国際興業バス赤羽営業所

国際興業バス赤羽営業所の最新ニュースをまとめて検索!

国際興業バス赤羽営業所(こくさいこうぎょうバスあかばねえいぎょうしょ)は、東京都北区西が丘三丁目にあり、赤羽駅を発着する国際興業バスの路線の大半を担当している営業所である。国立西が丘サッカー場に近い。

営業区域は、営業所のある東京都北区を中心に、足立区板橋区豊島区練馬区中野区杉並区埼玉県川口市戸田市の7区2市にまたがっている。所管路線の特徴として、赤羽駅を起点に、周辺団地への循環路線を多数運行していることが挙げられる。

目次

[編集] 沿革

赤羽駅は、発着バス路線のうち都営バスの1路線と高円寺線で相互乗り入れを行っている関東バスを除く全便が国際興業バスによって占められており、都内における同社最大のターミナルと位置づけることができる。戦前より、鳩ヶ谷自動車が鳩ヶ谷・王子方面へ、川口乗合が川口方面へ、板橋乗合(東都乗合)が志村 - 赤羽 - 志茂間を運転するなど、早くからバス交通が発達していた。これらはすべて国際興業バスの前身事業者である。

赤羽営業所は開設以来、同駅周辺を走る路線を担当しているが、その沿革は非常に複雑である。1950年の国際興業乗合自動車部発足時には、赤羽駅に程近い東京都北区稲付町(現・赤羽西一丁目のボウル国際興業跡地)に営業所が置かれているが、これは「川口営業所」としての開設であった。その後、1958年12月に川口営業所が埼玉県川口市内に開設された事に伴い、以後この旧営業所は志村営業所・赤羽出張所を称することとなる。さらに1959年6月、同出張所は赤羽五丁目(現・桐ヶ丘一丁目)に移転し、同年12月に赤羽営業所として発足した。

この間、戦前の鳩ヶ谷自動車路線の流れを汲む赤羽 - 王子線が1950年にルートを一部変えて運行を開始し、1952年には赤羽 - 池袋線が開通、さらに昭和30年代にかけて、常盤台・下赤塚など東武東上線沿線へ向けての路線が整備されている。

現・営業所所在地に車庫が開設されたのは1962年3月のことであるが、これは当時の巣鴨営業所が清水町分車庫としての開設したものであった。その後、同年8月に都内の営業所組織の再編があり、巣鴨営業所が廃止されたことにより、赤羽営業所は赤羽五丁目より同地に移転、同時に巣鴨営業所から赤羽・王子周辺の一部路線の移管を受けた。

  • 2007年8月3日にICカード乗車券(PASMOsuica)導入。
  • 2007年6月16日に実施したダイヤ改正により、赤06浮間舟渡駅〜赤羽駅東口を志村営業所から移管されたが、2008年3月30日実施のダイヤ改正により再び志村営業所に戻したが、2008年10月16日実施予定のダイヤ改正で赤羽営業所に半年で移管される。

[編集] 現行路線

[編集] 赤羽駅 - 浮間舟渡駅線

沿線のほとんどがほぼ埼京線と並行している路線で、駅からやや離れた赤羽北地区・浮間団地から埼京線への駅への輸送を担っている。2000年5月までは赤05として、浮間舟渡駅から先北区北部の新河岸地区を経由し、高島平駅までを結んでいた。

日中に1本/hの運転で、終バスが18時台と比較的早い。

2007年6月16日のダイヤ改正で志村営業所より赤羽営業所に移管されたが、2008年3月30日のダイヤ改正で赤羽営業所が赤25系統を新設するにあたって、1年足らずで再び志村営業所の担当に戻った。

2008年10月16日に実施されたダイヤ改正で再び赤羽営業所に移管され、その際、赤羽駅東口の降車場所が駅前広場ターミナルから、鳩ヶ谷営業所と同じ都道上の降車専用バス停に変更された。

2009年4月1日のダイヤ改正で、赤羽駅で乗り場を共用していた赤95が赤31乗り場からの発車となり、赤06は降車も乗車と同じ駅前広場ターミナルとなった。

[編集] 赤羽駅 - 荒川大橋 - 西新井駅線(西新井公団線)

