堀幸一

堀幸一の最新ニュースをまとめて検索!

堀 幸一
千葉ロッテマリーンズ #5
基本情報
国籍 日本
出身地 長崎県長崎市
生年月日 1969年4月2日(40歳)
身長
体重
182cm
85kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 内野手外野手
プロ入り 1987年 ドラフト3位
初出場 1988年4月9日
年俸 4500万円(2009年)
経歴(括弧内は在籍年)

堀 幸一(ほり こういち、1969年4月2日 - )は、長崎県長崎市出身のプロ野球選手。千葉ロッテマリーンズ所属。ポジションは二塁手だが、遊撃手三塁手一塁手外野手もこなす。背番号5番。

右打ち(流し打ち)の技術には定評があり、状況に応じたベテランらしいバッティングが持ち味。一定の長打力と打率を残す力を兼ね備えていることもあり、後述のようにその年によって様々な打順を打っている。打撃に関しては便利屋としての側面を持っている。 守備も内外野をソツなくこなすため様々なポジションに収まった経験があるが、近年は本職の二塁手(あるいは指名打者一塁手)としての出場がほとんどである。

目次

[編集] 経歴

長崎海星高等学校では3年春に3番打者として甲子園に出場。ドラフト3位でロッテオリオンズに指名され、入団(背番号は45)。2年目の1989年から開幕当初より一軍に定着。4月14日の近鉄戦で谷崎浩二から初ヒットを放つ[1]

1991年からは背番号を5に変更。レギュラーとして20本塁打を記録し、頭角を現す。4番も打ち、「年俸が一番安い4番打者」と言われた。1995年1996年は続けてシーズン打率リーグ2位、3位と記録する。

1998年に通算して1番から9番までの全打順本塁打を達成。2000年前後は外野手としての出場も目立った。2003年には自己最高の22本塁打をマーク。この年だけで全打順スタメン出場。打順は2番以前か5番が多かったが、後半戦は4番打者として活躍。2005年は主に2番打者として活躍し、優勝に貢献。規定打席にシーズン終了間際で到達し、9年ぶりに3割打者となった。この年の規定打席(421打席)を丁度満たしていた。パ・リーグ二塁手部門でベストナインを獲得。18年目での初受賞であり、パ・リーグ最年長初受賞(当時)となった。

2006年は調子を落とし、打率2割台前半に落ち込む。2007年7月7日に本塁打を放ち、有藤道世が持っていた18年連続本塁打のチーム記録を更新する19年連続本塁打を記録した。また守備では、青野毅の故障、今江敏晃の不調などにより久々に三塁手でスタメン出場した。ホセ・オーティズの加入で出番が減ってしまう。

2008年4月12日に途中出場ながら初の一塁手の守備についた。8月20日北海道日本ハムファイターズ戦では一塁手で先発出場し、史上40人目(球団史上3人目)の2000試合出場を果たした。打撃成績は前年より落ち込んでしまい、本塁打は新人年以来の0本塁打に終わり、20年連続本塁打はならなかった。

