吉川晃司

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吉川 晃司
基本情報
出生名 吉川 晃司
出生 1965年8月18日(44歳)
血液型 B型
学歴 修道高等学校中退
出身地 日本, 広島県安芸郡府中町
ジャンル J-POPロック
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカルギター
活動期間 1984年 - 現在
レーベル ユニバーサルミュージック
事務所 アクセルミュージックエンターテイメント
共同作業者 菅原弘明
松井五郎
公式サイト K2 NET CAST : KOJI KIKKAWA OFFICIAL WEBSITE
  

吉川 晃司(きっかわ こうじ、本名同じ、1965年8月18日 - )は、広島県安芸郡府中町出身のミュージシャン俳優

目次

[編集] 来歴・人物

自身設立の所属事務所、アクセルミュージックエンターテイメント代表取締役社長。身長182cm。

1984年、シングル『モニカ』で歌手デビュー。『LA VIE EN ROSE』、『KISSに撃たれて眠りたい』、『VENUS 〜迷い子の未来〜』や布袋寅泰とのユニット、COMPLEXでの『BE MY BABY』などのヒット曲で知られる。また、デビュー当時は映画に多数出演しており、一時期は俳優業からは遠ざかっていたが、近年映画で活動している。

府中町立府中小学校出身(宇梶剛士も2年まで在学で先輩、竹原慎二は後輩になる)。修道高等学校中退。

[編集] 略歴

  • 広島の男子進学校である修道中学校時代から水球の選手として活躍し、修道高校時代には世界ジュニア水球選手権大会の日本代表。また2年連続全日本高校最優秀選手に選ばれたほどの逸材で、最年少日本代表としてイタリアエジプト遠征にも参加した。なお、広島屈指の進学校である修道中学校を受験した理由は、「制服の袖の部分に2本の白線があり、それがカッコよかったから」。合格したものの授業についていけず、いきなり落ちこぼれたとメディアでも語っている。しかも、いざ入学するとその2本の白線で、修道中学校生だと判ってしまい、悪いことが出来なかった為、嫌いになってしまったそうである(入学後は、その白線を物と擦って消していたそうである)。
  • バンド活動(EIGHT CITYS FISH BAND/通称:はまちバンド)も平行して行っていたが、佐野元春のコンサートを見て、カルチャーショックを受け音楽一本に絞る。「音楽の世界でビッグスターになる」とその後のサクセスストーリーをプランした吉川はまずはスカウトされてと考えたが、田舎でスカウトされる筈も無くシビれを切らし、渡辺プロダクションに「広島にスゴい奴がいる、見に来ないと一生悔いを残す」などと自ら手紙を書き送りつけた。なお、なぜナベプロかといえば「沢田研二アン・ルイス、などが当時所属していたのがナベプロで、ここがいいな」と言い(吉川本人の回想)、他のプロダクションは知らなかった。
  • 渡辺プロの関係者が、高松松本明子を見に行った帰りに、本当に会いに来てくれて、その後の数度のオーディションを経てナベプロ入り。実際は高校を卒業したらという話だったが、吉川本人の「今すぐにでも」と言う話で、修道高校を中退して上京。だが、すぐにデビューさせてもらえる訳でもなくで当時のマネージャーの部屋に居候し、ダンスのレッスン代わりに新宿渋谷六本木のディスコで毎日踊り、当時最先端の音楽、ファッション、踊りを身につけた。しかしいつまでたってもデビューさせてくれないことに業を煮やし、社長室に直談判したところ渡辺晋社長に気に入られ、デビューへの運びとなった。
  • 実際には渡辺プロは吉川を「10年に1度の逸材」とみなし、凋落していたナベプロの起死回生のために社長自らが音頭をとってデビューのためのプロジェクトチームを編成するほどの力の入れようだった。「ナベプロ帝国の興亡」軍司貞則著、文藝春秋(1995年)によると、その当時渡辺プロの金庫には三億円の現金しかなく、渡辺晋は30人ほどのスタッフとの会議において、その金で吉川を売り出す方法をひねり出せ、と迫った。つまりデビューまでの期間も単純に遊ばせていたのでなく、専任の若いマネジャーの先導で広島から出てきたばかりの吉川にタレントとして最新の流行、音楽、ライフスタイルやそこに集まる若者達が何を求めているかを体に覚えこませていたのだ。このようにして前代未聞の映画と歌の同時デビューも並々ならぬナベプロの肝いりで実現した。
  • 1984年2月1日シングル『モニカ』でデビュー。この曲は、主演映画『すかんぴんウォーク』の主題歌でもあった。その後『サヨナラは8月のララバイ』、『LA VIE EN ROSE』、『ユー・ガッタ・チャンス』(オリコン3週連続1位)、『にくまれそうなNEWフェイス』(オリコン1位)、『RAIN-DANCEがきこえる』(オリコン4位)、『キャンドルの瞳』(オリコン2位)と立て続けにヒットシングルをリリースし。1984年の日本歌謡大賞最優秀新人賞、日本アカデミー賞新人賞など歌手と俳優の両部門で8つの新人賞を独占した。翌1985年にはNHK紅白歌合戦に出場した。
