右翼団体
右翼団体の最新ニュースをまとめて検索!
右翼団体(うよくだんたい)は新右翼、民族派、行動右翼(街宣右翼)等、多種多様に分類される。また、非合法組織である暴力団が合法組織である右翼団体に偽装したもの(偽装右翼)も存在する。
国内の右翼団体の特徴としては、暴力団傘下にある団体が多く存在することが挙げられる。[要出典]
目次 |
[編集] 日本の右翼団体の歴史
民族主義団体としての日本の右翼団体は、思想的背景としては、日本が欧米列強の武力と直面し始めた幕末までその直接の淵源を遡り得る。
[編集] 戦前
明治維新後、自由民権運動の高まりに危機感を抱いた政府高官達は、任侠の徒に政治団体を結成させ、民権運動家の活動を妨害・弾圧する手段とする。その後、社会主義運動の高まりと共に労働争議、小作争議が各地に広まると、政界、財界からの要望により、任侠系の政治団体がそれらの運動妨害、弾圧運動に大きな役割を果たしている。この系統を引く団体は、「任侠右翼」(暴力団系右翼)などと称される。
また、日本の近代化の過程で生じた諸矛盾を解決を目指す政治団体として平等を目指す2つの流れが生じた。一つは社会主義革命により平等を目指そうとする流れ。もう一つは天皇の下に万民は平等であるとする流れである。これは、日清戦争、日露戦争を背景に、中華民国の成立や李氏朝鮮の近代化に関与した大アジア主義の潮流に乗る。また、社会主義の影響もとで国家主義によるアジアの近代化の実現を目指したために社会主義との接近をも起こし、その思想潮流はいわゆる国家社会主義や社会主義との複雑な影響の元にあった。思想的傾向は、必ずしも反共ではなく、反欧米色が強かった。この系統を引く団体は、「正統右翼」などと称される。
財界の要望にたち、労働運動を弾圧する「任侠右翼」(暴力団系右翼)、理想を掲げ、凡アジア的活動を行う「正統右翼」は、戦前右翼団体の2つの大きな系統であった。これらは利害が一致する財界、軍部から資金援助を受けて活動をしていた[1]。
[編集] 戦後
しかし、第二次世界大戦の敗北によりそのような潮流が根こそぎ否定される。GHQにより多くの右翼団体は軍国主義の温床と見なされ、弾圧を受けた。また、右翼団体のパトロンであった軍部の消滅、財閥の解体、農地改革による地主層の没落により、資金面でも厳しい局面に追い込まれる。しかし、冷戦の激化による占領政策の修正により、左翼運動を押さえるために右翼団体に対する取り締まりはゆるめられる。これにより、右翼団体は次々と発生したが、資金源が戦前と比べると著しく縮小していることから、運動は低調で、独自の資金源を持つ「任侠右翼」(暴力団系)の団体が右翼運動の主流となる。これにより、政治的には資本主義陣営に属しながら、思想的には共産主義思想が大きく力を伸ばした状況の元で、右派政治家や企業経営者と結びつき、彼らからの非合法的な依頼(デモ潰し、労組潰し、地上げ立ち退き、公害被害者やライバル企業への嫌がらせ)をこなす団体が多くなる。また、元からある団体もそれに利用されていった。したがって、思想的な内発性に乏しい団体が多く、暴力団と人的に全く重なってしまう団体も多いといわれる。
占領期が終わると各右翼は民主主義の仮装を剥ぎ、天皇中心主義・反共主義・反社会主義・再軍備促進・憲法改正などのそれぞれの主張を公然と標榜し、活動を再開した[2]。これら戦後右翼団体の大きな特徴としては「反共親米」路線を挙げることができる。
しかし、右翼の黒幕の児玉誉士夫のロッキード事件での多額の蓄財の発覚や、三島事件、経団連襲撃事件を契機に総じて体制寄りである右翼と袂を分かち、「反共反米反体制」を唱える「新右翼」と呼ばれる団体が急増する。思想的には戦前の「正統右翼」と共通するところが大きい。
また、戦後の右翼運動の特徴として、「宗教右翼」の台頭も挙げられる。保守系、右派系思想を持つ宗教団体が直接、または間接的に政治団体を立ち上げたものである。母胎となる宗教団体が主要な資金源である事が多い。
[編集] 活動
属する系統によって立場が違い、団体によって活動内容や方針も異なる。様々な右翼ないし保守主義者団体をまとめる連絡機関として、「全日本愛国者団体会議」(全愛会議)、「大日本愛国団体連合・時局対策協議会」(時対協)、「青年思想研究会」(青思会)、自民党議員も多く所属する保守主義者団体の「日本会議」などがあるが、必ずしも思想統一を行っているわけではない。
主に天皇主権、学校での日章旗掲揚・君が代斉唱の義務化、押し付け憲法として日本国憲法の排除・大日本帝国憲法型体制の復活、失地領土(北方領土、竹島、樺太など)に対する奪還運動、国体肯定、反共、反労働組合を唱える。揚右翼運動の詳細については、右翼を参照されたし。
「皇室の藩屏」を自認、民衆や個人を犠牲にして国家や天皇家つまり旧来からの国体の維持をこそ優先するという超国家主義・国粋主義・天皇崇拝の立場を採り、天皇皇室(とりわけ明治天皇・昭和天皇)に対して行なわれる批判には敏感で、脅迫や暗殺といった事件をいくつも引き起こしている。
- 皇太子(現天皇・明仁親王)と正田美智子の結婚に際し、松平信子・柳原白蓮の働きかけを受けて婚姻反対運動を展開した[要出典]。
- 日本共産党、社会民主党、日本教職員組合、全日本教職員組合などを「日本の赤化を企む暴力革命集団」とし、組合大会・教育研究全国集会や赤旗まつりへの乱入、開催妨害[3]、8月9日の「反ロ・デー」(ソ連対日参戦日、旧「反ソ・デー」)でのロシア大使館などへの抗議行動や年明けの皇居一般参賀参加、8月15日の靖国神社参拝(軍服・制服着用)が年中行事。
