吉田豊 (騎手)

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吉田豊
メジロドーベル号に騎乗
(1999年11月21日 東京競馬場)
基本情報
国籍 日本
出身地 茨城県藤代町
生年月日 1975年4月19日(34歳)
身長 159.0cm
体重 48.0kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 大久保洋吉厩舎(美浦)
初免許年 1994年
  

吉田 豊(よしだ ゆたか、1975年4月19日 - )は日本中央競馬会(JRA)の騎手茨城県藤代町(現取手市)生まれ。美浦大久保洋吉厩舎所属。騎手の吉田隼人は実弟。

目次

[編集] 来歴・人物

競馬学校の10期生。幸英明渡辺薫彦とは同期生にあたり仲が良い。

1994年3月6日中山競馬第2競走でチャーリーブラボーに騎乗してデビュー(14頭立ての12着)。同日の第5競走でエリモハヤブサに騎乗して初勝利を挙げる。

1996年阪神3歳牝馬ステークスメジロドーベルで制し、初の重賞勝利をGI勝利で挙げる。以後、メジロドーベルとのコンビでは、1997年優駿牝馬(オークス)秋華賞を制するほか、1998年1999年エリザベス女王杯を連覇した。勝ち星を順調に積み重ね、関西所属の武豊に対比して「東のユタカ」と呼ばれ、関東のトップ騎手、日本を代表する騎手になることを期待する声もあった。

1999年に後藤浩輝騎手から木刀で殴打・暴行される事件が起き、その後も後藤との不仲説が流れている。 2003年の天皇賞(秋)では、この事件の遺恨もあってか、後藤騎乗のローエングリンが内から好スタートを切ったが、ゴーステディに騎乗した吉田もハナを主張(調教師から何が何でもハナに行けと指示があったため)。後藤も譲らなかったため、ハイペースとなり、ゴーステディはブービーの馬とも大差の最下位になってしまった。これにより吉田、後藤双方とも私情をレースに持ち込んだとファンの間でも厳しい批判を受けた。

JRAGI9勝のうち、牝馬限定のGIを7勝している。さらに残り2勝のうち1勝は牝馬ブルーメンブラットで牡馬を下した2008年マイルチャンピオンシップである。2002年にはリージェントブラフ川崎記念に優勝。初の交流GI勝利となった。2004年にはドバイワールドカップでリージェントブラフに騎乗、9着となる。

2004年には弟の吉田隼人がJRAの騎手デビューしている。2009年11月21日福島記念で弟隼人鞍上のサニーサンデーが重賞制覇し、2着に自身鞍上のトウショウシロッコが入り吉田兄弟で初の重賞ワンツーフィニッシュを達成した。

藤田伸二、元騎手の大西直宏とは麻雀を打つ間柄である。関西地方に遠征時、自らの騎乗馬に藤田の伸二と書かれた腹帯を借りて着用していることがある。メジロドーベルのエリザベス女王杯時など。

[編集] 成績

[編集] GI競走勝利一覧及び当該競走における騎乗馬(年度別)

斜字は統一GI

  • 1996年
    • 阪神3歳牝馬ステークス - メジロドーベル
  • 1997年
    • 優駿牝馬 - メジロドーベル
    • 秋華賞 - メジロドーベル
  • 1998年
    • エリザベス女王杯 - メジロドーベル
    • スプリンターズステークス - マイネルラヴ
  • 1999年
    • エリザベス女王杯 - メジロドーベル
  • 2002年
  • 2004年
    • 阪神ジュベナイルフィリーズ - ショウナンパントル
  • 2008年
    • マイルチャンピオンシップ - ブルーメンブラット

以上JRA・GI9勝(交流GI1勝)

[編集] 成績表

勝利数 連対率
1994年 6勝 .108
1995年 28勝 .155
1996年 51勝 .190
1997年 83勝 .227
1998年 62勝 .192
1999年 58勝 .184
2000年 55勝 .190
2001年 42勝 .157
2002年 59勝 .178
2003年 42勝 .151
2004年 56勝 .150
2005年 50勝 .153
2006年 57勝 .161
2007年 49勝 .139
2008年 64勝 .174

JRA766勝、重賞25勝(2008年終了時点)

[編集] 表彰歴

  • JRAフェアプレー賞(関東) - 1996年、1999年-2001年、2003年
先代:
武豊
ケント・デザーモ
オークス優勝騎手
1997年
2002年
次代:
的場均
幸英明

最終更新 2009年11月23日 (月) 23:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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