堺正幸

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さかい まさゆき
堺 正幸
プロフィール
出身地 日本 神奈川県川崎市
生年月日 1952年11月8日(57歳)
血液型 AB型
最終学歴 慶應義塾大学
勤務局 フジテレビジョン
部署 フジテレビCSR推進室長
職歴 アナウンス室専任部長→デスク担当部長→室長
活動期間 1975年2009年
ジャンル 報道・バラエティなど
出演番組・活動
現在 新・みんなの鉄道(フジテレビONE)
過去 FNSの日』(『フジテレビ新人アナ披露』・立会人)
FNNスピーク』(平日)
スーパー競馬』実況
みんなの鉄道』(CS
タモリのジャポニカロゴス
アナ☆ログ』ほか
その他 新幹線特急列車の車内アナウンス
  

堺 正幸(さかい まさゆき、1952年11月8日 - )は元フジテレビアナウンサー、現フジテレビCSR推進室長。

目次

[編集] 来歴・人物

神奈川県川崎市出身。私立浅野中学・高等学校では放送部に在籍。

慶應義塾大学卒業後、1975年に入社。同期は和田圭(記者として入社。現解説委員)、田丸美寿々(現在はフリーニュースキャスターTBS報道特集NEXT』キャスター)、酒井ゆきえ(「ママとあそぼう!ピンポンパン」専属扱い。降板とともに退社、フリーに)であり、また慶應の同期にTBSの元アナウンサー・松下賢次、2年先輩には元NHKアナウンサーの宮本隆治がいる。

入社後は主に報道番組競馬実況などで活躍。伝説の番組『ドキュメンタリー・アドルフ・ヒトラー』のナレーションを担当したほか昼前のニュース番組『FNNスピーク』の平日アンカーを2002年3月まで10年間の長きに渡り担当した。

2005年7月、陣内誠の後任としてアナウンス室長に就任。そのため近年は『27時間テレビ』の立会人担当以外はバラエティ番組には全く出演していなかったが、2007年10月21日に『アナ☆ログ』で久々にバラエティに出演した。

名前が堺正章と似ている為、新聞のテレビ欄に堺正と誤植で記載されたこともあった。

『シリーズ こんな生き方がしたい ニュースキャスター田丸美寿々』(板倉久子著、理論社)という本には新人だった1975年に河田町本社の正面玄関で撮影された新人アナウンサー5人が一列に並んだ写真が掲載されており、その写真には最前列から田丸美寿々、酒井ゆきえ、テレビ新広島の新人2人(神田康秋と池本良子)[1]、そして最後部に本人が写っており22歳だった若かりし日の姿を拝見することができる。

2008年4月8日から9月9日まで『タモリのジャポニカロゴス』の人気コーナー「世にもステキな言いまつがいの世界」のナレーターを務めていた。

2009年7月、CSR推進室(室長)へ異動となった。ただし異動後も、引き続き新・みんなの鉄道のナレーターを担当している。

[編集] エピソード

讀賣テレビ放送羽川英樹と共に鉄道ファンのアナウンサーとしても知られており、それを活かした活動も多い(ただし羽川との共演は1度もない)。

2008年11月28日放送の『FNNスーパーニュース』では33年後輩の椿原慶子アナと一緒に0系新幹線へ乗車し、そこで中継を行った。

1986年1988年及び1991年から2004年まで通算16年にわたり競馬界の総決算レースと言われる有馬記念での実況を務め、数々の名実況を残した[2]

  • 日本ダービージャパンカップなどが行われる東京競馬場で、最後の直線を実況する際は「府中の直線500m!」というフレーズをよく使っていた。また、「騎手名+馬名」も彼オリジナルのフレーズといえる。例えば武豊ナリタブライアンに騎乗した時のレースでは「武ブライアン」、中舘英二ヒシアマゾンに騎乗した時のレースでは「中舘ヒシアマゾン」など。
  • 1990年代の名馬トウカイテイオーの勝ったGIレース(皐月賞、日本ダービー、ジャパンカップ、有馬記念)は奇しくも彼が全て実況した。
  • 数々の大レースの実況をこなしてきたが、彼の唯一の不覚といえる実況が1988年のオークスである。これは勝馬のコスモドリームが抜け出してきた瞬間、同枠の「サンキョウセッツが来た」と見間違えて実況しそのままゴールまで「サンキョウセッツ」と連呼を続け、しかもゴール後に「(サンキョウセッツ騎乗の)郷原やっと牝馬のタイトル、クラシックタイトルを獲りました!」とまで言ってしまった。これが古い競馬ファンの間では有名な「サンキョウセッツ大チョンボ事件」である。

