唐沢寿明

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からさわ としあき
唐沢 寿明
本名 唐澤 潔(からさわ きよし)
生年月日 1963年6月3日(46歳)
出生地 日本東京都台東区
国籍 日本
血液型 A型
職業 俳優声優
ジャンル 舞台テレビドラマ映画
活動期間 1980年 -
活動内容 2002年:『利家とまつ〜加賀百万石物語〜
2003年:『白い巨塔
配偶者 山口智子1995年 - 現在)
公式サイト 唐沢寿明オフィシャルサイト
主な作品

映画
ハロー張りネズミ
ラヂオの時間
みんなのいえ
20世紀少年
ドラマ
ラブコンプレックス
利家とまつ
白い巨塔
小早川伸木の恋
声の出演
トイ・ストーリー』シリーズ

唐沢 寿明(からさわ としあき、1963年6月3日 - )は、日本俳優。所属事務所研音東京都台東区根岸出身。旧芸名及び本名は唐澤 潔

目次

[編集] 公称サイズ

[編集] 略歴

東京都立蔵前工業高等学校中退。1980年、俳優として活動を始める。東映アクションクラブ(当時最年少16歳で四期生)、ホリプロ(ホリプロが歌手として育てようとした為、主にレコード会社回り)、個人事務所(社長は俳優の橋爪功の最初の妻。舞台「ボーイズレビュー・ステイゴールド」~)を経て、現所属事務所である研音(ドラマ「愛という名のもとに」~)に所属する。1995年12月15日に女優の山口智子と結婚。

[編集] 人物・エピソード

高校中退で親にも勘当されオーディションにも全く受からず進退窮まった時、プロデューサーのアドバイスでチノパンポロシャツという爽やかな出で立ちに路線変更したところ、直後のオーディションで見事1位合格。以後どんどん仕事が入るようになった。本人から「あまり言わなくていい」と言われているため伏せているが、実は爽やかな路線を進言したのは浅野ゆう子である旨が著書『ふたり』に記述されている。そのため現在でも浅野に頭が上がらない。爽やか路線は本人のセンスとは全く違い、内心ダサいと思っていたという。

芸名の『寿明』は個人事務所に所属していた時に社長が唐沢に黙って占い師に相談をして名づけた。

デビュー当初は『仮面ライダー』『戦隊シリーズ』等の特撮番組に脇役やスーツアクターとして出演していた。『めちゃ×2モテたいッ!』にゲスト出演した当時、「俺はライダーマン役で映画に出ている。銀幕がデビューなんだ。」と自慢して、岡村や加藤に「俳優さんはそんな過去を秘密にするのにいいんですか?」と気をつかわせていた。 東映では斬られ役や吹き替え、スーツアクターなどの他に照明や衣装の手伝いなどの裏方もやっていた。

演じる役柄のイメージとは裏腹に性格はひょうきんで、バラエティ番組などにも出演。今でも番組対抗のスペシャル番組等に出演する際は、サービス精神旺盛で、ひょうきんなキャラクターを緩急自在に演じる。サザンオールスターズの年越しライブに被り物をして出演していたこともある。及川光博の東京公演に飛び入り参加したときには『サイボーグ009』のコスチュームで登場した。

芝居に対して非常に真摯であり、舞台・芝居放映中には「役のイメージが崩れる」として他の番組には出ない。当時人気を誇った『白い巨塔』に関しても、放送終了までNGシーンの放出を許可しなかった。更に、「今日の自分があるのは過去のおかげ」として、キャバレーの客引きをやっていたこと・特撮番組のスーツアクターであったことは積極的に開示している。

映画試写会や舞台発表などで共演者をよくイジる。共演者が熱愛発覚などになると、わざとそのネタを所々で振ってその共演者を焦らせる。妻・山口智子との離婚の噂などが報じられると、「この間、九州の知り合いから『ローカル放送のワイドショーで、山口が離婚届を出しに行くって聞いたけど、ホント?』って言われちゃって、冗談じゃないよ」と否定し、山口がテレビ特番でビキニ姿を披露したことにもふれ、「俺は水着どころじゃないからね。もっと凄いものを見ているから」と言ってバスタオルをはだける仕草を見せて自らネタにして芸能レポーター・記者を笑わせている。

