城宝匡史
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城宝匡史 Masashi Joho 滋賀レイクスターズ No.31 |
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| 名前 | |
| 本名 | 城宝匡史 |
| 愛称 | ジョー |
| ラテン文字 | Masashi Joho |
| 日本語 | 城宝匡史 |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1982年4月24日(27歳) |
| 出身地 | 北海道江別市野幌 |
| 身長 | 183cm |
| 体重 | 83kg |
| 血液型 | B型 |
| 足のサイズ | 29.5cm |
| 選手情報 | |
| ポジション | SG |
| 背番号 | 31 |
| ドラフト | 2005年 ドラフト外 |
| 経歴 | |
| 2005-2007 2007-2009 2009-現在 |
大阪エヴェッサ 東京アパッチ 滋賀レイクスターズ |
城宝 匡史(じょうほう まさし, 1982年4月24日 - )は、北海道江別市野幌出身のプロバスケットボール選手。日本男子プロバスケットボールリーグbjリーグの滋賀レイクスターズ所属。ポジションはシューティングガード。
身長183cm、体重76kg、足のサイズは29.5cm、既婚。ニックネームは「ジョー」。多彩な1対1のスキルと共に、精度の高いミドル・ロングシュートで高い得点力を持つ。
目次 |
[編集] キャリア概観
小学校時代はサッカーをやっており、バスケットボールを始めたのは小学校6年生から。バスケットを始めた理由は、転校した東野幌小学校にはサッカー少年団がなく、クラスメイトにバスケットをやっている人がいたから。一度練習を見に行って「楽しそうだなぁ」と実感し、江別バスケットボール少年団に入団(琉球ゴールデンキングスに所属している菅原洋介とはミニバス時代のチームメイト)。最初で最後の全国ミニバス大会では準優勝をし、中学校でもサッカーをやるつもりだったが、バスケットが面白くなって続けた。
中学は江別市立野幌中学校に入学。2年生時には全中オールスターに選ばれ、ベスト16という成績を残す。3年生時には念願の全国中学校バスケットボール大会に出場するも、予選リーグ敗退。
高校は、北海道大麻高等学校に進学。高校1年生時から試合に出場。そして1年生でいきなりインターハイに出場するも、2回戦敗退。翌年もインターハイに出場するも2回戦敗退。3年生時についに2回戦の壁を破り、ベスト16に進出。この年国体のメンバーにも選出され、見事ベスト8という成績を残す。
大学は、大阪商業大学に進学。1年生時からスタメンなどで試合に出場、1回生・2回生と2年連続でインカレに出場する。3回生時にはチームとしてインカレ出場を逃すものの、個人では関西リーグで得点王を受賞。関西選抜にも選出され、全日本学生選抜では準優勝。翌年も関西選抜に選出され優勝候補筆頭の関東選抜を見事倒し、優勝。
大学卒業後は日本初のプロバスケットボールリーグbjリーグの大阪エヴェッサのチームトライアウトで合格し入団。多くの試合でスタメンとして活躍し、大阪エヴェッサのbjリーグ初代王者(2005-2006シーズン)に貢献。 2006-2007シーズンでは、記念すべき第1回のbjリーグオールスターゲームのメンバーに主催者推薦で選出され、4本連続のスリーポイントを含む計6本のスリーポイントを沈め18点と活躍した。また、スリーポイントコンテストにも出場した。
その後もコンスタントに出場を続けるが、プレイオフでは出場機会がなかった。シーズン後、仲村直人の優先交渉権と引き換えに東京アパッチへ移籍した。 09-10シーズン前に滋賀レイクスターズへ移籍。
[編集] エピソード
2008年1月22日にテレビ朝日の体育の時間のアトラクションKINJIROを完全制覇し、16万円を獲得した。その後、なかやまきんに君と共にスペシャルチャレンジで100万円に挑んだが、両者とも失敗した。城宝はこの16万円を使い、子供たちをバスケットボールの試合に招待すると発言した。翌週には当時チームメイトのトレボーン・ブライアント(現ライジング福岡)も参加したが、動きが慎重すぎたのが災いし、クリアならず。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- 日本のバスケットボール選手一覧
- 大阪商業大学の人物一覧
- 北海道出身の人物一覧
[編集] 外部リンク
- 滋賀レイクスターズ-城宝匡史- (日本語)
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最終更新 2009年10月20日 (火) 13:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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