名松線

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名松線
家城駅に停車中の名松線列車 キハ11形
家城駅に停車中の名松線列車 キハ11形
路線総延長 43.5 km
軌間 1067 mm
最高速度 65 km/h
停車場・施設・接続路線
STR
近鉄山田線
STR STR
紀勢本線
BHF + HUB84
BHF + HUB84
BHF
BHF + HUB82
BHF + HUB82
BHF
0.0 松阪駅
STRrf STR
近鉄:山田線
ABZrf
←紀勢本線↑
BHF
4.2 上ノ庄駅
BHF
7.0 権現前駅
AKRZu
伊勢自動車道
BHF
11.7 伊勢八太駅
ÜWo+r STR
近鉄:大阪線
BHF BHF
13.0 一志駅
ÜWor STR
左:川合高岡駅
BHF
15.6 井関駅
BHF
18.5 伊勢大井駅
exSTRlg STR
中勢鉄道
exKBHFe + HUB84
exKBHFe + HUB84
exKBHFe
BHF + HUB82
BHF + HUB82
BHF
21.3 伊勢川口駅
BHF
23.3 関ノ宮駅
BHF
25.8 家城駅
BHF
29.5 伊勢竹原駅
BHF
33.8 伊勢鎌倉駅
BHF
36.6 伊勢八知駅
BHF
39.7 比津駅
KBHFe
43.5 伊勢奥津駅

名松線(めいしょうせん)は、三重県松阪市松阪駅から同県津市伊勢奥津駅に至る東海旅客鉄道(JR東海)の鉄道路線地方交通線)である。

雲出川の渓流沿いを走るローカル線である。名張と松阪を結ぶ計画だったことから名松線と名付けられた。現在、終点の伊勢奥津駅からは名張駅前行きの三重交通バスに接続しているが、本数は僅少であり、平日1本、土休日2本しかない。

赤字83線として廃止勧告対象となり、特定地方交通線第2次廃止対象線区に選ばれていたが、岩泉線とともに代替道路未整備を理由に廃止対象から除外された。

2009年10月8日の台風18号の被害により、家城駅 - 伊勢奥津駅間でバスにより代替運転されている。2009年10月29日、JR東海は復旧が困難として、同区間の復旧をせずバス輸送に切り替えることを地元自治体に提案すると発表した[1](詳細後述)。

目次

[編集] 路線データ

  • 管轄(事業種別):東海旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 路線距離(営業キロ):43.5 km
  • 軌間:1,067 mm
  • 駅数:15駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:票券閉塞式(松阪 - 家城間)、スタフ閉塞式(家城 - 伊勢奥津間)
    • 交換可能駅:家城駅 - 2009年現在JR東海の旅客営業線で唯一、キャリア(通票を運ぶための大きな輪がついた皮革製の入れ物)の交換が見られる駅である。
  • 最高速度:65 km/h

松阪駅を出発したあとしばらくは紀勢本線と線路を共用する。その後、当線を分ける分岐器が設置されており、数百メートルに渡って並行したあと、当線が左側に向かって離れていく。1987年までは、紀勢本線の山側に名松線専用の単線が敷設されていた。

[編集] 運行形態

列車としては松阪から家城までの運行で、2時間に1本程度が運行されている。伊勢奥津まではバス代行で、5往復半の運行である。紀勢本線多気駅参宮線伊勢市駅鳥羽駅に直通する列車がある。

民営化後の1989年からは、全列車がワンマン運転されており、定期列車ではキハ11形気動車のみが運用されている。

家城駅には1本が留置され、始発の2本目と最終の1本前は回送列車になる。

担当乗務員区は伊勢運輸区である。

[編集] 使用車両

[編集] 利用状況

通学時、特に中間部の一志 - 家城間の利用が顕著である。一志駅と近鉄大阪線川合高岡駅が至近距離にあるため、一志駅から徒歩で川合高岡駅に向かい近鉄に乗り換えて津方面に向かう流動が多い。これは、沿線の三重県旧一志郡の高校通学区が、長らく津市・旧久居市等と同一で、起点の松阪市とは別学区だったことが影響していると推測される。

[編集] 歴史

名松線は改正鉄道敷設法81.にある、「奈良県桜井ヨリ榛原、三重県名張ヲ経テ松阪ニ至ル鉄道及名張ヨリ分岐シテ伊賀上野附近ニ至ル鉄道並榛原ヨリ分岐シ松山ヲ経テ吉野ニ至ル鉄道」の一部として敷設された。

このうち、伊賀鉄道(伊賀鉄道伊賀線を開業した会社だが同線を2007年10月から運営している伊賀鉄道とは別の会社)が名張駅(後の西名張駅1964年廃止) - 伊賀神戸駅 - 伊賀上野駅間を改正鉄道敷設法成立と同じ1922年に開業させていたため、桜松線(おうしょうせん、桜井と松阪から各一文字を取った)の一部として、松阪駅から名張駅(後の西名張駅)を目指して工事が進められることになった。

