営団8000系電車

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営団8000系電車
乗り入れ先の東武伊勢崎線を走る8000系第7編成(2008年2月5日、堀切駅にて撮影)
乗り入れ先の東武伊勢崎線を走る8000系第7編成
(2008年2月5日、堀切駅にて撮影)
編成 10両編成
起動加速度 3.3km/h/s
営業最高速度 半蔵門線内80km/h
東武・東急線内100km/h
設計最高速度 100km/h
減速度 3.5km/h/s(常用最大)
4.5km/h/s(非常)
編成定員 1424人(6次車組込編成1436人)
車両定員 先頭車136(座席48)人
中間車144(座席54または51)人
6次車中間車150(座席54)人
全長 20,000mm
全幅 2,780mm
全高 4,135mm
編成質量 318.1t(更新編成294.8t)
6次車組込編成は多少異なる
車両質量 チョッパ車:22.5 - 36.8t
更新車:22.1 - 34.3t
軌間 1,067mm
電気方式 直流1,500V 架空電車線方式
主電動機 直流直巻電動機 160kW
更新車:かご形三相誘導電動機 165kW
編成出力 3,840kW(更新編成3,300kW)
歯車比 86:15(5.73)
制御装置 AVF(自動可変界磁)式電機子チョッパ制御
更新車はIGBT素子VVVFインバータ制御
駆動装置 WN平行カルダン駆動方式
台車 ボルスタレス台車SS-101形
6次車はSS-035A形
ブレーキ方式 ATC装置連動電気指令式空気ブレーキ
回生ブレーキ併用)
保安装置 東京メトロATC・東急形ATC・東武形ATS
製造メーカー 東急車輛製造日本車輌製造川崎重工業近畿車輛

営団8000系電車(えいだん8000けいでんしゃ)は、1981年昭和56年)4月1日に営業運転を開始した東京地下鉄(旧・帝都高速度交通営団半蔵門線用の通勤形電車

車体は20m級片側4扉で、千代田線用の6000系および有楽町線用の7000系に準拠するところが多い。

目次

[編集] 概要

1980年(昭和55年)から1994年平成6年)にかけて190両が東急車輛製造日本車輌製造川崎重工業近畿車輛で製造された。

半蔵門線の路線自体は1978年(昭和53年)8月1日渋谷駅 - 青山一丁目駅間が最初の開業区間であり、この8000系が営業開始するまでの約2年半の間、営団は自ら車両を保有せず、乗り入れ先の東京急行電鉄より8500系車両を借用して運用していた。

試験車や電気機関車を除き、日本鉄道車両で初めてボルスタレス台車を採用した。

当初は各駅停車専用だったが、1991年(平成3年)3月から快速急行にも使用が開始された。三越前延伸開業前でも快速と急行の種別入り行先幕は存在しており、「快速 三越前」、「急行 三越前」、「快速 中央林間」という使用実績のない表示もあった。

[編集] 編成

2008年(平成20年)4月現在、10両編成19本(190両)が鷺沼検車区に在籍している。編成の組成は次のとおりである。

久喜南栗橋押上渋谷中央林間
8100(CT1)-8200(M1)-8300(M2')-8400(M1)-8500(Mc2)-8600(Tc1)-8700(T2)-8800(M1,Mc1)-8900(M2)-8000(CT2)(チョッパ制御車)

8100(CT1)-8200(M1)-8300(T3)-8400(M1)-8500(Mc2)-8600(Tc1)-8700(T2)-8800(M1)-8900(M2)-8000(CT2)(VVVFインバータ制御車)

  • 上記括弧内のCT1,CT2は運転台設置の付随車制御車)を、M1,M2は電動車、T2,T3は付随車、Mc1(8801 - 8809のみ),Mc2は中間運転台設置の電動車、Tc1は中間運転台設置の付随車を示す。
  • 補機については25kVA電動発電機 (MG) と電動空気圧縮機 (CP) を8300形・8500形・8900形に搭載している。冷房車では両先頭車にDC-DCコンバータ(出力130kW)を搭載した。
  • VVVF更新車では上記のMGとDCコンバータをすべて撤去し、新たに静止形インバータ (SIV) (出力240kVA)を8500形・8600形に搭載している。また更新車のみ8300・8900形に車椅子スペースを設置している。

