吉田町 (広島県)
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吉田町(よしだちょう)はかつて広島県高田郡に存在した町である。戦国大名・毛利元就の居城である吉田郡山城の城下町を由来とし、高田郡の中心地として栄えてきた。
2004年3月1日に高田郡の全6町(甲田・高宮・美土里・向原・八千代・吉田各町)が合併(新設合併)して発足した安芸高田市に移行したため消滅した。同時に高田郡も消滅した。
目次 |
[編集] 町名の由来
[編集] 沿革
- 1889年4月1日 市町村制施行。吉田町域には当時いずれも高田郡に属する可愛(えの)・郷野・高原・丹比(たんぴ)・吉田の5村が存在した。
- 1896年1月1日 吉田村が町制施行して吉田町が成立する。
- 1929年3月1日 高原村が吉田町(国司)・可愛村(小山・竹原・福原)・郷野村(下入江)に分割されて消滅する。
- 1953年4月1日 吉田町(初代)と可愛・郷野・丹比各村が合併(新設合併)して新たに吉田町が成立する。
- 2004年3月1日 高田郡の全6町が合併(新設合併)して安芸高田市が発足したことに伴い初代から通算108年間の町政に終止符を打つ。同時に高田郡も消滅する。
[編集] 歴代町長
[編集] 主要施設
[編集] 地理
[編集] 河川
- 江の川…吉田町付近では可愛川(えのかわ)とも称されている。
- 多治比川…江の川支流。
[編集] 山
- 赤柴山(600.4m)
- 津々羅山(598.7m)
- 風越山(555.6m)
- 烏帽子山(529.0m)
- 高小屋山(520.7m)
- 甲山(445m)
- 郡山(402m)…吉田郡山城跡のある山。
- 光井山(367m)
[編集] 名所・旧跡・観光地
- 吉田郡山城跡…戦国時代毛利氏が拠った山城の跡。
- 毛利元就墓所
- 多治比猿掛城跡…毛利元就が少年時代拠った山城の跡。
- 吉田歴史民俗資料館
[編集] 産業
[編集] 大字(2004年2月29日当時のデータ)
- 相合(あいおう)
- 小山(おやま)
- 桂(かつら)
- 上入江(かみいりえ)
- 川本(かわもと)
- 国司(くにし)
- 高野(こうや)
- 下入江(しもいりえ)
- 常楽寺(じょうらくじ)
- 竹原(たけはら)
- 多治比(たじひ)
- 中馬(ちゅうま)
- 常友(つねとも)
- 長屋(ながや)
- 西浦(にしうら)
- 福原(ふくはら)
- 山手(やまて)
- 山部(やんべ)
- 吉田(よしだ)
[編集] 交通(2004年2月29日当時のデータ)
[編集] 鉄道
[編集] 道路
[編集] 高速道路
[編集] 国道
[編集] 主要地方道
- 広島県道・島根県道6号吉田瑞穂線…2006年春広島県道・島根県道6号吉田邑南線に改称。
- 広島県道29号吉田豊栄線
[編集] 一般県道
- 広島県道318号山手吉田線…発展解消路線である広島県道318号上入江吉田線の全部分の区域が2004年3月18日広島県告示第410号により決定したことに伴い2004年3月22日広島県告示第430号により廃止された。
- 広島県道318号上入江吉田線…吉田町消滅当時は区域全面未決定。消滅直後の2004年3月18日広島県告示第410号により全部分の区域が決定した。
- 広島県道319号勝田吉田線
- 広島県道326号原田吉田線
- 広島県道327号古屋吉田線
[編集] 教育(2004年2月29日当時のデータ)
[編集] 小学校
- 吉田町立可愛小学校
- 吉田町立郷野小学校
- 吉田町立丹比西小学校…2004年3月31日廃校。
- 吉田町立吉田小学校
[編集] 中学校
- 吉田町立吉田中学校
[編集] 高等学校
[編集] 備考
[編集] サンフレッチェ広島との関係
1992年4月、Jリーグ・サンフレッチェ広島は広島県広島市をホームタウンとして誕生した。このチーム名は毛利元就の故事「三本の矢」にちなんで命名された(「サン」は日本語の「三」、「フレッチェ(複:frecce)」はイタリア語で「矢」の複数形)もので、このことから元就ゆかりの地である吉田町とサンフレッチェとの交流が始まった。
その交流のなかで、吉田町はサンフレッチェに株主として出資、現在は安芸高田市が株主となっている。
また1993年9月、吉田町がサッカー公園の整備を行い、サンフレッチェのトップチームの練習拠点とユースチーム育成の拠点を町内に置くことが決められた。同年よりユースチームは本拠地を町内に置き、吉田運動公園を練習拠点として活動を開始。1994年、町内にサンフレッチェが費用を出してユースチームの寮である「三矢寮」を建設した。そして1998年11月に「吉田サッカー公園」が完成し、11月23日に完成式典が行われた。そして1999年2月からはトップチームの練習を吉田サッカー公園にて開始した。さらに2005年5月には吉田サッカー公園の隣に「吉田温水プール」も完成し、日本でも有数のスポーツ施設となった。
総合型地域スポーツクラブ「みつやの里スポーツクラブ」にもサンフレッチェは協力しており、サッカークラブの指導者に対して資格習得の手伝いや、ユースが指導協力にあたるなどしている。
毎年1月清神社にて必勝祈願に参拝、秋には吉田サッカー公園にてトップチームおよびユースの選手・スタッフ以下一堂に集まり安芸高田市民と交流する「ふれあいサッカーフェスティバル」を開催するなど、現在の吉田町はサンフレッチェのマザータウンとなっている。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年3月1日 (日) 11:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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