  • 赤23 : 赤羽駅東口 - 荒川大橋 - 領家工場街 - 鹿浜 - 西新井大師西駅 - 第一団地 - 西新井駅
  • 赤23-3 : 赤羽駅東口←荒川大橋←領家工場街←鹿浜←西新井大師西駅(平日始発時間帯のみ)
  • 赤23-2 : 赤羽駅東口→荒川大橋→領家工場街→鹿浜→加賀団地(深夜バスのみ)

赤羽から荒川大橋を超えて一旦川口市内を走行し、鹿浜五丁目から再び東京都内・足立区に入って西新井を目指す路線である。2002年1月までは、西新井駅に入らず手前の西新井警察署までを往復する便(赤24)が主であったが、現在は統合されて赤23のみとなっている。また、2003年より、深夜バス専用系統として赤23-2を運行している。

この路線の開通は昭和40年前後のことであり、開通当初は、大半の便が赤羽駅 - 西新井公団(現・第一団地)の折り返し運行であった。この便は前記の赤24の前身であるが、西新井駅乗り入れの本数が一部にとどまっていたのは、駅周辺の道路・バス乗り場の整備が不十分だったためである。

西新井はもともと東武バスの事業区域であるため、国際興業が乗り入れを開始する一方、東武も同じ頃、西新井駅から川口駅までの路線を開通してバランスをとり、領家・鹿浜・谷在家の一帯は両社の競合エリアとなった。東武はその後鹿浜以西から撤退したが、現在も鹿浜 - 西新井間では西07(東武バスセントラル足立営業事務所担当、新04系統より改番)が並行し、競合関係が続いている。かつては両社の停留所名や位置が不揃いであったが、2004年4月の改正で整理された。

深夜バス専用路線として新設された加賀団地行(赤23-2)は、鹿浜中学校まで西新井駅行と同じ経路であるが、鹿浜六丁目から先は赤26の経路を途中までたどる。赤23・赤26双方の単独区間沿線客の帰宅の足として設けられた。

2006年6月18日のダイヤ改正から赤羽方向への始発繰上げ目的として、谷在家始発便(赤23-3、現在は西新井大師西駅始発)が新設された。

荒川大橋 - 鹿浜五丁目間は埼玉県運賃区間であり、都内定期券・一日乗車券・東京都シルバーパスの適用範囲外となる。全線通し運賃は都内運賃の210円が適用され、埼玉県内の停留所(荒川大橋を除く)で乗降しない限り、前記の都内専用の乗車券は有効である。

2008年3月30日の日暮里・舎人ライナーの開業に伴って経路を従来の谷在家公園経由から西新井大師西駅を通る経路へ変更したが、前記東武バス西07は従来通り谷在家公園経由を維持している。

[編集] 赤羽駅 - 環七 - 西新井駅・舎人線

  • 赤26 : 赤羽駅東口 - 東十条四丁目 - 鹿浜橋 - 椿二丁目 - 加賀団地 - 入谷東 - 舎人団地(共管の川口営業所の項を参照)
  • 赤27 : 赤羽駅東口 - 東十条四丁目 - 鹿浜橋 - 椿二丁目 - 西新井大師 - 西新井駅(往復深夜バスを運行)
  • 赤27-2 : 赤羽車庫 - 東十条四丁目 - 鹿浜橋 - 椿二丁目 - 西新井大師 - 西新井駅(出入庫、赤羽車庫行深夜バスを運行)

環七通り経由で西新井に至る路線である。赤26(川口営業所参照)と約16 - 20分間隔で交互に赤羽駅を発車し、両線の並行区間はほぼ終日8 - 10分間隔での運行となっている。かつては全便が西新井警察署までの運行であったが、2002年1月に西新井駅まで延長された。同時に赤羽駅→西新井駅、西新井駅→赤羽車庫において深夜バスの運行を開始したが、2004年7月16日の増発により、このうち赤羽車庫行の大半が赤羽駅行に改められている。

[編集] 赤羽駅 - ハートアイランド線

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
  • 赤25 : 赤羽駅東口 - 東十条四丁目 - {ハートアイランド西→ハートアイランド東}(ハートアイランド循環)
  • 赤25-2 : 赤羽駅東口→東十条四丁目→ハートアイランド西→ハートアイランド東
  • 赤25-3 : 赤羽駅東口←東十条四丁目←ハートアイランド東←ハートアイランド西