[編集] 製造

8000形(8011)

1次車の新製当時は6両編成と8両編成があったが、1982年(昭和57年)までに8両編成化された。1983年(昭和58年)より乗り入れ先の東急車の10両編成化が開始されたが営団車(当時)の10両編成投入は1987年(昭和62年)からである。

  • 1次車(1980年 - 1981年製)としては、最初に第01・02編成が8両編成で、第03 - 06編成が6両編成で造られた (1980年(昭和55年)11月 - 1981年(昭和56年)2月に落成)。しかし、営業運転を開始する前に東急電鉄側より8両編成を増やしてほしいとの要望があったため、編成の組み替えを行い、8両編成4本と6両編成1本に変更し、残った先頭車2両は予備車となった[1]。その後、1981年(昭和56年)夏に8500形(8503 - 8505)・8800形(8803 - 8805)を製造し、正規の編成に組み替えて第03 - 05編成も8両編成となった。
  • 2次車(1982年製)としては、永田町 - 半蔵門間延伸開業用の増備車として第07 - 09編成が8両編成で、第06編成への増結用として8506・8806が造られ、全編成が8両編成となる。
  • 3次車(1987年製)としては、東西線用に10両編成で製造された第12 - 14編成および1・2次車の10両編成化用の8615 - 8619・8715 - 8719が造られた。
  • 4次車(1988年製)としては、第11編成の10両全車、第15 - 19編成の8600形・8700形以外の8両、第08・09編成に組み込む8600形(8608・8609)・8700形(8708・8709)である。この4次車は東西線から移籍した3次車と合わせて半蔵門・三越前間延伸開業用として増備された。なお、第15 - 19編成は3次車で落成していた中間車を組み込み正規の10両編成化した。
  • 5次車(1990年製)としては、水天宮前延伸開業用の第10編成が落成し、10両編成12本・8両編成7本となった。このために1991年(平成3年)春から第01 - 07編成の先頭車前面に8両編成を表すステッカーが貼付された。しかし、1993年(平成5年)度に第17編成の長期離脱により代用で先に第01編成(約3か月間)、その後第04編成(約9か月間)の2編成に8617・8717号を組み込んで1年以上の間10両編成で使用された。
  • 6次車(1994年8月製)としては、8両編成の第01 -07編成に新たに中間車を2両ずつ(8601 - 8607・8701 - 8707)製造して組み込んだ。これにより本形式の全編成10両化が完了した。

[編集] 外観

8000系4次車、8017号車
8000系4次車、8817号車。制御装置はAVFチョッパ式(黄緑の線上部がチョッパ装置)

銀色無塗装のアルミニウム合金製車体に、半蔵門線のラインカラーである紫帯を巻いている。5次車までの車体構造はアルミの板材や形材を組み合わせ、全溶接工法によって組み立てる骨組構造である。

前面形状は千代田線用の6000系をベースとしているが、額縁スタイルに変更され、運行番号表示・行先表示器は上部にを独立して設けている。前面の傾斜を下方まで延長したことや台枠下部を絞り形状とし、スマートさを感じさせるようにさせた。前照灯尾灯は角形化して紫の帯部に収めた。前面の非常口は6000系同様に貫通扉非常階段が組み込まれており、使用の際は非常扉を前に倒して使用する。

当初は田園都市線内における優等列車の運用は考慮しておらず、急行標識灯は設置されていなかった。その後の3次車以降は新製時より設置され、1・2次車も三越前開業時までに追加されたが、2002年(平成14年)4月に同線での使用が停止された。その後、後述する更新(B修)を施行した編成は完全に撤去された。

車体側面のラインカラーは当初、アルミの板材に焼付塗装をしたものを取り付けていたが、後にフィルム式に交換されている。なお、4次車からは当初よりフィルム式である。また、現在は全車両が転落防止幌を装備している。

