土方氏
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土方氏(ひじかたし)は、日本の氏族(武士)。安土桃山時代から江戸時代にかけての大名家(外様大名)。清和源氏宇野氏流。家紋は左三つ巴。
源満仲の次男頼親の子孫で、宇野親治の孫秀治のときに大和国(奈良県)土方村に居住して土方太郎を称した。下って土方信治のときに織田信長の家臣となった。
その子土方雄久は織田信雄に仕え、伊賀国攻めの功により信雄からその諱の一字を与えられ、尾張国(愛知県)犬山城4万5000石の領主となったが、信雄の改易により領地を失って豊臣秀吉に仕えた。慶長4年(1599年)雄久は徳川家康暗殺の容疑で、息子土方雄氏とともに常陸国(茨城県)の佐竹義重に身柄を預けられた。父子は関ヶ原の戦いのときに許され、慶長5年に越中国布市藩1万石(富山県)の初代藩主となった。雄久の死後は次男の土方雄重が継ぎ、元和8年(1622年)陸奥国窪田藩2万石(福島県)の藩主となったが、貞享元年(1644年)土方雄隆のときに後継者を巡る内紛が原因で改易となった。この雄重の系統はその後も旗本として存続している。
他方、雄氏は徳川秀忠に仕え、慶長5年(1600年)伊勢国三重郡内(三重県)に1万石、近江国(滋賀県)内に2000石を与えられ、伊勢国菰野藩(三重県三重郡菰野町)の初代藩主となった。菰野藩1万2000石は幕末まで存続し、明治17年(1884年)土方雄志が子爵になった。
[編集] 系図
太線は実子、細線は養子。
信治 ┃ 雄久 ┣━━━━━━━┓ 雄氏 雄重 ┣━━━┓ ┃ 雄高 氏久 雄次 ┃ ┃ 雄豊 雄隆 ┃ 豊高 ┃ 豊義 ┣━━━┓ 雄房 雄端 ┣━━━┓ 雄年 木下俊直 | ┃ 雄貞 義苗 ┃ 雄興 ┃ 雄嘉 ┃ 雄永 | 雄志
[編集] 関連項目
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