無類のゲーム好き。声優の仕事を務めたお礼でプレイステーション2を貰ったが、妻に会話がないと怒られることから、ごまかすために家具に見えるようにデザインを木目調にして貰い保有している。の趣味も結構なもので、トヨタ・2000GTの後期型、アストン・マーチンDB4、ポルシェ356、ビートルを所有し、ヒストリックカー専門誌の取材も受けている。さらにJAF国内A級ライセンスを所有しており、筑波サーキットで開催されたメディア対向ロードスター4時間耐久レースに池沢さとし等と共に参戦した事もある。過去にはホンダ・NSXの元オーナーで、3台乗っていたことがあり、『未来創造堂』では、スポンサーがホンダだったことにより、NSXの魅力を語った。特にNSX-Rが気に入っているようで、ボディーについている真っ赤なホンダ・エンブレムを「勝者の証」と賞賛し、車内の真っ赤なバケットシートと白のホイールについている真っ赤なホンダ・エンブレム(ボディーとおなじもの)が持つ意味を同番組の司会者の木梨憲武西尾由佳理に力説し、チャンピオンシップホワイトの後期型NSX-Rがスタジオに登場したときは、魅力を具体的に語っていた。

また、幼い頃はギャグ漫画家を目指し、「怪傑コチョマン」という漫画を賞に投稿するも、画力の無さから挫折している。

巨人ファンである。宝塚歌劇団も好きで、よく観劇している。宝塚の元男役トップである天海祐希安蘭けいとは友人であり、天海を研音に誘ったのは彼である。

めちゃ×2イケてるッ』に出演した際に、武田真治とは旧知の間柄であり、若き日の武田が売れてない時に世話をしてやったことを公言。しまいには「武田真治は俺が育てた」とまで語り、話を膨らませてみせた。武田も同番組に同席出演しており、こらえんばかりの大笑いをしていた。バラエティ番組でトレンディドラマ絶好調の唐沢がこのようなトークをしたのは同番組がおそらく初めてで、多くの視聴者が唐沢のドラマとは異なる気さくなイメージにむしろ好感を持った。

実に友好的な性格で、当時足を骨折していたTOKIO松岡昌宏に、サウナで偶然会った際、初対面にも関わらず「よぉ松岡、どうしたんだその足?」と気さくに話しかけたと、『メントレG』での共演の際に話している。また、居酒屋でたまたま近くの席にいた、世を忍ぶ仮の姿の聖飢魔IIエース清水と、お互いが何者かも知らないのに音楽の話で盛り上がり、そのまま家へ遊びに行ったらしい。また、親友の京本政樹を家に呼び出し、「お祖母ちゃん(山口智子の祖母)の話し相手してあげてください」と言い、自分は黙々とプラモ作りをしていたというマイペースなエピソードもある。

気さくな性格のため交友関係は先輩から後輩まで幅広い。中村勘三郎市川海老蔵尾上菊之助などの歌舞伎俳優、宇多田ヒカル及川光博などのミュージシャン、勝村政信谷原章介藤木直人上川隆也西岡徳馬藤原竜也などの俳優ほか、多方面に友人を持つ。ちなみに上川とは、NHK大河ドラマ功名が辻』で上川が主演を務めていた頃、上川と食事をした際に「おまえが大河をやるなら出てやってもいいよ」と上川に対して言った。これがきっかけで『功名が辻』にゲスト出演することになったというエピソードがある。

また、同じく唐沢主演の大河ドラマ『利家とまつ』等で共演した香川照之は雑誌『キネマ旬報』の自身の連載の初回で唐沢について綴っており、その後の回でもたびたび唐沢の話題を出して慕っている。舞台、ドラマなどで共演したことがある樹木希林はドラマ『輝け隣太郎』で共演した際、「歌もいける、踊りもいける、ルックスもいい、芝居もいける、性格もいい。悪いところないですよ。整いすぎているというのがどうかな」と唐沢を評していた。

NHK大河ドラマ『春日局』共演から旧知の仲でたまに飲みに行くという江口洋介についてはドラマ『白い巨塔』で共演した際、「俺、今回、江口でよかったなと思うのはさ、俺のことわかってくれてるような気がするんだよ。だからふざけるにしろ真面目にやるにしろ、思いきりできる」と言っていた。それに対し、江口も「そうだねぇ・・・相手が俺で、ホントに良かったと思うよ。確かに知っているというのはデカイよね。」とお互いに信頼を寄せている。

