国際興業バス西浦和営業所

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西浦和営業所所属のCNG車

国際興業バス西浦和営業所(こくさいこうぎょうバスにしうらわえいぎょうしょ)は、埼玉県さいたま市桜区桜田2-1-5にある国際興業バスの営業所である。主にさいたま市浦和区、桜区(旧・浦和市)、中央区(旧・与野市)、志木市朝霞市和光市新座市富士見市および東京都板橋区の京浜東北線と東武東上線に挟まれたエリアの路線を所管する。

営業所の最寄り停留所「西浦和車庫」。

2007年3月18日からICカード乗車券(PASMOSuica)が、練馬とともに開始された営業所である。

目次

[編集] 沿革

1993年3月16日、乗合川越営業所志木分車庫の機能と、観光川口営業所の機能を移転することにより開設された。ここでは、前身の志木分車庫および志木周辺における車庫開設前の路線状況を含めて記述する。

[編集] 志木街道で営業開始志木分車庫の開設

志木周辺における路線の歴史は、鳩ヶ谷が浦和 - いろは橋 - 志木の営業を開始した[1]ことに始まる。その後、終戦を経て西武自動車(現・西武バス)との相互乗入れによる浦和 - 志木 - 所沢の運行が開始、さらに大宮 - 志木、浦和 - 朝霞 - 志木、池袋 - 志木などの運行が1950年代末までに開始された。しかし、当時この地域の市街化はまだ進んでおらず、西武・東武両社との競合区間が多いこともあり、運行本数は現在より少なかった。また、担当営業所も浦和・大宮・巣鴨・川越など、複数の遠隔地の営業所が分担する形となっていた。

1960年代に入ると、志木周辺では中野下住宅をはじめとする住宅団地が造成され、これに伴ってバスの運行密度も徐々に高まっていった。こうしたことから、1965年12月16日に、志木市幸町に川越営業所下の志木分車庫が新たに開設され、志木周辺路線の多くを同車庫が担当するようになった。

[編集] 西浦和営業所の開設

志木分車庫の所管地域は、1980年代に入ると東武線有楽町線の相互直通運転が開始されたり、埼京線が開業するなど、交通の便が一気に改善、その後も東京のベッドタウンとしてますますの宅地化が進んだ。同時に、当時の志木分車庫の所在地が運行エリア外(車庫近隣を通る自社路線がなかった)であったこと、かつ路地裏の狭隘な住宅地の中にあった上に運行路線に対して車庫面積が手狭だったこともあり、運行強化が困難であった。これを背景に、国際興業では志木を含む埼玉県南部の荒川流域における運行を強化することとなり、1993年3月16日浦和市(当時)桜田に志木分車庫・観光バス川口営業所(乗合川口とは別所)の機能を移転し、両所を統合の上で新たに「西浦和営業所」を開設した。なお、志木分車庫の跡地(一部)は2003年の中宗岡待機場開設まで志木待機場として使用されていたが、現在は月極駐車場となっている。

これにより、長距離路線の浦和 - 朝霞 - 志木線が、営業所近くの「新開入口」まで短縮されるなどの再編が実施されたが、この時点での乗合バスの営業範囲は志木分車庫時代とほぼ同じだった。

その後、1998年練馬担当だった練馬車庫・成増駅入口 - 朝霞台駅線が廃止され、代替として西浦和が湯~ぐうじょう - 朝霞台駅などを開設した。次いで、2000年に浦和・大宮両営業所が廃止され、さいたま市東部に移転・統合の上さいたま東営業所となったことにより、両営業所から京浜東北線以西の路線を多数移管された。これにより、大久保・白鍬・さいたま新都心など、現在の桜区・中央区のほぼ全域にまで手を広げた[2]。さらに、2003年に朝霞駅南口広場が竣工、バス乗り場が整備されたことにより、同駅を起点とする再編が実施された。この際、朝霞市を通る路線のうち、練馬担当で残っていた2路線が短縮・移管され、朝霞市を通る路線は全て西浦和の担当となった。

以上のように周辺営業所からの路線移管が続き、西浦和営業所は現在の規模となった。なお、志木分車庫の管轄営業所であった川越営業所は、西浦和営業所の開設と同時に同所の分車庫に格下げとなったのち、1995年1月16日に廃止となっている。これについては後に記す。

[編集] 現行路線

[編集] 浦和駅 - 西堀循環線

  • 浦11:浦和駅西口 - 中浦和駅 - 田島 - 西堀 - 南元宿 - 六間道路 - 市役所 -(←県庁前/市民会館入口→)- 浦和駅西口
  • 浦11-2:浦和駅西口 - 中浦和駅 - 田島 -(←西堀/高畠→)- 西浦和車庫
  • 浦11-3:浦和駅西口 → 中浦和駅 → 田島 → 西堀 → 南元宿
  • 浦11-4:田島 → 西堀 → 南元宿 → 六間道路 → 市役所 → 市民会館入口 → 浦和駅西口
  • 浦82:浦和駅西口 - 市民会館入口 -(←常盤四丁目/市役所→)- 六間道路 - 南元宿 → 西堀 → 田島 → 高畠 → 西浦和車庫

