土田晃之

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 土田 晃之
本名 同じ
ニックネーム ツッチー
生年月日 1972年9月1日(37歳)
出身地 埼玉県大宮市
血液型 AB型
身長 183cm
方言 標準語
最終学歴 東京アナウンス学院
コンビ名 U-turn(解散)
相方 対馬盛浩(元相方)
芸風 漫才コント(ボケ)(コンビ時代)
立ち位置 左(コンビ時代)
事務所 太田プロダクション
活動時期 1992年 - 現在
同期 ココリコジャリズム
現在の代表番組 オレたち!クイズMAN
過去の代表番組 ウィークワンダー
銭形金太郎
フューチャーガールズ
配偶者 既婚
公式サイト プロフィール
  

土田 晃之(つちだ てるゆき、1972年9月1日 - )は、東京都練馬区生まれ、埼玉県大宮市(現:さいたま市)育ちのお笑い芸人。血液型は、AB型。身長183cm、体重73kg(2009年7月時点[1])。埼玉工業大学深谷高等学校(現:正智深谷高等学校)卒業。所属事務所太田プロダクション

目次

[編集] 概要

1991年、お笑いコンビU-turnを結成し、1992年にデビュー。2001年に解散しピン芸人に。

愛称は「ツッチー」。ポーカーフェイスと冷静な口調を特徴とし、絶妙なタイミングのツッコミコメントを得意とする。メインを張るタイプではないが「スーパーサブ」の地位を確かなものとしている[2]

趣味は広範囲に渡り、サッカーアイドルからアニメ(とくにガンダム関連)まで幅広く、またその関連の仕事も多く、自らをヲタク芸人だと称している。また、最近(2008年)では「家電芸人」としてメディアで家電について熱く語っている。CX『ごきげんよう』で発表した自分の脳内円グラフによれば、2007年末の時点で、家のローン(50%位)ガンダム(45%位)サッカー(3%位)その他(2%位)の関心度とのこと。

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

1972年、東京都生まれ、埼玉県育ち。3人兄弟、弟の1人はテレビ局で大道具として働いている[3]。父親(1942年生まれ[4]北海道出身[3])はかなり厳格であり、それに関するエピソードを度々披露している[3]

[編集] 学生時代

小学生時代のIQは140だった[5]

「元不良」をセールスポイントとしている。本人は「『元不良』は『なんちゃって』」「ヤンキーではなく文学少年」などと茶化しており、その真偽は不明。ただし、『中井正広のブラックバラエティ』『明石家さんちゃんねる』等の番組でリーゼントの髪型にした学生時代の土田の写真が公開されており、たまに語られる「学生時代はよくカツアゲをしていた」などの高校時代のエピソードから、事実だと推測される。ヤンキー時代の写真をTVで公開した際は「こういう格好をするのが好きなフツーの子」と言っている。

[編集] U-turn時代

詳細は「U-turn」を参照

専門学校時代に相方と出会い、「元不良と元生徒会長」のアンバランスさを売りにしたお笑いコンビU-turnを結成。専門学校の後輩には、原口あきまさはなわがいた。また、専門学校の講師の中にブッチャーブラザーズがいた。

タモリのボキャブラ天国』など数々のお笑い番組やライブで活躍するが、2001年に土田の相方へのいじめが原因で、相方が事務所に「ストレスが原因で、吐き気やむかつきがおさまらず、胃腸もかなり悪いので、芸能活動は無理」として活動を休止、そのまま引退・転職したため解散を余儀なくされた。引退することは相方本人からではなく、事務所を通して土田に伝えられたくらい仲が悪かったとのことで、相方からはその後「二度と俺の顔をテレビで出さないでくれ」と通達が届き、それ以来土田の懐かし映像では土田の元相方は顔に「(元)相方」とモザイクがかけられている。