赤羽駅と足立区新田地区を結ぶ路線で、2008年3月30日に開設された。ハートアイランド地区はハートアイランド北を基点とする反時計回りのループ線となっている。

今回の開通に際して新田二丁目の赤羽駅方向のみ新設バス停で、他は既存路線のバス停を利用している。また、ハートアイランド方向は新田小学校を通過する。

需要ターゲットは、ハートアイランド地区から、池袋・新宿・渋谷・大宮方面へのアクセス客を目的としたものである[1]。なぜなら、従来の都営バスを使った王子駅経由より赤羽駅経由のほうが、JR埼京線のみで池袋・新宿・渋谷・大宮方面へ行けるからである。このハートアイランド線が開通した後、2008年8月30日に都営バス北営業所#王55系統・深夜11系統の一部便が池袋駅東口まで延伸された。さらに2008年10月16日にはハートアランド線が朝ラッシュ時や夜間に増発をするなど、シェア争いの様相を呈している。

[編集] 赤羽駅 - 高円寺駅線

赤羽駅東口から環七通り上を大和町、豊玉北、野方と経由しながらひた走り、高円寺駅北口に達する路線であり、1966年4月20日に関東バスとの共同運行により開通した。北、板橋、練馬、中野、杉並の東京西北部5区を縦断する国際興業の路線の中では比較的長い路線である。

その路線の性格上、渋滞に見舞われることがしばしばあり、全線所要時間は通常40 - 50分程度だが、1時間以上かかることも珍しくないようである。利用客は京浜東北線都営地下鉄三田線東武東上線、地下鉄有楽町線西武池袋線西武新宿線中央線などの放射状の各鉄道路線間移動者、鉄道空白地帯への通勤通学者が多いようである。東十条四丁目 - 高円寺中学校(都バスの停留所名は高円寺駅入口)間で都バスの王78系統と並行し、共通定期券の取り扱いもある。

以前途中の小茂根まで関東バスの中40系統(中野駅 - 丸山営業所 - 小茂根)が来ていたため、赤羽駅 - 上の根橋間は国際興業のバス停施設が、小茂根 - 高円寺駅間は関東バスのバス停施設が設置されている。高円寺駅北口や野方駅北口などに、関東バス設置のバスロケーションシステムがあるが、国際興業運行便は表示されない。両社の運行あわせて平日日中は20分間隔、朝夕は10分間隔程度の本数が確保されている。高円寺駅北口発車後しばらく関東バスの高60・61と並行するが、赤31・31-2は両社共に、大場通り・八幡前・野方消防署は通過する。

王78都営バスとは時刻調整がされてないようで、2台のバス(都営バスと国際興業バス又は関東バス)が長距離連なって走ることがしばしばある。

[編集] 赤羽駅 - 王子駅線

  • 赤50 : 赤羽駅西口(←弁天通り、赤羽台坂下→)西が丘交番(←国立西が丘競技場、西が丘一丁目→)姥ヶ橋 - 十条駅 - 王子駅
  • 王23 : 赤羽車庫 - 国立西が丘競技場 -(西が丘交番→西が丘一丁目→)姥ヶ橋 - 十条駅 - 王子駅(出入庫)

赤羽駅と王子駅の間を西が丘、十条駅経由で結ぶ路線である。沿線から北区役所や帝京大学病院への連絡線の役割も担い、全便が車椅子乗降用のスロープ板、またはリフト付きの車両で運行される。同所で最初にリフトの指定ダイヤを作成した系統でもある。

この線は、鳩ヶ谷自動車の流れを汲む古い路線であるが、戦前の両駅間を結ぶ運行は岩槻街道を経由して行われており、加えて赤羽駅 - 同潤会入口 - 稲付西町(現・西が丘二丁目付近)、王子駅 - 西町終点(現・上十条四丁目付近)という2つの支線が存在した。

戦後の運行は1950年6月に「王子駅・赤羽駅循環(西町・十条経由)」として始まり、同年11月に循環運転を解消(北区史による)、これにより、支線側のルートを残す形での両駅間の往復線となった。なお、戦後もしばらくは交番前(現・西が丘交番前) - 赤羽駅間において弁天通りではなく1本南側の通り(弁天坂「上」の通り)を経由し、鳩ヶ谷自動車時代の面影を残していたが、1960年代に赤羽駅周辺が弁天通り・赤羽台経由のループ線となり大きく様変わりした。