堺正章主催の新年会では毎年、幹事をつとめている。 ジム仲間に福山雅治伊藤英明加藤晴彦小林薫などがいる。

自宅に友人を招くことも多いらしく、樹木希林は電気を、SMAP木村拓哉は革ジャンを唐沢宅から持って帰った。市川海老蔵は唐沢宅で酔っ払ってしまい、山口智子に一喝され自分でタクシーを呼んで慌てて帰ったという話もある。また、下積み時代に市川海老蔵の父である市川団十郎の妹に日本舞踊を習っていたことから海老蔵のことは彼の小学生時代からよく知っているという。

非常に顔が小さく、「(唐沢の)顔が小さくて驚いた」と第一印象を語る共演者が多い。鈴木保奈美は「顔がね、すっごくちっちゃい!私、まわりから顔が小さいってよくいわれるし、自分でもおっきいほうじゃないと思ったんだけど、ツーショットになったところをモニターで見て、『あっ、ヤバイ!私のほうが顔おっきい』って(笑)。けっこう、ショックでしたね。」 妻の山口智子は「日本一、顔の小さい男だと思った。握り拳ぐらいしかない」とそれぞれ雑誌のインタビューで発言していた。 明石家さんま、SMAP中居正広松平健ほか多数の共演者が「顔が小さい」と言っている。2009年8月29日放送のニッポン放送のラジオ番組『オールナイトニッポン20世紀少年~最終章~SP』のコメントで、唐沢本人が頭周りのサイズは54cmであること、子供の時からサイズが合う帽子がなかなか無いことがコンプレックスだったことを発言していた(なお、日本人男性の平均は58~59cm程度と言われており、54cmは帽子サイズでSサイズ(小学生程度のサイズ)に相当する)。また、Gucciで帽子を試したいと店員に頼んだところ、子供用の帽子を店員に勧められたという話もある。

はねるのトびら』に出演した際、通常の30倍の辛さのわさびが入った寿司が誰か一人に当たり、他の出演者に気付かれなかったら賞金100万円が貰えるというコーナーに参加。運悪く唐沢に激辛の寿司が当たったが、その演技力で誰にも気付かれることなく賞金100万円を獲得。出演者全員が驚いていた。

1994年舞台『出口なし!』で出会った脚本家三谷幸喜からの信頼が非常に厚く、その後も三谷が手掛けた舞台やドラマに頻繁に出演。三谷が監督する映画作品には全て出演している。

2003年のドラマ『白い巨塔』主演の際、原作者の作家山崎豊子に「あなた、財前役をやるなんていい度胸してるわね」と言われた。当初、山崎はイメージに合わないという理由で唐沢が財前役をやることに難色を示していた(ドラマ化にあたってプロデューサーが唐沢の参考資料として唐沢主演の大河ドラマを山崎豊子に見せたところ、同作に出演していた反町隆史の方が財前のイメージに合うと山崎が言ったという説もある)。しかし、唐沢と山崎の初顔合わせとなった食事会(プロデューサーも同席)で唐沢のことを気に入り、唐沢の起用に納得したというプロデューサーの後日談がある。ドラマを見た山崎は「あなたが財前で良かった。素晴らしかった。感動しました。」と唐沢を評価した

またこれがきっかけということもあり、6年後に同じく山崎原作のドラマ『不毛地帯』の主役も引き受けることとなる。なお、『不毛地帯』のプロデューサーから「唐沢君によろしく」という山崎からのメッセージを伝えられた唐沢は「ちゃんとやりなさいということなんでしょうね。やっぱりこれだけの作品ですから傷つけられないし、いい作品にしてお返しするのが一番なんだと思います」と語っている。

2008年2月、制作費・キャスティング共に邦画史上最大規模ともいわれる映画『20世紀少年』三部作で主人公ケンヂ役を務めることが発表された。「撮影期間中はTV画面から芸能人がいなくなる」といわれるほどの豪華キャスト勢の中の主演であり、名実共に日本を代表する俳優としての地位を確固たるものにした、20世紀少年の公式スポンサー番組にて共演者の常盤貴子をイジっていたらしい、また同じく共演者の豊川悦司から「唐沢さん、冗談は程々に」というメッセージが届いていた。