本系列は営団地下鉄初の本格的な冷房装置搭載準備車で落成し、当初から屋根の中央に集中式冷房装置を取り付けられるように準備されていた[2]。客室内も冷房用ダクトと吹出口、中央に横流ファン(ラインデリア)を設置していた。その後、1988年(昭和63年)から1989年(平成元年)にかけて全車両に冷房装置(インバータ制御式、能力48.9kW (42,000kcal/h))搭載改造を施工した。また、半蔵門線は営団の路線で最初に全車両の冷房化が完了した。編成中の弱冷房車は2号車である。

なお、冷房準備車は3次車までの第01 - 09編成(8600形・8700形を除く)と第12 - 14編成(東西線先行投入)及び8615 - 8619/8715 - 8719号であり、これら以外の車両・編成は新製時より冷房装置を搭載していた。

8000系が冷房準備車として落成した理由は、この時期になると乗り入れ会社線の車両の多くが冷房を搭載しており、営団線内では冷房はなくてもよいが、乗り入れ会社線内だけでも冷房車を走らせなければならなくなるだろう、との理由からである[3]

[編集] 内装

未更新車車内(8415)
近年に更新された新柄座席モケット。紫色で、区分柄と模様入り

客室内装は6000系がベースだが、仕様が大きく見直された。車内のカラースキームは地下における明るさを感じさせる居住空間、明るいながらも渋みのある雰囲気をかもし出す空間を目指した。このために壁面はライトベージュ系・天井は白色系・枕木方向は竹の簾模様に近い化粧板である[3]。いずれも艶消しの化粧板だが、5次車からは光沢のあるものを使用した。また、遮光用の側窓カーテンは6次車も含めてベージュだが、5次車にあたる第10編成だけは水色である。

この内装デザインは営団側より製造メーカーでもある東急車輛製造に「モーツァルト風の内装」を提案された。このことから「モーツァルト音楽のように明るく、愛らしく、しかも上品な色調」を目指した[4]

座席はロングシートであり、新造当初は濃い赤色でピンク色の区分柄の入った座席モケット、優先席は青色でシルバーライン入りの座席モケットであった。その後、2000年代に入り、ラインカラーでもある紫色(優先席は青紫色)でプリント柄の区分柄入りへの交換が実施された。

床材は当初灰色の単色であったが、4次車からは黄色と灰色のツートンへ変更された。なお、1・2次車でも1993年(平成5年) - 1995年(平成7年)に実施されたC修繕によって4・5次車と同じツートンカラーの床材に張り替えられた。

つり革はいずれも三角形品を採用している。当初は座席前のみに設置してあり、枕木方向にはドア付近上部と側窓中央上部に左右のつり手棒をつなぐポールがある。ただし、5次車からはドア付近のポールにつり革が設置され、中央のポールはなくなった。また、後年に全車両のドア上部の線路方向へつり革が増設された。

本系列は営団地下鉄では初の採用として、一段下降式窓や座席に1人分の区分をシートに織込んで定員着席を促すようにした。また、火災対策・騒音防止の観点から各車両の両端に片引き式の貫通扉が設けられるようになった。

客用ドアは室内側にも化粧板が貼られており、ドアガラスは1次車では窓が小さいが、2次車以降ではやや大きいものとされた。4・5次車は外側からの支持とされ、車内側が面一化された。後述の6次車は別途記載する。1・2次車(第01 - 09編成)・3 - 5次車(第10 - 19編成・8708/9・8808/9)・6次車(8601 - 8607・8701 - 8707)ではドアエンジン機構が異なる。

いずれもドアの開閉時の動作及び音が異なっており、前期車は開閉時に大きな音を出すことから一部のファンからは「爆弾ドア」などと呼ばれている。このタイプは座席蹴込み内に収容した形のドアエンジンである。中期車は開閉時の音を和らげ、かつ開閉速度が緩やかな銀座線用の01系と同じ形の鴨居内蔵・低騒音型のドアエンジンが採用された。