1965年3月1日開業の浦和駅 - 西堀 - 北浦和駅に端を発する路線。40年近く同経路で運行されていたが、2003年11月16日より浦和駅 - 西堀 - 桜区役所に変更された[3]。しかし、1年強で手入れが行われ、2004年12月10日より現・浦11(浦和駅 - 中浦和駅 - 西堀 - 市役所 - 浦和駅西口[4])という形態となっている。

浦11-2は浦11の枝番だが、生い立ちは全く違う。いまでこそ、両方とも西浦和担当だが、浦11は浦和担当(一時期、戸田も一部を担当した)であり、2000年10月16日の浦和・大宮両営業所の統合移転でさいたま東が開設された際、浦和から西浦和に移管された。それに対し、浦11-2は1993年の西浦和稼働時に、志01の出庫用として南元宿 → 西堀 → 浦和駅西口として開設された。すなわち、浦11-2は開設時より西浦和担当(入庫は旧・浦12(浦和駅 → 高畠))。 1997年4月16日より(旧)浦12と統合し西浦和車庫発着となり現在の形態となった。 浦11移管前は、浦和・西浦和のそれぞれでダイヤ組成していたためか、浦11と浦11-2が同じ区間を同じ時刻で運行するケースが見られた(現在もそれに近いパターンも存在する)。同系統は営業所の立地上の条件により、往復でルートが異なっている。

浦82は2000年10月16日の浦和・大宮統合移転・さいたま東開設時に、系統の大量受入に関連して開設された。西浦和車庫側の経路は浦11-2と同様の一方通行ループ状になっているほか、浦和駅側でも市民会館入口 - 六間道路で往復の経路が異なっている。2004年12月10日(西堀循環開設時)より、浦11と同じ4番のりばに変更されている。

[編集] 浦和駅 - 大久保浄水場線

  • 浦12:浦和駅西口 - 市民会館入口 - 常盤四丁目 - 南元宿 - 道場 - 桜区役所
  • 浦13:浦和駅西口 - 市民会館入口 - 常盤四丁目 - 南元宿 - 道場 - 大久保浄水場(桜区役所非経由深夜バス運行)
  • 浦桜13:浦和駅西口 - 市民会館入口 - 常盤四丁目 - 南元宿 - 道場 - 桜区役所 - 大久保浄水場
  • 浦桜13-3:浦和駅西口 - 市役所 - 道場 - 桜区役所 - 大久保浄水場(月曜 - 金曜のみ)

浦和駅から主に六間道路を走り、桜区西部の大久保に向かう。桜区中北部と浦和の中心街を結ぶ唯一の公共交通機関で、浦桜と付く系統は桜区役所に立ち寄る。東京周辺で広く使われているターミナル記号+数字による系統番号の中で、このように経由地を示す記号を付け加えるケースは珍しい。

桜区の中北部は、1955年以前は土合・大久保という2つの村が残っていたところで、この線は昭和20年代末にその土合村への足として開通したものである。昭和30年代に入ると大久保方面に延長されたが、当時の浦和市勢要覧には「千貫樋(せんがんぴ)[5]」という終点が図示されている。1965年頃には「大久保農協」を終点としていたようで、現在の大久保支所付近と思われる。現在はさらに先の大久保浄水場まで延長されているが、終点付近は農村の面影を色濃く残している。

日中ダイヤは等間隔でパターン化されており、桜区役所折返しと浄水場行きが交互に、それぞれ毎時2本ずつ運行される。

[編集] 浦和駅 - 大戸 - 北浦和駅線

  • 浦14:浦和駅西口 - 公園坂上 - 大戸 - 六間道路 - 北浦和駅西口

浦和駅 - 大戸 - 県営住宅 - 二度栗山 - 北浦和駅[6]という経路で、2時間に3本程度、所用時間25分ほどで運行されていた。しかし、2003年11月16日の改編時に浦11が浦和駅 - 西堀 - 大戸 - 六間道路 - 北浦和駅から浦和駅 - 西堀 - 桜区役所へ経路を変えたため、利用の少なかった県営住宅・二度栗山回りを取りやめ、浦11の運行がなくなった大戸 - 六間道路 - 北浦和駅を補完する形で経路変更された。

2003年11月16日の浦14経路変更により、運行を止めた大戸 - 県営住宅 - 二度栗山 - 北浦和駅を北浦80-2(北浦和駅西口 → 県営住宅 → 大戸 → 西堀 → 西浦和車庫)が運行されていた。北浦和駅西口発の夜間1便のみの片方向の運行だったが、2007年11月21日に廃止。これにより、里見通り - 大戸五丁目 - 大戸のバス運行は一切無くなった。なお、北浦80-2の廃止区間にあった大戸出張所は、浦14経路変更前の2003年4月1日、市の合理化を理由に後年住民サービス業務を停止し、大戸三丁目に名称変更していた。

