名代 富士そば

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東京三崎町の富士そば

名代 富士そば(なだい ふじそば)とは、ダイタングループが運営する、立ち食いそば・うどんチェーン店の正式名称である。通称は「富士そば」でこちらの方が一般的である。2007年11月現在、東京都埼玉県神奈川県千葉県に72店舗を展開する。

目次

[編集] 概要

[編集] 生い立ち

ダイタングループを統括する丹道夫は1935年愛媛県大保木村(現在の西条市)に生まれた。村立大保木小学校、村立大保木中学校、愛媛県立西条高等学校(定時制)を経て、東京栄養食糧専門学校を卒業。給食センター勤務を経て埼玉県川口市で弁当屋(主に工場向け)を開業、順調に伸びていった[1]

[編集] 事業家

そんな最中の1964年、「不動産業をやらないか」と友人から丹へ誘いの電話があった。その当時は一大不動産ブームであり、そんな状況もあって賛同し弁当屋を弟に任せ[2]、そこから捻出した資金を元に不動産業の共同経営に乗り出す。一時期は倒産寸前まで追いつめられたが、別荘地が売れ出してからは、あっという間に会社は急成長し、成功した青年実業家へと変身した[1]。その時期は「月収500万円、美酒美食におぼれた」事もあった[3]

[編集] 名代 富士そば

事業の一つとして1966年富士そばの原点となる日本初24時間営業の立ち食いそば店を渋谷(現在の渋谷本店通り109斜め向かいにて営業中)にてスタートした[2][4](「1964年富士そば1号店」と説明している本人インタビュー記事もある[5])。経営は順調に進んでいたが、際限のない事業の拡大に疲れた事や、意見の相違から共同経営者たちと袂を分かち、1972年ダイタンフード株式会社を設立して独立し、立ち食いそば店「富士そば」の経営に専念することになる。2007年現在、一日5万食を誇る業界トップクラスの立ち食いそばチェーンとなった[5][6]

[編集] 特徴

  • 大半の店舗が東京都内近くで、駅そばの一種ともいえる[2]。ただし駅構内への出店例は稀で、駅構内で営業中の店は東武東上線大山駅にある1店舗のみ(2009年6月現在)。
  • 客層はサラリーマン労働者、中高年層が主流であるが、24時間営業という事もあって様々な人が来店する[5]。近年は椅子設置(後述)の好影響もあり、女性家族の利用も増えている[2][5]
  • 遠くからやでも良く目立つ大袈裟な看板を掲げているが、極端な電飾はない。
  • 立ち食いそば店と言いつつも、近年店内改装を行い椅子席を備えた店舗が殆どである[2][5]
  • 質を重視し、1987年には業界に先駆けそばを手間と費用がかかる「生そば」に切り替えた[3][6][7]。また、ダシも各店で仕込む方式を取っている[3][6][7][8]。これらのこだわりが良い意味でも悪い意味でも店の特徴となるため、一部では「店舗ごとに味が違う」「バラつきが大きい」という味に関する意見もある。
  • また、酒類献立に加えている点も中高年層の支持が多い理由になっている。
  • 2002年以降にオープンした店舗や改装を行った店舗の内装は、を利用したや小さなを使った箱庭などを置き、日本庭園を感じさせる造りになっているものもある。
  • 丹は作詞家「丹まさと」としての顔も持ち、自分が作詞したポスターを大きく店舗に貼っていたり、そのCDカセットテープを店舗にて販売している[4]
  • 丹は自叙伝『らせん階段一代記』を2006年8月に発売しており、それも店舗にて販売している[4]

[編集] 脚注

  1. ^ a b 紀伊國屋書店公式HP「読みびとしらず:都築響一」『らせん階段一代記』より。
  2. ^ a b c d e ゲンダイネット2006年8月21日【社長の私生活】ダイタンフード社長 丹道夫より。
  3. ^ a b c 読売新聞ジョブサーチ2007年3月28日演歌に癒やされ、そばに真心より。
  4. ^ a b c 富士そば公式HP「社長の人生観」より。
  5. ^ a b c d e 毎日新聞2007年2月2日東京夕刊特集ワイド:丹道夫・「富士そば」社長、CDアルバム発売 人生のそばに演歌をインターネット・アーカイブ)より。
  6. ^ a b c 興和物産株式会社公式HP「お店のご紹介」より。
  7. ^ a b 富士そば公式HP「味へのこだわり」より。
  8. ^ 週刊ポスト 2007年04月20日号紙面 「富士そば」愛される理由-280円のかけそばに秘められた奇跡の物語 より。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月14日 (月) 08:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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