優先席付近のつり革は後年にオレンジ色のものへ交換されている。2007年(平成19年)ごろからは車内の号車札、非常通報器非常コック消火器札などの表記類を10000系に準じた蛍光塗料の塗られたものへ貼り替えを実施した。

[編集] 6次車について

8507号と8607号の連結部分。両車の形態の違いが分かる。

1994年度に製造された6次車(8601 - 8607・8701 - 8707号の計14両)はそれまでの車両とは車体構造や内装の仕様などが大きく異なり、「0x系列」の設計思想が取り入れられている。

車体製作工法を05系などと同じアルミの大形押出形材を使用した連続溶接工法により側面見付けが平滑に仕上がっている。外観では従来車両とは高さが異なるほか座席掛け幅の変更から扉間隔が異なる。側窓は高さを拡大して車端部は固定窓としたほか、妻面窓もやや大きい。行先表示器はLED式化され、台車も異なる。なお、このグループでも前述した座席の交換が実施された。

客室内装は化粧板を白色系で淡いグレーの色調に、床材は灰色のツートンに変更された。客用ドアはガラスを帯の上まで拡大、また複層ガラスとした。座席は紫系プリント柄を採用し、バケットシートに変更、1人分の掛け幅も430mmから450mmに拡大された。袖仕切りは丸みを帯びた形状へ、また荷棚端と仕切は分断された形状となった。これは翌年度以降に落成する南北線用の9000系2次車と3次車へも採用された。また、網棚は金網式から格子状のものに変更された。このほかに天井高さを70mm拡大した。

ただし、既存車に合わせるためドア上部の車内案内表示器ドアチャイム、及び車外スピーカーは省略したが、後述の更新車編成に組み込まれている車両は更新時にこれらのものを設置している。また、連結面貫通扉も従来車両に合わせて大形ガラスではない。

[編集] 乗務員室

乗務員室は緑色のカラースキーム、運転台コンソールは紺色であり、主幹制御器は営団で初めてワンハンドル式[5]を採用し、デッドマン装置を設置している。運転台には故障発生時における機器の動作状態を記録するモニタ装置を営団の車両で初めて搭載し、そのモニタ表示器が運転台右側の壁にある。装置名は飛行機フライトレコーダーにちなみ、トレイン・レコーダーとした[1]

乗務員室と客室の仕切りには6000系の中期車および7000系の全編成と同様に客室から向かって左の部分に小窓、右端に乗務員室扉があり、機器の配置上乗務員室扉から運転台部分を見ることはできない。遮光幕は小窓のみ設置してある。

[編集] 走行機器など

制御装置は有楽町線用の7000系のAVF(自動可変界磁)チョッパ制御の改良形とした。メーカーは三菱電機および日立製作所である。素子逆導通サイリスタを使用している。サイリスタ素子などの冷却はそれまでのブロアによる強制風冷式からフロン沸騰冷却方式として低騒音化と保守性の向上が図られている。主電動機出力は当時最大の160kWである。空気圧縮機 (CP) は1・2次車では低騒音形として新規設計のC-2000L形を採用、3次車以降は01系と同形のC-2000LA形を採用している。

歯車比が100km/h超対応のため6000系・7000系より小さく取られているが、チョッパ制御車は主電動機の整流状態を維持できないため最高速度は100km/hで、リミッターによりノッチオフとなる。なお、速度が下がると再度ノッチが入るため定速制御をしている。また、下り坂で速度が上昇する場合には100km/hを超える。

台車はSUミンデン(U形ゴム付片板バネ軸箱支持)式ボルスタレス台車(住友金属工業製SS-101)である。基礎ブレーキには営団の新車では初めて片押し式踏面ブレーキを採用した。なお、6次車の8601 - 8607・8701 - 8707はモノリンク式ボルスタレス台車SS035Aを採用し、基礎ブレーキはユニットブレーキ方式に変更されている。このSS035A形台車は、従来のSS035形台車とは空気バネの高さが異なるだけで、その他の仕様は全く同じである[1]