アナウンス室長就任により競馬実況を勇退したが、大川和彦の後を受けて有馬記念を担当した時代にはダイユウサク(1991年)、メジロパーマー1992年)といった大穴の馬が勝利したり1985年天皇賞(秋)を実況した時にはギャロップダイナシンボリルドルフに先着して優勝するなど[3]馬券的に波乱となるレースが多かったため「穴の堺」と一部で呼ばれ、本人も「私が実況を担当すると荒れるんですよ」と話していた。この点では年齢が近い系列関西テレビ放送馬場鉄志に類似している(馬場の項を参照)。

有馬記念の長期連続実況担当が14年、『FNNスピーク』の平日担当が10年(1992年から)、競馬実況が30年とそれぞれ長く続いたこと、アナウンス室長と言う位置の大きさなどが買われ2006年、第20回記念の「FNSの日」(『FNS26時間テレビ』)ではグランドフィナーレ恒例の「フジテレビ新人アナ披露」の立会人を務め[4]2007年の第21回『27時間テレビ2007[5]、そして2008年の第22回『27時間テレビ2008』でも同じく立会人を務めた。[6]

18年先輩に山田祐嗣[7]、1年後輩に福井謙二(放送研究会の後輩)、24年後輩に内田恭子(同郷の後輩)がいる。

テレビ朝日吉澤一彦アナは大学の2年後輩。

13年後輩の有賀さつきは同期入社・和田圭の元妻でかつての同僚。

[編集] 現在の出演番組 

[編集] 過去の出演番組

[編集] 車内放送について

以下は、堺が担当するJR東日本の各新幹線と各方面特急列車。国鉄時代から存在している列車についてはその当時から担当している。この他にもJR東日本の一部ジョイフルトレインの車内放送も担当している。

[編集] JR東日本の在来線特急

※「つがる」はそのほか485系、789系も使用されるが、堺による車内放送はE751系のみである(789系も自動放送はあるが、789系はJR北海道の車両であるため大橋俊夫による自動音声となる)。
中小国青森県)~ 札幌間はJR北海道の乗り入れ区間だが、同社管内で堺による車内放送を聴くことができる列車は「カシオペア」のみである。

[編集] JR東日本の新幹線

※上越新幹線の浦佐駅の自動放送は「地元らしくない「うらさ」のアクセントだと住民が理解できなかったため、2006年か2007年に録り直した」と語っている(『百識王』2時間スペシャル、2008年12月31日放送にて)。

[編集] 脚注

  1. ^ 堺が入社した年の10月1日に開局だったため、フジテレビで研修。
  2. ^ 当初は大川和彦の代理として。ハイテンション時の声が似ていたのが後継起用の理由とみられる。
  3. ^ この時、堺は「アッと驚くギャロップダイナ!」と実況した。
  4. ^ その年のリレーは秋元優里アナから始まり唯一の男性新人アナの小穴浩司アナ→以前、フジテレビでキャスターを務めその年アナウンサーデビューを果たした本田朋子アナ→そして記念すべき20代目のアンカーマン・松尾翠アナと続いた。
  5. ^ この年のリレーは大島由香里生野陽子と続き最後に中村光宏と続いた。中村アナウンサーは史上5人目の男性アナによるアンカーマンだった。
  6. ^ この年は加藤綾子椿原慶子榎並大二郎の3人で提供読みが行われた。なお、榎並アナは男性アナで6人目のアンカーマンとなった。
  7. ^ 堺入社時のアナウンス部長。現在はフジテレビアナウンストレーニングの講師を務めている。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月21日 (土) 06:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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