埼玉県立不動岡高等学校
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| 過去の名称 | 私立埼玉英和学校 私立埼玉和英学校 私立埼玉尋常中学校 私立埼玉中学校 埼玉県立不動岡中学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 埼玉県 |
| 学区 | 旧第七学区 |
| 校訓 | 質実剛健 |
| 設立年月日 | 1886年11月11日 |
| 創立記念日 | 11月11日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 外国語科 |
| 学期 | 2学期制 |
| 高校コード | 11118A |
| 所在地 | 〒347-8513 |
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埼玉県加須市不動岡1-7-45
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| 電話番号 | 0480-61-0140 |
| FAX番号 | 0480-63-1013 |
| 外部リンク | 公式サイト |
埼玉県立不動岡高等学校(さいたまけんりつふどうおかこうとうがっこう)は、埼玉県加須市にある高等学校。通称は「不高」。
目次 |
[編集] 概要
前身は1886年に開設された私立埼玉英和学校。1921年埼玉県に移管された後、1947年の学制改革を経て1948年4月に埼玉県立不動岡高等学校と改称し、現在に至る。埼玉県内で最も長い歴史を持ち、全国でも20数番目の歴史を持つ伝統校である。創立以来、卒業生は30,000名を超える。埼玉県公立高校の学区制が2004年に廃止されるまでは旧第7通学区のトップ高であった。
[編集] 沿革
- 1886年 - 私立埼玉英和学校として設立される。
- 1894年 - 私立埼玉和英学校に改称。
- 1897年 - 私立埼玉尋常中学校に改称。校章を制定。
- 1899年 - 私立埼玉中学校に改称。
- 1900年 - 埼玉県内最初の秋季運動会開催。
- 1902年 - 野球部創設。
- 1915年 - 校旗と校歌を制定。
- 1921年 - 埼玉県に移管し、名称を埼玉県立不動岡中学校と改称。
- 1947年 - 学制改革にともない併設中学校を設置。
- 1948年 - 埼玉県立不動岡高等学校に改称。
- 1950年 - 男女共学実施。
- 1953年 - 第1回学校祭実施。
- 1965年 - ポプラ並木を植樹。
- 1971年 - 第1回徒歩ラリー実施。
- 1985年 - 創立100周年記念式典挙行。
- 1990年 - 外国語科を新設。
- 1996年 - 創立110周年記念式典挙行。
- 2002年 - 90分授業導入。
- 2003年 - オーストラリア・キンガロイ高校、中国・フフホト第2中学と姉妹校提携。
- 2004年 - 県立高校進学指導アドバンスプラン推進校に指定。
- 2005年 - 新校舎竣工。
- 2006年 - 創立120周年記念式典挙行。特別番組「不動120年~過去、今、未来」をテレビ埼玉にて放映。
- 2007年 - セメスター制導入。
[編集] 教育方針
[編集] 教育目標
文武両道
[編集] セメスター制
2007年度から全国で3校目となるセメスター制を導入予定。
[編集] 施設
- 敷地面積 59,701.59m2(18,000坪余り)
- 校舎の床面積 13,157m2
[編集] 校舎
2003年から旧校舎取り壊し及び新校舎建設が始まり、2007年3月に竣工した。
- ホームルーム棟
- 教科・研究棟
- メディア棟(図書館及び不動岡ホール)
自家発電用ソーラーパネル設備があり、正面玄関に発電量表示パネルが設置されている。エレベーター2基が整備されており、生徒も使用可能である。各教室にエアコン設備が完備されている。
- 外国語科棟
- 体育館
- 大体育館
- 小体育館
- 格技場
- 100周年記念館
100周年記念館及び格技場内に宿泊設備があり、長期休業中などに部活動が合宿に使用している。
- 運動部部室棟
[編集] 屋外施設
- 50mプール
- グラウンド
- 北グラウンド(陸上300mトラック設置)
- 西グラウンド
- 東グラウンド
- テニスコート(2箇所)
- バレーコート
[編集] ポプラ並木
学校のシンボルのひとつ。校舎と東グラウンドの間にある。1965年に、校庭東側桜並木の老化のため、伐採した後に植樹された。