[編集] ソロ活動

ピン芸人になってからのスタンスは「目立たないように」。それゆえに全体の進行を妨げないということでトーク番組などでゲスト要員として重宝されている。自らを「雛壇芸人」と位置づけていることからもわかるように、メインではない位置で力を発揮するタイプで、一般的なバラエティー番組での巧妙な立ち回りぶりを見せ、トークも場面に合わせたコメントを繰り出すことで定評がある[2]。近年は特番などで女性タレント(主に中川翔子など)と一緒にMCを勤めることもある。雛壇芸人としては今田耕司東野幸治に影響を受けたと語っており、「あの2人がいなかったら、今の僕はないと思います」と『アメトーク』で述懐している。

U-turn時代はボケ担当だったが、現在はツッコミ寄りの存在として扱われる事が多く、先輩芸人(主に上島竜兵など)にも「何なの??」「何がしたいの??」など、厳しく鋭いツッコミを入れることもある。特にお気に入りのフレーズは「死ねばいいのに」。

事務所に所属してから3ヵ月後にレギュラー番組を持ち、仕事がなくなることもなければブレイクすることなく少しずつ年収が上がっていったことから、自らを「サラリーマン芸人」と語っている[6]

[編集] 人物

[編集] 趣味

前述のように、土田は自らをヲタク芸人だと称しており、その趣味は幅広い。

[編集] ガンダム関連

自他共に認めるガンダムファン。ガンダム好きになったきっかけは、中学生の頃に見た『機動戦士Ζガンダム』だったという[7]。禁酒と禁煙をした今では、ガンダムのDVDを見るのが唯一の楽しみだと発言した事がある。以前は『機動戦士Ζガンダム』が一番好きだったらしいが、最近では『機動戦士ガンダムSEED』シリーズが一番のお気に入りで、ガンダムエースのコラムで度々絶賛をしていた。『ダウンタウンDX』でガンダムの面白さを一言で語ってほしいと浜田雅功に聞かれた時には「一言で語れるわけないじゃないですか!それぞれのシリーズに面白さがあるんですよ!」と激昂していた。

雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!」において、ガンダムが大好きな芸人を集めてトークする「ガンダム芸人」の企画を持ち込んで実現させた。フジテレビで放送された特番『専極』のガンダムクイズで見事に優勝し、土田にサンライズ認定のゴールドプレートが贈呈され、サンライズの社長室に飾られた。『すくいず!』の「世界一キモいクイズ」でガンダムオタク代表として出演し、バンダイの1/12スケールのガンダム(ほぼ人間サイズで価格35万円)を購入して夫人ともめたと発言した。

娘の名前を『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』のヒロイン・アイナ・サハリンを元に名付けた[8]。アイナ役の声優井上喜久子と対談を行っており、その際、井上は「アイナ・サハリンから名前をとった事を知ってから土田さんの事が気になりだして、土田さんが出演されている番組を見るようになって今は陰ながら応援しています」と述べている。『機動戦士ガンダム00』の前夜祭番組『ガンダム00披露宴』で、男の子が生まれた場合はキラ・ヤマトシン・アスカカイ・シデンの3つの名前になると候補を挙げていたが、嫁がそれを反対しているためガンダムとは関係の無い別の名前になるかもしれないと言っていた。

2007年6月27日放送の『世界バリバリ★バリュー』出演の際、過去にサンライズ公認で特注で制作した『ツチダ専用ザク』を紹介した。このザクは通常のザクと比べ、頭部が少々大きい。

ガンダム関連のイベントや番組にも多数出演している。また、2009年に雑誌『ガンダムエース』で5年間連載していたものをまとめたサンライズ公認本『土田晃之のガンダムにもの申す!』を出版。

[編集] サッカー関連

サッカー好きでもあり、名波浩のヴェネチア時代ユニフォームと三浦淳宏の2004アジアカップのアウェイのユニフォームを当人からもらうなど、自分の部屋がサッカーグッズで溢れている。現在は浦和レッズサポーターである。しかし最近は『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』で、サッカー熱も冷め気味だと自身で語っている。