[編集] 北浦和駅 - 西浦和車庫線

  • 北浦80:北浦和駅西口 - 六間道路 - 大戸 - 西浦和車庫

2000年10月16日のさいたま東開設時に開設された。元々は、西浦和車庫発は西堀を経由せずに直接南元宿に向かっていたが、2003年11月16日より営業所のすぐ北の流通センター交差点でUターンすることにより、田島・西堀を経由することになった。これで往復で同経路となった。

北浦和駅方面からは桜区役所へのアクセス用として、北浦02(北浦和駅 - 六間道路 - 大戸 - 桜区役所)が2005年12月16日に開設されたが、2007年11月21日に廃止されている。北浦02の運行形態は午前が北浦和駅発、午後が区役所発のみとなっていて、実質は北浦80(一部)の西浦和車庫発着を桜区役所発着に改めたような運行形態で、事実上は出入庫系統だった。それ以前の埼京線開業までは、この系統とまったく同一経路を大久保浄水場まで運行する北浦01[7]が存在した。

[編集] 北浦和駅・南与野駅 - 埼玉大学線

  • 北浦03:北浦和駅西口 - 南与野駅北入口 - 鈴谷札の辻 - 山久保 - 埼玉大学西武バス大宮営業所と共同運行、深夜バス有り)
  • 南与01:南与野駅西口 - 鈴谷札の辻 - 山久保 - 埼玉大学(西武バスと共同運行)

北浦和駅から国道463号を一直線に進み、埼玉大学正門を入って終点となる。所要15分ほどの比較的単調な路線だが、朝晩の通学時間帯を中心に激しい混雑もみられる。しかし、近年になってPTPSが導入されたことから、状況は改善している。以前は、現在の北浦和駅西口7番乗り場(駅より少し離れた位置にある、北浦和公園前)が始発点であったが、ロータリー改修と北浦和駅乗り入れ系統の縮小・管轄営業所一元化等の結果、現在の5番乗り場が割り当てられるようになった[8]

2007年11月21日のダイヤ改正により、北浦03の深夜バスと南与01[9]が新設された。北浦03(深夜)は北浦和駅発が国際興業と西武1本ずつ、大学発は国際興業の1本のみである。南与01は、朝夕に数本の運行でスタートした。

[編集] さいたま新都心駅 - 北浦和駅線

  • 新都01:さいたま新都心駅西口 - 北与野駅 - 白鍬電鍵住宅 - 神田[10] - 鈴谷 - 北浦和駅
  • 新都01-2:さいたま新都心駅西口 → 北与野駅 → 白鍬電鍵住宅 → 神田 → 陣屋
  • 新都01-3:神田 → 白鍬電鍵住宅 → 北与野駅 → さいたま新都心駅西口
  • 北浦04:白鍬電鍵住宅 - 神田 - 鈴谷 - 北浦和駅
  • 北浦81:北浦和駅西口 - 新中里三丁目

日中は新都01が15分間隔で運行されている。新都心からは新都01-2で営業後に回送入庫(夜間のみ)、早朝は神田から新都01-3で営業する。北浦和からは北浦04で同様の早朝出庫・夜間入庫運用をするほか、夜間の新都01-2による北浦和行き確保のため、白鍬電建住宅で折返し運行する。白鍬地区からは、後述の路線を含め、さいたま新都心駅・与野駅・北浦和駅・北与野駅・与野本町駅へのアクセスがある(後述)ため、これら各駅との間で自由に利用できる「白鍬・新都心フリー定期券」が発売されている。

[編集] 与野本町駅 - 白鍬電建住宅線

  • 与本02:与野本町駅 - 八王子 - 白鍬電建住宅
  • 与本04:与野本町駅 - 陣屋 - 白鍬電建住宅
  • 与本05:与野本町駅 - 陣屋 - 白鍬電建住宅 - 八王子 - 与野本町駅(白鍬循環)
  • 与本05-2:与野本町駅 → 八王子 → 白鍬電建住宅 → 陣屋

日中は与本05が20分毎に方向を変えて運行している。朝夕は運行方向により間隔のばらつきがある。与本02は与本05の区間便として、朝晩に補完的に運行されている。与本05-2は夜間入庫便、与本04は夜間入庫・早朝出庫便として運行されている。

もともと白鍬電建住宅[11]へは、日中を北浦05(北浦和駅 - 白鍬電建住宅 - 与野駅)の、朝夕は住宅折返しの与02と北浦04が運行する単純な形態だった。与02は北浦04より若干頻度が高かったが、2007年11月21日付けで廃止されている。