[編集] 天体ドーム
学校のシンボルのひとつ。新校舎建設と共に新しくさらに高性能な直径20cmの屈折望遠鏡が設置され、昼休みの太陽の黒点観測や合宿時の惑星観測に活用されている。高校に設置されている屈折望遠鏡としては県内屈指の規模である。
[編集] 学校行事
- 市中パレード
6月の第1週に行われる学校祭のオープニングとして、加須市街をパレードする。生徒会、吹奏楽部などが中心となり、各部活・クラスの代表が仮装して市内を練り歩く。
- 文化祭
「不高祭」の名で毎年6月に実施。1983年までは毎年9月に行われていた。 毎年生徒からテーマを募り、それに準じた学校祭名が付けられる。
- 体育祭
毎年6月、文化祭の直前に実施。1年生から3年生までの組をクラス関係なくまとめた9つの「団」で競い合う。
- 徒歩ラリー
毎年10月に行われる行事。学校から利根川土手まで約16kmの行程を歩いて往復し、クラスごとにレクリエーションやバーベキューを企画する。
[編集] 学校生活
[編集] 校歌・応援歌
- 校歌(河野省三作詞・楠美恩三郎作曲)
- 第一応援歌
- 第二応援歌「若き血潮」
- 第三応援歌「不動の闘志」
[編集] 通学手段
学校近辺に住む生徒は徒歩で、春日部・久喜・羽生方面からは東武伊勢崎線、蓮田・栗橋・古河方面からはJR宇都宮線[2]、騎西・鴻巣方面からは朝日バス(鴻巣駅~加須駅~加須車庫)を利用して通学してくる。
自転車通学者も多い。市内はもとより北川辺や大利根・行田・鴻巣などから、高校生活3年間を通じて片道10km以上の道のりを通学してくる生徒もいる。
[編集] 制服
男子の制服は一般的な黒の詰め襟学生服。女子の制服は県内では珍しい黒のブレザーである。
[編集] 授業
2001年度から導入された週3日の90分授業は2006年度をもって廃止され、2007年度より65分授業制になった。
[編集] 生徒会活動・部活動
- 運動部は21、文化部は22(いずれも同好会を含む。)ある。部活動参加を推奨する姿勢から、部活動加入率は90%以上と非常に高い。
- 応援部は旧制中学の流れを汲む埼玉県六校応援団連盟に加入し、埼玉県立の浦和高校・川越高校・熊谷高校・春日部高校・松山高校の各応援部と合同で毎年1回、「日輪の下に」を催している[3]。例年、東京六大学の応援団員も見に来るイベントである。また、これら六校は対戦時に六大学系の応援を行う申し合わせになっている。
- 剣道部(男子)は全国大会(インターハイ)にもたびたび出場している。とくに、全国高校総体埼玉県予選会では、5連覇を含む16回もの優勝回数(歴代1位)を誇る。また、昭和33年度にはインターハイ準優勝という現在でも県内最高となる成績を挙げている。近年は埼玉栄高校などの台頭に押され、昭和57年度を最後に優勝から遠ざかっているが、最近は平成7~9、11年度に3位入賞などの成績である。(最近11年間で7回の関東大会出場等)。
- 陸上競技部は1919(大正8)年に創部された。主な成績は次の通り。
- インターハイ連続出場-32年間(1951年~1982年)
- インターハイ優勝-男子ハンマー投(1961年)、男子棒高跳(1975年)
- 国民体育大会優勝-男子ハンマー投(1961年)、男子少年B棒高跳(1980年)
- 国民体育大会準優勝-女子共通棒高跳(2006年)
- 新聞部は1950年創部の伝統を持ち,読売新聞に採り上げられたこともある。
- 理科学部はアマチュア無線の国内4大コンテスト、6m&DownのPMA部門で全国優勝した(2007年)
[編集] 進路
- 国公立大学に毎年100名前後が進学する。埼玉大学、筑波大学、東京外国語大学、千葉大学、東京学芸大学への進学が多い。東京大学への進学は1993年から2006年にかけて11人。
- 私立大学は、早稲田大学、東京理科大学にそれぞれ30人前後、明治大学、立教大学、法政大学にそれぞれ50人前後の合格者を出す。そのほか、慶應義塾大学、上智大学、中央大学、学習院大学、青山学院大学、日本大学、東洋大学、駒澤大学、専修大学に多くの生徒が進学する。
- 現役合格率は70~80%。
[編集] 著名人
[編集] 政治
- 畑和 - 埼玉県知事
- 栗原浩 - 埼玉県知事
- 青木正 - 国務大臣
- 野中英二- 衆議院議員・元国土庁長官 (中退)
- 小島慶三 - 参議院議員
- 三ッ林隆志 - 衆議院議員
- 田中晃三 - 東京都議会議員
- 遠藤俊作 - 埼玉県議会議長
- 諸井真英 - 埼玉県議会議員
