国鉄121系電車

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国鉄121系電車
国鉄121系電車(高松、1987年)
国鉄121系電車(高松、1987年)
編成 2両編成19本(38両)
起動加速度 2.0km/h/s
営業最高速度 100km/h
設計最高速度 100km/h
減速度 3.5km/h/s(常用最大)
5.0km/h/s(非常)
最大寸法
(長・幅・高)
20,000 × 2,832 × 3,935 (mm)
軌間 1,067mm
電気方式 直流1,500V(架空電車線方式
主電動機 直流直巻電動機 MT55A形
編成出力 110kW × 4基 = 440kW
歯車比 15:91 (6.07)
制御装置 抵抗制御(永久直列)・弱め界磁
CS51A形
駆動装置 中空軸平行カルダン撓み継手方式
ブレーキ方式 電気指令式
発電ブレーキ・応荷重付)
保安装置 ATS-SS
製造メーカー 川崎重工業日立製作所近畿車輛東急車輛製造
クハ120-14(高松、2007年12月27日)
クモハ121-14(高松、2007年12月27日)

国鉄121系電車(こくてつ121けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流近郊形電車

目次

[編集] 製造の経緯

国鉄分割民営化直前の1987年昭和62年)3月23日ダイヤ改正により、香川県内の予讃本線高松坂出間、多度津観音寺間および土讃本線多度津~琴平間が四国の国鉄路線として初めて電化されるのに備えて、2両編成19本の38両が製造された。民営化にあたっては全車両が四国旅客鉄道(JR四国)に承継された。

経営基盤が脆弱とされた四国旅客鉄道(JR四国)に対する将来の布石といった意味合いで国鉄が残した車両の一つである。

[編集] 編成・形式

高松方からクモハ121形 (Mc) - クハ120形 (Tc') の2両固定編成で、電動車付随車の構成(MT比)は1M1Tであり、2両編成19本(38両)が在籍する。全車両が国鉄時代に製造され、JR発足後の追加製造は行われていない。四国島内の検修施設の関係で、編成全体が逆向きとされている。

クモハ121形
高松寄りの制御電動車。パンタグラフと走行機器を搭載する。空気圧縮機 (CP) などの重要機器がすべて搭載されており、当形式単独でも走行することが可能であった。[1]
クハ120形
琴平寄りの制御車台車101系のものが再利用されている。

[編集] 構造

[編集] 車体

車体はステンレス製で、前面中央には貫通扉を備え、側面には片側3か所の両開き扉とドア間4枚、車端部2枚の窓が配されている。扉は半自動(停車時に手動で開閉する)の設定が可能な構造であるため、取手が取付けられているほか、ホーム有効長の短いでの客扱に備えて選択開閉ができるようになっている。窓は1段上昇式を採用し、良好な視界を保ちつつ製造コスト削減を図っている。車体幅は2,800mmとし、裾を絞らない箱型の車体とされた。前面スタイルは前年に登場した207系900番台に準じており、前面窓周りは黒色処理とされた。

窓を1段上昇式としたため側面に行先表示器は設置せず、方向板を使用していた。また前面の行先表示器[2]も手動式である。

ステンレス製の車体のため、基本的に無塗装である。また、新製時にはややピンクに近い赤色である赤14号の帯[3]を配していたが、四国旅客鉄道に承継されて間もなく同社のコーポレートカラーである水色(青色26号)に変更された。

[編集] 台車・機器

101系電車から流用したDT21T形(高松、2007年12月27日)

台車および主幹制御器などの各種機器については、当時の国鉄の財政状況が極限的状況に陥っていたことから、新製費用を抑えるために可能な限り廃車車両の発生品を流用している。制御電動車(クモハ121形)の台車は103系で採用されているDT33形をベースにブレーキシリンダやばねなどを改良したDT33A形台車を使用しているが、一部はDT33形の発生品である。制御車(クハ120形)の台車は101系から流用したDT21T形である。主電動機 (MT55A形)と主制御器 (CS51A形) は105系と同一品を使用しており、性能的には105系と同等である。