[編集] 赤羽駅 - 池袋駅線

  • 赤51 : 赤羽駅西口(←西が丘、赤羽台坂下→)蓮沼町 - 大和町 - 豊島病院 - 大山 - 熊野町 - 池袋四丁目 - サンシャインシティ - 池袋駅東口
  • 赤57 : 赤羽駅西口 - [トンネル] - 蓮沼町 - 大和町 - 豊島病院 - 日大病院(本営業所担当は一部のみ。共管先の池袋営業所の項を参照のこと)
  • 赤57-2 : 赤羽駅西口→[トンネル]→蓮沼町→大和町(夜間のみ)
  • 赤97 : 赤羽車庫 - 蓮沼町 - 大和町 - 豊島病院 - 大山 - 熊野町 - 池袋四丁目 - サンシャインシティ - 池袋駅東口(出入庫)

赤羽駅と池袋駅を結ぶ路線である。鉄道駅から離れたエリアを効率よく結んでおり、沿線に豊島病院などの医療施設を抱えることから利用者が多いようである。路線の赤羽側では、赤羽駅 - 日大病院線(赤57)がよく似たルートで走り、折り返し便の役割を担っている。赤57は2002年4月16日の開設当初、池袋営業所と共同運転であったが、2003年11月16日より池袋営業所単独となった。2007年6月16日のダイヤ改正から、赤羽営業所担当便も朝のみではあるが復活している。同ダイヤ改正でこの赤57の区間便にあたる赤57-2を新設、赤羽駅から大和町までの終車が繰り下げられた。

この線の開業は1952年7月30日のことであるが、戦前にも川越街道側から板橋八丁目(現・板橋三中付近)まで池袋乗合によって開通した路線が存在しており、これが形を変えて復活したと捉えることもできる。なお、同日には王子駅と池袋駅の間にも路線が開通し(国際興業バス池袋営業所#王子駅 - 板橋駅線参照)、池袋と板橋区・北区の連絡が強化されている。

[編集] 赤羽駅 - 蓮沼循環線

  • 赤52 : 赤羽駅西口→[トンネル]→赤羽郷→志村一丁目→蓮沼町→西が丘交番→赤羽駅西口(朝のみ、休日運休)
  • 赤52-2 : 蓮沼町→西が丘交番→赤羽駅西口(朝のみ)

赤羽駅西口から志村一丁目まで赤53と同じルートを通り志村一丁目から先は蓮沼町や西が丘を経由し、再び赤羽駅西口へ向かう路線である。この路線は1985年10月1日の開通であり、赤52の系統番号は次で述べる赤羽駅 - ときわ台駅 - 池袋駅線で使われていたものの再利用である。桐ヶ丘循環線の乗り場から発車しているのにも関わらず、志村一丁目までは、ときわ台駅線の、蓮沼町では池袋線の利用客が多く流れている。

[編集] 赤羽駅 - ときわ台駅線

  • 赤53 : 赤羽駅西口(←西が丘交番、[トンネル]→)赤羽郷 - 志村一丁目 - 常盤台三丁目 - ときわ台駅(ときわ台駅行深夜バスを運行)
  • 赤93 : 赤羽車庫 - 赤羽郷 - 志村一丁目 - 常盤台三丁目 - ときわ台駅(出入庫、赤羽車庫行深夜バスを運行)

赤羽駅から西へと向かい、小豆沢・前野町を横断して東武東上線ときわ台駅まで至る路線である。この路線は、沿線にある淑徳短期大学・高校・中学や凸版印刷等へ通勤・通学客が多く利用しており、また高低差が激しい地区を走っていることもあって常に混雑している。朝夕は3 - 6分間隔、日中でも7 - 8分間隔程度の高頻度運行が保たれている、都区内の当社線でも屈指の路線である。特に朝のラッシュ時にはバスが2 - 3台連なってしまう、いわゆるダンゴ状態になることもあるなど、輸送力が逼迫している路線である。そこで、2007年7月から標準尺サイズのエルガワンステップを導入している。

路線の原型は、1957年9月20日に開通した赤羽二丁目(現・赤羽台坂下付近) - 常盤台駅 - 大山 - 池袋駅東口という路線であり、その後常盤台駅までの折り返し便ができ赤羽駅西口発着に変更されたのち、ときわ台駅の東武東上線踏切での渋滞で定時運行を保つことが困難となったために池袋への便が廃止されて折り返し便だけが残るという経過をたどっている。開通当初は巣鴨営業所が担当し、その後練馬営業所が長らく受け持っており、赤羽営業所が担当するようになったのは1970年代以降のことである。ただし、池袋発着時代には日大病院に立ち寄る便があり、1959年からの一時期、これの折り返し便に相当する赤羽二丁目 - 常盤台駅 - 日大病院という線が赤羽担当で運行されたことがある。