  • この1985年の第36回NHK紅白歌合戦では、トップで登場したが、白組なのに真赤な衣装で酒を撒き散らしながら登場、セットを壊したあげく本来の出演時間をオーバーし、曲の終了間際にはギターに火をつけ、ステージに叩きつけて破壊するというパフォーマンスを行った。番組の進行上そのシーンが放映されることはなかった(すでにカメラは河合奈保子の紹介へ切り替わっており、ギターの破壊音とそれにたじろぐ河合と司会者が放送された)が、この煽りを受けた河合は歌唱曲『デビュー』の出だしが歌えず、更に酒浸しになったステージ上で歌うこととなったシブがき隊布川敏和が足を滑らせ転倒した。この逸話は今や伝説となっているが、「雨の西麻布」をひっさげこの紅白への出場を狙うと公言していた(結果は落選)とんねるず石橋貴明にも、紅白後すぐの正月の生番組で「吉川、やってくれました!」と絶賛されていた。もちろんNHK側からは出入り禁止とされたが、後年解除され『ポップジャム』に何度か出演、ドラマ『真夜中は別の顔』(2002年4月1日〜5月23日OA、共演:瀬戸朝香小雪玉山鉄二他)の主演や大河ドラマ『天地人』の織田信長役にも出演した。またこの年の始めに、デビュー1年目では史上2人目の日本武道館公演を行った。また、初期に行われた学園祭コンサートで、体育館にある緞帳(どんちょう)にぶら下がり、緞帳をビリビリに破いてしまったことがある。その弁済金は、1,000万円だったという(本人が『笑っていいとも』に出演した際に告白し、「緞帳を破って、100万円の借金を作ってしまった」と言っていたが、その後ファンクラブの会報誌で「1,000万円」と訂正した)。
  • 1988年に一時活動を停止した後、渡辺プロダクションから子会社独立と言う形で、マネージャーの河村嚴生氏が代表取締役社長のセブンスエンタープライズ所属になる。レコード会社を東芝EMIに移籍。
  • BOØWY布袋寅泰とユニット「COMPLEX」を結成し、翌1989年4月にシングル『BE MY BABY』(トヨタ・セラのCM曲)をリリース。COMPLEXは『BE MY BABY』を含め2枚のシングルと2枚のアルバムをリリースした(いずれもオリコンチャート1位を記録)後、1990年11月8日東京ドームのライブをもって活動を停止。ビジネス的なことにはまったく興味がなく純粋にロックがやりたかった吉川と、音楽をビジネス的に捉える布袋との間に、徐々に溝が生まれ、最後は飲み屋でのつかみ合いに発展して活動停止に至った。布袋、吉川はそれぞれ、当時の音楽雑誌のインタビューで「COMPLEXさえ組まなければ、少なくとも友人を失う事はなかった」とコメントしている。
  • 1997年に、東芝EMIから、元同社専務取締役である石坂敬一が代表取締役に就任したユニバーサルグループに移籍。しかしこの時期の音楽業界に吹き荒れた外資の嵐と変革の混乱の中で売上が低迷。その後2002年徳間ジャパンへ移籍。
  • 自身設立のアクセルミュージックエンターテイメントは1998年設立。前所属のセブンスエンタープライズで、会社スタッフによる会社資金の使い込みが発覚。事務所の空中分解という状況で、セブンスエンタープライズの音楽部門若手スタッフを引きつれ設立という経緯である。本人曰く「他所に世話になるなんて考えられなかったので、自分について来てくれる会社の若い連中もいたし、仕方なく自分で会社を立ち上げざるを得なかった。今では立ち上げて本当に良かったと思っている」。ちなみにセブンスエンタープライズ俳優部門は金山一彦つみきみほ達で新たに立ち上げている。
  • 1998年、自宅で知人と殴り合いになり、鼻骨および肋骨を骨折させる傷害容疑で、示談は成立していたが書類送検された。原因は、酒に酔った知人が吉川所有の尾崎豊の形見のギターを蹴った事による。謝罪会見では、前所属事務所セブンスエンタープライズの会社スタッフによる資金使い込み騒動の真っ只中でもあり、真実をありのままに述べられない状況下での謝罪会見になった。この会見で記者の「何発殴ったのか?」との質問に、一方的に殴ったわけじゃなく殴りあいになり、相手もボクシングの経験があると前置きした上で、「ワン、ツー、スリー?」と答える。この3発のパンチを打つ動作を確認しながら「こう、こう、こう、うん、3発殴った」と発言したシーンがTV放送で流された。
  • 2006年にDJ TASAKAKAGAMIによるテクノユニットDISCO TWINSと「DISCO K2 TWINS」を結成。アルバム『TWINS DISCO』にて『Juicy Jungle』『Thunder Storm』の二曲にゲストボーカルとして参加。PVにも登場している。
  • 2009年のNHK大河ドラマ天地人」(主演:妻夫木聡)に織田信長役として出演。同年に、徳間ジャパンコミュニケーションズから古巣であったユニバーサルミュージックに移籍。

