国葬

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ロナルド・レーガンアメリカ合衆国大統領の国葬の一こま。ワシントンD.C.内を運ばれる棺

国葬(こくそう)とは、国家に功労のあった人の死去に際し、国家の儀式として、国費をもって行われる葬儀のことである。

日本では政治家や軍人のみを対象としている印象があるが、諸外国ではフェデリコ・フェリーニイタリア)、アイルトン・セナブラジル)、テレサ・テン台湾)、マザー・テレサインド)、エドモンド・ヒラリーニュージーランド)のように、国民的英雄が国葬にされることがある。

目次

[編集] 日本における国葬

[編集] 戦前

戦前日本では、明治以降、国葬をすべき必要が生じた場合に応じて「特ニ国葬ヲ行フ」とする勅令が個別に発せられていたが、1926年大正15年)10月21日に国葬令(大正15年勅令第324号)が公布され、国葬についての根拠法令が一般的に整備された。

国葬令によると天皇太皇太后皇太后皇后の喪に服することの儀式(葬儀)については、特に「大喪儀」(たいそうぎ・たいもぎ)と言い、国葬が行われた(下記一覧表には不掲載)。また7歳以上で死去した皇太子皇太孫皇太子妃、皇太孫妃、及び摂政たる皇族の葬儀はすべて国葬とされ(ただし明治以降において該当者が死去した例はない)、天皇、皇族以外の国家に功績ある臣下が死去した場合にも天皇の特旨により国葬が行われた。なお、皇族においても特に国家に功労があった者が死去した場合には、通常の皇族の葬儀ではなく特別に臣下同様の国葬が行われた例がある。たとえば戦前最後の国葬となった閑院宮載仁親王など。

[編集] 戦後

戦後、国葬令が失効したことにより、それによって規定された国葬はなくなった。戦後、国葬を行った例は1967年に死去した吉田茂のものが唯一である。これは、閣議によって国葬と決し、かつ宗教色を廃して行なわれた。

現在、国家に功績があったとされる政治家の葬儀は、内閣、所属した政党、所属した国会の議院、及び故人の家族ないしはそれらのうちの合同で行うことが多い。

皇族の場合、天皇の葬儀の一部に限って、国の儀式である「大喪の礼」として行われ、その費用が国庫から支出される(皇室典範第25条)。戦後の「大喪の礼」としては、1989年に崩御した昭和天皇の例がある。その他の皇族については、その葬儀の呼称にかかわらず、皇室が主宰する儀式となっており、いわゆる国葬としては取り扱われていない。また勲一等ならびに文化勲章受賞者の葬儀に天皇から文化庁を通じて祭粢料が下賜されることがある(例:黒澤明森繁久弥)。

戦前・戦後を通じて、普通国葬は首都東京で行われるが、例外的に島津久光の国葬は死去した地である鹿児島で行われた。

[編集] 国葬の例

国葬の例
年月日 地位や役職
1883年(明治16年)7月25日 岩倉具視 右大臣
1887年(明治20年)12月18日 島津久光 公爵左大臣
1891年(明治24年)2月25日 三条実美 公爵、太政大臣
1895年(明治28年)1月29日 有栖川宮熾仁親王 陸軍大将参謀総長
1895年(明治28年)12月18日 北白川宮能久親王 陸軍大将、近衛師団
1896年(明治29年)12月30日 毛利元徳 公爵、参議、旧山口藩
1898年(明治31年)1月9日 島津忠義 公爵、参議、旧鹿児島藩
1903年(明治36年)2月26日 小松宮彰仁親王 元帥陸軍大将
1909年(明治42年)11月4日 伊藤博文 公爵、内閣総理大臣
1913年大正2年)7月17日 有栖川宮威仁親王 元帥海軍大将
1916年(大正5年)12月17日 大山巌 公爵・元帥陸軍大将、内大臣
1919年(大正8年)3月3日 徳寿宮李太王熈 王族、韓国皇帝(高宗)
1922年(大正11年)2月9日 山縣有朋 公爵、元帥陸軍大将、内閣総理大臣
1923年(大正12年)2月14日 伏見宮貞愛親王 元帥陸軍大将、内大臣
1924年(大正13年)7月12日 松方正義 公爵、内閣総理大臣
1926年(大正15年)6月10日 昌徳宮李王拓 韓国皇帝(純宗)
1934年昭和9年)6月5日 東郷平八郎 侯爵、元帥海軍大将
1940年(昭和15年)12月5日 西園寺公望 公爵、内閣総理大臣
1943年(昭和18年)6月5日 山本五十六 元帥海軍大将、連合艦隊司令長官
1945年(昭和20年)6月18日 閑院宮載仁親王 元帥陸軍大将、参謀総長
1967年(昭和42年)10月31日 吉田茂 内閣総理大臣

[編集] 日本以外の国々における国葬

[編集] アメリカ合衆国

国葬のために首都ワシントンDCに安置されたジェラルド・フォード元大統領の棺。(2006年)

アメリカ合衆国においては大統領経験者は国葬の対象となる。大統領在任中の政策等の評価に左右されない。

[編集] イギリス

イギリスでは国葬を賜る対象となるものは国王と英国王室の構成員に限られる。例外として国家に特段の功労があった者が国葬とされる。その例外となった者はホレイショ・ネルソン(大英帝国海軍提督)、アーサー・ウェルズリーウェリントン公爵)、ウィンストン・チャーチル(大英帝国第一大蔵卿)である。

またダイアナ元皇太子妃は「国民葬」に付された。

[編集] フランス

フランスでは国葬を賜る対象は、第4共和制からは首相、第5共和制からは大統領。ならびにフランス国民教育省の「式典令」に従い、国家に特段の功労があったものを対象とする。

[編集] 主な被葬者

パンテオン (パリ)も参照
ヴィクトル・ユーゴー(1885年)、ポール・ヴァレリー(1945年)、シドニー=ガブリエル・コレット(1954年)、エミ・セザール(2008年)
アベ・ピエール(2007年)、ラザール・ポンティセリ(2008年)
フィリップ・ルクレール(1947年)、アンリ・ジロー(1949年)、アルベール・ルブラン(1951年)、レオン・ブルム(1951年)、エドワール・エリオ(1957年)

[編集] 中華民国

中華民国では1919年に「国葬法」が制定され、国家に特段の功績のあったものを対象に国葬を行う。

[編集] 中華人民共和国

中華人民共和国では国葬に関する法令はない。国家に特段の功績にあったものが死亡したときには、「中華人民共和国国旗法」に従い、半旗を掲げて「国家による弔意」を表す(半旗 #中華人民共和国を参照)。

国家主席国務院総理、全人代議長、中央軍事委員会委員長経験者が主な対象である。

[編集] 大韓民国

大韓民国では「国葬・国民葬法」の中で、国家が葬儀の費用を全額負担する国葬と一部を負担する国民葬が規定されている。

韓国でこれまで国葬を賜ったのは朴正煕(元大統領)がおり、国民葬を賜ったのは崔圭夏盧武鉉の大統領経験者並びに陸英修朴正熙夫人)などがいる。

2009年8月18日に死去した金大中(元大統領)は、韓国民主化運動のリーダーとしての活動や国会議員6期、大統領1期を務めるなど国政参画の功績も大きかったことなどを考慮して、国葬を賜ることとなった。

[編集] その他

その他の国でも国葬となった事例はある。ブラジルではF1レーサーであったアイルトン・セナが国葬の対象となった。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年12月3日 (木) 10:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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