[編集] 赤羽駅 - 桐ヶ丘循環線

  • 赤54 : 赤羽駅西口→[トンネル]→桐ヶ丘高校→小豆沢住宅→赤羽郷→[トンネル]→赤羽駅西口(桐ヶ丘循環:桐ヶ丘高校先回り)
  • 赤54-1 : 赤羽駅西口 - [トンネル] - 体育館 - 小豆沢住宅 - 赤羽郷 - [トンネル] - 赤羽駅西口(桐ヶ丘循環:体育館先回り/赤羽郷先回り)
  • 赤96 : 赤羽駅西口 - [トンネル] - 体育館 - 小豆沢住宅 - 赤羽郷 - 赤羽車庫(桐ヶ丘体育館経由出入庫)
  • 赤54-2 : 赤羽駅西口→[トンネル]→桐ヶ丘高校→体育館→[トンネル]→赤羽駅西口(桐ヶ丘高校・体育館循環)

赤羽駅の北西に位置する桐ヶ丘団地の足となる路線である。1960年代に開通した路線であるが、当初は周辺道路が未整備であったため、赤羽駅を出発後、赤羽台坂下・小豆沢住宅を経由したのち、桐ヶ丘団地内を城北高校(現・桐ヶ丘高校)→体育館と循環し、復路は一旦来た道を戻ってから西が丘経由で赤羽駅に至るという、非効率的な変形8の字型の循環線であった。

その後、1970年代に赤羽台三丁目 - 保健所間の道路が開通し、ここを短絡して団地へ向かうことができるようになったことを受け、赤羽駅→桐ヶ丘団地→西が丘→赤羽駅という循環線に一新された。この際、桐ヶ丘団地内において従来の停留所を維持するために、城北高校を経由する便と体育館を経由する便の2ルートが設定され、前者を「外回り循環」(系統番号は赤54)、後者を「内回り循環」(系統番号は赤54-1)と呼称するようになった。また、平成に入り、国立王子病院経由の便(系統番号は赤54-2)が新たに設定された。

1990年代半ば頃になると赤羽台トンネルが開通し、赤羽駅西口周辺の整備が完了したことから、再び大幅なルート変更が実施された。この際、すべての便が往復ともトンネル経由に変更されたため、赤羽駅方向において西が丘を経由する必要がなくなり、運転時間の短縮につながった。また、同時に王子病院経由便は廃止され、新たに往復とも保健所経由で路線長の短い「城北高校・体育館循環」が朝のみ運行されるようになり、赤54-2の系統番号を引き継いだ。

2004年の改正では、赤54-1において逆回りの便(赤羽郷先回り)が運行されるようになり、赤54-2の運転が日中にも拡大されるなど、ダイヤ面での効率化が図られている。現在では、桐ヶ丘団地に昔から住む高齢者、2004年に赤羽北三丁目に建設された東京メガシティの住民、赤羽西六丁目に隣接する光学・製薬企業など、老若男女で混雑する路線となっている。

[編集] 赤羽駅 - 西が丘・赤羽車庫線

  • 赤55 : 赤羽駅西口→[トンネル]→赤羽郷→西が丘交番→赤羽駅西口(西が丘循環、夜のみ、土休日運休)
  • 赤80 : 赤羽車庫→西が丘交番→赤羽駅西口(出入庫)
  • 赤80 : 赤羽車庫→西が丘交番→赤羽駅西口駅前通降車場(出入庫)
  • 赤80 : 赤羽駅西口→赤羽台坂下→赤羽郷→赤羽車庫(出入庫、定期運転なし)
  • 赤80-2 : 赤羽駅西口 - [トンネル] - 赤羽郷 - 赤羽車庫(出入庫、西口行は朝のみ)
  • 赤95 : 赤羽駅東口 - 東十条四丁目 - 赤羽車庫(出入庫、東口行は朝のみ)