明石家さんまとはサッカー仲間でさんまのサッカー番組に出演した際にもさんまとサッカートークを繰り広げている。

2006年ドイツでの2006 FIFAワールドカップの際、スカイパーフェクTV!のレポーターとして現地に赴いており、日本の初戦であるオーストラリア戦観戦後のレポートで当時の代表監督だったジーコを暗に非難した上で「ジーコをすぐクビにしてイビチャ・オシムを(監督として)呼べ!」と発言をした。ちなみに同年、本当にオシムが代表監督になった。また『スーパーサッカー』出演時には、ジネディーヌ・ジダンマルコ・マテラッツィ頭突きをしたニュースを放送した際に「ジダンは悪くない。街でマテラッツィを見かけたらボコボコに蹴り入れてやる!」等、過激な発言をした。しかし一連のジーコ批判をする一方でジーコのモノマネを持ちネタにしている。

彼自身はサッカーはあまり得意でない。『内村プロデュース』の「スーパー小学生に勝利するをプロデュース〜フットサル編〜」ではピンチヒッターとして参加するも失態をさらし、メンバー全員から『なにやってんだよ』『駄馬が』『ノロマが』等の罵声を浴びた。以降この番組の同シリーズにおいては「助っ人として呼ばれるも、特に役に立たなかったため敗因を押しつけられる役」として出演することが慣例となる。しかしリフティングは中々の腕前である。NHKのテレビ番組、「未来観測 つながるテレビ@ヒューマン」に出演し、Wikipedia特集に触れられた際に「自分は高校時代にサッカー部に入ったことすらないのに、インターネット上で、サッカー部で埼玉県代表選手に選ばれたことがあることになっている」と述べた。なお、この時の話題はWikipediaについてだったが、『インターネット上』としか言っていない。

学生時代は肥満体で動きが鈍く、そのことから好きなサッカーではディフェンダーを押し付けられ、なおかつ活躍することが殆どなかったという。自身は「昔不良になった経緯は好きなサッカーで活躍もできず、嫌になったため」と『ジャンクSPORTS』内で語っている。また、同番組内で「Jリーガーの選手数人と一緒に合コンに参加した時、女の子そっちのけでJリーガーとばかり話していて顰蹙を買ったことがある」と言う程サッカー好きだったことを話した。

最近はフットサルを後輩芸人達とやっており、メンバーにどきどきキャンプの岸学などがいる。

[編集] その他趣味

ジブリ映画、『ドラゴンボール』、最近の作品では『鋼の錬金術師』など、幅広くフォローしている。『鋼の錬金術師』に関しては、品川祐とともに、アニメと漫画、劇場版を大絶賛している。

ケロロ軍曹』好きでもある。映画『超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ 天空大決戦であります!』のオープニングテーマ「ケロッ!とマーチ2008」で柳原可奈子とデュエットし、flying DOGから2008年2月27日歌手デビュー。土田はU-turn時代から歌手デビューを拒み続けていたが、劇場版ケロロ軍曹の主題歌ともあって快諾した。

女性アイドル好きとしては、おニャン子クラブのファンだった事をテレビで時々アピールしている。特に工藤静香の大ファンで、高校時代は親衛隊に所属していたと「めちゃイケ」のおニャン子特集で語っている。『爆笑問題の検索ちゃん』では工藤ファンにも拘らず我妻佳代の親衛隊に入っていたと発言。ネット上では「怖い先輩に無理やり入れさせられた」となっているが、本人はこれを否定。実際は我妻のイベントに言った際、その後隊長からの「親衛隊に入りたい人」の呼びかけに、土田がおニャン子全体の親衛隊だと思い入隊を希望したが、実際には我妻の親衛隊だった、との事。なお、おニャン子につぎ込んだ金額は総額約200万円にも及んだとバラエティなどで語っている。

最近のアイドルではPerfumeが好きで、DVDの付いたアルバム『GAME』の初回限定盤を妻と共に探し回って購入している[9]。『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』出演時にはPerfumeの目の前で、「Baby cruising Love」「Dream Fighter」の完璧なダンスの振り付けを披露してPerfumeを喜ばせた[10]。『レコ☆HITS!』で「Perfume芸人」を公言し、懐かしくカッコイイ楽曲、3人の性格の良さ、ダンスのカッコ良さなどを話し、イチ押しソングは「Baby cruising Love」、夫人の誕生日があ~ちゃん(西脇綾香)と同じ(2月15日)であり、彼女達の素晴らしさを世界中に知らしめたいと語った[11]