- 大橋良一 - 加須市長
- 島田徳三 - 前大利根町長
[編集] 官界
- 三田一也 -海上保安庁警備救難監、日本海事検定協会会長。東京商船学校(現東京商船大学)を首席で卒業。
- 大塚茂 -郵政事務次官。1962年、日本航空常務に就任。1966年から6年間埼玉県副知事を務め、1974年から1980年まで新東京国際空港公団総裁。
[編集] 経済
- 須永哲雄 - 日本メディカル社長
- 大越明男 - ソニー(トリニトロンの発明者)
[編集] 教育
- 佐伯梅友 - 国文学者
- 谷山豊 - 数学者(フェルマーの最終定理「谷山予想」)
- 河野省三 - 國學院大學総長(校歌の作詞者)
- 内田安信 - 東京医科大学名誉教授
- 木村時夫 - 早稲田大学名誉教授
- 竹村喜弘 - 獨協医科大学名誉教授
- 小林克明 - 大東文化大学経営学部教授
- 新井規夫 - 東京家政大学家政学部教授
- 村山祐一 - 鳥取大学教育地域科学部教授
- 川島淳一 - 常磐大学国際学部教授
- 渋谷栄一 - 高千穂大学教養部教授
[編集] 芸術・文化
- 根本要 - 歌手(スターダストレビューのリーダー、ギター担当)
- 柿沼清史 - 歌手(スターダストレビューのベース担当)
- 杉田裕 - 歌手(JAYWALKのキーボード担当)
- さとうふみや - 漫画家(代表作:「金田一少年の事件簿」)
- 小林清志 - 俳優、声優(代表作:「ルパン三世」の次元大介役)[4]
- 斉藤与里 - 洋画家(日本洋画壇の巨匠。代表作:「収穫」「水郷の夏」)
- 齋藤馨 - 彫刻家
- 佐久間景子 - 山田流箏曲
- 櫻井孝夫 - 画家
- 河野邦子 - 俳人
- 高田肇三 - 洋画家
- 田島隆夫 - 織師
- 中島安夫 - 藍染め師(埼玉県指定無形文化財技術保守者、カリフォルニア芸術工芸大学客員教授)
[編集] マスコミ
[編集] その他
- 野本喜一郎 - プロ野球選手(西日本→西鉄→近鉄。引退後は上尾高校、浦和学院高校野球部監督を歴任。)
- 新井照子 - ジュエリーデザイナー
- 小澤丘 - 全日本剣道連盟副会長、興武館館長(勲三等瑞宝章受章)
[編集] 備考
- 設立当時全国の多くの学校が旧藩校の流れを汲んでいたなかにあって、本校は先見の明ある地元の名士たちが私財を投じて地域の師弟教育のために、私学として設立された。
- 埼玉県内においては、戦前から存続している歴史の長い進学校・名門校・伝統校の場合、戦前の旧制中学校・旧制高等女学校の流れをそのままに男女別学のままである学校が多い[5]なか、不動岡高校は男女共学体制である。
- 不動岡高校には現在分校は存在しないが、かつては羽生分校(羽生市)、菖蒲分校(南埼玉郡菖蒲町)、北川辺分校(北埼玉郡北川辺町)、騎西分校(北埼玉郡騎西町)という4つの分校を持っていた。これらの分校は廃校となった騎西分校を除きそれぞれが独立し、埼玉県立羽生高等学校、埼玉県立菖蒲高等学校、埼玉県立北川辺高等学校となっている。さらに、昭和45年4月には不動岡女子高等学校(現埼玉県立誠和福祉高等学校)を、不動岡高校敷地内で仮校舎を用意して開校させている。
- 埼玉・茨城・千葉・群馬・栃木・福島県教育委員会における「隣接県公立高等学校入学志願者取扱協定」により、群馬県や茨城県方面からの入学者も多い。特に多いのが茨城県古河市からの入学者で、同市内中学生の成績上位者は当校に進むことが多い。
- 高校入試の倍率は県内でトップクラスである。
- 埼玉県の公立高校の学区が廃止され、県内どこからでも受験可能になったが、さいたま市方面からの受験者はあまり増えず、学校のある加須市周辺に住む生徒が70%以上いる。
- 金田一少年の事件簿で金田一一が通っている不動高校は本校がモデルとなっていると言われている。
[編集] 脚注
- ^ 運行本数は少ないが、鴻巣方面からの生徒が多く利用する。
- ^ 久喜駅乗り換え
- ^ 2008年度は部員不足のため、不参加。
- ^ 疎開中に在籍したもので、卒業生ではない。
- ^ 浦和高校、浦和第一女子高校、熊谷高校、熊谷女子高校、川越高校、川越女子高校、春日部高校、春日部女子高校、松山高校、松山女子高校、久喜高校が該当する。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月25日 (水) 20:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【埼玉県立不動岡高等学校】変更履歴