[編集] エピソード

  • 父親は若い頃、京都太秦で大部屋俳優をしていたが、実家の料亭を継ぐため俳優を諦め板前になったという経緯を持つ。吉川が幼い頃、店が火事になり廃業し、その後喫茶店の経営やタクシー運転手などをした。
  • デビュー当初はヴォーカル専任であったが、現在は以外に作詞作曲演奏プログラミングプロデュース等幅広く手がけ、「PANDORA」「JERRY FISH&CHIPS」など様々な作品を世に送り出している。
  • 俳優としての活動は、デビュー作の『すかんぴんウォーク』(うる星やつら・ビューティフルドリーマーと並映)および『ユー・ガッタ・チャンス』(少女隊主演のクララ白書と並映)『テイク・イット・イージー』の通称「大森三部作」が有名。音楽に専念するため役者は一時封印するが後年、再び映画に出演し始める。渡辺プロ時代の「シャタラー」以来十数年ぶりに三池崇史監督作品『漂流街』に出演。独特のオーラと存在感に高評価を得る。この作品において三池監督と意気投合。その後の三池作品、プロモーションビデオ、ライブ撮影と繋がっていく。三池監督は吉川について「存在感が凄すぎて気軽な役には使えない。特別な役にもってこいな人。吉川さんはスペシャルな血が流れてますね」と語っている。『天国から来た男たち』『レディ・ジョーカー』など、ほぼ年一本のペースで映画にコンスタントに出演している。
  • 「駆け出しのころは歌手一本では食っていけなかったので、副業もこなせたらいいなと思って俳優業をしていた」とTV番組で後年回想している。
  • ザ・ベストテン』での数々のパフォーマンスも有名。最も知られているのは出身校・修道高校のプールでのバク転飛込みだが、毎回出演時には視聴者を驚かす演出を自ら考案して楽しませた。この頃は日本におけるヴィジュアル系の走りとも言われる沢田研二がテレビに出なくなった時期で、安全地帯玉置浩二とともに、続いて男の化粧を認知させたと言える。また吉川デビュー時の衣装、ノータイ、白スーツは街に“偽吉川”を溢れさせた。同時期活躍したチェッカーズタータンチェックともどもよく流行った。若い頃吉川に似ていると言われた元プロ野球選手新庄剛志は、吉川のファッションをよく真似ていた。また髪に色を付けたり立たせたり新しい髪型を考案するなど、いわゆる男のおしゃれ、男性ファッションを認知させたスターである。当時、日曜朝にラジオ番組を持っていた小泉今日子が「チェッカーズや吉川クンに負けてるよ女の子たち」と言ったことがある。
  • デビュー当時はアン・ルイスに大きな影響を受けた。アンとは姉弟のような関係だが『夜のヒットスタジオ』では二人の性行為を連想させる仰天コラボレーションを見せたこともある。 
  • 体育会系のノリで広い交遊を持った。アン・ルイス、ブラザー・コーン、チェッカーズ、尾崎豊とんねるず大沢誉志幸岡村靖幸氷室京介布袋寅泰布川敏和本木雅弘[1]。特に尾崎豊と岡村靖幸を交えた3人の仲は親友として有名だった。まだ彼らが若かった頃、飲みに行く際に「じゃんけんをし、勝った者が行き先を決めることが出来る」という方法で飲みに行く先を決めていたそうで、吉川が勝つとひたすら飲む、尾崎が勝つと女を口説くことが出来るクラブ、お酒が苦手な岡村が勝つとディスコ(岡村は、ディスコであの独特の踊りをずっと踊っていたそうである)に行っていたそうで、「昔は3人で無茶なことばっかりやっていた」と述べている。尾崎が亡くなった時は、友人代表としてお悔みを述べ、岡村が不祥事を起こした際は、「自分のケツは自分で拭かないとね。でもきっと、スリムになって戻ってくるんじゃないかな?」と気遣うコメントを述べている。
  • 初期の頃の専属バックバンドは、PaPa。このスタイルは、沢田研二井上堯之バンドや、EXOTICSを真似たものであると思われる。ただし、PaPaはTVや映画、ライブ等「見える場所」では共演していたが、レコーディングには参加していない。
  • 吉川のファッションといえばサングラスである。吉川がサングラスを常用した動機は、細いキツネ目にコンプレックスがあったためと言われている。現在はサングラスをどんな時も外さなくても、批判をされるような事は無かったが当時は批判を受ける事があった。主なものに岡田有希子葬儀参列がある。
  • 上條淳士の漫画作品『TO-Y』(1985〜1987年)の主人公のライバル・哀川陽司のモデルであり、作者との対談(サンデーコミックス一巻収録)もしたことがあるが、その時まで自分では気づいていなかった。
