堀場英孝

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堀場 英孝
基本情報
国籍 日本
出身地 長野県上田市
生年月日 1955年6月26日(54歳)
身長
体重
178cm
74kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 捕手
プロ入り 1982年 ドラフト外
初出場 1983年4月24日
最終出場 1989年
経歴(括弧内は在籍年)

堀場 英孝(ほりば ひでたか、1955年6月26日 - )は、日本長野県上田市出身の元プロ野球選手捕手)。旧名:秀孝(読みは同じ)。右投右打。

目次

[編集] 経歴

中学時代に県大会優勝。丸子実業高等学校(現長野県丸子修学館高等学校)在学時は春一回、夏二回の計三回、甲子園に正捕手として出場した。

同校卒業時の1974年に当時作新学院高等学校江川卓らと受験合宿を行なって、慶應義塾大学を受験したが、江川たちと一緒に不合格となった。江川が進路を変えて法政大学夜間部に入学し、1年生の秋のシーズンから法政大学野球部のエースとして活躍するのをしり目に、浪人による再挑戦の途を選び、一浪後の1975年、慶應義塾大学法学部法律学科入学。

慶應義塾大学野球部入部後は、1年生の春のシーズンの開幕戦から1978年の4年生の秋のシーズンの最終戦までのすべての試合に正捕手として出場し4年時には主将を務めた。リーグ通算101試合出場し396打数125安打、11本塁打、50打点、打率.316。125安打は明治大学に1964年から1967年のシーズンまで在籍時の高田繁が打ち立てた東京六大学野球記録の通算127安打に次ぐ。

1979年に慶大卒業後、プロ入りを拒否し、社会人野球のプリンスホテルへと進む。その後1982年ドラフト外広島東洋カープに入団。1986年自由契約となり横浜大洋ホエールズに移籍。1989年再び自由契約となり読売ジャイアンツにテスト入団。1990年現役を引退。現役時代晩年には、1987年限りで引退していた江川が取材に訪れた際に、「まだ(現役を)やってたのか?」とからかったという。

引退後はベースボール・マガジン社に就職し、広告の仕事に携わった。後に大阪近鉄バファローズ編成部係長となるも2000年11月退団。

娘の堀場れいは元女優。

東京高等検察庁(2007年(平成19年)4月~2009年(平成21年)3月まで長野地方検察庁次席検事)の高森高徳検事は同級生。

[編集] 通算成績

年度 所属 背番 試合 打数 得点 安打 二打 本打 塁打 打点 盗塁 犠飛 四死 三振 併殺 打率 失策
1983 広島 22 27 31 3 5 2 1 10 3 0 0 4 12 1 .161 0
1984 26 30 3 7 0 2 13 8 1 0 4 9 1 .233 1
1985 24 21 2 4 0 0 4 2 1 1 10 5 0 .190 0
1986 -
1987 大洋 35 45 109 14 29 5 3 43 12 1 0 13 28 3 .266 1
1988 45 44 1 13 4 0 17 10 0 0 5 16 1 .295 1
1989 6 6 0 1 0 0 1 0 0 0 0 1 0 .167 -
1990 巨人 39 -
通算 173 241 23 59 11 6 88 35 3 1 36 71 6 .245 3
※三塁打・盗塁死・犠打記録無し
年度 試合数 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
1983 13 2 2 0 .000
1984 6 2 2 0 .000
1985 9 5 4 1 .200
1987 42 27 22 5 .185
1988 3 1 1 0 .000
通算 73 37 31 6 .162

[編集] 記録

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月15日 (日) 16:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【堀場英孝】変更履歴

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