原信夫
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原 信夫(はら のぶお、本名・塚原 信夫(つかはら のぶお)、1926年11月19日 - )は、日本のジャズミュージシャン。テナーサックス奏者。富山県富山市出身。
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[編集] 経歴・人物
- 1943年、大日本帝國海軍軍楽隊に入団。横浜海兵団に配属され、終戦まで海軍軍楽隊で過ごす。
- 第二次世界大戦終結後、大日本帝國海軍軍楽隊が解散した為、富山へ帰郷したが、音楽が忘れられず上京。東宝交響楽団の入団試験を受けたが、軍楽隊時代の先輩から「ジャズをやろう」と誘われ、ジャズマンへの道を進むことを決意する。
- 1950年、神奈川県横浜市のキャバレーで演奏していたバンド『ムーンライト』に参加。テナーサックスを吹く。その後、ムーンライトのリーダーに就任し、活動場所を横浜から東京都品川区にあった在日アメリカ合衆国軍のクラブ(ヴィラ・クラブ)へ移す。
- 品川へ活動拠点を移したのを機に、芸名を『原信夫』に改め、バンド名もムーンライトから『シャープスアンドフラッツ(#&♭)』に改名した。
- 以後、『シャープスアンドフラッツ』を率いてカウント・ベイシーを始め、北村英治、前田憲男ら多くの有名ジャズマンたちと競演する。
- 1963年12月31日、『原信夫とシャープスアンドフラッツ』としてNHK紅白歌合戦の演奏に出演。1974年まで紅白演奏を担当。
- 1964年~1970年頃までは美空ひばりの専属バンドとしても活動した。
- 原はバンドリーダーだけでなく、美空ひばりを始めとする多くの歌手に、作曲家としても楽曲の提供を行っている他、山口県豊浦町(現・下関市)で毎年7月に行われていた「マリンピアくろいジャズフェスティバル」では構成・演出も手がけていた。
- 1990年頃より原自身やバンドの所属メンバーなどが、全国の学校のブラスバンド部を訪れて音楽の指導を行っている。
- 2001年4月8日、シャープスアンドフラッツ結成50周年リサイタルを、東京・渋谷にあるオーチャードホールで開催。
- 2008年、原は自身が81歳の高齢となったこともあり、シャープスアンドフラッツ結成57周年を機に、音楽界の第一線を退くことを明らかにしている。2008年秋から2009年夏にかけて行うシャープスアンドフラッツ全国ツアーをラスト公演として挙行する予定である。
[編集] 作曲作品
- 『真赤な太陽』(歌:美空ひばり)
- 『むらさきの夜明け』(歌:美空ひばり)
- 『古都』(インストゥメンタル曲)
[編集] 出演作品
[編集] ラジオ
- わが人生に乾杯! (2009年2月5日 NHKラジオ第一放送) - 小学校の先生の勧めでコルネットを弾き始めたこと、海軍軍楽隊のこと、シャープスアンドフラッツ、江利チエミ、美空ひばり母子のことなどを語った。
[編集] 賞詞
- 紫綬褒章(1988年)
- 勲四等旭日小綬章(1998年)
- 第38回日本レコード大賞功労賞(1996年)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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