埼京線開通後には与野本町駅ロータリーへの立ち寄りが開始され、1998年11月16日の路線再編で与本01(北浦和駅 - 白鍬電建住宅 - 与野本町駅)新設による与野駅乗り入れ便削減とともに、白鍬・神田地区から陣屋経由で与野本町へ向かう与本04(2003年11月15日までは与本02)が追加された。

2000年4月1日、さいたま新都心駅開業により同駅西口への乗り入れの(旧)新都01(さいたま新都心駅 - 白鍬電建住宅 - 陣屋 - 与野本町駅)、新都02(さいたま新都心駅 - 白鍬電建住宅)を新設した。これにより、北浦和 - 陣屋 - 白鍬電建住宅 - 与野本町(与野)と与野本町 - 陣屋 - 白鍬電建住宅 - さいたま新都心の2系列が並存するようになったが、この時点ではまだ前者が主力であった。かつて存在した与02は現在単純に与野駅前通りを往復していたが、駅前通りの拡幅と与野駅西口ロータリーが完成する2004年5月15日までは、与野駅 → 向原 → 与野稲荷 → 与野駅入口と、たつみ通りから国道17号へめぐる経路で同駅から発車していた。

白鍬・八王子地区からは西武バス・加茂川団地線が、大宮駅西口に向けて運行している。また、さいたま新都心駅西口 - 円阿弥(えんなみ)の八幡通りは、同社・大宮駅西口 - さいたま新都心駅線が併走する。

[編集] 志木駅 - 浦和駅線

  • 志01:志木駅東口 - いろは橋 - 秋ヶ瀬橋 - 中浦和駅 - 浦和駅西口
  • 志01-2:志木駅東口 - いろは橋 - 秋ヶ瀬橋 - 西浦和車庫
  • 志80:志木駅東口 - 宗岡小学校

志木駅と浦和駅との間を秋ヶ瀬橋経由で結ぶ。日中の本数は20分間隔とそれほど多いわけではないが、路線の中間部以外は宗岡循環・西堀循環のような並行路線が補助的に走り、円滑な運行が確保されている。

この路線は、鳩ヶ谷自動車によって1932年に開業した古い路線である。当時も今のように志木〜浦和間を結んでおり、東上鉄道(現・東武東上線)との連絡切符を発行し、利用促進を図っていたとの記録が残っている。終戦後は、西武自動車(現・西武バス)との相互乗入れによる所沢までの直通運転や、立教学院への乗入れなども一時行われた。なお、志木 - 浦和を結ぶ運行は、このほかに朝霞駅を経由する志02としても行われていたが、こちらは1993年に短縮によって取りやめられている(朝霞駅 - 志木駅線参照)。

武蔵野線府中本町駅 - 新松戸駅の旅客営業開始(1973年4月1日)も相まって、志01は徐々に運行回数が減回されたが、現在でも北足立南部各市と県中枢部・浦和を結ぶ幹線路線である。

2000年代に入ってから話題が多い路線でも有名。埼玉県知事・上田清司は志木在住で、2003年の初登庁時にこの路線を利用したこと、2004年頃に秋ヶ瀬橋周辺の荒川に「タマちゃん」の愛称で親しまれたアザラシが出現し、記念のバス共通カードが発行されたことがある。

志80は、宗岡小学校近傍にある中宗岡待機場への出入り用として、2004年12月10日より運行開始となった。

2007年1月16日より、志01-3(新開入口 → 志木駅)が西浦和車庫始発に改められて志01-2に統合された。過去にも西浦和車庫始発の時期があったが当時は西堀経由、今回は西浦和車庫から直接新開入口へ向かうルートとなっている。

[編集] 志木駅 - 与野駅線

荒川を羽根倉橋で渡って両岸をつなぐ。2007年11月21日から運行を開始した志03-3が主力で、毎時1~3本運行。それを挟んで2004年から、埼玉大学の平日の登下校時間帯を中心に志03-2が運行されている。志03は、平日与野駅発1日1本のみ。

原型は大11(志木駅 - 埼玉大学 - 大宮駅)だったが、与野駅(与01)・北浦和駅(北浦06)・与野本町駅(与本03)と、京浜東北線の発着駅の変更を経て、北浦05廃止と与02の大減便(与野駅発は夜1便のみ)と同時に、与野駅 - 与野本町駅を補完するように再度与野駅まで延伸された。2007年11月21日に志03-3新設とともに志03の本数が減少、2009年4月1日の改正で志03は1日1本のみの運行となり、その分、志03-3が増回された。

北浦06の埼玉大学 - 北浦和駅間経路は北浦03と別で、現在同様陣屋までの経路をたどり、そこから新都01と同様に鈴谷・二度栗山を経由して北浦和駅へ向かっていた。また、与野駅発の便は、駅前通りの拡幅と与野駅西口ロータリーが完成する2004年5月15日までは、与02と同様にたつみ通りから国道17号へめぐるラケット状の経路で発車していた。