しかし、1930年参宮急行電鉄が現在の近鉄大阪線山田線にあたる桜井駅 - 名張駅 - 参急中川駅(現在の伊勢中川駅) - 松阪駅 - 山田駅(現在の伊勢市駅)間を開通させたため、松阪 - 名張間の旅客輸送目的で名松線は建設意義を失った格好になり、松阪駅 - 伊勢奥津駅間を開通させたにとどまった。ただし参宮急行電鉄は親会社の大阪電気軌道との直通を前提として標準軌規格で開通したため、貨物輸送や大阪から東紀州方面への連絡で意義があるとして、戦後も桜松線の建設要望は継続された。また戦中には、狭軌で開業した名古屋線との直通や軍需輸送を目的に、大阪・山田線の狭軌化と国鉄線・南大阪線との接続が検討されたこともあった。

なお、改正鉄道敷設法で定められたこれらを結ぶ鉄道は、経路が異なるものの、榛原 - 松山(旧大宇陀町) - 吉野を除いて現在の近鉄各線によって実現している。

1982年8月、三重県全域を襲った台風10号により名松線全線が不通となり、伊勢奥津駅には2両の気動車が取り残された。その後、被害の大きかった伊勢竹原駅 - 伊勢奥津駅間はバス代行となる。日本国有鉄道(国鉄)は三重交通によるバス転換の方針を打ち出し、同年11月には名松線の廃止承認の申請を提出した。しかし、熱心な反対運動や、道幅が狭くバスを走らせるのは困難と判断されたことで、復旧作業が続けられ、翌年6月に全線の運行を再開。1985年には廃止対象から除外され、廃止承認申請が取り下げられた。

[編集] 年表

  • 1929年昭和4年)8月25日 松阪 - 権現前間(4.4 M≒7.08 km)が開業[2]。権現前駅開業[3]
  • 1930年(昭和5年)
    • 3月30日 権現前 - 井関間(5.3 M≒8.53 km)が延伸開業[2]。伊勢八太駅・井関駅開業[3]
    • 4月1日 営業距離の単位をマイルからキロメートルに変更(全線 9.7 M→15.6 km)[2]
  • 1931年(昭和6年)9月11日 井関 - 家城間 (10.2 km) が延伸開業[2]。伊勢川口駅・家城駅開業[3]
  • 1935年(昭和10年)12月5日 家城 - 伊勢奥津間 (17.7 km) が延伸開業[2]。伊勢竹原駅・伊勢鎌倉駅・伊勢八知駅・比津駅・伊勢奥津駅開業[3]
  • 1938年(昭和13年)1月20日 伊勢田尻駅・伊勢大井駅・関ノ宮駅開業[3]
  • 1959年(昭和34年)9月26日 伊勢湾台風により伊勢竹原 - 伊勢奥津間が長期不通。
  • 1960年(昭和35年)8月1日 上ノ庄駅開業[3]
  • 1965年(昭和40年)10月1日 貨物営業廃止[2]
  • 1968年(昭和43年)10月1日 伊勢田尻駅を0.3 km 松阪方面に移転し一志駅に改称[3]
  • 1982年(昭和57年)8月1日 台風10号による土砂災害などで全線不通。
  • 1983年(昭和58年)6月1日 全線復旧、運行再開。
  • 1984年(昭和59年)
  • 1985年(昭和60年)8月2日 代替道路未整備を理由に廃止対象から除外。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化によりJR東海が承継。
  • 1989年平成元年)2月20日 ワンマン運転開始[5]
  • 2004年(平成16年)9月24日 台風21号による土砂災害で全線不通。10月4日復旧。
  • 2006年(平成18年)8月20日 車輪止めの不備が原因で、家城駅に留置されていた車両が深夜に無人状態で逸走する事故が発生。一部の自動踏切が作動しなかったが、死傷者は発生せず大事には至らなかった。
  • 2009年(平成21年)
    • 4月19日 22時過ぎに家城駅で車両逸走事故が発生。
    • 6月1日 車両逸走の防止対策としてこれまで家城駅に夜間留置されていた車両2両のうち、20時台の列車を松阪駅まで回送する体制に変更。
    • 10月8日 台風18号による豪雨で家城 - 伊勢奥津間の約40箇所で土砂崩れや路盤流出が生じ全線運休。バス代行を開始[6]
    • 10月15日 松阪 - 家城間で運転再開。バス代行区間が家城 - 伊勢奥津間に変更[7]

[編集] 車両逸走事故

詳細は「日本の鉄道事故 (2000年以降)#名松線列車無人走行事故」を参照

2009年(平成21年)4月19日 22時13分頃、家城駅で車両の入れ換え待ちをしていた最中に運転士がおよそ5分間列車を離れたところ車両(1両)が無人で下り坂を走り始め、およそ8.5km逸走して井関駅 - 伊勢大井駅間で停車した。手歯止めを装着せずに運転士が車両を離れたことが原因で、踏切計23か所を通過したものの死傷者や踏切事故などはなかった。

