吉田公一
吉田公一の最新ニュースをまとめて検索!
| 生年月日 | 1940年10月31日(69歳) |
|---|---|
| 出身地 | |
| 出身校 | 宇都宮大学農学部卒業 明治大学政治経済学部中退 |
| 学位・資格 | 農学士 |
| 前職 | 東京都議会議員 |
| 所属委員会 |
‐ |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 東京都第9区→比例東京ブロック |
| 当選回数 | 4回 |
| 所属党派 | 自由民主党→新生党→新進党→太陽党→民政党→民主党 |
| 党役職 | 元民主党参議院比例区第47総支部長 |
| 会館部屋番号 | 衆・第1議員会館325号室 |
吉田 公一(よしだ こういち、1940年10月31日 - )は日本の政治家。衆議院議員(4期)。
[編集] 来歴
東京都立農芸高等学校、宇都宮大学農学部卒業。明治大学政治経済学部中退。
東京都経済局、参議院議員石井桂秘書を経て1971年統一地方選挙30歳で練馬区議会議員当選。以後2期務める。再び参院議員原文兵衛秘書を経て、1981年40歳で練馬区選出の東京都議会議員当選。
1993年都議会3期目任期満了で都議選不出馬、当初は中曽根派新人候補として国政を目指す所存だったが、自民党を離党し新生党新人候補として中選挙区による最後の総選挙で初当選。
その後、新生党の党首だった羽田孜と行動共にし新進党、太陽党、民政党、民主党の結成に参加。
民主党結成直後の第18回参議院議員通常選挙では東京都選挙区新人小川敏夫選対本部長。1999年東京都知事選挙では鳩山邦夫選対事務総長(同本部長は岩國哲人)。
2003年、第43回衆議院議員総選挙で過去2回小選挙区勝利した東京9区で新人菅原一秀に敗れ比例復活もならず議席失う。
2004年、第20回参議院議員通常選挙で比例区より出馬し、次々点。後に次点候補がスタッフの選挙違反で連座制の適用を受け、繰り上げで実質的な次点に。2010年7月まで繰り上げ当選の資格を有している。
2005年3月、東京4区選出であった自民党の中西一善が議員辞職し、2003年に同選挙区で落選し比例で復活当選していた宇佐美登が4月に行われる予定の補欠選挙に立候補を表明していた。これに伴い次点の吉田が繰り上げ当選する予定だったが、同区は第43回総選挙に関する一票の格差をめぐる選挙無効訴訟の対象であったため公選法の規定により補選は先送りとなった。吉田は自身のホームページ上でこの事態を批判している[1]。その後同年7月に最高裁が原告の請求を却下したため10月に補選が行われる予定となっていたが、9月に衆議院が解散されたため補選が実施されることはなく、繰り上げ当選は幻となった。
2009年8月、第45回衆議院議員総選挙において、比例東京ブロック単独で2期ぶりの出馬。
[編集] 脚注
- ^ 東京4区の自民党代議士が強制わいせつ 吉田公一ホームページ
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月28日 (水) 05:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【吉田公一】変更履歴


