四賀村
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四賀村(しがむら)はかつて長野県中部に存在した村。2005年4月1日に松本市に編入された。
目次 |
[編集] 地理
[編集] 隣接していた自治体
[編集] 歴史
[編集] 沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により錦部村、中川村、五常村、会田村が成立。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 嶺間4ヶ村と呼ばれた錦部村、中川村、五常村、会田村が新設合併し四賀村が発足。
- 1955年(昭和30年)9月25日 - 四賀村の高萩地区が南安曇郡豊科町へ編入した。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 梓川村、奈川村、安曇村と共に松本市に編入した。
[編集] 行政
廃止時の村長:中島学(1991年4月30日就任)
[編集] 教育
- 会田小学校
- 中川小学校
- 五常小学校
- 錦部小学校
(以上の四校は統合の動きが見られている)
- 会田中学校
[編集] 交通
[編集] 名所・旧跡
[編集] 特記事項
- 松本市に編入後は、住所に「四賀」が付かず、旧村時代の大字以下の地名がそのまま使われている。但し、大字を冠しない。(例:四賀村大字会田→松本市会田)
- 松本市との合併条件として市の中心部と村を結ぶ直結道路の建設を承諾させたが、合併後もいまだ実現されていない。
[編集] 関連項目
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