家城駅では2006年8月にも今回と同様に夜間留置していた車両が逸走しており、このときは手歯止めを装着せずに留置したのに加えて、空気圧が抜けてブレーキが緩む構造だったことが分かり、車両のエンジンを切ると自動的に予備ブレーキがかかるよう改修した。

中部運輸局は2度も同様の事故が起きたことを重く見てJR東海に警告書を手渡し、行政指導を行った[8]

JR東海ではの事故の対策として、これまで家城駅に夜間留置されていた車両2両のうち、これまで伊勢奥津駅から家城駅まで回送されていた列車を松阪駅まで回送することにより家城駅での車両入換作業を廃止し、家城駅での夜間留置は22時前の最終列車のみとしている。

[編集] 家城 - 伊勢奥津間について

2009年10月29日、JR東海は同月8日の台風18号による災害のため不通となり、松阪 - 家城間が復旧した15日以降も不通のままの家城 - 伊勢奥津間について当面はバス代行を続けるとした。そのうえで、「名松線全区間の旅客輸送は引き続きJR東海が担うが、松阪 - 家城間は鉄道を維持したうえで、家城 - 伊勢奥津間はバスでの輸送に切り換える。運賃等は現在の考え方を維持する」とし、関係自治体等に説明すると発表した[1]。 理由について「仮に同区間を復旧したとしても今後もより大きな自然災害が発生するおそれがあり、長期運休等でお客様に迷惑をかけるおそれが高いため」としている。 なお、家城 - 伊勢奥津間の代行バスの運行は三重交通に委託されている。また、昼間の2往復が削減され、伊勢奥津行きが5本、家城行きが6本となっている。

JR東海の廃止方針を受け、沿線である津市美杉町の自治会長らは10月30日、津市のJR東海三重支店を訪れ、存続を求める要望書を提出した[9]。また、津市の松田直久市長は、10月30日の定例記者会見でこの問題に触れ、早期に住民説明会を開いて意見を聞いたうえでJR東海に存続を求める要望書を提出する考えを明らかにした[10]。これに基づき同市長は11月4日にJR東海本社と中部運輸局を訪れ、名松線を鉄道として全面復旧させるよう求める要望書を手渡した。これに対しJR東海の中村満専務東海鉄道事業本部長は沿線の山林荒廃等にも触れ「復旧しても再び災害は起こる」と従来の見解を繰り返したが、今後情報を共有した上で協議を進めることでは一致した。また、三重県の野呂昭彦知事は、11月9日の記者会見でこの問題に触れ、来年度予算編成前に行う国への提言・要望の中で復旧を求める考えを示した。

[編集] 駅一覧

  • 全駅三重県に所在。
  • 全列車普通列車(全駅に停車)。
  • 列車交換 … ◇・∨:交換可、|:交換不可
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 列車交換 所在地
松阪駅 - 0.0 東海旅客鉄道紀勢本線
近畿日本鉄道山田線
松阪市
上ノ庄駅 4.2 4.2  
権現前駅 2.8 7.0  
伊勢八太駅 4.7 11.7   津市
一志駅 1.3 13.0 近畿日本鉄道大阪線川合高岡駅
井関駅 2.6 15.6  
伊勢大井駅 2.9 18.5  
伊勢川口駅 2.8 21.3  
関ノ宮駅 2.0 23.3  
家城駅 2.5 25.8  
伊勢竹原駅 3.7 29.5  
伊勢鎌倉駅 4.3 33.8  
伊勢八知駅 2.8 36.6  
比津駅 3.1 39.7  
伊勢奥津駅 3.8 43.5  

[編集] 過去の接続路線

[編集] 脚注

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  1. ^ ニュースリリース 名松線の今後の輸送計画について - JR東海、2009年10月29日。
  2. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』1、JTB、1998年、189頁。ISBN 4-533-02980-9
  3. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』2、JTB、1998年、383・384頁。ISBN 4-533-02980-9
  4. ^ 高杉造酒太郎編 『伊勢湾台風災害調査報告』 日本建築学会、1961年
  5. ^ 1988年12月27日 中日新聞 朝刊 記事「新造ディーゼル車で初のワンマン運転へ JR東海が「太多」など3線で」、1989年2月21日 伊勢新聞 記事「名松線にワンマンカーお目見え 村長らテープカット 美杉村・JR伊勢奥津駅」、1989年2月22日 中日新聞 朝刊 三重版 記事「三重地方のJRの3線に新型車両 参宮、名松、紀勢 ワンマン運転」
  6. ^ 台風被害 名松線 復旧に時間 - 朝日新聞、2009年10月10日。
  7. ^ 【台風18号】JR名松線、15日から一部運転再開 - 産経新聞、2009年10月1日。
  8. ^ 鉄道輸送の安全確保について(警告書発出)PDF - 中部運輸局、2009年4月20日。
  9. ^ JR名松線:一部廃止方針に住民が要望書「全線運行を」 /三重 - 毎日新聞、2009年10月31日
  10. ^ 名松線一部運行廃止方針 津市長「存続へ運動」 - 読売新聞、2009年10月31日

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年12月5日 (土) 19:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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