  • 「音楽を真面目にやっているミュージシャンも、テレビに出ないとだめだ」と言い続けていた。これは渡辺プロに在籍している以上、テレビに出る仕事は避けられなかったが、テレビに出演していく内に、テレビの影響力を自ら肌で感じ、「上手い具合に出演すれば、ミュージシャン自身の向上にもつながる。」と考えるようになったためである。その為、吉川自身がテレビに出なくなると、ファンは「自分がテレビに出ないとダメだと言っておいて、なぜテレビに出ないのか?」と非難をする為、本人もテレビに出るようにしている。COMPLEXで活動中、テレビ出演を殆どしなかったため、「布袋に遠慮している」と非難されたことがある。
  • 1986年1987年12月24日日本テレビで放送された伝説的音楽番組メリー・クリスマス・ショー(Merry X'mas Show)』の企画を言い出したのは吉川。「たくさんミュージシャンを集められるのは桑田さんしかいない」と呑みの席で桑田佳祐に「今の音楽シーンがつまらないのは、ある意味あなた方にも責任があるんじゃないの?」と暴言を吐き「ガキのくせにこのボケ!」とケンカになったが、朝まで話し込んで「よっしゃ考えてみる」という桑田の話で始まったもの。当初は二人を中心に運営したが吉川が働かないのでほぼ桑田がやったという。ただBOØWYや若いバンドに声をかけたのは吉川である[2]
  • 最近では当たり前になった「CD + DVD」2枚組は、吉川の作品「I WRITE THE SONGS」が業界で初めてといわれている。
  • 傷害事件時期にシングル『KEY 〜胸のドアを暴け〜』をリリースし、アルバムプロモーションも兼ねて『HEY!HEY!HEY!』で同曲を収録(傷害事件によるプロモーション自粛により未放送)。このときの収録でダウンタウンの浜田に傷害事件を突っ込まれ「氷山の一角?」、松本に「新曲タイトルは、ハードパンチャー鼻を殴らせろ」とからかわれ、会場の大爆笑を誘った。その翌年に吉川が同番組に出演した際も「ワン、ツー、スリー?」とネタにしていた。
  • 所有車は、フェラーリ・512TRアストンマーチンV8である。スープラコルベットと乗り継いで現在に至る。
  • 三国志をはじめとする中国史マニアである(日本史にも少し精通)。別冊文藝春秋2005年1月号では中国歴史小説家の宮城谷昌光と対談しており、中国史について並々ならぬ知識の片鱗をのぞかせている。また、北方謙三とも交流があり、北方氏は対談した際の感想で「深く掘り下げた質問をしてくるし、細かい所まで良く知っているし、こいつは何で中国史をこんなに勉強しているんだ?音楽やっているんじゃないのか?」と述べている。吉川自身CD BOOK『エンジェルチャイムが鳴る前に』のなかで小説を執筆している。
  • 2007年6月10日放送分の『ジャンクSPORTS』芸能人アスリートSPにて、かつて修道高校で日本の水球界で知らない人間はモグリといわれる程の名選手として一世風靡した時のエピソードを披露。午前4時に起床→地元の獲ったばかりの生牡蠣を冷凍庫に入れるバイト→学校で勉強→放課後、部活→少林寺拳法を習う→バンド練習という一日を過ごしながら、広島では地元の新聞に取り上げられる程の勇士として有名だったと紹介されている。主将を務め、試合中始まっていきなり相手を沈めたり、首を絞めたり、鼻を折るなどのラフプレーは当たり前だったという(吉川はそれを「水球は競泳飛び込みシンクロサッカーを採り入れた水上競技の最高峰だからこれぐらい当たり前」と解釈している」)。また、タイヤを持ちながら、本を読みながら、弁当を食べながら泳ぐという特訓も行っており、今でも海に行けば女性2人をそれぞれ自分の両肩に座らせる事ができると語った。これにはさすがの浜田雅功も呆然とした。最後に「水球よろしく!」と締め、これからの日本水球界の発展を願った。
  • ナベプロが制作していた『新春かくし芸大会』にも出演した。演目は、1985年は日本刀を使った竹割りや、殺陣。リハーサルの際、上手く竹を割ることが出来ず、日本刀が曲がってしまい、何本も壊した。1986年はバイクスタント。猛スピードのバイクに乗りジャンプ台まで疾走し、バイクとともにジャンプした後にダンボールの山に突っ込むという、体を張った芸を披露した。
  • NHK大河ドラマ「天地人」で織田信長を演じる。
  • 2009年10月2日に放送をした「中居正広の金曜日のスマたちへ」で、無人島で生活する試練を自らに与え、挑戦する。やらせでないことをしきりに証明するために、寝る時に撮影班を撤収させるなどして、厳しい一面を見せた。ボーイスカウトだった経験を活かしている。