2009年 ホセ・オーティズフリオ・ズレータの退団もあり出番が増加。.259 4HRながら、得点圏打率.423、代打打率.417と勝負強さを見せた。

[編集] エピソード

  • 高校時代の堀は投手で、この時代鹿屋中央高等学校と練習試合をしたが、この試合で亀山努に本塁打を打たれた苦い経験を持つ。
  • 入団直後のファームのキャンプでは1年上の佐藤幸彦や同期の大村巌のバッティングに圧倒され自信を喪失した。また長崎の両親も3年ともたないだろうと周囲に漏らしていた[1]
  • 現役の千葉ロッテマリーンズ選手の中において、千葉移転前の「ロッテオリオンズ」時代を経験しているのは、堀と小宮山悟の2人だけ(なお、小宮山は2009年を以って現役を引退することになったため、2010年以降は堀1人だけとなる)。なお、小宮山は横浜ベイスターズならびにニューヨーク・メッツ米国MLB)移籍でロッテを離れていた時期があったため、オリオンズ時代から1度も移籍することなくロッテでプレーし続けているのは堀だけである。
  • 1988年10月19日川崎球場でのロッテVS近鉄10.19決戦の際、出場した選手は2007年の吉井理人引退とともに現役選手はいなくなったが、堀自身はこの年がルーキーであり(当時は二軍)、現在、当時の両チーム所属選手でNPBで現役で残っているのは堀ただ一人である。[2]
  • 1995年バレンタイン監督が、アメリカに連れて帰りたいといったのは有名な話。メッツ監督だった1998年のFA取得時にも、オファーをしていた。現在のバレンタイン曰く「太平洋で一番右打ちのうまいバッター」。しかし、これは「パシフィック(パシフィック・リーグ)で一番右打ちのうまいバッター」という意味で言ったのを記者が誤訳したものと思われる。榎本喜八有藤道世に続く球団歴代3番目の安打数で活躍中。残り173本の2000本安打も期待される。
  • 2009年現在、千葉マリンスタジアムで使用される登場曲はプロパガンダの「p:Machinery」。この曲は1980年代のディスコでの定番の曲だった。堀はこの曲を長年使用している。
  • オフは釣り三昧で過ごす[1]。チームメイトの黒木知宏と共に釣りロマンを求めてに出演した事がある。またその時には大型のメジナに逃げられてしまい、本気で悔しがっている堀の姿が見られた。

2009年7月5日、2年ぶりに三塁でスタメン出場。しかし、これは西村徳文コーチがボビー・バレンタイン監督よりスタメンを告げられる際、正三塁手今江敏晃の愛称である「ゴリ」と「」を聞きまちがえたことによるミスであった。結局、堀は第1打席で左翼へ犠牲フライを放ったのち、次の回の守備より今江と交代した。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績
































O
P
S
1989 ロッテ 58 86 77 11 20 6 0 1 29 9 1 2 3 0 4 0 2 15 0 .260 .313 .377 .690
1990 59 141 126 23 34 8 2 6 64 18 2 0 2 1 11 0 1 27 2 .270 .331 .508 .839
1991 110 425 380 53 108 16 1 20 186 69 5 7 5 7 29 0 4 65 6 .284 .336 .489 .825
1992 105 462 409 66 115 25 3 8 170 38 11 4 6 2 43 3 2 63 6 .281 .351 .416 .767
1993 128 568 493 66 122 28 6 6 180 46 18 6 12 4 55 1 4 92 7 .247 .326 .365 .691
1994 92 327 297 38 70 18 2 7 113 36 8 3 4 2 24 0 0 45 6 .236 .291 .380 .671
1995 121 516 457 71 141 18 4 11 200 67 16 3 1 7 49 0 2 93 5 .309 .373 .438 .810
1996 122 527 465 70 145 28 3 16 227 68 8 2 4 2 55 2 1 87 7 .312 .384 .488 .872
1997 131 583 522 53 142 18 2 9 191 47 15 6 1 7 50 3 3 93 8 .272 .335 .366 .701
1998 127 493 444 51 107 24 4 10 169 44 12 5 4 4 39 4 2 85 8 .241 .303 .381 .683
1999 126 493 421 57 112 28 3 8 170 50 5 2 12 2 57 0 1 71 11 .266 .353 .404 .757
2000 87 231 203 38 52 11 0 8 87 29 8 1 3 2 23 2 0 38 5 .256 .329 .429 .758
2001 83 238 193 22 43 7 0 4 62 17 6 3 15 2 28 1 0 50 4 .223 .318 .321 .640
2002 117 445 387 58 98 21 2 14 165 36 4 1 18 2 35 1 3 84 7 .253 .319 .426 .745
2003 130 539 470 78 140 24 0 22 230 78 3 4 4 6 54 1 5 80 9 .298 .372 .489 .861
2004 119 516 445 70 116 23 2 14 185 51 5 2 14 1 55 1 1 88 9 .261 .343 .416 .758
2005 104 421 380 50 116 16 0 7 153 46 2 5 4 4 31 2 2 75 8 .305 .357 .403 .760
2006 87 283 264 19 60 12 1 6 92 23 1 1 1 2 15 0 1 55 8 .227 .270 .348 .618
2007 61 161 150 17 38 10 2 2 58 15 1 1 2 0 8 0 1 41 1 .253 .296 .387 .682
2008 41 104 93 5 19 3 0 0 22 6 2 1 4 0 6 0 1 17 3 .204 .260 .237 .497
2009 56 121 112 13 29 7 0 4 48 17 0 0 2 1 5 1 1 31 4 .259 .294 .429 .723
通算:21年 2064 7680 6788 929 1827 351 37 183 2801 810 133 59 121 58 676 22 37 1295 124 .269 .336 .413 .749
  • 2009年度シーズン終了時

