古志郡
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古志郡(こしぐん)は、新潟県にあった郡。人口 2,035 人、面積39.83 km²。(2003年)
[編集] 歴史
古志郡という名称は古く大宝律令の時代からのものである。当初は越中国に属し、刈羽郡、三島郡の地域も含んだ広大な郡であった。大宝2年(702年)に越後国に割譲された。平安時代に三嶋郡(みしまぐん、現刈羽郡)を分離した。また江戸時代には三島郡(さんとうぐん)を分離した。残った古志郡の領域は、おおよそ現在の長岡市の信濃川以東の中央部と南部、見附市の一部、小千谷市のごく一部、川口町のごく一部である。
郡区町村編制法により、越後国古志郡の領域は新潟県古志郡の管轄となり、郡役所は長岡町(現長岡市)に置かれた。1906年に長岡市が市制施行。1954年には古志郡の1町4村の合併により栃尾市が発足した。その後も両市は周辺町村を編入合併し、郡には含まれることのない市域が拡大するとともに古志郡の領域は縮小していき、1956年には山古志村1村のみとなった。そして2005年4月1日に山古志村が長岡市に編入したため、同日古志郡消滅。
古志、越、高志などの似た地名には関連性があると思われるが、謎が多い。
[編集] 沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、古志郡に長岡本町・長岡町・新町・千手町・草生津町・橡尾町の6町と45村が成立する。(6町45村)
- 1901年(明治34年)11月1日(2町30村)
- 1906年(明治39年)4月1日(1町29村)
- 長岡町が市制施行し、長岡市となり郡より離脱。
- 川西村・四箇村が合併し、上川西村が発足。
- 1911年(明治44年)7月1日 - 橡尾町が栃尾町に改称。
- 1921年(大正10年)12月1日 - 四郎丸村が長岡市に編入。(1町28村)
- 1948年(昭和23年)5月3日 - 上組村が町制施行・改称し宮内町となる。(2町27村)
- 1948年(昭和23年)7月1日 - 山通村が宮内町と長岡市に分割編入。(2町26村)
- 1950年(昭和25年)12月1日 - 栖吉村が長岡市に編入。(2町25村)
- 1951年(昭和26年)1月1日 - 富曾亀村が長岡市に編入。(2町24村)
- 1951年(昭和26年)10月10日 - 北谷村が南蒲原郡見附町に編入。(2町23村)
- 1954年(昭和29年)2月1日 - 上川西村が長岡市に編入。(2町22村)
- 1954年(昭和29年)3月1日 - 宮内町が長岡市に編入。(1町22村)
- 1954年(昭和29年)3月31日 - 上北谷村が栃尾町と南蒲原郡見附町に分割編入。見附町は同日市制施行し見附市となる。(1町21村)
- 1954年(昭和29年)6月1日 - 栃尾町が下塩谷村・上塩谷村・東谷村・荷頃村を編入・市制施行し、栃尾市となり郡より離脱。(17村)
- 1954年(昭和29年)11月1日(9村)
- 1955年(昭和30年)3月31日(6村)
- 1956年(昭和31年)3月31日 - 種苧原村・太田村・竹沢村・東竹沢村が合併し、山古志村が発足。(3村)
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 中野俣村・半蔵金村が栃尾市に編入。(1村)
- 2005年(平成17年)4月1日 - 山古志村が長岡市に編入。同日古志郡消滅。
[編集] 関連項目
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