- 日本の右翼団体は戦前の政治に対して非常に大きな影響を与え政治家との結びつきも強かった。日本が天皇制ファシズムと軍備拡張・領土拡張そして敗戦へと進む過程において有力な働きを見せたのは天皇崇拝の活動家からなる頭山満の玄洋社のような極右団体や笹川良一、児玉誉士夫、岸信介、正力松太郎らの存在であり、これらは暴力団の近代史とも密接にからみあっている。敗戦後はその思想的な面が失われ、現代の右翼団体のほとんどは指定暴力団の系列となっており、戦前も現代も政権政党の準軍備組織として機能することもあった。
- 戦後も、団体の多くはその歴史的な経緯から暴力団と関係がある任侠系であり、経営者の依頼を受け労働者のストライキ潰しや組合潰し、公害病患者のデモ潰しや脅迫、右派政治家の意を忖度しての放火、市民のデモ潰しや白色テロ活動など、資本家・権力層が直接手を下せない“汚れ仕事”も行う[4]。暴力団対策法による締め付けを受け、名目上、思想団体として右翼思想を標榜しているだけという見方をされるケースも見受けられる。この場合、街宣活動を通じた恐喝行為・嫌がらせなどで、ある業務を取り止めさせたり金品をせしめたりするのが主な目的とされる(民事介入暴力)。一方で、こういった活動を行っているのは日本人ではない、とする主張するもある。その根拠として挙げられているのは、元公安調査官・菅沼光弘が記者会見で「在日韓国・朝鮮人や被差別部落が暴力団員の9割を占め、右翼活動によって収益を上げている」と語ったこと[5]や、自身も在日韓国人である評論家辛淑玉が英語版アサヒコムの記事[6]において記者に語った "Many, in fact, are Koreans, she said" を「右翼の中に多数の在日韓国・朝鮮人がいる」と解釈してのものである。
- 右翼思想に基づく団体でなくても左翼団体や近隣諸国に批判的であったりするとそう呼ばれることがあり、「右翼団体」の呼称に対する嫌悪感・ステレオタイプなイメージから、ある種のレッテルとして機能しているケースも見られる。人によっては保守主義政党も右翼団体に含めて同様の存在と見做すことがあるが、基本的に「右翼」と「保守」は別種の存在である。また、近年、産経新聞や保守派雑誌等が従来の右翼団体より中国、北朝鮮に対し挑発的で強硬な態度をとるようになっているというねじれが生じるようになっている[要出典]。
[編集] 日本の右翼団体の分類
[編集] 戦前(精神派・理論派)
戦前は組織・行動という分類ではなく、「純正日本主義」と「国家社会主義」とに分類され、前者は「精神派」後者は「理論派」とされている [7]。
[編集] 戦後(組織右翼・行動右翼)
組織右翼も行動を伴うが、嶋中事件の際に警察庁が「治安上注意を要する団体」として組織右翼と行動右翼という2分類をしている(『右翼関係団体要覧』1972年。所在地記載のないものは東京所在。)。
- 組織右翼は大東塾(不二歌道会)、国民総連合、生産党、国民同志会、日本青年連盟、国民社会党、合友会(名古屋)、日本同志会(岡山)、弘道会(神戸)。
- 行動右翼は愛国党、護国団、治安確立同志会、防共挺身隊、日本国粋会、松葉会、義人党(日の丸青年隊)、大日本国民党、大日本独立青年党、大日本菊水会(奈良)、師魂革新同盟(名古屋)、建国青年同盟(愛知)、愛国青年同志会(和歌山)、照国会(鹿児島)。
「行動右翼」の語は任侠団体が右翼に参加した1960年前後から一般化した。 [8]
[編集] 脚注
- ^ 田中隆吉『敗因を衝く―軍閥専横の実相』中公新書。
- ^ 平凡社『世界大百科辞典』1988年
- ^ 2008年2月の日教組大会に際しては、全体集会会場に予定されていたグランドプリンスホテル高輪が、予約を受理していながら妨害行動による騒擾の恐れを理由に抗議の中キャンセルし、妨害をする前に中止させる効果を生んだ。プリンスホテル、民事介入暴力も参照。2008年4月には議員連盟「伝統と創造の会」の意を忖度し、映画「靖国 YASUKUNI」上映潰しを行なっている。
- ^ 私が参加する集会は大丈夫か―右翼暴力から表現の自由をどう守るか 弁護士毛利正道
- ^ 2006年10月19日東京・外国特派員協会での講演にて。ビデオニュース・ドッドコム
- ^ Paul Baylis, "Korean activist braces for `storm of fascism'" 2001年12月9日 asahi.com
- ^ 「右翼思想犯罪事件の綜合的研究」。所収、今井清一・高橋正衛編『現代史資料4国家主義運動』みすず書房、1988年。
- ^ 堀幸雄『戦後の右翼勢力』勁草書房、1983年。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 参考資料
- 戦後の右翼と現在 - 再建『東大陸』誌(中野正剛・東方会機関誌)の戦後の右翼の思想的総括。
- 昭和十七年起・思想結社許可名簿(右翼):石川県特別高等警察課
最終更新 2009年11月7日 (土) 21:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【右翼団体】変更履歴