2008年3月10日、平成19年度芸術選奨の演劇部門で文部科学大臣新人賞を受賞し、都内で行われた贈呈式に出席した。

[編集] 結婚

1988年放送のNHK連続テレビ小説「純ちゃんの応援歌」の共演が交際のきっかけ。唐沢は山口の第一印象を「デカイ女」と自身の著書『ふたり』に書いている。この作品がデビュー作で初主演の山口は、舞台や東映の特撮のスーツアクター、スタントや声の吹き替え等で既に下積み経験の長い唐沢に「女優としてやっていく自信がない」などと撮影の合間にたびたび悩みを打ち明けていた。週5日の大阪での撮影中、二人はホテルの内線電話でよく話をするようになったという。撮影終盤のクリスマスに山口からプレゼントを贈られたことや打ち上げの会場に向かう車で初めて二人きりになったことなども著書に綴っている。

1992年、ガムテープと手錠とカメラを持った二人組の男が宅配便を装って山口の自宅マンションに侵入した暴漢未遂事件が発生。この時、唐沢が部屋にいたことで事なきを得たがこの事件で二人の交際が発覚し、事件そのものの衝撃と週刊誌等のマスコミに追われたことで神経がくたくただったが、山口の受けたショックを思うと参ってはいられなかったと著書で振り返っている。

7年間にも及ぶ交際期間には大喧嘩をして山口が唐沢の部屋に泣き顔で来たりと危機もあったが、それでも毎日電話をし合っていたらしい。1995年12月13日のスポーツ新聞の一面に入籍報道が載ったがその翌々日の15日に入籍・記者会見の予定だったことから驚きはしなかったという。1995年12月15日、7年間の交際を経て山口智子と入籍、同日フジテレビにて二人で記者会見を行った。

記者会見で山口のどんなところが良かったのかとの芸能レポーターの質問に唐沢は「普通の感じの女性で、家のこともちゃんとやる人だから。」「料理が上手」などと答え、山口は「世界で一番幸せだと思っています。」と答えていた。結婚でショックを受けたお互いのファンに対してどう思うかと聞かれると「たまに貸し出しますよ。」と答えるなど、終始、唐沢が芸能レポーターたちを笑わせる和やかな会見となった。また、唐沢は同日放送の明石家さんまの番組『みんなでイイ気持ち』に出演し、さんまのインタビューを受け、交際中の秘話や結婚までの道のりを語った。さんまの事務所の女性スタッフが唐沢の大ファンでショックを受けているとさんまに言われると「ありがたいことです。だけど、もういい大人なんで。」と答えていた。

結婚以降、山口は女優活動をセーブしているが2005年にゲスト出演した『スタジオパークからこんにちは』で司会のアナウンサーに「奥様はお元気ですか?『家にいろよ』とかおっしゃっているんですか?」と聞かれ、「それは無いです。良かったら何か ドラマの企画書を出して下さいよ。」と答えていた。

交際中や結婚後の数年は二人のことに関してマスコミに多くを語らなかったが、近年はゲスト出演したバラエティー番組などで山口の話をすることもある。

[編集] 主な受賞歴

  • 1991年 第65回キネマ旬報ベストテン 新人男優賞
  • 1992年 第15回日本アカデミー賞最優秀新人俳優賞 ※『おいしい結婚』『ハロー張りネズミ』
  • 1993年 エランドール賞 新人賞
  • 2003年 第11回橋田賞
  • 2008年 平成19年度文化庁芸術選奨演劇部門文部科学大臣新人賞 ※舞台『コリオレイナス』

[編集] 出演作品

[編集] テレビドラマ

[編集] テレビアニメ

[編集] バラエティ

など多数

[編集] 映画

[編集] 舞台

[編集] ゲーム

[編集] CM

など多数

[編集] その他

[編集] 書籍

  • 幻冬舎『ふたり』(ISBN 4877286217)※高等学校の副読本にも採用され、100万部越えのベストセラーとなった

[編集] 音楽

  • 僕にできること(1995.12.1)
  • 2人のすべて(1995.11.1)
輝け隣太郎」主題歌。樹木希林とのデュエット。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月13日 (日) 14:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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