唐牛敏世
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唐牛 敏世(かろうじ びんせい、1879年8月15日 - 1979年1月19日)は旧・弘前相互銀行社長、みちのく銀行初代頭取。初の地方銀行と相互銀行の合併を実現させた立役者の一人である。勲四等旭日小授章(1978年)。青森県黒石市出身。
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[編集] 人物概要
黒石藩家老の家系に生まれる。小学校卒業後、「教育こそ天職、一生の事業」と確信し、勉学に精進し、訓導(正教員の資格)を得るが、更なる向学心を抱き、明治法律学校夜間部に進むが、今度は、そこで、実業界入りを強く志向するようになり、中退後、大日本羽二重に入社。庶務課長を務めるも、株式相場に手を出し、大損失をこうむる。そこで、再起を期すべく、北海道に渡り、小樽、函館で、米穀・雑穀商を営むものの、長続きせず、にしん漁投機に手を出し、またしても大損失を被る。 失意に暮れ投宿していた宿屋の主人より、たまたま、無尽会社を勧められたのが金融界入りのきっかけとなった。
その後、幼馴染、大地主、政友会系代議士として活躍していた、鳴海文四郎の支援、口添えより、紆余曲折経ながらも、1924年6月、青森県下5番目の無尽会社として、弘前無尽会社設立にこぎ着け、唐牛は、支配人、取締役、専務を経て、1940年、社長に就任する。この間、県内に存在した無尽会社は、5社中、3社は姿を消し、1942年、津軽無尽を弘前無尽が吸収合併したため、弘前無尽は、青森県唯一の無尽会社となった。
無尽会社を営むうち、唐牛は、次第に、普通銀行に対する憧れを強く抱くようになり、1946年には、青森貯蓄銀行の株式を譲渡されたことをきっかけに、同社の経営を企図したこともあったが、1951年10月の相互銀行法施行に伴い、弘前相互銀行への転換がなされたので、一応の希望は、満たされた形となった。 しかし、1968年の合併転換法の施行を期に、再び、普銀転換への志向が強まり、単独での転換は厳しいが、合併での転換は容易ではないか企図し、1972年末ごろより、青和銀行、大坂嘉市頭取との合併交渉を本格的に始めるに至った。
この合併話が、1973年8月22日の東奥日報に「弘前相銀、青和銀の2行は対等合併し、地銀として再出発、大蔵省も問題なしの姿勢」との主旨でスクープ報道がなされると、相互銀行協会会長らが、「この合併を認めたら、相互銀行から普通銀行への転換が雪崩を打って始まり、相互銀行のレゾンデトールが危うい」と強硬に反対するに至ったため、大蔵省も合併に次第に慎重になり始め、また、時のオイルショックもこの合併問題に大きな影響を与えはじめてきた。
しかし、唐牛は、普銀転換の夢が捨てきれず、従来の合併転換法により青和銀行を吸収合併する形に変えて、青和銀行が弘前相互銀行を吸収合併するという、法律に則った形での合併を企図し、小が大を飲むとして、合併に強硬に反対する行員らの説得にあたった。
1975年、オイルショックからも回復しつつあったため、青森県各界の支援の元、12月には、相銀協も消極的賛成に転じたため、12月29日付で大蔵省より内認可を受け、1976年10月1日みちのく銀行が誕生するに至った。 この時点で、唐牛は97歳であり、きわめて異例のトップとなった。このことが、後の大道寺の長期政権の元凶となり、「唐牛が逝去した99歳でも現役で頭取だったのだから、自分に出来ないはずがない」と大道寺は考えるようになり、暗に考えていた引退を撤回し、2005年の顧客情報紛失事件の引責辞任まで頭取・会長通して19年というトップの座に居座ることになる。
大蔵省をはじめとする当時の政府は、中小企業向けの金融機関がなくなることを危惧して相互銀行の地方銀行への転換を認めないスタンスでいたが、大道寺が時の総理大臣や閣僚に折衝を行った結果、青和銀行を存続会社とすることで合併が認められる(そのため、厳密には業態転換にはならなかったため、初の業態転換となるのは1984年の西日本相互銀行(業態転換後は西日本銀行、現・西日本シティ銀行)となる)とともに、みちのく銀行の初代頭取に就任する運びとなった。
[編集] 略歴
- 1894年-小学校訓導(正教員)
- 1903年-明治法律学校夜間部中退
- 1905年-大日本羽二重庶務課長
- 1924年-弘前無尽会社設立 支配人就任
- 1925年-取締役就任
- 1926年-専務就任
- 1940年-社長就任
- 1947年 第1回参議院議員通常選挙に日本自由党公認で青森地方区から立候補するが落選。
- 1951年-相互銀行転換、弘前相互銀行社長
- 1976年-合併、みちのく銀行頭取就任
- 1979年-1月、逝去
[編集] 主な著書・関連書籍
[編集] 著書
- 白寿の心 1978年、みちのく銀行
[編集] 関連書籍
- 風雪の一世紀 唐牛敏世氏における人と事業 1978年、 陸奥新報社
- 人生太く永く みちのく銀行・唐牛敏世の九十九年 1980年、 佐藤正忠著 経済界
- 弘前相互銀行五十年志 1974年、唐牛敏世他編 弘前相互銀行
[編集] 参考文献
- 金融ジャーナル2005年9月号 金融ジャーナル社
最終更新 2009年11月25日 (水) 23:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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