坂田三吉 (ドカベン)
坂田三吉 (ドカベン)の最新ニュースをまとめて検索!
| 四国アイアンドッグス #7 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府 |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 左翼手、投手 |
| プロ入り | 1994年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 1995年4月1日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
坂田 三吉(さかた さんきち)は、漫画『ドカベン』に登場する架空の人物。
目次 |
[編集] 人物
- 大阪府・通天閣高校のエースで4番。左投左打。長身から繰り出す速球が武器の好投手。
- ゴルフスイングのようなフォームから、高さ100メートルを超え、さらに落ちるに従ってスライスしていく超フライをあげて落球を誘い、ランニングホームランを狙う通天閣打法を持つ。
- 打者としてはミートがうまく(近鉄時代はチーム一ミートがうまいとか、殿馬に匹敵するとも言われた)、打点が多い(山田と打点王争いをしたこともある)のが特徴。
- 大阪・ミナミの長屋に祖母(お鹿バア)と同居している。速球とコントロールの良さも、日々の糧を得るために野良犬に投石して捕えていた生活を繰り返していたことから生まれたもの。
- 甲子園大会優勝旗の周りの金糸をマニアに一本10万円で売りつけようと考えるなど(未遂)、かなり金にうるさい性格。しかし、3年春のセンバツでは、関東大会で肩を痛めていた里中に、密かに知り合いの整体師を紹介するなど、意外に人情家の部分もある(結果、試合に敗れて敵に塩を贈る形になったが、本人は満足していた)。
- 名前の由来は、将棋棋士の阪田三吉。
[編集] 経歴
[編集] 高校時代
- 1年夏は大阪府予選決勝の浪商戦で完全試合を達成。甲子園では開幕試合で明訓高校と対戦。山田の適時打で先制されるも、9回に自らの通天閣打球で同点とする。しかし、10回に伏兵・北と里中に連打を浴び、3-1で敗れた。
- 2年夏の甲子園では、賀間剛介率いる甲府学院と決勝で戦い、22三振を奪うとともに通天閣打法でサヨナラランニングホームランを放ち、優勝を果たす。
- 夏春連覇を狙った3年春の甲子園では、再び開幕試合で前年春を制した明訓高校と対戦し、敗戦。
- 3年夏の大阪府予選では、藤村甲子園の双子の弟・球二、球三のバッテリー率いる南波高校に決勝で敗れ、甲子園大会に出場できなかった。
[編集] プロ時代
- 1995年、ドラフトのハズレ1位で近鉄バファローズに入団。同年の開幕戦(日本ハム戦)で、ルーキーにして開幕投手を任されるが、同じルーキーの不知火守にノーヒットノーランを達成され、敗戦投手となる。
- チームメイトの広仲塁とは、バッテリーを組むなど仲がよかった。1996年の開幕戦では、高々と球を投げ上げる「通天閣投法」で山田から三振を奪い、その後捕手となって広仲の球を受け、勝利を収めた。
- 1997年、近鉄の大阪ドーム移転を機に野手に転向。ポジションは外野手(一塁手として出場したこともある)。
- 1997年の開幕戦(ロッテ戦)で、スイングの性質上インハイのストレートは通天閣打法で打てないことを見抜かれ、里中智に三振を喫し、日本記録となる1試合20奪三振を許す。
- 2004年、四国アイアンドッグスにFA移籍。左翼手のレギュラーとして出場している。打順は主に6番。
[編集] 主な記録
[編集] 高校時代
- 完全試合(1年夏、大阪府大会決勝)
- 甲子園大会一試合22奪三振(2年夏、決勝・甲府学院戦)
[編集] 背番号
|
|||||||||||||||||||||||
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年5月20日 (水) 14:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【坂田三吉 (ドカベン)】変更履歴