機器の写真

列車保安装置は東急新ATC(CS-ATC <ATC-10形>)・営団新ATC(同<ATC-10形>)・東武形ATSを装備する。落成時には田園都市線地上区間用の東急形ATSも搭載したが、当該区間のCS-ATC導入時に撤去した。なお、更新などで有楽町線新木場CRに入場するため2008年(平成20年)2月までATS区間であった大井町線を経由する際には深夜帯に線路閉鎖を行った上で走行していた。

[編集] その他の改修など

1・2次車については1994年(平成6年)より1995年(平成7年)にかけてC修繕工事[6]が施工された。内容は屋根の補修、車体ラインカラーの交換やゴム材、シール材の補修、床材の張り替え、側窓のカーテンの交換などである[7]

2002年(平成14年)秋からは2003年(平成15年)2月に使用開始する半蔵門線用の新ATCへの対応と、東武鉄道伊勢崎線日光線への対応改造が開始された。

機器面では、半蔵門線用新ATC、東武形ATS列車無線装置を搭載し、行先表示器LED化(後述も参照)が行われた。運転台では速度計を新ATC対応形に交換、表示灯の新設や列車無線送受話器を営団・東急別型から東武を加えた3社対応で1台に集約した。さらに新製時より搭載している第10編成を除いて自動放送装置を設置した(詳細は下記)。このほか8000形に設置していたダイヤル式行先設定器を両先頭車設置で押しボタンとタッチ式LCDモニターを併用するタイプに改修した。

[編集] 旅客への情報提供

[編集] 車外向け

  • 種別と行先を一緒に表示できる3色LED式表示器を設置。前面側面共に明朝体英字併記である。急行表示は緑枠の中に赤文字で「急行」、準急表示は緑枠の中に緑文字で「準急」と表示される。当初は1994年度製造の6次車のみで、他は字幕式だったが、前述の通り東武線への直通運転対応改造時に全車に波及している。
  • 当初より使用していた方向幕は黒地に白文字表記であるが、急行地は赤色・快速地はオレンジ色であった。表記は日本語のみで前面・側面ともに英字なしであるが、半蔵門線が延伸するたびに駅名が加刷され、例外として最後に加刷された「水天宮前」のみ字体が異なり前面表示(各停・急行・快速ともに)は英字併記になった。ただし、第10編成のみ前面は全て英字併記で字体は変更されたものを使用した。
  • 第10編成のみ新造時より車外スピーカーを搭載し、車外への案内放送や押しボタンによる乗降促進放送「ドアが閉まります。ご注意ください」が可能である。なお、後述の車体更新施行車も更新時に新設した。

[編集] 車内向け

  • 全編成に自動放送装置を搭載している。第10編成には製造当初より設置されており、それ以外の編成には東武線対応改造時に設置された。半蔵門線内と東武線内では設置当初から自動放送を使用。東急線内でも2009年7月の東急大井町線溝の口延伸にあわせて使用が開始された[8]。英語放送については、半蔵門線内では2004年4月の民営化と同時に、東急線内・東武線内では2009年7月の東急大井町線溝の口延伸と同時に使用が開始されている。
  • 編成単位で最終製造の第10編成と更新工事を施工した第01 - 03・06・07・09・11編成は車内のドア上部にLED式車内案内表示器(第10編成と更新編成では書体が異なる)とドアチャイムを設置している。以前は次駅案内や乗り換え案内を表示するのは半蔵門線内のみ、乗り入れ先では種別行先のみの表示であったが、2009年7月の東急大井町線溝の口延伸に合わせて他社線内でも次駅・乗り換え案内等を行うようになった[9]。第10編成は全ドアに配置、更新編成は千鳥配置である。
    • 本系列では最終編成増備車の第10編成のみ新造時よりLED式車内案内表示器・ドアチャイム・自動放送装置・車外スピーカーを搭載している。なお、これは同時期に竣工した6000系の第35編成・前年度竣工した7000系の第33・34編成と同仕様である。

