坪田譲治 (作家)

坪田譲治 (作家)の最新ニュースをまとめて検索!

文学
File:Lit.jpg
ポータル
各国の文学
記事総覧
出版社文芸雑誌
文学賞
作家
詩人小説家
その他作家

坪田 譲治(つぼた じょうじ、1890年明治23年)3月3日 - 1982年昭和57年)7月7日)は、岡山県出身の児童文学作家

[編集] 略歴

1890年(明治23年)岡山県御野郡石井村島田(現在の岡山市島田本町)に生まれる。父・平太郎はランプ芯製造会社の島田製織所を経営していたが譲治が8歳の時に逝去し、大学生だった兄が家業を継ぐ。以後会社の内紛が続く。のちに譲治も経営に参加する。(これは、後の小説に反映されることになる。)

1908年(明治41年)早稲田大学文科予科へ入学、童話作家の小川未明と出会い、強い影響を受ける。1926年大正15年)短編小説『正太の馬』を発表、翌年処女短編集『正太の馬』を出版、また雑誌『赤い鳥』に童話を投稿したりするが、プロレタリア文学台頭の中、収入に結びつかず、困窮生活を送る。1935年(昭和10年)山本有三の紹介で『お化けの世界』を雑誌『改造』に発表し、好評を得る。翌年朝日新聞夕刊の新聞小説として連載した『風の中の子供』が絶賛され、幅広い年代層の支持を得て一躍人気作家となる。戦後は、日本児童文学者協会の第3代会長などを務めた。

後年は自らも童話雑誌「びわの実学校」を主宰し、松谷みよ子あまんきみこ寺村輝夫大石真等の後進を育てた。

『お化けの世界』や『風の中の子供』、『子供の四季』などの「善太と三平」物が名高い。全集が三度刊行されている(『坪田譲治全集』8巻本、12巻本。『坪田譲治童話全集』10巻本)。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月16日 (日) 23:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【坪田譲治 (作家)】変更履歴

ご利用上の注意