで停車する列車本数が減り、既存の乗降客の多くが隣の京成上野駅を利用するようになった。京成上野駅からの距離は0.9kmと近い。
  • 休止直前は営業時間が7時台から18時台までで、1時間に1本も列車が停車しない時間帯があった(駅員は一人勤務。駅員の休憩時間確保のため)。
  • 1933年の開業以来、本格的な修繕がなされていないため老朽化が進んでいた。
  • 自動券売機自動改札機が設置されておらず、改修や維持に大規模な投資が必要だった。
  • 地下駅のため保安上の理由から無人化することができなかった。
  • 主な乗降客は土日の観光客を除き、周辺の博物館や上野動物園の勤務者で、平日の1日の平均乗降客数が500人未満と少なかった。


[編集] 現状

2008年3月現在の駅舎

西洋式建物の地上口には、京成上野駅の利用を促す告知が休止後しばらくの間貼付され、廃止となってからは「博物館動物園駅跡 京成電鉄株式会社」のレリーフが掲出された。この地上口は扉こそ閉じられているが、休止前と変わらない佇まいである。

地下施設のホームや改札も休止前の状態を保っており、列車が通過する際のわずかの間に見ることができる。上下線とも進行方向左側を眺めていると、地下道、地上への階段、案内表示などがそのままであるのが分かる。非常灯が点灯しているが暗めである。

2005年(平成17年)9月から10月にけかて、NPO法人「上野の杜芸術フォーラム」により『PROJECTORPINHOLE 駅が巨大な針穴写真機になる』というイベントが西洋様式の地上口建物を使って催された。この団体は西洋式建物を含めた地下施設の保存・再生を提案しており、西洋式建物については定期的にクリーニングを行っているとしている。

[編集] 沿革

太平洋戦争末期には、空襲に備えてトンネル内の線路を三線軌条化し、国鉄日暮里駅から隣の寛永寺坂駅(廃止)まで優等客車を入れて運輸省の事務所にしたため上野公園(現・京成上野) - 日暮里間が運休となった。

[編集] 隣の駅

京成電鉄
本線
京成上野駅 - 博物館動物園駅 - 日暮里駅

1947年までは、博物館動物園駅と日暮里駅の間に「寛永寺坂駅」があった。

[編集] 参考文献

  • 石本祐吉「京成電鉄 "不思議発見"」『鉄道ピクトリアル』632号、電気車研究会、1997年1月

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月26日 (木) 11:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【博物館動物園駅】変更履歴

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