与01までは大宮担当で、北浦06で共管、与本03となった際に西浦和単独となった。

[編集] 志木駅 - 中野下引返場・凸版印刷線

  • 志04:志木駅東口 - 中野下引返場
  • 志09:志木駅南口 -(無停車)- 凸版印刷西武バス新座営業所と共同運行)
  • 志09-2:志木駅南口 - 東一丁目 - 凸版印刷(西武バスと共同運行)

志04は1972年に開業した。以来1時間に概ね1〜2本程度の運行を維持してきたが、2003年11月16日の改正で減便、1日1往復となった[12]

志09は志木分車庫設置前から運行されており、西武バスとの共同運行である。終点の凸版印刷は凸版印刷株式会社朝霞工場のことである。志09-2は志木駅 - 凸版印刷を直行で運行する志09の各停タイプ。2001年5月16日より朝の駅方向のみで運行開始した。2005年5月16日より、夕方の駅発の便が各停化され志09-2となった。平日のみ運行。

[編集] 志木駅 - 宗岡循環・立教グランド線

  • 志05:志木駅東口 - 五反田 - 宗岡 - 志木駅東口
  • 志05-2:志木駅東口 → 五反田 → 下宗岡三丁目(深夜バス運行)
  • 志05-3:志木駅東口 - 五反田 - 中宗岡
  • 志06:志木駅東口 - 立教グランド

[編集] 志木駅 - 大木伸銅線

  • 志10:志木駅南口 - 下の原 - 大木伸銅(月 - 金のみ運行)

大木伸銅営業日の土曜日は平日ダイヤで運行される。

[編集] 朝霞駅 - 志木駅線

  • 朝11:朝霞駅南口 - 末無川 - 下の原 - 志木駅東口

朝霞駅 - 志木駅を膝折経由で結ぶ。朝霞駅から南側へ向かう路線の本線格であり、日中はこれのみが運行される。

原形は、昭和30年代に開通した朝霞経由の浦和 - 志木線(のちの志02)である。ただし昭和28年版・朝霞町勢要覧には、同町より浦和への直通バスがあると記されていることから、浦和 - 朝霞間が先に開通し、それが志木側へ延長された可能性もある。いずれにしても、この志02は1976年12月の改正で西武バスとの路線調整が実施されるまで、国際興業で唯一朝霞駅を経由する路線だった。しかし、長大路線ゆえ渋滞の影響を大きく受けるため、同改正で志木駅 - 花の木の折返便(志11、1980年代に丸沼まで延長)が開設されてからは減便を続け、1993年3月の西浦和稼動時に車庫近辺の、新開(しびらき)入口止まりとなった。

その後、1997年4月16日より西浦和車庫発着に改められた(車庫発は南元宿、西堀経由)。1998年8月1日の朝霞市営の温泉保養施設「湯~ぐうじょう」乗入れ開始時に、出庫便が志02-2として新開入口始発となった[13]。また、同時に志11(志木駅 - 朝霞駅 - 丸沼)も、丸沼の先・湯~ぐうじょうまで延長された。

朝霞駅南口ロータリーが完成し、ここでの折返しができるようになったため、2003年11月の改正で同駅を起点とする再編が実施され、事実上朝霞駅南口での系統分割がされて現在の形になり、朝11を中心とする運行となっている。

朝霞駅東口(旧・北口)ロータリーが完成し、2008年4月1日より乗入れを開始すると同時に南口 - 東口の営業をやめたため、朝51(湯~ぐうじょう → 朝霞駅南口 → 末無川 → 下の原 → 志木駅)、朝51-2(志木駅 → 下の原 → 朝霞駅南口 → 湯~ぐうじょう → 西浦和車庫)の2つが廃止されている。

現在の系統番号と元番号の対比
  • 朝11(新設)
  • 志11 → 朝51(現在廃止)
  • 志02 → 朝51-2(現在廃止)
  • 志02-2 → 廃止

[編集] 朝霞駅 - 朝霞台駅線

  • 朝12:朝霞駅南口 - 末無川 - 下の原 - 朝霞台駅

朝霞駅 - 朝霞台駅間を結ぶ路線で、朝霞駅 - 水道道路入口は朝11と同経路を走る。国際興業バスで朝霞台駅南口に乗り入れるのはこの路線だけ。運行本数も少ない上に朝夕に集中しているが、これは朝霞台駅周辺が西武バスのエリアだからである。

朝霞台駅への乗り入れが開始されたのは、1976年12月であり、これは当時練馬が運行していた下赤塚 - 志木駅の終点を朝霞台駅に切り替えたことによる。この下赤塚 - 志木駅は、もとをたどれば1953年に開通した池袋駅 - 膝折 - 志木駅の長距離路線が起源[14]

