吉田美和

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吉田美和
基本情報
出生名 吉田美和
別名 MIWA
出生 1965年5月6日(44歳)
血液型 A
学歴 北海道帯広柏葉高等学校
出身地 日本北海道中川郡池田町
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル
活動期間 DREAMS COME TRUE1988年 - )
吉田美和(ソロ)(1995年2003年
FUNK THE PEANUTS1995年 - 1999年
レーベル DREAMS COME TRUE
エピック・ソニー・レコード1988年 - 1997年
東芝EMI・Virgin/D.C.T.(1997年 - 2002年
DCT records2002年 - )
ユニバーサルJ2003年 - 2006年
NAYUTAWAVE RECORDS2007年 - )
吉田美和(ソロ)
エピック・ソニー・レコード(1995年
DCT records(2003年
FUNK THE PEANUTS
エピック・ソニー・レコード(1995年 - 1997年
東芝EMI・Virgin/D.C.T.(1999年)
共同作業者 中村正人
公式サイト miwa yoshida official site
  

吉田 美和(よしだ みわ、1965年5月6日 - )は、DREAMS COME TRUE(ドリカム)のボーカルを務める北海道中川郡池田町出身のシンガーソングライター作詞家作曲家。ドリカムの楽曲の全ての作詞と数多くの作曲を手がけている。血液型A型。身長164cm。

目次

[編集] 経歴

池田町立池田小学校、同池田中学校卒業。中学時代に学校祭でバンドを結成、自作の曲を発表。また、この頃は常に成績オール5をとるなど、優秀な生徒だった[要出典]北海道帯広柏葉高等学校進学。高校時代の文集には、「将来bigになる」と記した[要出典]。元ドリカムの西川隆宏とは高校時代に出会う。中村正人と初めて会った時、彼に名曲「うれしはずかし朝帰り」「週に一度の恋人」を歌って聴かせたというのは、有名な話である[要出典]。その後、小泉今日子中山美穂のバックボーカルや、中村正人と共にとんねるずなどのバックバンドに参加しながら、ドリカムの前身と言える「CHA-CHA & AUDREY's PROJECT」を結成、ライブ活動を行う。

1995年にはアルバム「beauty and harmony」でソロデビュー。アルバムの題名は名前の「美」と「和」を英訳したところから名づけられた。ニューヨーク・LAで活躍するマイケル・ブレッカーデイヴィッド・T・ウォーカー、ラルフ・マクドナルド、チャック・レイニーハービー・メイソン、グレッグ・アダムスらのトップミュージシャン達と共演を果たし、マリーナ・ショウの名盤「フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ」とほぼ同じバックが固める。ほぼレコーディング時のメンバーと共に全国ツアーを行った。

2003年3月、交際中であった映像ディレクター、末田健の離婚が成立。末田は吉田の9歳年下で、一児を持つ既婚者であった。2004年5月、入籍はしない事実婚という形での“結婚”を発表。

2004年12月公開の映画『アマレット』を自主制作し、中村正人とともに初の原案・主演を果たす。同年、NHK全国学校音楽コンクールの課題曲として「未来を旅するハーモニー」を作詞作曲。

2006年には、有楽町西武のシンボルキャラクターに起用された。

2007年9月26日、末田が胚細胞腫瘍で逝去。

2008年、10年振りに改訂された広辞苑 第六版の広告媒体に著名人8人の1人として起用される。キャッチコピーは「ことばには、意味がある。」で、吉田に選ばれた言葉は「愛」であった。

同年10月13日、吉田の出身地である北海道池田町から同町初の町民特別栄誉賞を受賞。

[編集] 人物

作曲家としても数多くの曲を作っているが、楽譜が読めないことを公言している。作曲の際は吉田が書いた独特のメモを元に中村が採譜するという。楽器の演奏も不得手だがオカリナは得意としており、『琥珀の月』(『DELICIOUS』に収録)では吉田のオカリナ演奏が収録されているほか、時折ライブ等において生演奏を披露することがある。

FUNK THE PEANUTSアンドレ中村とオホーツクボーイズといったドリカムの変名ユニットでの活動時や、他のアーティストへ歌詞を提供する際には「観音崎すみれ」のペンネームを使用することがある(「アマレット」における彼女の役名でもある)。またアンドレ中村とオホーツクボーイズでは「岡リーナ」の変名を使用していた(前述の通りオカリナが得意であることにちなんだもの)。

なぜか「降らせ物」(上から大量に物が降ってくるもの)に弱く、大量に物が降ってくるとすぐに泣いてしまう。『うれしたのし大好き』(フジテレビ系)に出演していた当時はその性質を番組ディレクター清水淳司に見抜かれ、番組では吉田を泣かせるために要所で風船などを降らせる演出が使われていた[1]

同じ十勝地方出身の松山千春からは主にテクニック面で高い評価を受けているが、一方で「自分で自分に酔ってしまっている」と苦言を呈されたこともある。また小室哲哉は「自分がドリカムをプロデュースするといろいろ問題になるので、ソロ活動のプロデュースならやってみたい」と語っている[2]

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  1. 涙の万華鏡 -m.yo mix-(2003年5月6日)
    • 涙の万華鏡 -m.yo mix-/あなたのかわいい人 -radio mix-(J-WAVE「LIVING IN TOKYO~夢と冒険の世界へ~」キャンペーンソング)

[編集] アルバム

  1. beauty and harmony(1995年12月18日)
    • beauty and harmony/つめたくしないで/泣きたい/バイバイ/パレードは行ってしまった/A HAPPY GIRLIE LIFE/DARLIN'/冷えたくちびる/奪取/生涯の恋人/beauty and harmony~reprise
  2. beauty and harmony 2(2003年5月6日)
    • theme of beauty and harmony 2/涙の万華鏡/どうしてこんなに/お願いします/夢の続き/あなたのかわいい人/the lessons/おとなじゃん!/告白/theme of beauty and harmony 2 for strings

[編集] 映像

  • miwa yoshida concert tour beauty and* harmony(VHS:1996年 DVD:2003年11月19日)

[編集] ラジオ番組

  • 今夜もフリー&フリー 吉田美和のWhat's Up?(文化放送

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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  1. ^ 吉田美和は風船に弱い! - 美術Pは見た!・2007年6月27日
  2. ^ 『With t 小室哲哉音楽対論』Vol.4(幻冬舎文庫、1997年)pp.377 - 381

最終更新 2009年7月23日 (木) 17:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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