古賀稔彦
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 柔道 | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 1992 バルセロナ | 71kg級 |
| 銀 | 1996 アトランタ | 78kg級 |
| 世界柔道選手権 | ||
| 銅 | 1987 エッセン | 71kg級 |
| 金 | 1989 ベオグラード | 71kg級 |
| 金 | 1991 バルセロナ | 71kg級 |
| 金 | 1995 千葉 | 78kg級 |
| アジア大会 | ||
| 銅 | 1990 北京 | 71kg級 |
古賀 稔彦(こが としひこ、1967年11月21日 - )は、日本の柔道家。世田谷学園高等学校、日本体育大学卒業。元日本体育大学助手、前全日本柔道女子強化コーチ(2005年11月末にて退任)。現在は、環太平洋大学体育学部教授兼女子柔道部総監督、古賀塾塾長、全日本柔道連盟女子強化委員、弘前大学大学院医学研究科博士課程在学中。日本健康医療専門学校校長。佐賀県三養基郡北茂安町出身。1992年バルセロナオリンピック柔道男子71kg級金メダリスト。柔道七段。身長170cm、血液型はA型。
目次 |
[編集] 人物像
- 常に一本を取りに行く柔道と、小柄な体からの切れ味鋭い技の数々、豪快な一本背負投が得意技であることから「平成の三四郎」の異名をとった。全盛時の古賀の一本背負いのキレ味は凄まじく、気づいたときには相手は宙を舞っていると言われていた。実際に、全盛時のバルセロナオリンピックの時は、技を完成させるまでにわずか0.4秒であったという。
- 古賀自身が著書で述べているとおり、1991年の世界選手権を迎える頃には古賀の一本背負いは研究され尽くしており、技の幅を広げる必要があった。そこで、古賀は同じ担ぎ技系統の袖釣り込み腰、釣り込み腰、腰車を習得し、一本背負いに入るパターンを増やすことも考えて、巴投げや小内巻き込みを習得、磨きを掛けた。その効果が発揮されたのが翌年のオリンピック優勝であり、1995年の世界選手権での全試合一本勝ちであった。つまり、一本背負いを軸として相手がそれを警戒すれば別の技を仕掛け、別の技を警戒すれば一本背負いで仕留めるというスタイルを作り上げた。
[編集] 来歴
- 柔道を習っていた兄の影響で小学1年生から柔道を始め、中学1年で上京。柔道私塾講道学舎に入門する。世田谷区立弦巻中学校から世田谷学園高等学校、日本体育大学に進み、在学中はそれぞれ数々のタイトルを獲得、怪我を克服しながら順調に成長する。
- 1992年、バルセロナオリンピック選手団主将を務める。バルセロナオリンピック直前に吉田秀彦との乱取り中に左膝を負傷したが、痛み止めを打ちながら金メダルを獲得した。
- 1996年、アトランタオリンピック直前の選考会で一本負けを喫した。しかし、過去の実績から古賀は選出されて、銀メダルを獲得した。
- 2000年、現役を引退し指導者になり、全日本女子柔道チーム強化コーチを務める。そのかたわら、2003年4月からは子供の人間育成を目的とした町道場「古賀塾」を神奈川県川崎市高津区に開塾。
- コーチとして2004年のアテネオリンピックでは愛弟子である谷本歩実が金メダルを獲得、谷本が古賀に抱きついて喜ぶ場面が放映された。
- 2005年8月、24時間テレビ 「愛は地球を救う」(日テレ)の企画“百人掛け”を実施、72人で終了した(72勝0敗)。脱水による全身痙攣でドクターストップ。最後の相手は兄だった。
- 2007年4月からは岡山県岡山市にある環太平洋大学柔道部の総監督に就任。
- 2008年2月13日、明治時代に活躍した徳之島出身の徳三宝を称える歌「柔道一代 徳三宝」でCDデビューを果たした。
- 2008年6月、東京都台東区浅草橋にある日本健康医療専門学校の校長に就任。
[編集] 主な戦歴
- 1987年〜1992年 - 全日本選抜柔道体重別選手権71kg級優勝
- 1988年〜1992年 - 講道館杯71kg級優勝
- 1987年 - エッセン世界柔道選手権71kg級3位
- 1988年 - ソウルオリンピック柔道71kg級3回戦敗退
- 1989年 - ベオグラード世界柔道選手権71kg級優勝
- 1990年 - 全日本柔道選手権大会(無差別)準優勝
- 1991年 - バルセロナ世界柔道選手権71kg級優勝
- 1992年 - バルセロナオリンピック柔道71kg級金メダル
- 1995年 - 幕張世界柔道選手権78kg級優勝
- 1996年 - アトランタオリンピック柔道78kg級銀メダル
[編集] 受賞
- 1992年度JOCスポーツ賞最優秀賞
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 柔道競技オリンピック金メダリスト – 男子軽量級 |
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1964: 中谷雄英 • 1972: 川口孝夫 • 1976: ヘクター・ロドリゲス • 1980: エツィオ・ガンバ • 1984: 安柄根 • 1988: マルク・アレクサンドル • 1992: 古賀稔彦 • 1996: 中村兼三 • 2000: ジュゼッペ・マッダローニ • 2004: 李ウォン熹 • 2008: エルヌル・ママドリ |
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最終更新 2009年9月7日 (月) 13:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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