土佐稲荷神社
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| 土佐稲荷神社 | |
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| 所在地 | 大阪府大阪市西区北堀江4-9 |
| 主祭神 | 宇賀御魂大神 |
| 社格等 | 郷社 |
| 例祭 | 3月20日・10月12日 |
土佐稲荷神社(とさいなりじんじゃ)は、大阪府大阪市西区にある神社である。旧社格は郷社
目次 |
[編集] 歴史
創建の由緒は不詳であるが、長堀川畔の土佐藩蔵屋敷に古くから鎮座していた。天正年間の創建とも、明和7年に伏見稲荷を勧請したものとも伝わる。享保2年(1717年)、藩主山内豊隆が社殿を造営して蔵屋敷の鎮守社とし、一般の参拝を許した。以来、山内家は参勤交代で大坂を通る際には必ず当社に参拝し、社殿の修繕は藩費で行われた。
1868年のフランス兵殺傷事件の折、明治政府がフランス公使ロッシュの要求を容れて20名が切腹することになり、29名の者が、この神社で、籤を引いて決め、翌日堺の妙国寺へ護送されたという(堺事件)。
明治初年、土佐藩蔵屋敷とともに当社は岩崎弥太郎に譲り渡された。岩崎弥太郎は当地で事業を営み、三菱の発祥の地となる。岩崎弥太郎は社殿の造替を行い、郷社に列格した。
第二次大戦の大阪大空襲で社殿をほぼ全焼した。灯籠などが焼けこげているのは、その名残である。
[編集] 施設
境内は江戸時代より桜の名所としても有名で、宝井其角の「明星や桜定めぬ山かつら」の句碑がある。境内の桜は大阪大空襲で全焼したが、戦後、若木が植えられ、桜の名所として復活した。神社の東側に岩崎弥太郎の邸宅跡を示す碑がある。神紋には三菱グループを表す「スリーダイヤ」が入っており、三菱グループを構成する多くの企業が神社を囲む玉垣を寄進している。第12代横綱陣幕久五郎が寄進した狛狐が現存する。
[編集] 交通アクセス
[編集] 外部リンク
- 三菱グループについて - 三菱人物伝 - 岩崎彌太郎物語 - 藩邸と土佐稲荷
- 日本郵船 航跡 第47回 土佐稲荷
- 土佐稲荷神社(大阪市コミュニティ協会)
- 土佐稲荷神社(神奈備)
最終更新 2008年9月8日 (月) 01:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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