家電が好きで「家電芸人」のひとり。2009年にアイシェアリサーチが行った『最も影響力のある芸能人』の家電芸人部門の1位に選ばれた[12]。特に炊飯器冷蔵庫などの白物家電が好き。その一方でパソコンが大の苦手で「あれは家電じゃない」と言い切っており、同じ家電芸人仲間の劇団ひとり品川祐を唖然とさせる[13]。また色々な家電量販店のポイントカードを持っていたが、期限切れでポイントが失効してしまう事が多く、ならば1店に絞ろうという事でビックカメラに限定。その甲斐もあってポイントが2009年3月現在、70万ポイント以上(70万円以上相当)貯まっている。目標は100万円。このポイントは貧乏になった際、家電が壊れたときにこのポイントで新しい家電を買うために使わないでいる[14]

[編集] 愛妻家・子煩悩

1998年に結婚(土田25歳、夫人22歳時)[15]。夫人(千葉県出身)は元U-turnのファンだった。子供が生まれるたびに都内から離れていくと語り「貧乏子だくさん」が印象付けられた。実際は3人しか居なかった為、明石家さんまから意外と少ないと言われていた。最近では、4人目の子供(男子)が生まれたために名実ともに「子沢山」となった。また「僕自身は6人子供が欲しいけど、奥さんが4人でいいって言っていたから間を取ってあと1人生みたい。」と「踊る!さんま御殿!!」で発言していた。なお、長女からは「とと」と呼ばれている[16]

夫人との会話が一番楽しいらしく、ラブラブであると、「銭形金太郎」などで複数の番組で発言している。気が付いたら朝まで話していたことも頻繁にあるとのことで、本人曰く「正直、テレビに出ているときより妻と話しているほうが楽しい」とのこと[17]。また、『世界バリバリ★バリュー』の最終回スペシャル[18]では「妻とキスをしてから出かける」とコメントしている。「娘にも早く結婚してもらいたい。そうすれば、嫁との時間が増える」とも発言している。2007年、夫人が第4子を妊娠した際につわりがひどく入院した為、3ヶ月ほどの育児休暇をもらい子育てに専念した[19]

2009年、オリコンが10・20代の男女を対象に行ったアンケート『理想の父親だと思うお笑い芸人』で山口智充に次ぐ2位となった[20]

[編集] その他

顔が大きいことや、顎のしゃくれっぷりをよくネタにされる。自分からネタにしてしまうこともある。よく似ていると言われる有名人は与謝野晶子ジャイアント白田子安武人畠山和洋、ハジメ(フォーリンラブ)、井川修司(イワイガワ)。また、女装すると山田邦子にそっくりなのは自他共に認めるところである。爆笑問題田中裕二の発言がきっかけで[21]、2007年初めごろから顎髭を生やすようになり、現在では土田のトレードマークとなっている。ただし、公式プロフィールでは2008年10月頃まで顎髭無しの写真が使われていた。

彦摩呂モノマネを得意ネタとしていた。彦摩呂の「味のIT革命や!」、「まるで宝石箱や!」などの台詞は、実は全て土田がモノマネ番組に出演時に独自に考案し発表したフレーズである。両人ともこのモノマネが彦摩呂がブレイクするきっかけであると認識している。フードファイター白田信幸に似ていて、過去に土田が白田のモノマネをした事もある。

とんねるずのみなさんのおかげでした』の1コーナー『トークダービー』に出演した際、「みなさんのおかげです」初期の7年間はずっとビデオに録画していたと語っていたが、過去に番組でとんねるずと絡む事は殆ど無かった。

昔から共演の多く、同じ雛壇芸人ともいえる東貴博と非常に仲がいい。『爆笑問題の検索ちゃん』ではコンビでなつかしの他のボキャ天芸人のネタを披露した。この時「爆笑問題のためだけにやった」と語っている。また毎年一緒に初詣に行くとクイズ雑学王(2007年-02008年の年越し雑学王)で言っている。ただ普段は土田の性格からくりぃむしちゅーなどと一緒に打ち上げなどで東のことを「面白くない」などとボロクソ言っているらしい[22]