[編集] 作品

COMPLEXでの作品に関してはCOMPLEXの項を参照。

[編集] ディスコグラフィ

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[編集] シングル

モニカ
作詞:三浦徳子、作曲:NOBODY、編曲:大村雅朗
1984年2月1日発売 SMS
B面「真夜中のストレンジャー」(作詞:松尾由紀夫、作曲:佐藤健、編曲:大村雅朗)※第26回日本レコード大賞新人賞受賞曲。
サヨナラは八月のララバイ
作詞:売野雅勇、作曲:NOBODY、編曲:大村雅朗
1984年6月1日発売 SMS
B面「フライデーナイトレビューsea-side version」(作詞:安藤秀樹、作曲:原田真二、編曲:大村雅朗)
ラ・ヴィアンローズ
作詞:売野雅勇、作曲:大沢誉志幸、編曲:大村雅朗
1984年9月10日発売 SMS
B面「Miss You」(作詞:三浦徳子、作曲・編曲:大村雅朗)
MAIN DISH -PARTY VERSION-(No No サーキュレーション)(12インチ 1984年12月5日発売 SMS
収録曲 A面:「No No Circulation」、B面:「MONICA / Sleep Baby Sleep - Sayonara wa Hatigatuno Lullaby」
You Gotta Chance〜ダンスで夏を抱きしめて〜
作詞:麻生圭子、作曲:NOBODY、編曲:大村雅朗
1985年1月11日発売 SMS
B面「Rainy Lane」(作詞:さがらよしあき・麻生圭子、作曲:佐藤健、編曲:大村雅朗)
にくまれそうなNEWフェイス
作詞:安藤秀樹、作曲:NOBODY、編曲:後藤次利
1985年4月23日発売 SMS
B面「別の夢、別の夏」(作詞:安藤秀樹、作曲:佐藤健、編曲:後藤次利)※第36回NHK紅白歌合戦出場曲(1回目)。
RAIN-DANCEがきこえる
作詞:安藤秀樹、作曲:佐藤健、編曲:後藤次利
1985年9月25日発売 SMS
B面「I'm so crazy」(作詞:安藤秀樹、作曲:吉川晃司、編曲:後藤次利)
Can't you hear the RAIN DANCE(12インチ)
作詞:安藤秀樹、作曲:佐藤健、編曲:後藤次利
1985年11月5日発売 SMS
B面「Hello! Darkness」(作詞:安藤秀樹、作曲:原田真二、編曲:後藤次利)
キャンドルの瞳
作詞:安藤秀樹、作曲:原田真二、編曲:後藤次利
1986年1月1日発売 SMS
B面「奪われたWink」(作詞:松本一起、作曲:岡村靖幸、編曲:後藤次利)
MODERN TIME
作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:後藤次利
1986年3月21日発売 SMS
B面「永遠のVELVET KISS」(作詞:安藤秀樹、作曲:原田真二、編曲:後藤次利)
NERVOUS VENUS(12インチ)
作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:後藤次利
1986年6月21日発売 SMS
B面「サイケデリックHIP」(作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:後藤次利)
すべてはこの夜に
作詞:佐野元春、作曲:佐野元春、編曲:西平彰
1986年9月30日発売 SMS
B面「無口なmoonlight」(作詞:安藤秀樹、作曲:羽田一郎、編曲:佐藤健)
MARILYNE
作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:松本晃彦
1987年3月5日発売 SMS
B面「ODEON」(作詞:吉川晃司、作曲:後藤次利・吉川晃司、編曲:後藤次利)
終わらないSun Set
作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:松本晃彦
1987年6月5日発売 SMS
B面「Endless Sunset (let it be forever)」(作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:松本晃彦)
HOT LIPS(プロモーション盤のみ)
作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:清水信之
1987年11月21日発売予定だったが
急遽中止された。
SMS
B面「Little Darlin'」(作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:清水信之)
プリティ・デイト
作詞:吉川晃司、作曲:村松邦男、編曲:清水信之
1988年2月3日発売 SMS
B面「恋をしようぜ!! (ライブ・バージョン)」(作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:清水信之)
BE MY BABY (COMPLEX)
作詞:吉川晃司、作曲・編曲:布袋寅泰
1989年4月8日発売 TOSHIBA EMI
c/w「CLOCKWORK RUNNERS(時計じかけの走者達)」(作詞・作曲・編曲:布袋寅泰)
1990 (COMPLEX)
作詞:吉川晃司、作曲・編曲:布袋寅泰
1990年3月14日発売 TOSHIBA EMI
c/w「Just Another Day」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:布袋寅泰)
Virgin Moon
作詞:吉川晃司、作曲:吉川晃司・後藤次利、編曲:後藤次利
1991年4月12日発売 TOSHIBA EMI
c/w 「Black Corvette」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:ホッピー神山
せつなさを殺せない
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉田建
1992年2月6日発売 TOSHIBA EMI
c/w「激しい季節」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉田建)
ジェラシーを微笑みにかえて
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉田建・吉川晃司
1992年8月5日発売 TOSHIBA EMI
c/w「RAIN BEAT」(作詞:朝水彼方・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉田建・吉川晃司)
Brain SUGAR-Mad Blade Mix- 作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・吉田建 1992年10月14日発売 TOSHIBA EMI
c/w:「ジェラシーを微笑みにかえて (Extended Overdrive Mix)」
KISSに撃たれて眠りたい
作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:菅原弘明・吉川晃司
1993年2月24日発売 TOSHIBA EMI
c/w「Rainy Lane 〜1993〜」(作詞:さがらよしあき・麻生圭子、作曲:佐藤健、編曲:菅原弘明・吉川晃司)
VENUS 〜迷い子の未来〜
作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉田建・吉川晃司
1993年12月13日発売 TOSHIBA EMI
c/w「ROMANCER」(作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉田建・吉川晃司)
Day by Day(プロモ盤のみ)
作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉田建・吉川晃司
1994年発売予定だったが
急遽中止された。
TOSHIBA EMI
c/w「」(作詞:、作曲:、編曲:)
Rambling Rose
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉田建・吉川晃司
1994年2月21日発売 TOSHIBA EMI
c/w「Stripper」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉田建・吉川晃司)