赤55は、並行他系統の運行が少ない夜間の近距離輸送を補うために設定された循環路線である。

赤80・赤80-2は、赤羽駅西口と丘陵地である西が丘地区を結ぶ路線である。赤羽駅発着路線の出入庫としての運行がほとんどであるが、多数運転されることから国立西が丘サッカー場へ多客輸送や、王50等の平行路線の混雑緩和の役割も担う。西口行は朝に赤80-2トンネル経由があるほかは、王50等と同じ赤80西が丘交番経由での運行である。一方、車庫行は以前、王50等と同じ赤羽台坂下経由の赤80のみであったが、赤羽台トンネル開通後は設定された赤80-2トンネル経由にへ徐々に振り替えられ、現在は定期便全てが赤80-2トンネル経由となっている。

赤95は、赤羽駅東口発着の各路線の出入庫の役割を持つ路線である。以前、東口発着路線の出庫は、環七通りを経由する赤95東口行でもっぱら行われてきた。現在は赤羽駅の高架化で東西の車両往来が容易になったことにより、赤95東口行の多くを所要時間の短い赤80西口駅前通降車場行に振り替え、朝のみ赤31の補完を兼ねて運転されるだけとなった。ただし、赤95車庫行は現在でも終日運転されている。

[編集] 赤羽駅 - 社会保険病院線

旧・国立王子病院跡地に開院した東京北社会保険病院と赤羽駅を結ぶ往路約1.3km、復路約1.9kmの短い路線である。途中経路の師団坂は勾配が急であるため、通院および周辺地域への交通確保を兼ねて2004年の開院直前に新設された。狭隘区間が多く輸送量が少ないため小型車両(日野リエッセ)が主に使用されていたが、2006年末にさいたま東営業所から転籍したエルガミオ7Mタイプと交換した。終日1台でピストン運転されるため一部時間帯を除き20分間隔となっており、始バスは東京北社会保険病院発で運転を開始し、終バスは東京北社会保険病院着で終了する。

なお、旧「国立王子病院前」停留所は病院敷地をはさんで南側の坂下に位置しており、病院現役当時は桐ヶ丘循環の一部が立ち寄るのみであったが、現在は「東京北社会保険病院入口」と称しており、赤02(志村営業所担当)が終日経由している。

[編集] 赤羽駅 - 戸田公園駅線(深夜バス)

  • 赤71 : 赤羽駅西口→北赤羽駅入口→浮間団地→浮間工場街→浮間舟渡駅
  • 赤72 : 赤羽駅西口→北赤羽駅入口→浮間団地→浮間工場街→浮間舟渡駅→戸田公園駅

赤72は、赤羽営業所で唯一、後乗り・後払いである。また深夜バスではあるが、一般系統が戸田橋を越え、埼玉県に向かうのは、埼京線開通による廃止以来である。


[編集] 廃止路線

  • 赤04 : 赤羽駅東口~赤羽北二丁目~浮間五丁目~公害研究所~蓮根中央~西台駅~高島平操車場

[編集] 車両

全車両がいすゞ自動車製で統一されている。ただし、赤羽駅 - 社会保険病院線の事項にも記述している通り、日野自動車製の車両が在籍していた時期もあった。

混雑する系統を多く抱える同所では、自前の6000番台と立席部分に優れる他所の6600番台のトレードを何度か行っている。ツーステップバスの9000番台を転属させることも多いようである。 しかしツーステップバスは当然除籍が続き、現在の短尺ワンステップバスではそれほどの収容力が得られないことから、2007年を皮切りに標準尺のエルガワンステップ車が大量に導入された。このバスは中扉向かい側の座席を配置しないなど、収容力を徹底的に重視しているのが特徴である。

その為、本来、東京23区内で高齢化率第2位[2]の北区に多くの路線を持つ営業所にも関わらず、ノンステップバスは少数しか導入できず、また、国際興業として初めてノンステップバスを除籍している(3005号車/LV832L)。しかも故障などは一切無いにも関わらず、新製配置から10年も経たないうちに除籍という、異例中の異例であった(他に東武バスの中型車で同様の例がある)。

[編集] 脚注

  1. ^ 国際興業バス<最新の路線の新設・運転時刻の変更のご案内>2008年3月24日付より
  2. ^ 平成20年度北区施策評価

[編集] 関連項目

最終更新 2009年9月9日 (水) 16:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【国際興業バス赤羽営業所】変更履歴

ご利用上の注意