[編集] 東西線での運用

東西線使用時(第14編成)

8000系は東西線でも使用されていた時期があった。東西線では利用客増加に対処するために車両増備による10両編成化を進めており、1987年(昭和62年)11月に編成単位での増備が予定されていたが、既に他線区でチョッパ制御車が登場している中で抵抗制御車の5000系を増備し続けるのは得策ではなかった。しかし、当時05系は設計中の段階だったため、半蔵門線半蔵門駅 - 三越前駅間の延伸開業時に投入する予定の8000系10両編成3本(第12 - 14編成)を前倒しで製造し、05系登場まで使用することになった。

東西線で運用するため、半蔵門線仕様と比べて以下のような変更点があった。

  • 運転台は5000系と同じマスコンハンドルを装備した2ハンドル式となった。ただしブレーキ装置は5000系の電磁直通式と異なり電気指令式であることから、8000系と同じブレーキ装置でかつJRへの直通規格も満たす、6000系用のブレーキ設定器が使われた。
  • 連結器は密着連結器を装着した。
  • 保安装置は東西線用のATC-3型(WS-ATC)とJR線用のATS-B型を設置した。

なお、東西線での予定運用期間が長くないため、車体帯は半蔵門線ラインカラーの紫の帯で登場。そのため誤乗防止を目的に全てのドアの上部に「東西線」と表記したステッカーを貼付した。

これら3編成は東西線では初の冷房準備車で落成したが、翌1988年(昭和63年)に冷房装置を搭載し、東西線初の冷房車となった。東西線での一時的な使用は、地上を走る他社線と比べ、当時の営団車の冷房車の増備が遅れており、少しでも早く冷房車を増やしたかったという狙いもあった。

入線直後の試運転の際は、それまで5000系と東日本旅客鉄道(JR東日本)から乗り入れる103系1000・1200番台301系しか存在しなかった東西線に、どうして紫色の帯の半蔵門線の電車がいるのかと興味深く眺める乗客も少なくなかった。東西線の各駅ではPRを兼ねて、8000系の運行予定時刻を掲示したこともある。5000系と同様に津田沼駅三鷹駅にも乗り入れ、試運転では習志野電車区にも入線した。

1988年末 - 1989年初頭に05系が登場し、また半蔵門線が1989年(平成元年)1月に三越前まで延伸開業することから、保安装置の変更や運転台のワンハンドル化などの改造を受け、半蔵門線に転属した。

[編集] 更新

B修繕施工車(8101F・市が尾にて2007年8月16日撮影)

東京地下鉄では、6000系以降の車両に関しては車齢40年程度まで継続使用する方針であり、8000系も2004年(平成16年)度より順次、新木場CRにて車両の更新工事(B修繕工事[10])を施工している。

更新後の内装

更新内容は以下の通りである[11]

  1. 制御装置をチョッパ制御から三菱電機純電気ブレーキ付きVVVFインバータ制御(IGBT素子)に更新し、主電動機は出力165kWのかご形三相誘導電動機化、編成の8300形をM2車→T車に改造し、MT比を6M4Tから5M5Tにした。
  2. 補助電源装置をIGBT素子を使用した東芝製の静止形インバータ(出力240kVA)に更新。
  3. 客室の化粧板や床材を08系に準じたものに更新(1994年製の中間増備車は除く[12])。化粧板は08系と異なり光沢のあるものを使用している。
  4. 客室ドアの上部にLED式車内案内表示器を千鳥配置で新設、またドアチャイムを設置。案内表示器は当初から搭載している第10編成とは異なりカバーの色は化粧版の色に合わせて白色となっている[13]
  5. 客室カーテンをベージュ色の無地のものから紫色の風景がプリントされたものへ交換。
  6. 冷房装置をON/OFF制御式で、大容量品の58.0kW(50,000Kcal/h)に更新。キセは大形で角ばったタイプとなった。
  7. 車外案内用スピーカーの設置(冷房装置キセに内蔵)。
  8. 編成中の2箇所に車椅子スペースを設置、非常通報器を警報式から乗務員と相互通話可能な対話式に変更。
  9. 1994年製の中間増備車以外の客用ドアを新製品に交換、ドアガラスは大型化された(05系の13次車と同じ片取っ手のもので単板ガラス)。