『フューチャーガールズ』の共演者だった磯山さやか熊田曜子和希沙也とも仲がよく、食事を共にすることもある[23]

ペナルティワッキーとは、番組上では土田がワッキーを嫌っているように振舞うことが多い。これは、「アメトーーク」で土田の持ち込み企画「華の昭和47年組芸人」において、話題についていけず誤魔化していたワッキーに土田がキレたのが発端である。土田が実際に嫌っているのかテレビ用の設定なのかは不明だが、ワッキーは「土田のせいでストレスにより嘔吐したことがある」「本当に土田が怖い」などと語ったことがある。ちなみに、土田とワッキーは同じ練馬区立南町小学校に入学している。ただし、クラスが異なり、しかもワッキーが1年生の3学期に転校していったため、実際に同じ学校だったのは昭和54年4月から55年1月の10ヶ月間だけで、その事実を知ったのは両者とも2008年頃である[24]。また、ワッキーのことを番組では彼の本名である「脇田」と呼んでおり、相方のヒデには自身同様トークが上手く、年上であることもあってか「ヒデちゃん」と呼んでいる。

事務所の先輩で、土田より12学年上の上島竜兵を呼び捨てで呼ぶときがある。呼び捨てで呼ぶようになったのは、上島が「相談に乗ってやる」と言ってきたにも関わらず、泥酔し「俺はこれからどうすればいいんだ!」と逆に相談されたのがきっかけである[25]

イラストが非常に上手い。2人の子供が通う幼稚園の運動会で、保護者が何か子供の為にイラストを描かなければならなくなった事から、子供からせがまれて「ケロロ軍曹」と「Yes! プリキュア5」を描いた際には、ケロロ軍曹のイラストは他の保護者からも注目の的となった。しかし、プリキュア5のイラストは隅の方に吊るされていた為、殆ど目に付く事は無かった。ダウンタウンDX出演時に両方のイラストの実物を披露した際にも、ダウンタウンなど他の出演者からその腕前を絶賛されていた。

漬物全般が大嫌いで、中でもたくあんが特に苦手。秘密のケンミンSHOWで、静岡県浜松市のたくあん入りお好み焼き(遠州焼)を試食する際に、「自分が一番好きなものはお好み焼きで、プロフィールに書くほど本当に大好物なんです!」と言う一方で、「一番嫌いなものがたくあん。まさに究極のコラボです」とも発言。実際に一口試食しても、たくあんの味がしたせいか、「これはダメですね」とたくあん克服とはいかなかった。

世間のイメージと正反対で、クイズの一般常識などが苦手。特に歴史の知識はまったく無いと自分で言っている。ただ、雑学系の問題は得意で成績もそこそこよい。『クイズ!ヘキサゴンII』に1回だけ出演経験があり[26]、「行列早抜けリレークイズ」で中々抜けられなかったのを島田紳助に突っ込まれると、「僕は色んな番組のイメージから勝手に『頭が良い』とか思われているけど、実はそんなに頭良くないんです!」と語った。ちなみに本人曰く、「偏差値45ぐらいの人が一番話しやすい」とのこと。ちなみに、この時の土田の成績は20点で14位だった。

英語が大の苦手である。英語はおろかローマ字もまともに習得しておらず、自分の名前は書けるが苗字をローマ字で書くことができないと語っている[27]。ちなみにローマ字が解からないのでパソコンが打てない。パソコンをローマ字の並列で打つことだけは認識している。

ハリウッド映画『DRAGONBALL EVOLUTION』のオファーがきたが、スケジュール的な問題で断っている。ちなみに役柄は「持っていたドラゴンボールをピッコロに奪われて殺される役」だったとのこと。断った理由として自分はバラエティに出られればいいのでドラマには興味が湧かないとのこと[28]だが、実際の所はマネージャーから他の仕事が入っているので、なるべくなら断ってと言われていた事実もある[29]。この話は色んな番組でネタにしていた。