[編集] 年度別守備成績

年度 位置 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1989 二塁手 36 61 55 4 8 .967
三塁手 2 0 2 0 0 1.000
遊撃手 3 4 2 0 1 1.000
外野手 3 2 0 0 0 1.000
1990 二塁手 37 59 67 0 20 1.000
三塁手 15 10 20 4 1 .822
1991 二塁手 106 257 296 5 52 .991
遊撃手 1 0 0 0 0 -
1992 二塁手 104 259 251 8 72 .985
1993 二塁手 128 319 339 8 83 .988
1994 二塁手 71 131 158 10 37 .967
外野手 23 35 1 0 0 1.000
1995 二塁手 1 0 1 0 0 1.000
三塁手 2 0 1 0 0 1.000
遊撃手 116 179 310 15 69 .970
1996 三塁手 19 17 21 1 1 .974
遊撃手 95 137 298 15 51 .967
1997 二塁手 104 210 263 9 63 .981
三塁手 39 28 58 0 5 1.000
遊撃手 1 0 1 0 0 1.000
1998 二塁手 20 35 34 0 7 1.000
三塁手 1 0 1 0 1 1.000
遊撃手 1 0 0 0 0 -
外野手 112 205 5 2 0 .991
1999 二塁手 106 221 304 7 65 .987
三塁手 17 7 29 3 2 .923
2000 二塁手 61 117 162 7 41 .976
三塁手 2 3 1 0 0 1.000
遊撃手 1 2 2 0 1 1.000
2001 三塁手 9 1 13 0 1 1.000
外野手 69 85 0 0 0 1.000
2002 二塁手 85 182 256 6 55 .986
三塁手 4 2 6 0 1 1.000
遊撃手 1 1 3 1 0 .800
外野手 25 27 0 0 0 .800
2003 二塁手 84 148 278 6 45 .986
三塁手 6 3 14 0 0 1.000
外野手 7 12 0 1 0 .923
2004 二塁手 115 234 372 5 76 .992
2005 二塁手 92 173 247 2 56 .995
2006 二塁手 78 131 191 4 33 .988
2007 二塁手 36 55 78 2 12 .985
三塁手 11 7 13 0 0 1.000
2008 一塁手 7 29 3 0 4 1.000
二塁手 21 34 39 2 4 .973

[編集] タイトル・表彰

[編集] 個人記録

[編集] 初記録

[編集] 節目の記録

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 雑誌「週刊ベースボール」(ベースボールマガジン社刊)2008年6月23日号43-47ページ『白球入魂「プロ21年目、ゴールはまだ先 - 堀幸一」』
  2. ^ 他には独立リーグでプレーしている伊良部秀輝がいる(10.19では偵察メンバーとしてスタメンに名を連ねている)

[編集] 関連項目


最終更新 2009年11月18日 (水) 09:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【堀幸一】変更履歴

ご利用上の注意