BOY'S LIFE
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
1995年4月24日発売 TOSHIBA EMI
c/w「Cafe de I Love You c/w〜愛という名のカフェテラス〜」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
アクセル
作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
1996年7月1日発売 TOSHIBA EMI
c/w「ミッドナイト・ブルー」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
SPEED
作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
1996年9月30日発売 TOSHIBA EMI
c/w「Only Love」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
SHADOW BEAT
作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
1996年11月13日発売 TOSHIBA EMI
c/w「HEROIC Rendezvous」(作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・矢代恒彦)
エロス
作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
1997年8月27日発売 POLYDOR
c/w「STRANGE FRUITS」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
RUNAWAY
作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
1997年12月3日発売 POLYDOR
c/w「SOLITUDE」(作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
KEY 〜胸のドアを暴け〜
作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司・後藤次利、編曲:後藤次利
1998年4月8日発売 POLYDOR
c/w Black Corvette '98(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・後藤次利)
Glow In The Dark(マキシシングル
作詞:松井五郎、作曲・編曲:吉川晃司
1999年2月24日発売 POLYDOR
c/w「Naked」(作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・片桐久尚)、「SPIRIT HIGHER」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:矢代恒彦)
ギラギラ
作詞:吉川晃司・松井五郎、作曲・編曲:吉川晃司
1999年7月7日発売 POLYDOR
c/w「夏色の恋に着替えて」(作詞・作曲・編曲:吉川晃司)
ナイフ(マキシ)
作詞:吉川晃司・松井五郎、作曲・編曲:吉川晃司
2000年9月27日発売 KITTY MME
c/w「SOLITUDE / SPEED (LIVE VERSION)」
パンドーラ(マキシ)
作詞:吉川晃司・松井五郎、作曲・編曲:吉川晃司・ホッピー神山
2002年6月26日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「Knife 〜survival version〜」(作詞:松井五郎・吉川晃司、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・sab_010_factory)
恋のジェリーフィッシュ(マキシ)
作詞:吉川晃司・jam、作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
2003年7月9日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「JUSTICE」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)、「TOKYO CIRCUS vs. PRETTY DOLL“トリッキー”MIX」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
狂った太陽(マキシ)
作詞:吉川晃司・jam、作曲:吉川晃司、編曲:菅原弘明
2005年2月1日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「地上より永遠に」(作詞:jam、作曲:吉川晃司、編曲:菅原弘明)
サバンナの夜(マキシ)
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
2006年7月12日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「SPICY」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
ONE WORLD(マキシ)
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:菅原弘明、ストリングス編曲:斎藤ネコ
2006年8月9日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「ONE WORLD (Primitive Ver)」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:菅原弘明)※映画「劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE」主題歌
Juicy Jungle [DISCO K2 TWINS](マキシ)
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:DK2T
2006年9月25日発売 TOSHIBA EMI
c/w「サバンナの夜 (DK2T mix)」、「MODERN VISION (DK2T mix)」
ベイビー・ジェーン(マキシ)
作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明
2007年2月13日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「ジャスミン」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:吉川晃司・菅原弘明)
光と影(マキシ)
作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司
2008年4月16日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「光と影(Original Ver.)」 ※ミュージカル「SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-」劇中歌
NOW(配信限定)
作詞・作曲:中島みゆき
2008年4月16日発売 TOKUMA JAPAN
c/w ※ミュージカル「SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-」主題歌
光と影 〜SEMPO LIVE ver.〜(配信限定)
作詞・作曲:中島みゆき、作曲:吉川晃司、作曲:Peter Yarin
2008年4月30日発売 TOKUMA JAPAN
c/w「掌 〜SEMPO LIVE ver.〜」、「こどもの宝 〜SEMPO LIVE ver.〜」 ※ミュージカル「SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-」劇中歌
傷だらけのダイヤモンド(マキシ)
作詞:松井五郎、作曲:吉川晃司、編曲:菅原弘明
2009年5月20日発売 ユニバーサル
c/w「ロミオの嘆き」(作詞・作曲:吉川晃司、編曲:菅原弘明・吉川晃司)