補助電源装置は485系サシ481形などの食堂車の廃車発生品である70kVAの電動発電機 (MG) を当初装備していたが、トラブルが多発したため、1998年平成10年)から2001年(平成13年)にかけて静止形インバータ (SIV) に交換された。車両番号の末尾18,19の編成は111系の廃車発生品 (S-SIV90/90kVA) をクハ120形の床下(クモハ121形のMGは撤去)に、その他の編成はクモハ121形のMGを撤去し、その位置にSIV (S-SIV70/70kVA) を設置した。

ブレーキ装置は、205系211系と同一の電気指令式が採用されたが、気動車などに操作方法を合わせるため、運転台は縦軸2ハンドル式である。先頭車前面の連結器には、解結作業の迅速化、効率化を図るため電気連結器と自動解結装置が装備された。また、後面の連結器が棒連結器などによらず、密着連結器なのは将来3両運転を想定していたからである。ちなみに電気連結器は7000系が線番号を合わせているため併結可能とされているが、起動加速度の違いにより実際に併結運用はない。

集電装置は発生品のPS16形パンタグラフが搭載されたが、1992年(平成4年)に予讃線の観音寺~新居浜間が電化され、狭小トンネルがある箕浦駅以西にも入線できるよう7000系と同じS-PS58形に交換された。

[編集] 車内設備

121系車内(観音寺、2007年9月2日)

他の近郊形電車にならって、座席は扉間に対面式固定クロスシート(ボックスシート)を配し、客用扉付近の戸袋部と車端部にロングシートを配したいわゆるセミクロスシートである。クロスシートの背もたれの通路側がやや斜めにカットされ、大形の手摺が取付けられている。新製当初から冷房装置 (AU79A/33,000kcal/h) も搭載された。天井部は平天井構造とされ、冷風の吹出しはラインフロー式である。

高松近郊の短距離区間での運用を想定していたため、灰皿は落成時点から省略されており、トイレも設置されていない。

落成当時、ドア横に半自動扱時の操作ボタンは無く、半自動扱の際は115系のようにドアを手で開けていたが、のちに操作ボタンが設置された。

[編集] 運用

快速「サンポート」に使用中の121系
(讃岐府中、2005年10月31日)

JR発足までに全編成が高松運転所に配置され、当初は本州から転入した111系とともに使用され、その後同所には7000系・6000系113系も加わった。

2両編成を基本としていて、ワンマン運転には対応していない。そのため、高松近郊の予讃線(伊予西条駅以東)や土讃線で主に普通電車快速サンポート」に使用されている。また、トイレが無いことと、側窓が上昇式になっていることから、本四備讃線瀬戸大橋線)で営業運転することはできない。なお、予備車の配置がない113系の代走としても使用されるが、前述の理由により瀬戸大橋線とそれに関連する運用は代走は行わずに113系が限定使用される。

[編集] その他

警戒色になったクハ120-9+クモハ121-9

東急車輛製造で落成した編成は、試運転横須賀線を走行し、品川駅横須賀駅にも入線した。

JR四国色になった後、警戒色として前面が赤帯になった編成(クハ120-9+クモハ121-9)が一時期存在した。

運行開始当初は、電化区間が途切れていた(坂出~多度津間の電化は宇多津駅移転・高架化と同時に完成)関係で一部の編成が多度津駅常駐となっていた。

[編集] 脚注

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  1. ^ 現在は補助電源装置のSIV化で単独走行が出来ない車両が一部ある。
  2. ^ 元々は列車種別を表示するものだが、行先も入っており運用開始当初から前面に行先を表示する列車もあった。
  3. ^ 後にこの帯色は東日本旅客鉄道(JR東日本)が京葉線用に導入した205系にも採用された。

[編集] 関連項目

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最終更新 2009年8月28日 (金) 14:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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