また、乗務員室内はクリーム色の配色に、運転台の色調をダークグレーに変更した。さらに運転士操作器(乗務員間連絡用インターホン)を受話器形からマイク式に変更、非常通報受報器の設置やモニタ表示器などの更新も実施した。このほか車掌スイッチを機械式から間接制御式(リレー式)に変更した。ただし、客室座席やドアエンジン機構については従来のままである。

最初に施工されたのは第09編成で、10両全車の客用ドア窓が従来より大きくなっているため、他編成とは外見から容易に区別が付く。営業運転は2005年(平成17年)3月24日から開始された。

2本目は第06編成で、元々は客用ドア窓が小型・一般型・大型と混在した編成であったが第09編成と同じ仕様となり、大型窓に統一されている。1994年製造である8606号と8706号の客室内はドア上へ車内案内表示器を設置しただけである。3本目は第03編成で、施工内容は第06編成と同様である。4本目は2006年(平成18年)7月に出場した第01編成で、隅田川花火大会観客輸送用の臨時列車「SUMIDA HA・NA・BI」号に運用された。5本目は2006年(平成18年)12月に出場した第02編成、6本目は2009年(平成21年)1月に出場した第07編成である。この編成では床材がそれまでのラベンダー色から灰色に変更された。また、1994年製である8607・8707号においても床材の交換が初めて実施された。

[編集] その他

東急田園都市線 - 半蔵門線 - 東武伊勢崎・日光線の直通運転では、直通会社間における車両番号の重複に対してとくに配慮は行われていないことから、当系列と東急8500系東武8000系(3社直通非対応)で車両番号の重複が発生している。

なお、直通運転先(東急田園都市線中央林間 - 東武日光線南栗橋間)を含めた運転距離は98.5kmにも及び、これは東京メトロの車両の中で最長である。

[編集] 脚注

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  1. ^ 帝都高速度交通営団「東京地下鉄道半蔵門線建設史」(渋谷 - 水天宮前)の8000系車両の概要記事を参照。
  2. ^ 開口部はフタがされ、その上にベンチレーターが2台設置されていた。
  3. ^ 鉄道ファン1991年9月号参照。
  4. ^ 鉄道ファン1993年12月号「ある技術者の回想18」を参照。
  5. ^ 力行1 - 4ノッチ・常用ブレーキ1 - 7段・非常
  6. ^ 10年程度経年した車両に施工される簡易な更新工事のこと。
  7. ^ 鉄道ピクトリアル1995年7月号増刊号参照。
  8. ^ 第10編成については製造当初から東急線内での自動放送にも対応していたが、使用頻度が少なく2003年頃から使用されていなかった
  9. ^ このうち、半蔵門線内と東急線では案内内容はほぼ同じであるが、各駅停車は東武線に準じた普通と表示される。東武線内では東武車両に準じた案内が行われる。
  10. ^ 20年程度経年した車両に施工される大掛かりな更新工事。
  11. ^ 鉄道ピクトリアル鉄道車両年鑑2005年版参照。
  12. ^ 8107Fについては1994年製車も床材を更新
  13. ^ 第10編成はベージュ

[編集] 参考文献

  • 帝都高速度交通営団「半蔵門線建設史(渋谷 - 水天宮前)」
  • 交友社「鉄道ファン
    • 1981年2月号 新車ガイド:営団地下鉄8000系の概要
    • 1991年9月号 営団地下鉄50年/6000系電車20年
    • 1993年12月号 ある技術者の回想18「バラエティーに富んだアイディア車両たち」
    • 1996年10月号 特集「カラフル営団地下鉄2401両」
    • 2004年9月号 特集「東京メトロ」

[編集] 関連項目

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最終更新 2009年11月28日 (土) 03:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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