吹き替え
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吹き替え(ふきかえ)とは、外国で制作された映画、ドラマ、アニメなどを他の言語版で公開・放送する時、台詞の音声を声優がその言語に差し替えることをいう。英語ではダビング(Dubbing、略称:Dub)と呼ばれる。
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[編集] 歴史
日本ではテレビで放送する時や、子供を対象とした作品に対して「吹き替え版」が制作されるケースが多い。トーキーが始まった当初は字幕と画面を交互にしていたが、1931年に日本で公開されたのアメリカ映画『モロッコ』以降は字幕スーパーが主流とななったが、海外ではアメリカ、ドイツ、フランス、スペインなど一般に吹き替えが主流の国もある。
日本で吹き替えが用いられるようになったのは、テレビ放送が始まった1950年代以降である。テレビ草創期には、テレビ向けの国産の映像ソフトが不足し、外国産の映像ソフトが輸入され、放映される際、民放は主に吹き替えで放送をした。これは初期の小さなテレビ画面と低い解像度での文字数制限と、目の悪い高齢者や字の読めない者に対応するため、テレビ放送に限っては吹き替えが用いられるようになった。
通常行なわれる吹き替えは共通語だが、まれに方言で吹き替えることもある(訛りがあることを特徴付けたいために行なわれることが多く、そのほとんどは関西弁で行われている)。
[編集] 配役
吹き替えのキャスティングではアニメとは異なり、オーディションは行なわれず、テレビ局と日本語版制作会社のプロデューサーとディレクターが声優を指名する。例外は、ディズニー作品、スティーブン・スピルバーグ作品、ジョージ・ルーカス作品などである。この場合は原版の権利を持つアメリカ側が元の声に合っている声優をキャスティングするという。
草創期の吹き替えの声優は、放送局の放送劇団と並んで、新劇系の劇団から起用することが多く、七曜会、三期会、新人会といった劇団がユニット出演契約を結んでいた。2006年現在では、文学座、青年座、演劇集団「円」、劇団昴が代表的である。声優プロダクションではマウスプロモーションからの起用が多い。劇団員が重用されるのは歴史的経緯と共に実写の演技に精通しているからである。声優の野沢那智の証言によると、アニメ番組に多く出演する声優は、アニメ声などアニメ独特の誇張した癖があり、吹き替えでは敬遠される傾向にあるという。癖が無く低い声が吹き替えでは好まれやすい。逆にアニメでは、吹き替え系声優は演技力の高さを評価されるものの、独特の平板な喋り方が誇張した演技を要求されるアニメでは違和感を持たれることも多い。
アメリカでは日本と異なり、吹き替えの際に元の声と声質が似ている声優をあてるのが通例となっている。俳優一人ごとに吹き替え専用の声優がいるほどである。アメリカでは親子や兄弟の配役にも似たような顔立ちの俳優を選ぶことになっており、そのような映像文化を持つアメリカの映画ファンが日本の吹き替え作品を見ると、声が合っていないと違和感を覚えるという。
[編集] 収録
翻訳家はビデオと台本を元に、原音の声に合うように、長すぎもせず短すぎもしないように日本語に台詞を翻訳する。音響監督の誤訳や長さのチェックを経て、台本が完成すると、事前に声優にビデオと台本が渡され、声優はあらかじめ役柄を掴んでおく。録音日にはプロデューサー、音響監督、声優がスタジオに集合し、音響監督の指示を受けて、まず最初のリハーサル。このときに問題があれば、台詞を直したり、演技に駄目出しをして、ラステスと呼ばれる次のリハーサルとなる。そして最後に本番である。声優は3つから4つのマイクを何人かで共同で使い、ヘッドフォンで原版の台詞を聞きながら、画面と台本を交互に見て、自分の役が来たら台詞を発する。プロデューサーや音響監督などスタッフは、声優たちのいる防音された録音ブースとは区切られて、金魚鉢と呼ばれる録音機材に囲まれたブースから指示を出す。声優が台詞をとちってNGを出すと、抜き録りをして、声優は出番を終える。その後は、ミキサーや音響効果といったスタッフが、音響監督の指示の下、日本語の台詞と原音の音楽と効果音を合わせるダビングを行なう。マイクで録音したままの台詞は使えないため、電話の声ならそれらしくエフェクトをかけ、近づいて来る人物の声なら映像に合わせて音声のレベルを調整するといった具合である。
今日では、台詞が録音されていない音楽と効果音のみのMEテープに、日本語の声を録音するアフレコで行なわれる。しかし録音機器などアフレコ技術が発達していない1950年代には生放送で吹き替えを行い、MEテープが無い場合には吹き替えながら、効果音と音楽も同時に鳴らしていたという。日本語音声をテープで収録するアフレコは、1956年4月8日から日本テレビが放送した海外アニメ『テレビ坊やの冒険』から始まったが、この段階では映像と音声をシンクロさせるのが難しく、翻訳家の額田やえ子によれば生放送からアフレコに本格的に移行したのは1958年頃であるという。編集技術が未発達の初期の録音では台詞をとちると、再び最初からアフレコし直しとなり、声優の負担は大きかった。かつてアテレコ口調と言われた独特の平板な喋り方は、演技力よりも何よりも台詞をとちらないことを最優先にして生放送時代に培われたものである。
[編集] 制作会社
日本語版音声の制作は専門の音声制作会社が行なう。当初はテレビ局が行なっていたが、1960年代前半頃より外部のプロダクションに発注するようになった。日本語版制作会社には、太平洋テレビ、トランスグローバル、東北新社、ブロードメディア・スタジオ(旧:ムービーテレビジョン)、グロービジョン、ザックプロモーション、ACクリエイトなどがある。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年10月14日 (水) 13:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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