原田宗時
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原田 宗時(はらだ むねとき、1565年(永禄8年) - 1593年7月(文禄2年))は、安土桃山時代の人物。伊達氏の家臣。原田宗政の甥(父は山嶺源市郎)。虎駒。左馬之助。
宗政に嗣子が無かったため、1582年に宗政が戦死すると、その後を継いだ。伊達政宗に早くから仕え、武勇に優れていたことから政宗の厚い信頼を受けた。摺上原の戦いにも参加して武功を挙げている。
1593年、朝鮮出兵のときに政宗に従って渡海したが、まもなく釜山にて病を患い対馬国にまで戻ったが、そこで同年のうちに病死した。政宗は宗時のあまりにも早すぎる死を惜しみ、『国風六首』を詠じた。
後藤信康と対立関係にあり、日頃の信康の態度に憤激した宗時は信康に決闘を申し入れたが、信康に諭され和解したという武人らしいエピソードも残る。
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最終更新 2008年1月17日 (木) 18:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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