[編集] インターネット配信

  • NOW(2008年4月16日)
    作詞、作曲とも中島みゆきによる、ミュージカル「SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-」主題歌。
  • 光と影 〜SEMPO LIVE ver.〜(2008年4月30日)
    ミュージカル「SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-」劇中歌。

[編集] アルバム

[編集] オリジナルアルバム

[編集] ライブアルバム

  • ZERO(1988年)
  • GOLDEN YEARS VOL.I(1993年)
  • GOLDEN YEARS VOL.II(1993年)
  • GOLDEN YEARS VOL.III(1996年)
  • GOLDEN YEARS VOL.IV(1999年)
  • Spirit×ナイフ 〜GOLDEN YEARS MILLENNIUM EDITION〜(2000年)

[編集] コンピレーションアルバム

  • SATISFACTION FAKE(1986年)
  • beat goes on(1988年)
  • FAVORITE SOUNDS ...1988(1988年)
  • TOO MUCH LOVE(1992年)
  • DON'T STOP ME NOW(1997年)
  • PASSAGE:K2 SINGLE COLLECTION 1984-1996(1998年)
  • 20th Anniversary SELF COVER BESTALBUM 「Thank You 」(2004年)
  • 「BEST BEST BEST(ベストスリー)」(2005年)
  • 「Disco K2 〜Kikkawa Koji Dance Remix Best」(2007年)