1976年12月の改正では、西武バスとの調整により朝霞台駅周辺は主に西武が担当することとなったため、国際興業は以後この下赤塚 - 朝霞台駅のみを最小限度の本数で運行するにとどまっていた。その後、起点が練馬車庫および成増駅入口に変更されるなどされたが、成増側の乗客が著しく少ないことや、営業所が離れすぎていることなどから、1998年11月の改正で廃止され、代替として朝43(朝霞台駅 - 湯~ぐうじょう)が西浦和担当で新設されることとなった。さらに2003年11月の改正で、周辺各線と同様に朝霞駅で切られ、主体は朝12となった。

[編集] 朝霞駅 - 朝霞南口循環線

  • 朝13:朝霞駅南口 - 末無川 - 緑ヶ丘 - 朝霞駅南口

朝霞駅南口を起点に末無川・緑ヶ丘を循環するラケット形の短距離循環路線。朝夕のみの運行で、国際興業の独自区間である桜ヶ丘~膝折坂下間の輸送に重点が置かれ、朝は緑ヶ丘回り、夕方は末無川回りとなる。

以前は朝霞市内循環と呼ばれ、もともとは西武によって昭和30年代から積水化学前(国際興業の宮台停留所と同位置)- 朝霞駅 - 市内循環として運行され、その後神明神社前(国際の花の木と同位置)まで延長されたのち、1976年12月の路線調整時に国際興業に移管された。この時、西武は朝霞警察署 - 末無川 - 旭通りの運行を維持すべく、泉37(大泉学園駅 - 膝折 - 朝霞駅)を少数開通した(泉37は2007年1月16日に廃止)。

移管後は、終点を花の木から丸沼、湯~ぐうじょうへ延伸したが、2003年11月の改正で朝霞駅起点となった。これとともに、担当が練馬から西浦和に移り、方向幕や路線図等の案内も、朝霞市のコミュニティ路線と紛らわしかった朝霞市内循環の名称をやめ、「朝霞南口循環」に改められた。この時、途中折返し便の朝42(湯~ぐうじょう - 朝霞駅北口・南口 - 末無川 - 膝折坂下)も廃止された。

[編集] 朝霞駅 - 湯~ぐうじょう線

  • 朝50:朝霞駅東口 - 湯~ぐうじょう
  • 朝50-2:朝霞駅東口 → 湯~ぐうじょう → 西浦和車庫
  • 朝50-3:新開入口 → 湯~ぐうじょう → 朝霞駅東口(1日1本)

母体は朝霞駅 - 志木駅線と同じである。朝霞駅南口ロータリーのが完成により2003年11月の改正より朝霞駅発着の路線となった。当初は朝霞駅南口発着で運行されていたが、朝霞駅東口(旧・北口)のロータリーが完成したため、2008年4月1日より乗入れを開始すると同時に南口 - 東口の営業をやめたため、東口発着に改められた。また朝52-3(新開入口 → 湯~ぐうじょう → 朝霞駅 → 朝霞台駅)を朝霞駅東口着に改めた朝50-3(新開入口 → 湯~ぐうじょう → 朝霞駅東口)が運行を開始した。

[編集] 北朝霞駅 - 下宗岡循環線

  • 北朝01:北朝霞駅 → 宮戸 → 下宗岡二丁目 → 宮戸 → 北朝霞駅(東武バスウエスト新座営業所と共同運行)
  • 北朝01-2:下宗岡四丁目 → 下宗岡二丁目 → 宮戸 → 北朝霞駅
  • 北朝01-3:北朝霞駅 → 宮戸 → 下宗岡四丁目 → 下宗岡二丁目

[編集] 池袋駅 - 大宮駅線(深夜急行バス)

ミッドナイトアロー浦和・大宮

[編集] コミュニティバス

[編集] さいたま市桜区

さいたま市コミュニティバス・桜区役所線を参照。

[編集] 朝霞市内循環バス「わくわく号」

朝霞市より運行受託。東武バスウエスト新座営業所西武バス新座営業所と共管。

当初、従来の一般路線バスが走らない地域への足として、1994年8月1日より3社共同で「朝霞市内循環バス」の運行を開始した。東武・西武は日野・リエッセの前後折戸車を使用していたのに対し、国際興業はいすゞ・ジャーニーの前後折戸車を使用していた。利用率が良いため、新車への切り替え後に大幅なダイヤ改正を行い、運賃の大幅値下げも行われた(新車は3社共、日野CNG使用車で、前中引戸式)。前乗り前払い式、年末年始を除き、毎日運行される。バス共通カードは利用可能だが、PASMOSuica利用については、2008年4月1日からの利用開始となった。

[編集] 車両

他の営業所同様に一般路線用がいすゞ自動車製だが、コミュニティバス専用車は日野自動車製である。開設時には、志木分車庫と観光川口営業所の現役車両が集約され、志木分車庫の車両は開設数日前より所沢ナンバーから大宮ナンバーへと変更された(但し、所沢ナンバーが設けられる前に志木分車庫に納車された車両は大宮ナンバーだったため、変更なし )。

