城福浩
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| 城福浩 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| カタカナ | ジョウフク ヒロシ | |
| ラテン文字 | JOFUKU Hiroshi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1961年3月21日(48歳) | |
| 出身地 | 徳島県徳島市 | |
| 身長 | 167cm | |
| 体重 | 60kg | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | MF | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 1983-1989 1989-1993 |
富士通サッカー部 エリースFC |
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| 監督歴 | ||
| 1993-1995 1995-1996 2002 2003 2005 2006 2007 2008-現 在 |
富士通サッカー部(コーチ) 富士通川崎サッカー部 U-15日本代表、U-14日本選抜 U-16日本代表 U-15日本代表 U-16日本代表 U-17日本代表 FC東京 |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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城福 浩(じょうふく ひろし、1961年3月21日 - )は、徳島県徳島市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。2008年からJリーグ・FC東京で監督を務める。
家族は妻と一男一女。同じくサッカー指導者である城福敬(ジェフユナイテッド市原・千葉U-18監督)は実兄。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 選手時代
徳島県立城北高等学校在学時には、FIFAワールドユースに向けた日本代表候補にも名前が挙がった。1979年に早稲田大学に進学し、ア式蹴球部で活動。全日本大学サッカー選手権での準優勝に貢献した。ア式蹴球部時代のチームメイトには、2007年U-20代表監督の吉田靖、川崎フロンターレ監督の関塚隆などがいる。
1983年に富士通に入社、川崎フロンターレの前身である富士通サッカー部で、主にミッドフィールダーとしてプレーした。大学、社会人時代とも理論派で鳴らした。1989年に現役を退いた後には社会人クラブチームでもプレーした。
[編集] 指導者時代
しばらく一般職として社業に携わったが、1993年に富士通サッカー部コーチとなり、指導者としてのキャリアを歩み始めることとなった。
1995年末には富士通川崎サッカー部監督に就任。翌1996年秋にチームがJリーグへ参入する意思を表明した際、本人は引き続き参画することを望んでいたが、チームがプロ契約の監督を求めていたこともあり、1997年には再び社業に戻った。
しかし、Jリーグディビジョン2への参加を決定した東京ガスサッカー部から招聘され、1998年に富士通を退社。FC東京の設立準備組織に参画するとともに、S級コーチ研修に参加し、同年に資格を取得した。
1999年からはプロ化したFC東京で育成部門の統括者となった。また、FC東京に在籍したまま日本サッカー協会に出向し、ナショナルトレセンコーチやジュニアユース年代の日本代表監督を歴任するなど、主に若年層の指導に当たってきた。AFC U-17選手権2006では日本代表監督を務め、チームを12年ぶりの優勝へと導いた。2007年8月に大韓民国で開催されたFIFA U-17ワールドカップ2007でも指揮を執ったが、一次リーグ敗退に終わった。
FC東京では、2007年にトップチームを管轄する強化部へと異動、さらに2008年シーズンよりトップチーム監督に就任。攻撃戦術としてムービングフットボールを採用し、従来の縦に速いサッカーからポゼッションサッカーへの転換を図る。シーズン終盤まで優勝の可能性を残した位置での戦いを続け、チームを年間6位に浮上させた。また天皇杯でもベスト4進出と結果を残した。
ちなみに試合中、ゲン担ぎからかFC東京のカラーである赤と青のマフラーを巻いている時が多々ある。
[編集] 所属クラブ
- 1976年 - 1979年 徳島県立城北高等学校
- 1979年 - 1983年 早稲田大学
- 1983年 - 1989年 富士通
- 1989年 - 1993年 エリースFC
[編集] 指導歴
- 1993年 - 1995年 富士通:コーチ
- 1996年 富士通川崎:監督
- 1999年 - 2006年 FC東京:育成部
- 2002年 - 2007年 U-15、U-16及びU-17日本代表:監督
- 2007年 FC東京:強化部
- 2008年 - FC東京:監督
[編集] 監督成績
| 年度 | 所属 | クラブ | リーグ戦 | カップ戦 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 試合 | 勝点 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | |||
| 1996 | 旧JFL | 富士通川崎 | 9位 | 30 | 45 | 15 | - | 15 | - | 4回戦敗退 |
| 2008 | J1 | FC東京 | 6位 | 34 | 55 | 16 | 11 | 7 | ベスト8 | ベスト4 |
| 2009 | J1 | FC東京 | 優勝 | 4回戦敗退 | ||||||
| J1通算 | - | 34 | - | 16 | 11 | 7 | ||||
| 旧JFL通算 | - | 30 | - | 15 | - | 15 | ||||
[編集] タイトル
- U-17日本代表
- AFC U-17選手権:優勝 (2006)
- FC東京
- ヤマザキナビスコカップ:優勝 (2009)
[編集] 関連項目
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