[編集] その他関連アルバム

  • I WRITE THE SONGS(1997年)
  • CDブック「ウインター・グリーティング」(2002年)
  • The Gundogs(2002年)
  • KATANA FISH(2003年)
  • CD BOOK 「エンジェルチャイムが鳴る夜に」(2005年)
  • DISCO TWINS 「TWINS DISCO」(2006年)※ゲストとして2曲に参加。

[編集] サウンドトラック

  • The Soundtrack 〜YOU GOTTA CHANCE〜
  • BOY'S NIGHT OUT - Sound Tracks From TAKE IT EASY -
  • THE SHATTERER

[編集] 映像作品

  • KIKKAWA KOJI '84 FLYING PARACHUTE TOUR(1984年)
  • '85吉川晃司 LIVE for Rockfeeling Kids in BUDOKAN(1985年)
  • '85 JAPAN TOUR FINAL IN 東京昭和記念公園(1985年)
  • DRASTIC MODERN TIME Tour Tokyo 8Days live(1987年)
  • ZERO〜HI-VISION LIVE WORLD '88(1988年)
  • VOICE OF MOON(1991年)
  • Lunatic LUNACY(1991年)
  • ACTIVE OVERDRIVE(1992年)
  • SHYNESS OVERDRIVE 1992(1993年)
  • Cloudy Heart's(1994年)
  • CONCERT TOUR 1994 My Dear Cloudy Heart(1994年)
  • LIVE GOLDEN YEARS EXPANDED 0015 GIGANTIC 2DAYS LIVE Vol.1 & 2(1998年)
  • HOT ROD MAN LIVE(2000年)
  • HOT ROD MAN DOCUMENT(2000年)
  • SOLID SOUL 2001(2001年、FC限定ビデオ)
  • SMASH THE PANDORA FINAL! TOKYO CIRCUS(2003年)
  • The Gundogs Perfect DVD Plus!(2003年)
  • LIVE JELLYFISH(2003年)
  • LIVE GOLDEN YEARS 20th Anniversary PRELUDE at BUDOKAN(2004年)
  • LIVE GOLDEN YEARS Thanks0201 at BUDOKAN(2005年)
  • THE FIRST SESSION KIKKAWA KOJI LIVE 2005 “エンジェルチャイムが鳴る夜に”(2006年)
  • KIKKAWA KOJI LIVE 2006 ROLL OVER the DISCOTHEQUE! From Club Jungle(2007年)
  • THE STORY OF TARZAN 〜2007 TOUR FINAL & DOUBLE TV DOCUMENTS〜 (2008年)
  • THE SECOND SESSION KIKKAWA KOJI LIVE 2007 CLUB JUNGLE EXTRA TARZAN RETURN(2008年)
  • LIVE archives 25(2009年)

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

  • すかんぴんウォーク(1984年、東宝) - 民川裕司 役
  • ユー・ガッタ・チャンス(1985年、東宝) - 民川裕司 役
  • テイク・イット・イージー(1986年、東宝) - 民川裕司 役
  • シャタラー(1987年、東宝) - 本田光一 役
  • 漂流街(2000年、東宝) - 伏見 役
  • 天国から来た男たち THE GUYS FROM PARADISE(2001年、日活) - 早坂幸平 役
  • OKITE(2003年、東映) - 川又和行 役
  • レディ・ジョーカー(2004年、東映) - 半田修平 役
  • 大停電の夜に(2005年、松竹) - 大鳥銀次 役
  • やじきた道中 てれすこ(2007年、松竹) - 沓脱清十郎 役
  • チーム・バチスタの栄光(2008年、東宝) - 桐生恭一 役
  • 仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE大戦2010 W〜ビギンズナイト〜(2009年、東映) - 鳴海荘吉 / 仮面ライダースカル(声) 役

[編集] 舞台

  • ミュージカル SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-(2008年4月公演) - 杉原千畝

[編集] ラジオ

  • 吉川晃司・ハートブレイクを抱きしめて(1984年 - 1985年、ニッポン放送
  • 吉川晃司・サングラスをはずして(1985年 - 1986年、ニッポン放送

[編集] CM

[編集] 書籍

[編集] 写真集

[編集] 関連書籍

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ BUBKA 2009年8月号、84頁
  2. ^ 日経BP社日経エンタテインメント!』3月号増刊、2007年3月20日、60頁。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月3日 (火) 13:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【吉川晃司】変更履歴

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