CNGノンステップバスが配置されているが、特に3901号車(いすゞKC-LV832L改)は民営事業者初のCNGノンステップバスである。

[編集] 廃止系統

西浦和営業所が所管後の主なもの。路線の分割等に伴うものを除く。

[編集] 浦和駅発着路線

  • 浦11(初代):浦和駅西口 - 中浦和駅 - 西堀 - 北浦和駅西口
  • 浦11(2代):浦和駅西口 - 中浦和駅 - 西堀 - 桜区役所
  • 浦12(2代):浦和駅西口 - 中浦和駅 - 高畠
初代・浦12は浦和駅 - 道場で、浦和営業所担当だった。
  • 浦13-2:浦和駅西口 - 常盤四丁目 - 道場 - 大久保浄水場 - 荒川総合運動公園
  • 浦桜13-2:浦和駅西口 - 常盤四丁目 - 道場 - 桜区役所 - 大久保浄水場 - 荒川総合運動公園(日祝日のみの運行)
  • 浦13-3:浦和駅西口 - さいたま市役所 - 道場 - 大久保浄水場
  • 浦101(浦和市内循環):浦和駅西口 - 北浦和駅西口 - 太田窪 - 東台 - 南浦和駅 - 浦和駅西口
  • 浦102(浦和市内循環):浦和駅西口 - 北浦和駅西口 - 太田窪 - 円正寺 - 南浦和駅 - 浦和駅西口
  • 浦102-2:北浦和駅 → 市役所 → 浦和駅

[編集] 北浦和駅・さいたま新都心駅発着路線

  • 北浦01:北浦和駅西口 - 埼玉大学 - 大久保浄水場
  • 北浦02:北浦和駅西口 - 六間道路 - 道場 - 桜区役所
  • 北浦05:北浦和駅西口 - 白鍬電建住宅 - 与野本町駅 - 与野駅西口
  • 新都01:さいたま新都心駅西口 - 白鍬電建住宅 - 与野本町駅(初代)
  • 新都02:さいたま新都心駅西口 - 白鍬電建住宅
  • 与本01:北浦和駅西口 - 白鍬電建住宅 - 与野本町駅

[編集] 志木駅・朝霞駅発着路線

  • 志07(初代):志木駅北口 - 水道道路入口 - 膝折坂下 - 朝霞高校
  • 志07(2代):志木駅北口 - 下宗岡循環
北朝01開通後も運行されていたが、結局廃止された。
  • 志08:志木駅南口 - 志木立教学院
  • 増15:成増駅入口 - 和光市駅入口 - 末無川 - 朝霞駅南口

朝霞駅から末無川を経由し、川越街道の旧道を成増駅入口まで走っていた。西浦和では唯一東京都内に乗り入れる路線であった。終戦直後までの川越街道は、成増以東の都内が国際興業、以西の埼玉方面が東武のエリアであったが、1953年に相互乗入れを実施し、国際興業は池袋から志木までの路線を開通した(東武も池袋 - 川越などを開通)。東武線との並行区間の多い路線だったが、駅から離れた地区の人々にとっては、池袋へ乗り換えなしでたどりつける手段として有用であった。

しかし、渋滞の悪化により定時運転が困難になり、練馬車庫・成増・朝霞警察署などを発着点とする折返し便が次々に新設されていき、1970年を最後に池袋 - 志木の運行は終了した。その後、埼玉県側は下赤塚 - 志木駅での運行となっていたが、1976年12月の路線調整時に下赤塚 - 朝霞台駅、下赤塚 - 朝霞駅 - 花の木の2路線となり、運行の重点を朝霞市内に置くこととなった。

その後、花の木発着便は延伸で練馬車庫 - 丸沼となったのち、1998年8月1日に湯~ぐうじょうまで延長された。この頃にはすでに和光・成増側の利用者はほとんどなくなっていたが、朝霞市内循環の出入庫運用の役割をかねていたため、少数ながら練馬車庫からの運行が継続された。しかし結局、2003年11月の改正で朝霞地区の路線は全て西浦和担当となったため、その役割も終えることとなり、エリア確保に必要な最低限の区間(成増 - 朝霞間)が、かろうじて平日・月〜金に1往復残されるだけとなっていたが、これも2009年4月1日に廃止された。

[編集] 川越営業所

川越市神明町にあった国際興業バスの営業所である。傘下に志木分車庫をおき、観光車の配置もされて国際興業唯一の所沢ナンバー車が在籍していた。当時の所属台数は川越本所=乗合10台・観光11台、志木分車庫26台。

営業所敷地は、東武バス川越営業所(現・東武バスウエスト川越営業事務所)と道路を挟んではす向かいにあり、最寄りバス停名やバス方向幕では「神明町車庫」と表示、車内放送や運賃表示器の次停留所案内では「川越神明町車庫」で案内されていた。

