吉田海偉
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| 吉田海偉 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1981年5月16日(28歳) |
| 最高世界ランク | 23位 |
| 利き腕 | 右 |
| グリップ | 中国式ペンホルダー |
| 戦型 | ドライブ型 |
| フォア面ラバー | テナジー64 |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 卓球 | ||
| 世界卓球選手権 | ||
| 銅 | 2008 広州 | 男子団体 |
吉田 海偉(よしだ かいい、1981年5月16日 - )は、日本の卓球選手。 中華人民共和国からの帰化選手であり、中国名は宋海偉。河北省辛集市出身。一人っ子。178cm、70kg。
7歳から卓球を始め、高校1年の時に来日。青森山田高校、青森大卒業。2004年3月に日本に帰化。名前を吉田海偉と改める。この名前は高校時代の恩師である吉田安夫監督(青森山田高校)から来ている。高校時代に異例のインターハイ男子シングルス3連覇を成し遂げた(後に岸川聖也も達成)。
2004年度全日本卓球選手権大会において初出場初優勝の快挙を達成。このときの優勝インタビューにおいて「優勝は当たり前」という印象的な言葉を残した。さらに続く2005年度全日本卓球選手権大会において2連覇を達成。 国内ではほぼ敵無しといって良いほどの活躍を見せ、世界卓球選手権代表になるなど日本のエースとして活躍しているが、2006年度・2007年度全日本選手権では高校生の水谷隼に決勝で敗れ、2008年度には高校生の松平健太に準決勝で敗れるなど、若手の突き上げに遭っている。
国際試合では、2005年あいおいトヨタカップ決勝でアテネ五輪金メダリストの柳承敏(韓国)にマッチポイントまで迫ったり2006年のアジアカップで世界ランク12位(当時)の荘智淵(台湾)に勝利するなどの快挙を見せている。 プロツアーでは上海大会の王者を破ったゾラン・プリモラッツに勝利、2008年の世界卓球広州大会では再び台湾のエース荘智淵を破るなど活躍した。
現在では少数派になっている片面ペンホルダーのドライブ主戦型で、世界レベルから見てもトップクラスのドライブを持つ(松下浩二談)が、台上技術が弱い事が知られている。 フットワークをフルに使う戦型のためか身体の故障が多く、2005年度は腱鞘炎、2006年度は肩を故障した。
2009年 世界卓球選手権において、男子シングルスベスト8に入る。
[編集] 戦歴
- 1997年 全国高等学校総合体育大会卓球男子単優勝
- 1998年 全国高等学校総合体育大会卓球男子単優勝(2連覇)
- 1999年 全国高等学校総合体育大会卓球男子単優勝(3連覇)
- 2000年 全日本学生卓球選手権大会男子シングルス優勝
- 2001年 全日本学生卓球選手権大会男子シングルス3位、ダブルス優勝
- 2005年1月 全日本卓球選手権大会男子シングルス優勝
- 2005年2月 ジャパントップ12卓球大会優勝
- 2005年12月 あいおい・トヨタカップ準優勝
- 2006年1月 全日本卓球選手権大会男子シングルス優勝(2連覇)
- 2006年2月 ジャパントップ12卓球大会優勝(2連覇)
- 2006年 プロツアー(セルビア) 男子シングルス 優勝
- 2005年 アジアカップ男子シングルス4位
- 2007年1月 全日本卓球選手権大会男子シングルス準優勝
- 2007年2月 ジャパントップ12卓球大会優勝(3連覇)
- 2008年1月 全日本卓球選手権大会男子シングルス準優勝
- 2008年2月 ジャパントップ12卓球大会優勝(4連覇)
- 2008年2-3月 卓球世界選手権(広州)男子団体3位
- 2009年5月 卓球世界選手権(横浜) 男子シングルス ベスト8
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月29日 (土) 11:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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