普段の立ち振る舞いなどからも、一見肉体的にも精神的にも頑健そうに見えるが、実際はストレスをためやすい性格で、ロケの仕事が苦手。コンビ解散後、リポーターの仕事が増え、ロケが続いたところ1年に3回、十二指腸潰瘍を患った。事務所と相談し、ロケの仕事を減らした途端に治ったという[30]

現在の愛車はホンダ・エリシオン。エリシオンの前は同じホンダの2代目オデッセイプレステージVZの本革に乗っていたが、子供が増えたため気に入っていたが乗り換えた[31]。 又、一番下の弟も2代目ステップワゴンに乗っている程のホンダ党だが、これらはホンダディーラーに勤めている叔父より購入していると以前インタビューで話している。

[編集] 出演

[編集] 現在の出演番組

レギュラー
不定期

[編集] 過去の出演番組

[編集] 連載

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 2009年7月5日放送回『うたばん
  2. ^ [[1]]. Techinsight. (2009年07月18日). http://japan.techinsight.jp/2009/07/miura200907181018.html 
  3. ^ 2009年6月21日放送回『うたばん』より
  4. ^ 2009年6月8日放送回『浜ちゃんが!』より
  5. ^ 2009年6月29日放送回『サプライズ』より
  6. ^ 2009年4月2日放送回『森田一義アワー 笑っていいとも! テレフォンショッキング』より
  7. ^ [[2]]. オリコン. (2007年08月30日). http://career.oricon.co.jp/news/47591/ 
  8. ^アメトーーク』など複数の番組で発言。
  9. ^ 2008年11月15日放送回『Perfumeの気になる子ちゃん』にて本人談
  10. ^ 2009年7月6日放送回
  11. ^ 2009年7月28日放送回『レコ☆HITS!』より
  12. ^ [[3]]. アイシェアリサーチ. (2009年05月12日). http://release.center.jp/2009/05/1201.html 
  13. ^ 2009年3月27日放送回『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク! Noパソコン芸人』より
  14. ^ 2009年3月26日放送回『はなまるマーケット はなまるカフェ
  15. ^ 2006年12月3日放送回『あっぱれ!!さんま大教授』より
  16. ^ 2009年5月15日放送回『僕らの音楽』で対談相手の阿部真央に長女との仲を聞かれた際に答えた。
  17. ^ 2006年9月20日放送回『グータンヌーボ』より
  18. ^ 2008年3月19日放送回
  19. ^ 2007年12月17日放送回『徹子の部屋』より
  20. ^ [[4]]. オリコン. (2009年06月21日). http://career.oricon.co.jp/news/67066/full/ 
  21. ^ 正月休みで適当に顎鬚を生やしており、『爆笑問題の検索ちゃん』の収録前にメイク室で剃ろうと思ったところ、田中裕二に「いいじゃん!そのまま出ちゃえよ!」といわれたのがきっかけだった(2009年9月11日放送回『爆笑問題の検索ちゃん』より)。
  22. ^ 『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』より
  23. ^ [[5]]. さやかの日記. (2008年04月19日). http://isoyama-sayaka.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_ce5d.html 
  24. ^ 2008年9月25日放送回『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク ゴールデン3時間SP』内の企画「華の昭和47年生まれ芸人」冒頭で発言。
  25. ^ 2009年4月10日放送回『爆笑問題の検索ちゃん』より
  26. ^ 2005年11月9日放送分。
  27. ^ 2008年12月5日放送回『ライオンのごきげんよう』、2009年7月11日放送回『SmaSTATION』など
  28. ^ 2008年9月19日放送回「爆笑問題の検索ちゃん」より
  29. ^ 2008年12月3日放送回『ライオンのごきげんよう』より
  30. ^ 2009年7月12日放送回『スクール革命!』より
  31. ^ ホンダステップワゴンサイト内「土田晃之さんが新型ステップワゴンをチェック!」 より

[編集] 外部リンク

先代:
-
フジテレビ
ジャンクSPORTS
スペシャル企画
平成教育ジャンクSPORTS学院
歴代優勝者
(第1回・2007大晦日決戦)
次代:
有村智恵須藤元気
(同点優勝)

最終更新 2009年11月20日 (金) 10:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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