川越駅西口と武蔵高萩駅をターミナルとして、国鉄(当時)川越線沿いの川越市西部 - 日高市を主な営業エリアとしていた。最盛期の1950年代半ばから1960年代後半頃には、当時非電化かつ列車本数の少ない国鉄川越・八高線の足代わりとして、飯能営業所と共管で飯能駅高麗駅〜高萩駅〜川越駅地区を結ぶ長距離路線などが活躍していた。しかし、川越地区の国際興業は、東武・西武に押されて路線密度・運転本数とも低く、追い打ちをかけるように川越・埼京線の直流電化と運行列車増発が川越分車庫路線の利用客を減らしていった。1993年、川越営業所志木分車庫の機能が西浦和へ移されると、西浦和営業所川越分車庫に降格。分車庫となる以前から、傘下の志木地区の路線の方が活発であったこともあって主客が逆転。さらに、西武バスへ路線を移管して1995年1月に閉鎖された。

西武へ移管された系統のうち、川越駅発の便は路線短縮・減便による縮小傾向の一方で、新規ルート開拓によりかすみ野(旧・霞ヶ関団地)行き路線の川越市西部地区での経路変更・ダイヤ改正を実施。新たなルート沿線にある私立大学への利用手段や、私大近くにあるハローワークへの利用手段の目的強化を行うなど、新たな利用客獲得に成功している。

西武が国際興業から移管された高萩駅・高麗川駅周辺の路線は、2006年4月1日西武バス飯能営業所からイーグルバスへ再移管されている。

現在の川越分車庫の跡地はコンビニエンスストアとなっている。

[編集] 担当路線

1994年5月1日(当時)の西浦和営業所川越分車庫の担当路線は以下の通り。

  • 川越31:神明町車庫 - 本川越駅 - 川越駅西口 - 本川越駅 - 三光町 - 武蔵高萩駅
  • 川越32:神明町車庫 - 本川越駅 - 川越駅西口 - 野田町 - 武蔵高萩駅 - 高麗川団地第一折返場
  • 川越33:川越駅西口 - 三光町 - 霞ヶ関団地(現・かすみ野)
  • 川越36:神明町車庫 - 本川越駅 - 川越駅西口 - 本川越駅 - 三光町 - 高萩駅 - 霞ヶ関団地
  • 川越100:川越駅 - 本川越駅 - 川越水上公園(夏期・冬期に運行)
  • 高萩01:高萩駅 - ひだか団地
  • 高萩02:高萩駅 - 高麗川団地第一折返場
  • 高萩03:高麗川団地第一折返場 - 高萩駅 - ひだか団地

[編集] 脚注

  1. ^ 開設年は全国乗合自動車総覧によれば1932年だが、諸説ある。
  2. ^ 同時に、貸切バス事業は戸田へ移管した。
  3. ^ それ以前は、北浦和駅 - 西堀のみの運行だった。ちなみに田島 - 常盤九丁目については、浦14・北浦80の経路変更で北浦和駅方面の足が補完されている。
  4. ^ 浦和発10時台までは市役所先回り、11時 - 終車までは中浦和駅先回りで運行される。
  5. ^ 千貫樋とは、地名ではなく荒川から排水路への逆流を防止するための水門のことであり、今も中島停留所の真下にある。
  6. ^ 浦和駅から県庁裏を経て国道17号の交差点から、市道裏門通り・大戸中通りを経て、里見通りで交差する国道17号に再び入って北浦和駅に向かう大回りルート。
  7. ^ 埼京線南与野駅に連絡する形の経路変更を2度行った後、廃止された。
  8. ^ 現在でも、北浦和公園前から乗車することは可能である。
  9. ^ 深夜バス・南与01ともに月曜 - 金曜のみの運行となっている。
  10. ^ 「かんだ」ではなく「じんで」と読む。
  11. ^ 日本電建が開発。かつて、国際興業が発行していた紙式回数券の表紙の裏に、同社の広告が印刷されていたことがある。
  12. ^ この減便については沿線に対して十分に周知が行われていなかったのか、住民から不満が上がり志木市議会でも取り上げられるまでとなった。結局、2004年2月1日に4~5.5往復に増便された。増便の分は志01-2、01-3、05-3の振り替えにより賄われたようである。
  13. ^ 1999年10月16日 - 2003年3月31日は高畠始発で運行。入庫は一貫して車庫まで。
  14. ^ もともと川越街道では成増を境に国際興業が東京側、東武が埼玉側を事業区域としていたが、1953年に両社が相互に乗り入れを開始した。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 「国際興業バス路線案内」国際興業株式会社乗合自動車部 1994年5月1日。
  • 「国際興業五十年史」国際興業株式会社社史編纂室 国際興業、1990年。

最終更新 2009年12月2日 (水) 14:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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